58話 討論
いつもの隠し部屋で、ディーンはバンッ!とテーブルに両手をついて立ち上がった。
「灰色の鳥と協力すべきだ!!」
「絶対ダメです!!」
負けじと声を張り上げて立ち上がるユーク。
一同は頭を抱えたまま首を横に振って呆れた様子だ。
2人の言い合いはずっとこの繰り返し。
元々灰色の鳥に心象を悪くしていなかったディーン一行は、灰色の鳥の一人がアダムだと分かった以上、手を組んで共にジーン聖教団を滅ぼすべきだと主張した。
16山鉱の件をきっかけに、ジーン聖教団は活発に活動している。
犠牲者が日に日に増えているのだ。一刻も早い解決が望まれる。
しかしユークは一貴族としてそれは許される行為ではないと反論する。
「そもそも灰色の鳥は犯罪者なんですよ?
しかも親友に裏切られておきながら、よくもそんな甘いことが言えますね。
どうせまた裏切られて被害が出るのが落ちです」
事が事だからか、ユークはいつもより辛辣に事実を突き付けた。
ディーンはムッとして嫌そうな顔をする。
「アダムは16山鉱の襲撃から僕たちを助けてくれたじゃないか。
そりゃ驚いたけど、裏切りだとは思わない」
「またそんな屁理屈を・・・」
「屁理屈じゃない!!」
「もうやめてよ、私たちまで仲間割れするなんて最悪だわ」
クレアはかぶりを振りながら2人の仲裁に入った。
ハリスも暗い顔をして俯いたまま、シュシュとマリウスは傍観して話しに聞き入っている。
ユークは他の皆を見て説得し始めた。
「あなた方からも何か言ってやってください。
我々は仮にも王族と貴族です。
ジーン聖教団の暴走は一刻も早く食い止めるべきですが、灰色の鳥も捕えるべき対象なのですから」
「でも国だけじゃジーン聖教団を捕まえるには心もとないんじゃない?
その上に灰色の鳥もいるんだから」
ボソリとサムが小声で意見したが、ユークに睨まれてサムは口を閉ざす。
しかしサムに続いてディーンに賛同するのはクレア。
「私も無理だと思うわ。
灰色の鳥を味方につければ心強いのも確かなのよ。
だって彼らはアダムだけじゃなくてもう一人の方も錬金術が使えるわ。もう一人の女の方も」
「ほらね!」
ディーンはふん!と鼻息荒く自慢気に言う。
真顔のまま額に青筋を浮かべるユークに、レジーナも申し訳なさそうに肩を竦めて口を開いた。
「私もディーンに賛成よ」
「ほらねー!!」
嫌味ったらしく言うディーン。
ユークはハリスを鋭い視線で見た後、彼にも意見を請う。
「ハリスはどちらの味方ですか?」
「え・・・っと・・・」
「どっち!?」
2人に詰め寄られてハリスはひくひくと頬を引きつらせながら、マリウスとシュシュに視線だけで助けを求めた。
シュシュは首を傾けて話し始める。
「正直アタシにはアダムを捕まえる自信がないヨ」
「貴女まで何を!!
犯罪者と手を組むなんて、どれほど危険な賭けか分かってるでしょう!?」
「大丈夫!アタシ何も聞いてない、聞いてないヨ!!
あーあーあーあー」
両耳を手で塞いであーあー呻き始めたシュシュ。
彼女は例えディーンたちが灰色の鳥と手を組んでも、暗躍部隊の隊長として何も聞いてないことにするらしい。
ユークは顔色を無くして奥歯を噛みしめた。
「もし・・・もし国に知られてしまえば、私たちは終わりなんですよ。
錬金術に手を染めた犯罪者に自ら関われば、死罪です」
「そんなのわかってるよ」
ディーンは拗ねたように唇を尖らせる。
「でも、それでも僕はアダムに助けを求めるよ。
だってジーン聖教団は何をしてるか、ユークだって知ってるだろう?」
ジーン聖教団の手口、それは生前のジーン・ベルンハルトが行ったことと全く同じだった。
ある時は民を煽り反乱を起こさせ、ある時は小さな集落を落とし、有名な砦を破壊する等、ジーン聖教団は完璧なジーンの模倣犯。あるいは、本人か。
ユークはため息を吐いて肩を落とす。
「では百歩譲ってアダムに協力を要請したとしましょう。
彼なら私たちもよく存じていますし、信用も・・・できなくはありません。
しかしもう一人の方は?どうです?」
「それは・・・っ」
そんなことを言われてもディーンたちは灰色の鳥の女の方を知っているわけがなく、答えようがなくて言葉に詰まる。
そこでパラソルを畳んだシュシュがソファに座って足を組んだ。
「今のところあんまり詳しいことはわからないのヨ。
ただ、噂ではアダムの女らしいヨ」
どしぇーーー!!!
