66話 輝いた時間
ダグラス神官長にお礼を別れを告げ、6人はアダムとマリウスとシュシュに会うために隠し部屋へと向かった。
案の定やはり3人はその部屋に居て、再会に安堵のため息を漏らす。
「よかったわ、本当、皆無事で」
「ほんと、買い物中に襲撃されたときもうダメだと思ったもん」
クレアとディーンは真っ先にレジーナの両隣を占領しつつソファに座った。
さあ、本題だとサムはハリスの方を向いて尋ねる。
「それでハリス、大切な話って何?」
「あ、うん。
マリウスもシュシュもアダムも、ちょっと聞いてほしいんだ」
「なにヨなにヨ」
シュシュはマリウスに後ろから抱きついて足をプラプラさせながらハリスの話に聞き入る。
ハリスは大きく深呼吸をひとつすると、いきなりがばっ!!と立ちあがって頭を下げた。
「ごめん!!!」
「な・・・なにどうしたの?ハリス・・・」
突然の大きな声に驚いて仰け反るクレアに、ハリスは頭を下げて目を瞑ったまま口を開く。
「ユークよりずっとずっと酷いことを俺はやってたんだ・・・・。
ずっと皆を裏切ってたのは俺だ」
「どういうこと?」
ディーンらの表情がだんだん険しくなっていく。
「俺・・・・ジーン聖教団に入ってたんだ」
ズッコケたのはシュシュ。
アゴが外れそうなほど口を開いたまま固まったのはディーンだ。
「えー!?えー!?ええええええええ!?」
サムは頭を絶叫しながら首をフリフリと横に激しく揺らしている。
クレアは気絶しているのかしていないのか、同じ表情のまま微動だにしない。
マリウスとアダムはハリスがここへ駆け込んで来た時点で想像はついていたので、特に驚いた様子はなかった。
「なんで!?どうしてそんなことしたの!?」
まるで息子の不祥事を怒る母親のように問いただすサム。
ハリスは皆の反応を見るのが怖く、ぎゅっと目を瞑ったまま一気に話す。
「もちろんジーン聖教団に入りたかったわけじゃなかった・・・!
ただ、俺はアビーの仇がとりたくて・・・それだけだったんだ・・・!」
「ハリス・・・」
レジーナは切なそうな表情でハリスの背を撫でた。
アビーの死からきっと皆は抜け出そうともがいていたのだ。
結果的に、ハリスは違う道を選んでしまっただけのこと。
心情を察し何も言えなくなった皆に、ハリスはもう一度深く頭を下げて謝る。
「責めていい、怒っていいんだ。俺が皆を裏切ったことには変わりないから。
ディーンの作戦で廃屋のアジトを突き止めた時、それをジーン聖教団にバラしたもの俺だ。
去年のパーティーで襲撃を受けた時、それを直前で知りながら腰を抜かして何もできなかったのは俺だ」
「ハリス、自分を責めないで」
クレアは心配そうに言うが、ハリスは首を横に振る。
「ジーン聖教団に入った時点で俺は犯罪者だ。
ちゃんと自首して罪を償うつもりだから・・・・。皆にも許してもらおうとは思ってない。
今日の襲撃も・・・ジーン聖教団だったんだよ。
俺は一歩間違ってたら皆を殺してしまっていたかもしれない」
「ハリス、私にはこれを言う資格はないかもしれません。
でも、もし貴方が私たちを仲間だと思ってくれるなら、どうか・・・・」
ユークは優しく諭し諌める。
責めない皆の優しさを感じながら、しかしハリスはもっと自分を責めてほしかった。
どんな理由であれ仲間を裏切ったのは紛れもない事実。
「ユーク、本当の裏切り者が俺なんだ。
アダムでもユークでもなくて・・・俺なんだよ」
「それはどうかと思うわヨ」
急にひょっこりとシュシュが出てきて、ソファの周りをクルクルと歩きながら話し始める。
「アダムが灰色の鳥だと明らかになった時点で思ったのよネ。
アダムの片翼がアダムの恋人なら、意外と近くにいる人物なんじゃないかって」
アダムは視線を鋭くしてシュシュを睨む。
しかし戦闘のプロであり殺気に慣れているシュシュはものともせずに話を続けた。
「でもどう考えてもジーンの娘がアダムと普通に接触していたなんてあり得ない話よネ。
だったら誰かに“化けて”るんじゃないかと考えたのヨ」
「シュシュ?」
急にジーンの娘に話が移ったシュシュの意図が分からない一同。
シュシュは足を止めずにパラソルを差したままぐるぐると部屋の中を歩き回る。
「だからー、調べてみたのヨ。アダムの周りで不審な人物。
噂のレジーナに合致する人物は限られてたのヨ」
「え!?わかったの!?」
ディーンが大きな声を上げたと同時に、レジーナの白く細い首に小型の刃物が回る。
皆はシュシュの突然の行動に息を飲んだ。
レジーナの耳元で語るシュシュ。
「一番“ウカツ”だったヨ。
まさかこの中にいるなんて思わなかったし、“メーデン・コストナー”自身に怪しいところは一つもなかったんだから。
でも本物のメーデン・コストナーは赤毛だったらしいじゃナイ?」
レジーナの首に刃物が喰い込み、皆は震える拳を握ってシュシュの話に聞き入る。
「入れ替わったとしたらカーマルゲートに入る前。
それからずっとアンタは今まで皆を騙し続けていたのネ。
真の裏切り者はアンタよ、レジーナ」
「待ってシュシュ!
