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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅴ章
61/73

61話 聖教団の集会




商祭当日。


「ねえねえ、どこいく!?どこいく!?」


足をジタバタさせてうざったいくらいに元気なディーン。

例年と変わらずの賑わいを見せ、買い物をしている生徒達は楽しそうだ。


「メーデンは欲しいもの決まった?」


「ええ、バックをそろそろ買い換えなきゃ

クレアは?」


「私は無難に服と、あと本が欲しいわ。

思う存分買ってやりましょ、お財布はディーン持ちだし遠慮しちゃ駄目よ」


「え?僕?」


ウフフと満面の笑みを浮かべるクレアにディーンはきょとんとして驚く。

ユークとサムは苦笑して仲良く歩く女性2人の後を追った。おいてけぼりになったディーンは慌てて走り出す。


「それにしてもハリス残念でしたね。

一緒に行けたらよかったのですが・・・」


「だよね。

用事ってなんだろ」


んー、とサムは上を向いて考え込む。

商祭の日は研究も休みになるはずなので、用事ならばそれ以外ということになる。他の人と一緒に行く約束をした可能性もあるが、それはあまり考えにくい。


「もしかしてデート!?」


「アダムも今頃デート中だったりして」


「なにー!?」


サムの冗談に大げさに反応したディーン。その様子はまるで恋人の浮気に気づいた時のよう。

クレアは盛大にため息をついた。


「なんでそこでディーンがショックを受けるのよ」


「だって親友だもん!

アダム自分のことは全然教えてくれないんだ!

僕は全部話してるのに!」


「それはアダムも困ってると思うわよ・・・」


レジーナが控え目に言う。

いちいち何かあるたびに報告をしているならば、それを聞くアダムはきっとうんざりしていることだろう。


「男性達はどこから見て回るつもり?」


露店へ到着するとクレアは後ろに振り返って尋ねた。


「全部一緒に回りたいけど、ユークは午後から用事があるんだよね」


「はい、すみません」


「じゃあ、僕たちはユークの買い物を終わらせてから合流するよ」


クレアはわかったわ、と頷いて近くにある噴水を指さす。


「一時間後にあの噴水前に集合。

遅れないでよ」


「クレアとメーデンこそ買い物に夢中になって遅れないようにね」


手を振りながら男物の多く立ち並ぶ方へ行ってしまった3人。

クレアとメーデン女性物の服やバックを探すために露店へと入って行った。






















ハリスはカーマルゲートの北側にある浄水場へ来ていた。

近くの水源からパイプ官でここまで水を引いてきており、さらに浄化処理を施してからカーマルゲート内の各地へと水が運ばれる。


もちろん森の中にあるような辺鄙な場所にハリスが来たことあるはずもなく、また本来は普段から誰も通りかからないような人の気配がない場所。

しかし今はぽつりぽつりと至るところで人影を確認することができた。簡易に舗装された道路を辿れば四角い形をした建物の中へ入って行く。


一歩中に入ればその人の多さに冷や汗が流れた。この浄水場はそれなりに大きいが、今は人がすし詰め状態だ。

ここにいる全ての人がジーン聖教団。


水を溜めてあるだけの場所だが、いかんせん狭くて敵わない。

もう少し広い場所へ行こうと身を捩れば知らない人にぶつかり、ハリスが姿勢を崩したところで腕を掴んだ誰かの手が身体を支えた。


「大丈夫か」


「フォール!ありがとう、助かったよ」


ハリスはほっと安堵のため息を吐く。

フォールは以前近くにあったアジトの長で、幹部ではないがそれなりに上の人間。しかしあまり他人に執着せず付き合いやすい人で、ハリスはよく彼を頼っていた。


「今から何があるのか知ってる?」


「さあな」


「そう・・・。

集合って聞かされてカーマルゲート内だって聞いた時はびっくりしたけど」


「今日は商祭だからだろう」


外部の人間も比較的簡単に出入りできる商祭。

商人に化けてしまえばチェックが軽く、さらには一部の兵士を買収し裏ルートで中へ入って来た人々もいる。


そして驚いたことに、もともとカーマルゲート内の団員もかなりの数いるらしい。


「でもこんなに集めて何するんだろう。

解散宣言?」


「まさか」


フォールは鼻で嗤った。

灰色の鳥に追い詰められ国に仲間を捕えられてもなおあがき続ける聖教団。そんなに簡単に根を上げることはしないだろう。

むしろ考えられるのは、その逆。


「商祭には行かなくてよかったのか?

