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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅰ章
6/73

6話 倉庫にて




教師たちの部屋は研究塔にあり、学科によって階が分けられている。


リトラバーの部屋は7階の一番奥にあった。

足を踏み入れてすぐに目に入って来たのは分厚い歴史書の数々。それは本棚に収まらず、テーブルやソファなどあらゆる場所に散乱していた。

教師らしいと言えば教師らしい。


リトラバーは申し訳なさそうに頭を掻く。


「すまないね、散らかっていて」


「いえ」


「どうぞ、座って」


「失礼します」


メーデンは勧められたイスに座り、リトラバーは向かい側に着くと腕でテーブルに積まれた本を払った。

そして懐から取り出したペンと紙を広げると、コツコツとペンでテーブルを叩き始める。


「では、さっそく聞かせてもらおうか」


「はい」


「まず、カンダランテに出会ったのは、死体があった場所で間違いないね」


「間違いありません」


「何故あの場所に居たか聞かせてもらえるかな?」


「教科書を忘れて寮に取りに帰っていたんです。教室へ行く途中でした」


リトラバーのペンがスラスラと紙の上を滑る。


「カンダランテはどんな形・色・大きさだったかな?」


「緑色で巨大なサソリの形、大きさは15メートル前後かと」


「瞳はどうかな?」


「黄色でした。瞳孔が鋭くて、目は細めだったと思います」


「声は聞いた?」


「いいえ」


「カンダランテは君の存在に気づいた?」


「ええ」


「襲ってこなかったのかい?」


「全く。すぐにその場から去って行きました」


そうか、と低く返事をして彼は視線を下に向けた。


リトラバーは魔物の研究をしており、魔物について詳しいと以前にクレアが言っていたのを思い出し、メーデンは気になったことをそのまま率直に口にする。


「リトラバー先生、クレア・サイラス様からお聞きしたのですが、先生は魔物に詳しいとか」


「ああ、そうだね」


「以前の神殿の事件と今回のカンダランテの件、どう思われますか?」


リトラバーは目を細め深く息を吐くと、ペンを置いてメーデンの紫の瞳を見据えた。


「やはり、普通の魔物では考えられないだろうね。

人の姿を見て襲いかからない魔物なんていない。彼らには理性も知恵もないのだから」


「では、ジーン・ベルンハルトが今回の事件の魔物に関係あると思いますか?」


「ジーン・ベルンハルト?

彼が何故?」


「魔物と人間の融合実験をしていたと聞きました。それが本当なら間接的にあの人が関わっているのではと・・・・」


リトラバーの眉間に皺が寄る。


「そんな話、誰から聞いたんだい?

ジーン・ベルンハルトが錬金術で人体実験を繰り返していたことは有名だけど、魔物との融合実験をしていたことは聞いたことがないよ」


「え?」


メーデンの思考が一瞬停止する。

知られていなかった、メーデンのような魔物と人間が融合された存在のことが。


ならば何故、“彼”は知っていたのか。


「アダム・クラークが・・・・・ジーン・ベルンハルトと関係があるのではと言っていました」


「それは実に興味深いね。ジーンが本当にそのような実験をしていたとしたら、ね。

ふむ、人体と魔物の融合・・・・・・恐ろしいね」


「ええ・・・」


メーデンはうわ言のように返事を返し、口を閉ざした。




















「メーデーーーーン!!!」


自室に戻って来たとたんアビーのタックルを受け、メーデンは盛大に尻もちを着いた。

アビーの大きな身体から繰り出される衝撃は凄まじく、アビーの両腕がメーデンの腰に巻きついていなければ吹っ飛ばされていただろう。


リトラバーから解放されたばかりのメーデン。部屋に帰れば今度はアビーかと小さく息を吐く。


「聞いたわよ!

