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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅰ章
8/73

8話 商祭(2)




怪我を負ってしまい、保健室へ向かったディーンとメーデン。

しかし今日は休日であるため、保健室には鍵がかかっていた。


ディーンはドアノブを捻りながら、すっかり忘れていたとため息を吐く。


「どうしよう。

他の先生たちも出かけてるだろうなぁ」


「ディーン、手当てしなくても平気よ?」


「ダメダメ。ちゃんと消毒しないと、化膿したら大変だよ」


いつになく真剣な様子の彼に、メーデンは人知れず微笑んだその時。

ちょうど保健室の前の廊下を、サイラス史の担当教師・リトラバーが通りかかった。


「君たち、どうしたんだい?」


「先生、彼女が怪我をしてしまって」


「ああ、本当、痛そうだね」


メーデンの二の腕に出来た爪痕を見て、リトラバーは同情の声を上げた。

そして2人の顔を見てニコリと笑う。


「よかったら私の部屋においで。

救急箱があるよ」


「助かります!

よかったね、メーデン」


「ええ」


「場所はコストナーが知っているだろう。

私はこれから少し用事があるので、君たちで勝手に使ってくれ。

ああ、救急箱は一番右奥の棚に置いてあるから」


「わかりました」


さっそく2人はリトラバーと別れて研究塔へ向かい、7階へ上り終えたころディーンは汗だくになっていた。

気温が高くなってきた今日この頃、階段をひたすら昇るのはかなりの運動量だ。


「なんでメーデンはそんなに平気なんだい?」


「平気なわけないでしょ?」


「汗一つかいてないじゃないか」


「きっとディーンが汗っかきなのよ。

私寒がりだから」


ニコリと愛想のよい笑みを浮かべると、ディーンもつられてニコリと笑う。


そして話題はあやふやになったまま、リトラバーの部屋へたどり着き中へ入った。

相変わらず見事に本が散乱している。


「たしか右奥の棚だったね。

メーデンは適当に座ってて」


「ありがとう」


救急箱を探しに行ったディーンにお礼を言うと、メーデンは以前座った場所に着き辺りを見回した。


本棚に勉強机、まさに教師らしい部屋だが、ベットや衣類などの日用品がまったくない。

入口とは別の扉があるから、おそらく寝室は奥にあるのだろう。


「なんで本ばっかりなんだろう・・・」


うんうん唸りながら探しているディーンはまだ救急箱を見つけられない様子。


暇を持て余し、メーデンは本棚に並ぶ本を手に取って開いたが、歴史書ばかりで全く面白くない。

すぐに本を戻し、今度は歴史に関係のない本を探し始めた。


そして見つけた一冊の本。緑のハードカバーには一切文字が書かれておらず、背表紙にもタイトルはない。

手に取ってみると分厚い割には重く、メーデンは最初の1ページ目を開く。


「メーデン、何してるの?

救急箱見つけたよ」


「すぐに行くわ」


メーデンは本を手に持ったままテーブルに座り、ディーンは興味本位でその本を覗き込んだ。


「何を見てるんだい?」


「さあ、私にはさっぱり」


書いてあるのは、見たこともない文字や記号。

ディーンの眉間に皺が寄る。


「うわぁ、なんじゃこりゃ」


「すごいわね」


「それより手当!」


「はいはい」


メーデンは笑って腕を差し出す。一応洗い流しておいたため、そのまま消毒して包帯を巻き始めた。


いっとき静かに時が流れたが、ディーンがいつもより小さな声で話しかける。


「それで、何かあった?」


メーデンは患部から目を離して、ディーンの茶色の瞳を見つめ返した。


「何って?」


「中庭に一人でいただろう?

