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灰色の鳥  作者: 伊川有子
番外編
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番外編・ジュリヴァの意思

何故神の恩恵を受けて生まれてくるはずのレジーナが犯罪者の娘として生まれて来たのか、その理由。暗いです。





空は虹色、常に昼と夜が混在する場所。全てが存在し、全てが調和する神の世界。

豊かでこの上なく住みやすいこの地を、下の世界に住む人々は“世界の中心”と呼ぶそうだ。



この世界では“父神”と呼ばれる全の神が頂点に立ち、私たちを治めている。彼に名前はないが、私たちの親であり全てであった。

そしてその下に着くのが4神と呼ばれる存在。

さらに4神も含めた16の神を16神と呼び、私、愛欲の女神ジュリヴァはその16神の1人。


要するに、かなり位が高いってこと。


愛欲と言えば性的なものが最初にイメージされるけど、それは比喩から生まれた言い方であって、実際には生命を司り命を支配する神なのだ。

性的な愛欲とはすなわち生命の繁栄、出産や愛情、そのすべてを私が請け負っている。


その位の高さゆえか、私はとても愛されて大切にされていた。

誰もが跪き、愛を囁き、暖かく迎えてくれる。一緒に居てくれる恋人たち、私を尊敬してくれる精霊たち。

この満ち足りた世界に、何の不満があるだろうか。



「ジュリヴァ、聞いたわ。

新しい恋人ができたんですって?」


そう優しく問いかけてくるのは、私が仕えている4神の一人、月の女神であるイリーネ様。吸い込まれるような美貌とは裏腹に、活発でなかなかに面白い人。

闇を照らす月の光のように優しく穏やかな輝きを放つ月色の髪、ほっそりとして庇護欲を煽る見事な体は同じ女性として羨望の対象だ。


私は美しく優しい彼女のことがとても好きだった。仕える相手としては申し分ない。


「ええ、とても背が高くて素敵な神よ」


「もう少し・・・恋人を減らしてはどうかしら」


「あら、どうして?」


「だって、相手の方が気の毒だわ」


偶にこういった説教をされるけれど、私に恋人を減らす気など全くない。

だって私は“愛欲”そのものだし、相手もそれを分かって愛情を求めてる。


愛を得て、愛を与える。これは素晴らしいことなのに、なぜ非難されるのだろう。


「恋は素晴らしいわ。

イリーネ様も恋してみれば解るわよ」


「そんなにいいものかしら」


「ええ」


とはいっても、位の高さからイリーネ様の相手は限られている。

太陽と月・光と闇は交わること自体を禁止されているから、必然的に相手は光の神しかいない。自分より格下を恋人にすることは、彼女のプライドの高さから考えると無理だろうから。


イリーネ様は顎に手を当てて考え込んだ。


「そうね、私も・・・もう少し積極的に行動してみるかしら」


「イリーネ様が望むならとことん協力しますわ」


だって人と人の愛を繋ぐのも、私の役目なのだから・・・。

















神に時間は流れない。

途方もなく長い間私たちは存在を持つため、この世界で会ったことのない男性はほとんどいない。


一番気になっていたのは、英知の神アスカークだ。

彼はずーっと家に引きこもりっぱなしで出てこない。同じ16神だというのに、会ったことすらないなんておかしい。


噂はいろいろと聞いている。ボサボサの髪形がダサイのだとか、分厚いレンズの眼鏡がやぼったいだとか。

でも仮にも同じ16神の一人、あばた面ではないはず。


唐突に気になった私は、彼の家を訪ねた。

いくらノックしても人が出てくる気配はなく、勝手に家の中へ足を踏み入れる。

そこは本、本、本の世界。うわあ、としか言葉にしようがないくらい本しかない。


アスカークはどこだろうと探していると、本棚の間で座り込みながら本を読んでいた。

噂に違わぬ本の虫。だけど想像よりもずっと素敵な人だ。


「ねえ、何読んでるの?」


「わあ!!」


後ろから本を覗きこめば、ものすごく驚いた様子のアスカーク。

なんだかその反応は新鮮で可愛らしい。


「あなた、英知の神アスカークよね?