第一発見者になったんですって!?」


彼女はこれでもかと目を見開いて、鼻がくっつきそうなほど詰め寄った。


ちょっと怖い。


メーデンはこれ以上近寄れないように、アビーの額を手で押さえて尋ねる。

先ほど起こったばかりの事件を、どうして彼女が知っているのか、と。


「それ誰から聞いたの?」


「アダム・クラークよ!」


「え?」


意外な人物に間抜けな声を出した。

今頃情報集めと事件の収集に当たっていると思っていたが、まさかアビーと接触していたとは。


「犯人を見たのならまた狙われる可能性もあるから、“できるだけ一緒にいるように”ですって!」


「・・・そう」


それは犯人から身を守るためなのか、それともメーデン自身の行動を制限するためなのか。


あのアダムならばどちらも考えていそうだ。少なくとも彼は疑っていたのだから。

探るような青い目で見つめられた時の事を思い出し、メーデンは嫌な予感に身振いを起こした。


「なんだっけ・・・アンダンテ?」


「カンダランテのこと?」


「そうそう!

おっそろしいサソリの化け物なんですってね!本当に気をつけなきゃ!」


気を付けたところで遭遇してしまえば勝ち目はないのだが、アビーはメーデンを守る気満々で拳を握りしめた。


「ずーっと一緒に行動しましょう!

そうだ!ここの寮長にお願いしてあたしもここに泊めてもらおうかなぁ・・・・。



あ″!!!」


急に大きな声を出し、メーデンはビクリと肩を震わせる。


「どうしたの?アビー」


「あたし明日城下町に出るんだったわ!」


「許可が下りたの!?」


「ええ、ハリスと一緒に一か月前届け出出してたのよ!」


「おめでとう、アビー!」


メーデンとアビーは喜びに抱きしめ会った。


カーマルゲートは基本外出不可。長期休暇は夏休みと冬休みで年2回あるものの、実家に帰省することは許されない。

当然町に出ることもできず、目と鼻の先にある商店街を見ながら、生徒は生唾を飲んで我慢しているわけである。


どうしても用がある場合や、遊びに行きたい場合、生徒は事務所に届出を出すことになる。

成績、素行、身分、用事の重要度など様々な要素を考慮し決断が下されるが、平民出身者には滅多に許可が下りない。


もちろんこっそり抜け出す、なんてことは不可能だ。王城の敷地内にあるためカーマルゲートの出入口は常に万全の態勢で警備されている。

さらに囲うように設置されているのは高さ10メートルほどの壁。乗り越える者がいないか、兵士たちがうろうろ徘徊している。ちなみにこの兵士は生徒に不評だ。夜に寮を抜け出せば、大抵この見回り兵士に捕まってしまう。