元気ないし、何かあったんじゃないかって」


「あら、目聡いのね。

ちょっとアビーとケンカしただけよ。私が悪いんだけど・・・」


「きっとすぐに仲直りできるよ。

君たち仲がいいし、お互いに特別なんだって見てて感じるよ」


「そうね、特別。

少なくとも私にとっては」


初めてできた友人。例え偽りの自分の友人であったとしても、思い入れは深く、大切なものだ。


ディーンはその言葉を聞いて嬉しそうに微笑む。


「僕とアダムみたいだね」


「ディーンはアダムにべったりだものね」


「でも最近アダムが相手にしてくれないんだ。

つまんない」


唇を尖らせるディーン。無邪気に笑んだり拗ねたりと表情がコロコロ変わり、まるで子供のようだとメーデンは笑う。


不意にチラリと時計を見ると、すでに待ち合わせの時刻を過ぎていた。


「ディーン、待ち合わせの時間過ぎちゃったわ・・・」


「あああああああ!!本当だ!!!」


「先に行って皆に事情を説明してもらえないかしら。

私は後から行くから」


お願いね、と頼むとディーンはあっさり承諾し、手を振りながらリトラバーの部屋を去って行った。

1人残ったところで、メーデンは先ほどの緑色の本をもう一度開く。


見覚えのある文字・記号。


「よくできてるじゃない」


「何をしている」


ボソリと独り言を呟いたとき、ちょうどリトラバーが部屋へ戻って来た。

メーデンは血色の良い唇で弧を描き、リトラバーを無視したまま本を読み続ける。


そして彼が気づく。緑色の本に。

顔色を真っ青にして大声を張り上げた。


「何をしている!」


「何って・・・少し読んでるだけよ?」


「わかるのか・・・それが・・・」


錬金術だということを。


錬金術は非常に難解で、一般人が見ても錬金術関連の書物は全くわからないという。現に、さきほどディーンが覗き込んでも本の内容はわからなかったようだ。


しかし当然ながらメーデンには分かる。

それがリトラバーには理解できない。


「生徒ではないと思ってたのよね。

錬金術を使いこなすにはあまりにも時間がかかり過ぎる。2・30年で理解できるなんてあり得ないから」


ピクリ、と彼の身体が動く。


「でも殺衝動を抑えられないところをみると、失敗作のようね」


メーデンのような完全な成功作であれば、殺衝動は理性で押しとどめることができる。

しかし、一連の事件を起こした犯人であろう彼―――――リトラバーは殺衝動を抑えられずに人を殺している。つまり、失敗作なのだ。


リトラバーは下唇を噛みしめて拳を握った。どうやら図星らしい。


みるみるうちに醜く歪んていく彼の顔。

そして聞こえてきたのは、低くて擦れたおぞましい声あった。


「殺してやるっ!」


殺気を剥き出しにして飛びかかるリトラバーに、メーデンは彼の頭を片手で掴んで簡単に静止した。

メーデンの細く白い指がリトラバーの皮膚に食い込みギリギリと音を立てる。


「ぎゃあああああ!!」


絶叫があまりにもうるさく、頭を片手で持ったまま放り投げ、リトラバーはその勢いで壁に叩きつけられた。


さっさとドアまで歩いて扉に右手をつくメーデンは、最後に振り返ってリトラバーを見据える。その紫瞳は黄色に変わり、瞳孔が細く鋭くなっていた。


出てきたのは言葉ではなく、低い「シャー」という威嚇。

大きく開かれた口からは尖った牙が現れ、リトラバーは恐怖で怯んでしまう。


そんな彼の様子にメーデンは高らかに笑うと、そのまま部屋を去って行った。


左手に、緑色の本を携えて。



















待ち合わせ場所として指定していた東中道の噴水広場。

しかし約束の時刻を過ぎてもメーデンとディーンが来ず、皆は頭を抱えた。


ユークは申し訳なさそうに話しだす。


「すみません、ディーンに関しては僕の責任です。

ちゃんと見張っておかなかったから・・・」


ハリスとサムは温かい眼差しで彼の肩にポンと手を置いた。

