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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅴ章
65/73

65話 裏切り者は誰




ユークは証言の時と同じく青い顔をし、気まずそうな顔をして自分の父親を睨む。


「何故、貴方が・・・」


何故、自分の息子を辱めディーン達を助けたのか。

ダグラス神官長はユークの宿舎のリビングで、腕を組んだまま眉間に深い皺を刻んだ。


「話しは200年以上前に遡る」


皆は何も話さず静かに彼の言葉に耳を傾ける。


「私がまだ、カーマルゲートの生徒だった頃の話だ。

カーマルゲートにはある3人の親友が居た。私ウェルス・ダグラス、イゴール・ヴァルモン、そしてジーン・シスだ」


「ジーン?」


ユークは小さく口を開いてダグラス神官長の言葉を繰り返した。

彼は大きく頷いて肯定する。


「そう、ジーン・シスはベルンハルト家の婿に入る前の名だ。

そしてその頃、シス家とヴァルモン家は・・・非常に仲が悪く険悪だった。しかし不思議とヴァルモン家のイゴールとシス家のジーンは仲が良く、私たちはずっと一緒にカーマルゲートでの生活を送っていた」


「父上が、あの犯罪者と親友?」


信じたくないのか、ユークは苦々しげに言った。


「親友だったさ。

そしてあの頃のジーンはとても正義感に厚く、誰にでも慕われるような人物だった」


「へえ、ジーン・ベルンハルトがねぇ」


ディーンが独り言のように呟き、他の皆は信じられないと訝し気な視線を寄こす。

殺戮を繰り返した犯罪者が正義感に厚いなど絶対にあり得ない。


ダグラス神官長は思い出すように、しかし淀みのない口調で話した。


「私たちはいつも一緒に居た。私とイゴールとジーンと、それからジーンの恋人だったサンドラ・イーベルも。

そして私たちが8年の時、イゴールの母親が亡くなった。

原因は病気だが、しかしその病気は決して薬で治せないものではなかった」


「どういうこと?

