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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅴ章
60/73

60話 壊滅へ前進




夜の花町、男の欲望が大きく渦巻くそこにレジーナは居た。

信じられないほど明るい通りを歩き、錆びれたある一軒の建物の中へ入って行く。


ガヤガヤした雑音、男達の野太く低い声の飛び交うそこは“酒場”。


鼻の利くレジーナにはあまりの匂いに顔をしかめ、一目散にカウンターへ向かった。

背の高い男の隣に座り、店員が身を乗り出して注文を取る。


「何にします?お嬢さん」


「何でもいいわ、飲みやすいものをお願い」


「わかりました」


レジーナはカウンターに肘をつきそのまま隣の男を見る。

彼は表情を動かさず、また視線ひとつ動かさない。


「お久しぶりね、フォール。

以前廃屋のアジトに襲撃した時ぶりかしら」


「ああ」


周りの騒音にかき消されながらも、フォールは返事をしてジョッキを傾けた。

ごくごくと豪快に喉を鳴らしながらアルコールを流しこみ、大きく息を吐いてジョッキを置く。


「ずいぶん順調に事が運んでいるようだな」


「お陰さまでね」


おそらくこの男はレジーナが灰色の鳥であることを知っている。

以前アダムが彼の目の前で“レジーナ”の名を呼んだこと、そして既にジーンの娘が灰色の鳥の片翼であると噂になっているから。


しかしレジーナは自分の正体がフォールに知られても一切焦ることはなかった。

何故か彼はバラすようなことをしない、そう思ったからだ。


「まだ頭は捕まらないわ、でも最近とっても楽しいの」


目の前に置かれたグラスに手をかけながらクスクス笑うレジーナ。

ディーンたちと手を組んでからというもの、ジーン聖教団を壊滅する勢いで戦局は有利に展開している。

いくらアジトを潰してもまだ頭は姿を現さないが、優位に立てるということは気持ちのいいものだ。


レジーナはグラスを一気に煽った。


「・・・手負いの獣は怖い」


「あら、それは忠告?」


フォールの呟いた言葉もしっかりと彼女の耳に届いていた。

手負いの獣とはジーン聖教団のこと。追い詰められた彼らは反撃に出ると解釈することができる。


「いや」


「そう。

すみません、もう一杯同じのお願い」


レジーナは興味無さそうに生返事を返すと店員に向かってグラスを掲げた。


「主の居場所を聞きにきたんじゃないのか?」


「いいえ、違うわ。

貴方に会いに来ただけよ」


レジーナは薄く笑んでフォールの腕に抱きつくと、彼は少しだけ眉間を寄せる。

しかし振り払う素振りは見せず、顔を覗き込んでクスクスと笑うレジーナ。


「信じてないわね」


「当然だ。

お前の男はアダム・クラークだろう」


「アダムは例え私が浮気しても許してくれるもの。

何があっても愛してくれるわ」


そう言った彼女の声には甘美な響きが含まれていた。

ますますフォールの眉間に皺が寄り、レジーナは運ばれてきた飲み物に目もくれずに笑みを深くして顔を近づける。


「そんなに嫌そうな顔しないでよ、ただの冗談じゃない。

もしかして真に受けちゃった?」


「・・・いつもそうやって遊んでいるのか?」


「まさか。まだレジーナを名乗れないもの。

普段は聞き分けのいい子を演じてるんだから」


ふう、とため息を吐いてグラスを傾けるレジーナは多少疲れたようにそう言い放った。

ずっと素を隠し続けるというのはかなり大変なので精神的な疲労も大きい。


「愚痴を言うために来たのか?」


「だからフォールに会いに来たって言ったじゃない。

2回助けてくれたお礼よ。誘拐された時と襲撃の時の、ね。

すみません、彼にお酒持ってきて」


レジーナは勝手にフォールの酒を頼み、彼の前に新しいジョッキが置かれた。

並々注がれたそれをフォールはじっと見つめる。


「俺はただの下っ端。ほとんど何も情報は持っていない。

前に一度王都の近くを通ったことを知ってるだけだ」


「会ったことあるのね」


「少なくともお前の父親ではない」


腕を組んだまま明後日の方を向いて考え込む。


「女、ねぇ。

それって本当に錬金術かしら?」


「どういう意味だ」


「魔女の可能性もあるってことよ。

そもそもフォールは本当にジーン聖教団の仲間なの?

