64話 審問会
ジーン聖教団の襲撃と壊滅を検証する間もなく、ディーンとサムとクレアは兵士たちに連れられて閉じ込められてしまった。完全に密閉された個室で、彼らは無事に再会できた喜びに浸ることなく不安に駆られる。
「どういうこと!?」
「さあ・・・」
混乱してプチパニック状態に陥っているディーンに、サムは深刻な顔をして考え込んだ。
顔色の悪いクレアはもしかして、と言い辛そうに話し始める。
「もしかして・・・バレたんじゃないかしら」
「バレたって何が?」
「アダムの件よ。
私たちが灰色の鳥が協力してたことが、バレたんじゃ・・・」
重罪人に与していると知られたら、審問会にかけられて罰せられてしまう。
間違いなく絶体絶命のピンチだ。
ディーンは頭を抱えたままウロウロと徘徊する。
「どうしよう!」
「どうしようもないわよ!」
「落ち着いて・・・ともかく・・・」
険悪なムードにサムがおろおろし始めたころ、扉が開いて新たに2人が部屋へ投げ込まれた。
レジーナとハリスだ。
「メーデン!ハリス!
無事だったのね!」
クレアは安堵の笑顔で2人に飛びつく。
レジーナはよしよしとクレアの頭を撫で、ディーンとサムも2人の無事に胸を撫で下ろす。
「よかった、無事だったんだ」
「ハリス、どうしたんだい?
顔赤いけど・・・」
「えっ・・・!」
指摘されたハリスはバチンと自分の両手で頬を叩いた。
突然の行動に吃驚する一同。
「ハリス!?」
「いや、あははははは」
笑って誤魔化すハリス。
まさか先ほどアダムとレジーナがイチャついているのを見て顔が赤いなど言い辛くて敵わない。
何か話題を変えなければと、必死に思考を働かせる。
「と、とにかく、どうして閉じ込められてるわけ?」
「さあ・・・もしかしたら審問会にかけられるかもって・・・」
ディーンは肩を落として項垂れながら答えた。
審問会にかけられるということは、ほぼ有罪と同義。
「でもどうしてこんな時に?
突然襲撃は受けるし氷の壁は現れるし・・・一体何が起こってるんだろう?」
サムは腕を組んだまま首を捻る。彼らには商祭の間に何が起こっていたかを知らない。
ただ買物の途中で襲撃を受け、氷の壁が自分たちを守ったという事実があるだけ。
「アダムが守ってくれたんじゃないの?
それでアダムとの協力がバレた・・・とか」
クレアが仮説を立てるがいまいちしっくりと来ず、ディーンはうんうん唸る。
「氷の壁はアダムの錬金術で間違いないとしても、アダムと一緒にいるところを誰かに見られたわけじゃないんだよね?
だったら何でバレちゃったんだろう。
審問会にかけられる理由は他にはないし・・・」
「ユークはどこにいるの?」
その場にユークがいないことに気づいたレジーナが尋ねると、他の皆は一様に首を横に振った。
商祭で一緒にいたはずのユークがいないのは何故だろう。
そんなことを考えているうちにゾロゾロと兵士が部屋へ入って来て、5人を別の場所へ連れて行く。
連れて行かれたのは予想通り、審問会の行われる神殿である。
数ある多くの裁判のうち重罪人に対して行われる審問会は、神に忠誠を誓い真実を話すと約束することから神殿で行われるのが慣行だ。
そして刑を下すのは、他の誰でもないサイラス王。
カーマルゲートに入って何度も祈りの式典に参加した場所。
今まではまさかここで自分たちが裁かれる日が来ようとは夢にも思わなかっただろう。
「陛下、罪人をお連れしました!」
声が響き、神殿の扉は大きく開けられた。
一番奥に設けられた簡易な王座に座っている男、その人がサイラス王。
その隣に座っている女性はレジーナも一度見たことがある。黒髪にふっくらとした唇、間違いなくドーラ妃だ。
何故側室の彼女が王の隣にいるのか?
一同はガクガクと緊張に膝を震わせながら首を傾げる。
入口から奥までの距離は普段自覚はなかったものの、今日だけはとても長く感じられた。
緊張と不安を唾と共に喉の奥へ流し込み、大きく息を吐いて陛下を見上げる。
膝を着かせると敬礼してハキハキとした声で紙を見ながら報告する兵士。
「陛下!