メーデンが片翼なわけないじゃない!」
「嘘・・・だよね?」
悲鳴のような声を上げて制止するクレアと、唇を震わせるディーン。
胃の痛くなるほど張り詰める空気に、シュシュはふんと鼻を鳴らして嗤う。
「いい加減に目を覚ましなさいヨ。
アンタたちは騙されてたのヨ、カーマルゲートに入ってからずーーっと。
本物のメーデン・コストナーはドコ?」
凄んで殺気を出すシュシュに、レジーナは血色の良い唇を三日月の形にした。
「食べたわよ」
まるで何でもないように言ったその一言。
しかしその中には狂気や黒く澱んだ物が含まれており、クレアはあまりのことに吐き気を催して口を手で覆う。
「認めるのネ」
「認めるも何も、隠す必要なんてないわ。
だってジーン聖教団はもう滅んだんだもの。
もうサイラスに用はないの」
レジーナはクスリと微笑んでシュシュの付きつけた刃物を片手で握り潰した。
見事に変形したそれに、事態をやっと呑み込めた皆はさーっと顔色を無くしていく。
「本当はお別れの言葉も言うつもりはなかったんだけど、最期の最期であっさりバレるなんてね」
「アンタね・・・」
シュシュの怒気を軽く交すレジーナに新たな武器が付きつけられる。
パラソルに仕込まれた長い剣だ。
「悪いけど、アダムは見逃せてもアンタは出来ないわヨ。
ジーンの娘だなんて、性質が悪すぎるカラ」
「やめといたほうがいいわ。私に勝てるなんて思ってないでしょう?
それに私は魔女よ?中心の国を敵に回す気?」
神の子である魔女に手をかければ国家反逆罪。
莫大な権力と戦力を持つ中心の国を敵に回しても、その戦いは大人と子供の喧嘩。勝ち目はない。
シュシュは奥歯をギリギリと言わせて突き付けた剣を下ろした。
「さよなら。もう2度と会うことはないでしょうけど」
立ち上がってアダムの隣に立ったレジーナ。しかし――――パチン!と小気味いい音が立って、レジーナの頬が叩かれた。
クレアだ。
「人を殺すなんて・・・・どうしてそんなことを!!」
レジーナは派手にクレアをビンダ仕返し、クレアは吹っ飛びそうになるのを慌ててアダムが支える。
「うるさいわね!!
今までずっと守られてきたお嬢様に私の何が分かるのよ!!
人を殺さなきゃ生きていけなかった私を責める権利なんて、ずっと大切にされて生きてきたアンタにはないわ!!」
クレアははっとして、叩かれた頬に手を当てた。
この痛みだけで泣いてしまうような弱い自分。今までどんなに大切にされて育ってきたか、それを思い知らされた気がした。
「メーデン・・・」
「そんな名前で呼ばないで!
メーデンなんて女は最初から存在しない!」
クレアはキッと視線を鋭くして、もう一度レジーナの頬を叩いた。
「『最初から存在しない』なんて簡単に言わないで!!
確かに貴女はメーデンじゃないかもしれないけど、私たちと一緒に過ごした“メーデン”は貴女なのよ!!」
一同はびっくりしてクレアを見る。
レジーナも目を少し大きくして彼女を見下ろした。
「一緒に居た楽しい時間まで嘘だなんて言わないで!!
裏切ったらそれで終わりなんて違うわ!!
私たちは本当の友達よ!!仲間なのよ!!」
クレアはボトボトと大粒の涙を流しながら必死にレジーナにしがみつく。
「私はいつまでも貴女たちのこと友達だと思ってるから!!
全部全部私にとっての宝物なの!!」
例え偽りだったとしても、確かに輝いていた時間は存在していた。
今はもう、あの時間に戻ることはできないけれども・・・。
「もう2度と会えないわね」
クレアは悲しそうに顔を歪めてレジーナを見上げた。
しかしレジーナは優しく微笑んでおり、クレアはその表情を和らげる。
クレアの前髪が優しく払われた。
「灰色の鳥はもうこの国には現れないわ。
貴方達がいる限り、サイラスは大丈夫だから」
「ううっ・・・」
泣いて頷くクレア。
レジーナはアダムに目くばせすると、2人はその場で灰色の鳥に変化し、バサリと羽音を立てながら窓から大空へと飛び立っていった。