私のこと知ってる?」


「・・・淫乱の神ジュリヴァ」


「あははっ、それって否定できなーい!」


イヤミ事を言われることはあってもここまではっきり言われたことはなかったと思う。

面白い人だなあと思いつつ、何の本を読んでるんだろうともう一度本を覗き込む。


「読書の邪魔なので僕の家から出て行ってもらえますか」


「本当に引きこもりなのね。

ずっと家の中じゃつまらなくないの?」


「つまらなくないです。

出て行って下さい」


「眼鏡も外したほうがいいわよ、ほら」


「ちょ・・・なっ・・・」


眼鏡を無理やり奪うと、とても綺麗な赤い瞳が現れた。

まるで宝石みたいに目を釘付けになった彼の瞳に、思わず笑みが漏れる。


「ね?眼鏡がない方が素敵よ。

外に出たらきっと女神たちがアスカークに夢中になるわ」


「生憎僕は恋愛に興味無いので」


「どうして?」


「どうしてって・・・貴女と違って理性的なので」


「あはは、確かにそうかもー」


でもこんなに綺麗な瞳が誰の目にもさらされないなんて、もったいない。

彼のことを、もっとたくさんの人に知ってほしい。


そう思って、私は無理やりアスカークを外に連れ出した。


辿りついた森で散歩した私たち。

帰り際には彼が発した言葉は、私の心を揺さぶるもの。


「僕には、恋愛の良し悪しがわかりません。

貴女が教えて下さいませんか」


「いいよ!」


嬉しい。アスカークが外に出てくれる。

自慢して回ろう、彼はとっても素敵な人だって。


私は夢中になってアスカークを連れ回した。2人が恋人になるのは自然の流れで、私はますますアスカークのことが大好きになった。



だけど、アスカークは他の男と違った。



「なんで他の男のもとへ行くんだ!!」


普段の彼からは想像できないほどの怒鳴り声。

怖い・・・・悲しい・・・。どうして怒ってるの?


「アスカーク?」


「近寄るな!!

近寄るなよ!!」


手を伸ばして傍に寄ろうとすれば、手首を叩かれて彼は片手で顔を覆う。

彼も悲しんでる、苦しんでるんだわ。


でも、なぜ?


「どうして・・・!

どうして僕だけを愛してくれないんだ!」


「だ・・・だって、私・・・愛欲の女神で・・・」


「・・・・!!」


「アスカークは一冊の本だけで我慢できるの?」


私たちは神。司り、守り、それそのもの。

アスカークが英知そのものであるならば、私は愛欲そのものだ。

それがなければ生きていけず、それを否定した途端に、私たちは存在価値を失う。


―――――神ではなくなるのだ。


私は愛欲を否定できない。拒むことができるはずない。




アスカークはこの一件以来、私に対して決して怒ったりしなかった。

例え他の恋人の会いに行っても、彼は優しい笑顔で迎えてくれた。


ベットの中で何もせず抱きしめてくれる時間は最高に幸せ。

髪を撫でて、たまにキスして、何も身につけていない身体で抱きしめ合う。


アスカークは私の肩を撫でながらこう言った。


「ジュリヴァは生命を司る神だろう?」


「ええ」


「もしかしたらジュリヴァの愛は繁殖的なもので、男女間の恋情とは似て異なるものなのかもしれないね」


「どういうこと?」


「種を存続させるための行為と、恋愛は全く別なんだ。

ジュリヴァが生命そのものなら、恋愛はむしろ種の存続にとってはかたきみたいなものだから」


そんなこと、考えてもみなかった。

じゃあ私が今まで積み重ねてきた恋愛は、一体なんだったんだろう。


「そんなに違うものかしら・・・」


「違うよ」


アスカークはどこか悲しそうな表情で、私の頬を優しく撫でる。


「強い恋情は身も心も蝕む、呪いのようなもの。

貪り尽くすように侵食して、理性でも拒めない」


「暖かくてほわほわして幸せなのは、恋じゃないの?」


「・・・本当の愛は、苦しいんだよ」


苦しい愛って、何?