あの女も一緒に行く予定だったんだろう?」


「あの女って?」


ハリスは目を大きく見開いて尋ねる。


「紫の瞳の・・・」


「メーデン?何で知ってるんだ?」


「彼女が誘拐されたことがあっただろう」


ああ、とハリスは思い出して手を叩く。

ジーン聖教団に誘拐された彼女ならフォールと接触を持っていても不思議じゃない。


「そうだったね。

でもどうしてメーデンが出てくるわけ?

あ、もしかして一目惚れしちゃったとか!?」


「・・・・」


フォールは眉間にしわを寄せて黙り込む。

これでは肯定か否定なのかよくわからないと、ハリスは肩をすくめた。


「まあいいや。

でも彼女今恋人いないから、狙うなら今だよ」


「・・・何も知らないんだな」


「え?何が?」


ハリスが聞き返したところで、あたりが急にガヤガヤとうるさくなる。

誰かが浄水場の中へ入って来たようだ。

つま先立ちをして首を伸ばし視線が集中しているところを見れば、大きな一枚の布をショールのように纏った女性の姿。


「あれって・・・」


「ああ」


間違いない、ジーン聖教団の主だとハリスは生唾を飲んだ。

顔の上半分はフードで隠れていてよく見えないものの、赤く塗られた唇の形の良さに容姿の美しさが垣間見える。


周りは拍手や口笛を吹いて彼女を盛大に出迎えた。

何をするのかも聞かされずに集められた団員達は、まさか主に会えるとは思っていなかったため興奮している。


「静まれ」


低くどこまでも沈み込んでいくような艶のある声。この声を以前ハリスは聞いたことがあった。


団員たちは静まり返って少し高いところへ上った主を見上げる。


「時は満ちた。

今こそ我らの力を示す時、全員結集した今こそが敵を打ち負かす時」


吃驚している人々に興奮に目を輝かせている者。

その反応は様々であるが異論を唱える者は一人も現れない。


カーマルゲートに侵入している今は絶好の襲撃の機会なのだ。


「武器も人の十分にある。

まずはカーマルゲートの生徒を襲って兵士をおびき寄せた後、王城を直接攻める」


ハリスは震えながら拳を握る。

今頃買い物を楽しんでいるだろうディーンやサムたちに突撃する。

しかも彼らは今武器を携帯していないはずだ。素手で抵抗できるわけがない。


――――――どうすればいい。どうしたら皆を助けることができる


以前パーティー会場が襲われたあの時、ハリスは恐怖のあまり足がすくんで何もすることができなかった。

あの時はアダムが助けてくれたけれど、今カーマルゲートを襲われたら被害は計り知れない。


自分がなんとかしなければと、ハリスは冷や汗をかきながら必死に思考を働かせた。


「どうしよう・・・!」


苦渋の表情で頭を抱えるハリスに見かねたフォールは、ぽん、と彼の肩に手を乗せる。


「アダム・クラークの居場所は分かるか?」


「えっと・・・思い当たる場所はあるけど・・・」


「彼に知らせて来い」


「でも皆が・・・今からじゃ間に合うかどうか」


王族の住まう塔に行くには正面近くにある入口を通らなくてはならない。

ここは北の森、走っても間に合わないだろう。その間にも犠牲になる生徒が増えるだけ。


考え込んでいるうちにも団員達に次々と武器が配られ、着実に襲撃の準備が整っていく。


「あちらは大丈夫だ」


「どうして?」


「大丈夫だから行くんだ。

他の団員たちに知られないよう、こっそりと。

いいな?」


囁くような小さな声で早口で、妙に確信めいて話すフォール。

ハリスは少し悩んだが他にいい案が浮かばず、それしか方法がないと青い顔でしっかりと頷いた。


アダムさえ居ればなんとかなる。そう信じて。


「さあ、始めよう」


主の声におー!と拳を突き上げて歓声を上げる団員たち。

ハリスは彼らに見つからないように、こっそりと浄水場を出て行った。





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