今の皆を言葉で表すならばこのような感じであった。
まさかの情報にそれぞれ顔が面白いことになっている。もちろんレジーナ以外は。
「うそうそうそうそ!!マジで!?マジで!?」
「うわあ・・・意外すぎる・・・。
アダムに先越されるとは思ってなかった・・・」
興奮して目をキラキラさせているディーン。
少しショックを受けたのか意気消沈するのはサムだ。
逆に大口を開けて大笑いをするのはマリウス。
「マジで!?ぎゃははははは!!うける!!
あんな無表情のまま女口説いたのかな!!
ひーーっひっひひっひひ!!」
想像したのかさらにマリウスの笑いが加速し、それにつられて唇の端がピクピクしているクレアは口元に手を当てて笑いを誤魔化していた。
ハリスは大笑いするマリウスを横目で見ながら、ちょっとだけ顔の血色を悪くして固まる。
「アダムの恋人なんて想像できないや」
「でもなんか・・・・エロい・・・かも」
「なになにクレア?
いけないことを想像しちゃったのかい?」
いやらしいニヤリ笑いをするディーンにからかわれたクレアは顔を真っ赤にして怒る。
「ち、違うわよ!!
バカッ!!」
「クレア、気持ちは分からなくないよ。
アダムだしね」
サムがぽんぽんと肩を叩きながらフォローを入れた。
それにしても、と何やら考え込んで明後日の方を見るマリウス。
「そもそもどうしてアダムはわざわざ義賊になったんだろうね。
彼なら錬金術なんて使わなくても、貴族の権力を使って正攻法でできたんじゃないかな」
「確かにそうですね。
アダムの性格から考えても、わざわざリスキーな方法を取るとは思えません」
「うーん、じゃあ他に何か理由があるってこと?」
ユークとディーンはうーんと顎に手をかけて真剣に考え込んだ。
しかし考えれば考えるほどわからなくなってきて、すぐにディーンは根を上げる。
「ダメだ、わかんない。
直接アダムに聞けばいいよ」
「ディーン、灰色の鳥と協力はさせませんよ」
暗に協力するべきと主張したディーンに、すかさずユークは反論した。
睨み合う2人の仲裁に入るレジーナ。
「2人ともやめましょうよ。
ユーク、協力するのは強制じゃないんだから、嫌なら貴方だけ抜けてもいいと思うわ。
それからディーン、協力するなら灰色の鳥の合意も必要なんじゃない?
そもそもどうやってアダムと接触するの?居場所は分かる?」
ユークは俯いて黙りこんだが、一方でディーンは笑顔で自慢気に言い放つ。
「大丈夫だよ!
だってアダムにちゃんと許可取ったし、居場所もわかるもーん!」
「「えええええ!?」」
驚きに叫び声を上げるクレアとサムの双子組。
許可を取ったということは、あの一件以来姿を眩ませているアダムと接触したということ。
そして居場所が分かるということは、アダムに居場所を知らされているということなのだ。
「だって僕たち親友だからぁ、時々会いに来てくれるんだよねぇ。
残念だったねー、ユーク。アダムが僕を裏切ったんじゃなくって」
厭味ったらしく言われたユークは黙り込んだまま黒いオーラを放つ。
それは怒っているのか悔しがっているのか混乱しているのか、周りの皆には判別がつかない。
「僕たちがこうやって話し合ってる場は平和だよね。危機感なんてさっぱりないよ、ここに閉じこもってる以上は。
でも一歩町に出れば分かるよ、皆とても不安そうな顔して歩いてる」
急に真面目な顔して話し始めるディーン。
マリウスやシュシュも、ふむ、と彼の話に聞き入った。
「皆が不安に駆られている中で自分たちだけ楽しようだなんて、虫が良すぎるでしょ。
なおさら僕たちは高い身分が保障されている。
その身分に縋って何もしないなら、王族どころか人間として失格だと思うんだ。
―――――自分の利益を優先する奴に、国を動かす資格なんてない」
「・・・しかし・・・」
「僕たちはいいよね。兵を集めて自分の身を守ることもできるし、国が食糧難になってもお金に物を言わせて楽に買い集めることができるんだからさ。何があっても自分達は大丈夫もん。
でも一方で平民は毎日誰かが犠牲になってる。
彼らからしてみれば犯罪に手を染める染めないの問題じゃない、明日をどう生き延びるか、だ。
・・・・・僕はアダムに散々考えなしだって言われて来たけど、これだけははっきり分かるよ。
僕たちは一刻でも早い解決のために尽力しなきゃいけないし、今は綺麗事を言っていられる事態でもないんだ」
「わかりました、わかりましたよ」
ユークはディーンが言い終わるとすぐに両手を上げて降参した。
「灰色の鳥と協力します」
「やったね」
「ディーン、よくやったわ!」
よっしゃー!と拳を天井に突き上げて喜ぶ一同。
シュシュはポンポンとディーンの肩を叩いて説得の活躍を労う。
「ディーンにしちゃ上出来だったヨ」
「そりゃどうも」
「それで、アダムの居場所はどこヨ?」
「全然分かんない!」
テヘッと可愛らしく舌を出して茶目っ気たっぷりに言うディーン。今度は打って変わって皆からゲンコツを食らうことになったのだった。