連れまわされ付き合わされ散々面倒を見た挙句の逃走。ユークに責任はなく、むしろ彼は被害者だ。


「ところで」とまだ来ていないもう一人を話題に上げるのはハリス。


「メーデンはどうしんだ?アビー」


「うっ・・・・」


言葉を詰まらせるアビーに、男性陣は小首を傾げた。

アビーの代わりにクレアが説明を始める。


「実はメーデンとアビーがケンカして・・・」


「あちゃー」


苦笑するサムと絶句するハリス。


「・・・2人がケンカするなんて初めてなんじゃ・・・」


アビーはコクリと首を縦に振る。


「そうよ、初めてよ。

メーデンはとても気が優しいから、誰かに文句言ったりする子じゃないもの。

あたしが悪いの。これ以上問題を起こせば、メーデンが卒業できなくなるかもしれないのに・・・!」


くぅっと悔しさに語尾を強める。

一同はメーデンの破滅的成績を思い出し、空笑いを溢した。


「きっとすぐに仲直りできるよ」


アビーの頭の上にハリスの手が置かれる。


「うー・・・」


「大丈夫よ、メーデンも後悔してたし」


「君たち仲良いしね」


クレアとサムも加わって慰めていたとき、少し離れたところからディーンの声が聞こえてきた。

彼は手を大きく振りながら、こちらへ一直線に走ってくる。


「やっほーーー!!皆!遅れて悪かったね!!」


「それよりディーン、メーデン知らない?」


「それよりって酷いよ、ハリス!

メーデンなら怪我しちゃって手当て中だよ!もうすぐ来ると思うよ!」


「怪我ですってー!?」


アビーがその言葉に掴みかかり、ディーンは一歩退いた。

必死に笑顔を作って説明する。


「いやいやいや、大したことないから!

大丈夫だからね!」


「まさか彼女に何かしたわけじゃないですよね・・・」


ぼそりと呟かれたユークの声に、皆は一斉に鋭い視線でディーンを睨んだ。

彼の額には冷や汗が浮かび、誤解を解こうと両手を顔の前で横に振る。


「違う違う!!

本当に!断じて!絶対!」


「「「怪しい・・」」」


「うわーん、メーデーン!!助けてー!!」


「何をやってるんだ、お前達は・・・」


「アダム!!」


今のディーンにとっては救いの神が参上。

振り返るなり抱きついてきたディーンを、アダムは方腕で押さえて制止した。


「聞いてくれよアダム!

メーデンの遅刻が怪我で僕が何かしたって皆が言うんだ!!」


「・・・もう少しわかりやすく説明しろ」


「アダム、貴方が何故ここに?」


「ディーンが商祭について来いとうるさくてな。

行かなかったら行かなかったでうるさいから」


「御苦労さまです」


「お前もな」


「うわーん!!ユークと話してないで聞いてくれよ、アダムー!!」


ディーンが再びアダムに泣き付き出す。


するとひょっこりとメーデンが現れて、気づいたアビーが一目散に飛びついた。メーデンはその反動でよろめく。


「うわっ、アビー?」


「メーデン、ごめんなさい!あたしが悪かったわ!!」


抱きついたまま大きな声で必死に謝る姿に、メーデンは眉を八の字にした。


「私もごめんなさい。アビーにあんな言い方するなんて・・・どうかしてたわ」


「メーデン―――!!」


抱きしめ合う2人の姿にホッと胸を撫で下ろす皆。

問題が片付いたところで仕切り直しだと、ディーンは明るく大きな声を上げる。


「さ!仲直りしたしアダムも来たし、さっそく皆で商祭回ろうよ!!」


「そうね、行きましょう」


クレアも頷き、ゾロゾロと露店へ向かい始めた。

アビーとメーデンは隣合わせで歩を進める。


「そう言えばメーデン、怪我したんですって?

大丈夫なの?」


「大したことないわよ。ちょっとしたひっかき傷だし、ちゃんと手当てしたから」


しかしアビーは顔を覗き込んで眉をしかめる。


「でも貴女顔色が悪いわ」


「平気だってば。本当よ」


メーデンはにっこりと笑った。





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