以上の事情から外に出る機会はあまりなく、城下町へ遊びに行けることはほとんどないのだ。


アビーとハリスの場合は成績と素行の良さで許可が通ったのだろう。


「ハリスとデートなんて久しぶりだわ」


「よかったわね」


「うん!」


アビーは普段とは少し違う可愛らしい笑みで微笑んだ。


そこで本題なんだけど、と話を戻す。


「明日はずっと一緒にはいられないから誰かに頼むしかないわね」


「平気よ、一人でも」


「だーめ。何かあったらどうするの!?」


「じゃあ人気の多い場所に居るわ、資料室とか。

それならいいでしょう?」


アビーはぐっと言葉に詰まってしぶしぶ頷いた。




















翌日。アビーたちを校門まで見送りに行ったその帰り。

小雨の降る中、メーデンは資料室を目指していた。


高くそびえ立つ城の影に入ったところで、メーデンの右腕が引っ張られ物陰に引きづり込まれる。

そして手際よくどこかの倉庫の中へ押し込まれてしまった。


顔は見ていないが、犯人は複数。


窓がなく暗い倉庫の中、メーデンはあっという間の出来事に少々の間放心する。


「そこで反省しなさい!」


「クラーク様に慣れ慣れしい罰よ!」


扉越しのなんとも分かりやすい言葉に、メーデンは状況を一気に把握した。アダムのファンに倉庫へ閉じ込められたのだ。


鍵が閉まる音。そしてパタパタと去って行く足音が聞こえその場が完全に静まると、メーデンは目を細めて扉を睨む。


金属製のやや分厚い壁。魔物でもあるメーデンになら蹴破れないこともないが、ただでさえ疑われている最中に怪しい行動はできるだけ避けたい。

分厚い金属の扉を壊すなんて、普通の人間にはできないのだから。


特殊な力。

そう、魔物を取り込んだメーデンには魔物ならでの力が多々ある。

例えば物を破壊する強い力や、夜目が利くこと、殺気を敏感に感じ取れる能力など、およそ人間には考えられない力だ。


その力こそが、メーデンの父親、ジーン・ベルンハルトの思惑だった。


メーデンが兵器そのもの。


人間の持てる力を超越した能力。まさに錬金術の本質である。



メーデンは辺りを見回しながら親指の爪を噛んだ。

どうやってここを出るのか。あるいはどうやって外と連絡を取るか。


ただでさえここは人気が少ない。大声を出したところで誰かが気づく可能性はほとんどない。

ならばやはり自力で脱出するしかないとメーデンは倉庫の中を歩き始めた。


一軒家ほどの広さの倉庫。中に置いてあるのは古い書物や使わなくなった黒板らしきもの。

埃は被っていないので、その一つ一つを手に取って確かめた。


そして一番奥の棚にズラリと並んでいたのは名簿のようなものだった。薄い冊子がところ狭しと詰められていて、その一つを強引に抜き取ると一番最初のページをめくる。

278年前のカーマルゲート卒業生を記したものらしい。


特に興味も沸かずその冊子を放り投げると、出入口がないか隅々まで探し回った。

しかし窓も扉も正面のもの以外にはまったく見当たらず、メーデンは諦めて鍵のかかった扉の前に近づく。


窓がないなら壁をぶち破るか扉を蹴破るかの2択。扉を蹴破る方がどちらかというと常識的であろう。

外に人の気配がないことを確かめると、メーデンは勢いをつけるために少し後ずさった。


しかしなんという偶然だろう。

ガチャガチャと鍵を弄る音が聞こえてきて身体を硬直させた。誰か来たらしい。


それからすぐにザシュッと何かが切れる音が続いて、すぐにその倉庫の扉は開いた。


目の前に現れたアダムにメーデンは遠い目をして肩を落とす。

少なからず彼も驚いているらしく、珍しくも目を見開いて驚いたような表情をしていた。


両者は一言も発さず、沈黙が痛い。


「・・・何をしている」


口火を切ったのはアダムだった。


「・・・別に何も」


「何故ここに居る」


「閉じ込められただけよ」


「誰に」


「貴方のファンに」


少し間を置いた後、アダムは「そうか」とだけ返事を返した。

メーデンも何故ここに彼が来たのか気になって口を開く。


「で、貴方は何故こんなところに?」


「人の気配がしたから来ただけだ」


もしその言葉が本当だとしたら、彼こそ人かどうか疑わしい。


メーデンは刃物で真っ二つに切られた南京錠を横目で見た。おそらくアダムの腰にある剣で切ったのだろう。こちらも人間技かどうか疑わしい。


「いつも一緒にいる女はどうした」


「アビーのこと?今日は城下町に遊びに出かけてるわ」


「1人で行動させるなと言っておいたんだが」


「ええ、だから資料室に行こうと思ってたのよ。その途中でこうなっちゃったわけ」


アダムは少し間を置いた後、静かに身体を翻した。


「ついてこい、誰か見張りをつけよう」


「イヤよ」


即答で拒否を示すメーデン。アダムの眉間に皺が増える。


「自分がどういう立場に居るのかわかってるのか?」


「わかってるつもりよ。

疑われてるんでしょう?貴方に」


「多少は」


やはり、とメーデンは左口角を上げてふんっ、と鼻を鳴らした。


「怪しむなり疑うなり好きにすればいいわ。

でも誰かに行動を制限されたり束縛されるのは御免よ」


「メーデンが襲われたらどうするんだ」


「自分の身は自分で守る」


ずっと自分1人の力で生きてきたのだ。今までも。そして、これからもずっと。


メーデンはアダムを押しのけて倉庫から離れた。




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