なんで私に全部話してくれるわけ?」


「気まぐれだ」


フォールは酒を一気飲みするとレジーナの腕を払って立ち上がり、カウンターにお金を置くと酒場を出て行ってしまった。

レジーナは彼の後ろ姿を見送ると肩をすくめてため息を吐く。


そのままぽつんとカウンターに一人座っていると、新しい客がやって来てレジーナの隣に座った。ローブを着た黒づくめの姿で顔も分からない。


レジーナは隣に視線をやらず、カウンターに突っ伏して身体を預ける。


「久しぶりに透視して疲れたわ。

アルコールも回ってしばらく動けない」


「何かわかったのか?」


「ええ」


聞き慣れた声に伏したままゆっくりと瞼を閉じるレジーナ。

彼女の脳裏には先ほどフォールから透視した幾多もの場面が映し出されていた。






















気がつけば季節は晩夏。

ディーンたちは順調に聖教団の勢力を奪っていき、今のところ国にも灰色の鳥と手を組んだことを知られる気配はなかった。

何もかも上手くいっていたころ。

そしてだんだんジーン聖教団の限界が見え隠れし始めたころでもあった。


「アジト壊滅成功~!」


書類をぶちまけて両手を上げるシュシュに、皆もテンション高く万歳をする。


「やったね!」


「すごいわ、シュシュ!」


「えへへん。

情報もだいぶ揃って来たし、そろそろ潮時ヨ」


シュシュは得意げに胸を張った。

今まで散々苦労させられたジーン聖教団の壊滅も近いとなれば、テンションが高くなるのも当然。

さらにもうひとつ朗報が。


「本当なのよネ?アダム。

ジーン聖教団の頭は女で錬金術を使えるわけじゃないって情報」


「ああ」


大判のクッキーを咥えたディーンが話しに割り込む。


「アダムと同じで魔物なんだって?」


「どうやらそうらしい。

魔物を取り込み特殊な力を得ただけで錬金術は使えない」


「錬金術を使えない、しかし魔物は融合されている。

つまり他の誰かに錬金術を施された、ということですね?」


ユークの問いにアダムは頷いた。

しかし他の誰かと言っても現代で錬金術を確実に使いこなせるのはアダムだけだろう。

ならばおそらく、ジーン聖教団の頭はジーン・ベルンハルトの実験台になった可能性が高い。


「魔物って確かに手強いでしょうけど、私たちにはアダムがいるし。

錬金術が使えないというのは朗報よ」


「そうね」


クレアとレジーナは顔を見合せてクスクスと笑う。


あ!と突然大声を上げて立ち上がるディーンに、一同は一斉に彼を見た。


「ジーン聖教団のことばかり考えてすっかり忘れてた!!

もうすぐ商祭じゃん!!」


何を言い出すかと思えば全く別の話題を切り出したディーン。

年に一度の大イベントは、カーマルゲートの生徒にとってとても大切な時間なのだ。


「アダムと行きたかったああ!!!」


両手で頭を抱え絶望に浸るディーンに皆の視線は冷たい。


「無理に決まってるでしょ、諦めなさい」


「分かってるよお。

でもクレアだって一緒に行きたいと思ってるんじゃないかい!?」


「そりゃそうだけど、無理なものは無理!!」


ピシッと言い切ったクレアにうんうんと頷いて賛同する一同。

犯罪者として姿をくらましたアダムと一緒に居る所を誰かに見られてしまったらアウトだ。ディーンたちは審問会にかけられてしまうだろう。


ディーンはしゅんと項垂れて妥協案を提示する。


「じゃあ、アダム・マリウス・シュシュ以外の皆で行こうよ。

その日一日くらいなら都合付けられるだろう?」


「私とサムは大丈夫だけど・・・、メーデンは?」


「私も大丈夫よ」


「そうですね、半日くらいなら」


メーデンとユークが頷くが、逆にハリスはぶんぶんと首を横に振った。


「ご、ごめん、その日ダメなんだ・・・」


「えええええ!!」


「ごめん・・・」


ハリスは申し訳なさそうに俯いて謝る。


「仕方ないね。

じゃあ僕とクレア・サム・メーデン・ユークってことで!」


ディーンは手を叩いて嬉しそうに顔をほころばせた。

商祭はずっと気を張り詰めていた一同にとってもいい息抜きになる


きっと楽しい一日になるだろう。


何を買おうかと、それぞれの頭の中は商祭一色に変わった。





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