私にはアスカークの言っていることがわからない。


「わからないよ、アスカーク」


彼は微笑んで、私を抱き締めた。





アスカークはみるみるうちにかっこよくなっていった。

ボサボサの髪を切って、メガネを外して、最近では外でもよく見かける。


彼は私の自慢の恋人。

恋人と長続きしたことはなかったけれど、アスカークと別れる気は全く起きない。

不満がないからとか、自慢できるからとか、そういうことじゃなくて。何故かわからないけれど離れられないって思ったから。


もしかしたら、これが本当の恋というものだろうか。


だってアスカークと別れたくないし、他の女神に夢中になって私の相手がおざなりになるなんて――――――ものすごく嫌だ。

考えるだけで苦しい。彼の言っていた苦しい愛って、この感情のことをいうのかもしれない。


「どうした?難しい顔をして」


隣で本を読んでいたアスカークは、パタリと閉じて私を見つめる。


「・・・ううん、なんでもないの」


「最近あまり元気がないな。

何かあったのか?」


「ちょっと・・・大好きな恋人と上手くいってないだけよ」


彼の眉間に一瞬だけ皺が寄る。

赤い瞳に、チラリと炎が燃えるような燻ぶりを感じた。


「・・・そうか」


アスカークに対する思いをどのように吐き出していいかわからない。

貴方の全てでありたいと思うのに、やり方すらわからなかった。


アスカークに相談した方が早いかもしれない。そうだ、彼は以前にも愛を知っているような口ぶりだった。

英知である彼は、恋情や愛情にも精通しているはずだわ。


「ねえ、アスカ―――――」


「ジュリヴァ」


私の声を遮るアスカークは、視線を下に落としたまま口を開く。


「あの噂、聞いたか?」


「噂って何?」


「今その噂で持ち切りになってる。

太陽の神と月の女神が惹かれあってる・・・って」


「え・・・・」


イリーネ様が太陽神と?

でも、太陽と月が交わることは禁じられてる。もし禁忌を犯せば、間違いなく追放だ。


なんて罪深いことを・・・・。


でも私はそれを否定できない。

私がそれを否定するとき、それは死を意味しているから。


「そう、それは・・・とても難しいことね」




以前の私だったら、間違いなくイリーネ様を太陽神と引き合わせるように努力しただろう。

自分が追放されるのを覚悟で、それでも2人の恋を実らせるために。


だけど、私がいなくなったらアスカークがきっと悲しむから。


今の私には・・・それができない。


知らぬ顔をした。あの噂を耳にしていながら、何食わぬ顔でイリーネ様に普段通り接した。

肯定もせず否定もせず、自分の身を守ることにした。愛欲の女神としてあり得ないことだとわかっていながら、私はひとつの愛を見捨てた。


そして変化がもうひとつ。

アスカークへの恋を自覚してから、私は他の男に抱かれるのが苦痛になっていった。

拒むことができないのに行為に苦痛を伴い、後には必ず胃の中のものを吐き出すようになる。


自分が徐々に壊れて行くのを感じた。

それでも私は、“愛欲”から逃れることはできない。




決定打は、イリーネ様と2人で編み物をしている時に訪れた。


「ねえ、ジュリヴァ」


彼女の艶のある神秘的な声が響く。


「なにかしら」


「私、恋したのよ」


その声はとても甘美で、同時に毒のようなものを含んでいた。

ドクンと、心臓が大きく鳴る。


「・・・・誰に・・・」


「太陽神に。

―――――協力してくれるでしょう?」


嫌な汗が流れる。

震える唇を無理やり叱咤して、言葉を紡ぎ出した。


「・・・ごめんなさい、私にはできないわ」


「それは無理よ」


「え?」


イリーネ様は私の顔を両手で挟み、上を向かせてこの上なく美しく微笑む。


「貴女は愛欲の女神なのよ。

私のお願いを断るということは、死ぬということだわ」


そう、私は死ぬ。

イリーネ様の頼みを受けても断っても、私はアスカークと離れなくてはならない。


私はその瞬間、絶望したと同時に安堵した。

もう他の男を愛さなくて済む。


たった一人の男すら純粋に愛せない私なんて―――――もういらないわ。








「逢引を手伝った・・・?」


私はこくりと頷く。

アスカークは視線を外して黙り込む。


「だから、私ももうすぐ追放されるの。

後悔はしてないけど、アスカークのことだけが心残りだわ」


ポタリと、涙が流れた。

賢いアスカークのことだから、2人が懸想してることを私が知れば手伝うことを知っていただろう。

それでも彼は、私に噂を教えたの。

他の男のもとへ行く私に愛想を尽かしたのかもしれないけれど、私が追放されることを望んだなら後悔なくここを去ることができる。


「今まで、こんな私を愛してくれてありがとう」


愛を言葉で、行動で、身体で、全てで教えてくれたアスカーク。


さようなら。












まるで胸が張り裂けそうなほど苦しい。

私はこの苦しみを抱えてこの世界を去る。


追放される直前、私は父神にこう乞うた。


「お願い、下の世界では私を孤独にしてほしいの。

憎しみに塗れても構わないから、私をアスカーク以外愛せない、アスカーク以外から愛されない人間になりたい!」


「自ら修羅に足を踏み入れる気か?ジュリヴァ」


私は頷いた。

そう、全ては私の意思。


「修羅で構わないわ・・・。

私が欲しいのは、彼だけを愛せる自分」


まるで呪いのようだ。

心も身体も蝕み侵食して、理性では拒めない。




愛してるわ、アスカーク。


もしも来世で出会うようなことがあったら、その時の私は――――――――








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