被疑者、ディーン・フォン・サイラス、クレア・リーン・サイラス、サム・スム・サイラス、メーデン・コストナー、ハリス・オーディン、以上5名をお連れしました!」
ここまでしっかりと名前を呼ばれると現実味を増してしまうというもの。
クレアとサムは目くばせをして口をきゅっと引き締めた。
「罪状―――――重罪人、灰色の鳥の幇助」
やはりか、と5人は詰めていた息を吐く。
兵士は続けて紙の文字を読み上げた。
「証人―――――ユーク・ダグラス」
「えっ!?」
ディーンのひっくり返った間抜けな声が神殿に響く。
そう、証人がユークということは、アダムの件を国に教えたのがユークということになる。
仲間に裏切られたのだと知った5人は驚いた。
絶望感に浸ると同時に、どこか納得してしまった。何故今、国にバレてしまったのかが分かったから。
銀色の長髪を揺らしながら現れたユーク。彼の顔色はあまり良くないものの、その表情は決意に満ちている。
「証人、ユーク・ダグラス。
ここにいる被疑者らが灰色の鳥と手を組んでいたというのは真であろうか」
「はい、間違いありません」
陛下の言葉にユークは恭しく頭を下げて答える。
この時既に皆は心の中で諦めていた。
自分達は自分達の心に従ったまで。それが例え犯罪になりどんな結果を伴ったとしても構わない。そう決意したのは自分達だ。
バレてしまったならば罪を償うしかないと心に決めていた。それがまさか仲間の裏切りによってもたらされるとは思わなかったが・・・。
罪人になるのは構わない。
しかし、心残りがひとつだけ。
「ユーク・・・」
小さなクレアの涙声に、ユークの肩がピクリと動く。
「そなたらはあろうことか、国を担う王族でありながら、カーマルゲートの生徒でありながら、このサイラス王国を裏切った。
その罪の重さが分かるな?―――――申し開きはあるか」
ディーンらは俯いたまま無言を貫いた。
陛下はため息を大きく吐き、少し間を開けた後ゆっくりと口を開く。
「罪状を申し渡す」
いよいよ、というとき。
神殿の扉を開けて勝手に中へ入って来たのは、ユークの父・ウェルスであった。
厳格さの滲み出るような険しい顔つきの彼は、さっそうと歩きユークを一瞥して陛下を見上げる。
「陛下、お待ちを」
「あらまあ、ウェルス。どうしたの?」
ドーラ妃はあからさまに猫撫で声で自分の息子を出迎えた。
普通ならば咎める一言もあるだろうが、陛下もおろおろし始めて注意一つしない。
「お待ちいただきたい。
ユークの証言は嘘です」
「父上!?」
ユークは驚き半分、怒り半分入り混じった叫び声をあげる。
まさかここで全く無関係な父親が登場し、自分の発言を嘘呼ばわりされるとは思わなかったユーク。
またディーンたちも、何故ウェルス・ダグラスが自分たちの擁護をするのかが理解できず、ぽかんと大きな口を開けたまま固まった。
陛下もさらにおろおろし始め、ドーラ妃の顔色を窺いながらダグラス神官長に問う。
「い、一体どういう・・・」
「ユークがアダム・クラークに脅されているのを目撃いたしました。
これは灰色の鳥によって仕組まれた罠でございます、陛下」
「まあ、可哀そうに」
ドーラ妃は大げさなほど同情のリアクションを取って陛下の腕にすがりつく。
「ねえ、陛下、ウェルスがこう言ってるんだもの。
ユークは悪くないわ、そうでしょう?」
「し、しかし、例え脅されたとしても審問会での虚言は重罪で・・・」
「まあ!わたくしの孫を罰するとおっしゃるの!?」
「無罪!無罪で!!」
投げやりに無罪を言い渡した陛下に、その場にいた兵士たちもぽかーんと口を開けたまま呆ける始末。
何故か無罪放免となったディーンたちは顔を見合わせる。
「とりあえず・・・・喜んでおく?」
「う、うーん」
「陛下ってばドーラ妃には頭が上がらないのね・・・」
「なんでユークのお父さん助けてくれたんだろう」
「さあ・・・」
一同はチラリとダグラス神官長を見たが、睨まれて慌てて視線を外す。
「と、とりあえず下がらせてもらいまーっす」
ディーンはえへへと冷や汗を流しつつ、他の4人を促して神殿を出た。
そのまま入口の前で5人は頭を突き合わせる。
「とにかく事実確認をしないと」
「僕も何がなんだか・・・」
「ユークのお父さんってバリバリの貴族派だったよわよね?
アダムに脅されてってくだり、どういう意味だったのかしら」
緊張が解けても謎は解けない。
しばらくその場で考え込んでいると、やがてユークとダグラス神官長も神殿の中から出てきた。
「あ!ユーク!」
「あの・・・ダグラス神官長?
お話を聞かせていただいても?」
クレアはおずおずとダグラス神官長に低姿勢ながら頭を下げて頼んだ。
彼は辺りを一瞥してから口を開く。
「場所を変えよう」