薬を飲まなかったの?」


クレアが尋ねると彼は首を横に振る。


「いや、薬が手に入らなかったんだ。

それはサイラスには輸入禁止されている白物で・・・、イゴールは採算輸入を認めるように頼んだが許可が下りなかった。

結果的にイゴールの母親は国に見殺しされたことになる。

それがきっかけに仲間思いのジーンは、国にできないことを自分たちでやろうと言い出し、私たち3人は“義賊”という形で犯罪を犯し始めた。

輸入が禁止されている薬を配ったり、国が罰せられない悪人を殺したり。それは確かに法的には犯罪だったが・・・私たちは自分たちの正義を貫くと誓い、様々なことをやった」


レジーナは自分の掌の肉を爪で削った。

身近な者の死によって義賊となり犯罪を犯す。レジーナは父親と全く同じ道を辿っていたのだ。

知らなかったといえど気分は良くない。


ダグラス神官長は淡々と続ける。


「しかし私たちが卒業し私はみるみる内に出世していく。それに連れてだんだん自分たちがやっていることに恐れを感じ始めるようになった。

もし義賊などをやっているのだと人に知れたら、私は今まで築き上げてきた権力を一瞬で失ってしまう、と」


正義による行為だろうが、犯罪は犯罪。罰せられるのが当たり前だ。


苦労の上に積み上げてきたもの。

若気の至りの過ちでそれを全て失ってしまう。


「それが恐ろしくなり、私は親友を裏切ったのだ。

国にジーンとイゴールが行っていたことを包み隠さず話す代わりに、自分の罪は許してもらう算段だった。

ユークのように」


ユークはバツが悪そうな顔をして俯いた。

自分の地位を、名誉を守るために仲間を売ったユークとダグラス神官長。


「元々研究熱心だったジーンにはその当時いろいろな噂が付き纏っていた。錬金術の噂もそのひとつ。

ヴァルモン家との抗争が激化していたこともあって、イゴールはヴァルモン家の庇い立てで罪を逃れたが、シス家のジーンは罪人として処刑されることになったんだ。

しかしイゴールはヴァルモン家の出自でありながらジーンを庇い証言した。いかにジーンが無実であるか、いかに人望厚い人物であるかを。

それがヴァルモン家の人間には許せなかったらしい。―――――結果、虚言罪と国家反逆罪で彼も処刑された」


「後悔してるんだね」


ディーンの声はとても優しく、穏やかだった。

ダグラス神官長は目を閉じてゆっくりと頷く。


「ジーンを犯罪者に追い立てたのはヴァルモン家ではなく私だ。

親友に裏切られた苦しみから、彼は完全に狂ってしまった。

錬金術に手を染め、人を殺し、罪を重ねるジーンの噂を聞くたびに、私は何度も自分を責め続けた。

例え高い地位を手に入れても、どんなに強い権力を得ても・・・・・後悔ばかりが押し寄せてくる」


「父上・・・」


彼はユークをじっと見つめた。その視線には息子に対する愛情が込められている。

神官長として出世と権力に貪欲な彼も、やはり人の親である。


「ユークには同じ後悔をしてほしくなかった。

もしユークが少しでも彼らを仲間だと思っているなら、必ずこの先後悔するだろう」


「そういうことだったのね」


クレアは納得して大きくため息を吐く。

ダグラス神官長はディーンらを救ったわけではなく、自分の息子を救いたかったのだ。

だからこそ自ら審問会に乗り込み、危険な橋を渡った。自分と同じ過ちを犯させないために。


「それにしてもダグラス神官長がジーン・ベルンハルトの親友だったなんて」


「驚きだよね」


「そのうちディーンがあのアダムと親友だったなんて驚き、って言われるんじゃないの?」


クレアが言うと、確かにとハリスとサムはうんうんと頷いた。


「って言うか、犯罪者どうのこうの抜きにしてもアダムとディーンが親友なのは意外だよね」


「どういう意味!?」


サムの言葉にディーンは敏感に反応し、ショックを受けたような表情をして問い立てた。

一同が笑い合うのを見て、ユークは眉を八の字にし、頭を深く下げる。


「すみませんでした」


皆はピタリと笑うのをやめてユークを見た。


「ユーク・・・」


「すみませんでした。

私は・・・・貴方達を裏切ってしまった」


後悔しています、と声を詰まらせながら謝るユーク。


「裏切り者の私がこんなことを言うのは間違っているかもしれません。

だけど・・・・皆無事でよかった・・・」


クレアはムッと口をへの字にすると、駆け出してユークに勢いよく抱きつく。

ぎゅうぎゅうと抱き締められるユークは慌てつつも驚きに目を見開く。


「ばかね!

大好きよ!」


それは「許す」よりもずっと優しくて暖かい言葉だった。


「・・・っ・・・はいっ」


泣き笑いをしながらユークの頭を撫でる皆。


和やかになったその場で、しかし一人だけ顔を青くして笑みを無くしているのはハリスだ。

彼はチラチラとレジーナを見ては視線を外し、チラチラと見ては視線を外し、とても挙動不審だった。


「どうしたのハリス?」


とうとう様子がおかしいことに気づいたクレア。皆の注目がハリスに映ってしまい、彼はますます動揺する。


「い、いや、その・・・俺も、皆に話さないといけないことがあるんだ!」


自分も皆を裏切りジーン聖教団に与していたことを、きちんと話さなければならない。

ユークはきちんと謝った。今度は自分の番だとハリスは自分に言い聞かせる。


一同はぽかんと呆けて首を傾げた。

ハリスは慌てて付け加える。


「聞いてほしいことがあるんだ。大切な話。

アダムとシュシュとマリウスにも・・・いいかな?」


大切な話とは一体何だろうと皆はそれぞれ顔を見合わせておずおずと頷いた。





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