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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅳ章
57/73

57話 アダムの正体



重たい鎧を纏った男達は、赤い月の空の下で体を一心不乱に動かしていた。

とにかく早く仲間と合流しなければ。


心を一つに彼らは夜の城下町を走る。


ガチャガチャと鈍い金属音を立てながら、足音が静かな街に響き渡った。

手に持った松明は遠くから見ればまるで地上の天の川。

遠くから見れば美しいが、しかし近くで見れば想像できるのは血濡れの戦場である。


男たちの目は怒りと興奮から血走っていた。彼らは今から罪を背負うことを覚悟しているのだ。

全ては家族のために、村のために。


「もうすぐだ!!」


「「おおおお!!」」


1人の男の唸るような声に、他の者たちも自身を奮い立たせる。

彼らの小隊は全部で4つ、しかしそのうちの1つは既に兵士によって襲撃を受けていると聞いていた。

そして彼らはこう思うのだ。仲間がダメなら自分たちがやるしかない、と。





とてつもなく広大な王城の土地。

近づいてみれば左側の建物がずば抜けて明るいのが分かった。


「あれが、パーティー会場とやらか」


背は高くないが筋肉隆々でガタイのいい男、ロロは夜の暗闇に輝く一点の光を見てそう呟く。


あれが16山鉱の集合場所。

王城に入るためには正面にある巨大な門、それを突き破らなければならない。しかし仲間のある男によると、兵士はたったの5・6人しかいないそうだ。

こちらの人員は2百以上―――――十分だ。


敵の兵士たちが異変に気付き始めたころ、ロロは腰に刺した剣を抜き、それを天高く掲げて先ほどよりもさらに大きな声を出した。


「行くぞおおおお!!!!」


「おおおおおお!!」


他の男たちもロロに習い、剣を抜いて構えの体勢を取る。

堰き止めることのできない激流は真っ青になって慌てている兵士を飲み込むようにして門を突破した。


























やけに外が騒がしい。最初の認識はそんなものだった。

時間が経つにつれてエントランス側から徐々に不穏な空気が流れ始め、やがて何が起こっているのか確認しようとする人々がエントランス側に流れ出す。

しかし先頭を切って様子を見に行った人々が顔を青くして逆流し始めると、エントランス側へ向かう人々と奥へ奥へ行こうとする人々で混雑し、会場はパニック状態に陥った。


人々が密集のあまり動けなくなっている間にも、不穏な音は少しづつ近づいてくる。

剣の交わる音や怒号、そして何かが切れる音。


会場に居る人々はそこで何事かを察し、固まったままの密集体は奥の出口へ向かう。

しかしその出口はエントランスのそれに比べて非常に小さい避難用の通路。

大勢で押し掛けても通れる人数に限りがあり、またパニック状態に陥っている人々の冷静さを欠いた行動により避難は遅々として進まない。


結局ほとんどの人たちは避難路を通ることができず、まるで半円を描くように散らばり、奥の壁にべったりと張り付いて震えていた。


とうとう会場へ剣を持った男たちが流れ込むと女性らの悲鳴が上がる。


一方で会場へ突入したと同時に、遅れて来ていた最後の1つの小隊が合流した。

これで16山鉱全てが揃ったことになる。

ロロは後方を確認すると、剣を掲げて後ろを振り返ったまま大声を上げる。


「よし!全員揃ったな!!」


「「おおおおお!!」」


男たちの目は輝いていた。上手くいった、そう確信していたから。

4つに分かれていた小隊は作戦通り、パーティー会場で落ち合うことができた。

後は罪を目の前に素知らぬ顔をして来た貴族を殺めるだけ・・・・。


「お前ら!何で俺達が武器をここに持ってきたか、わかるか!!」


ロロは声を張り上げて言う。


「俺達はミラグロ州、アンネモアから来たもんだ!

ノルエ・ホーバーの数々の愚策に俺達は今も飢餓と戦っている!!もう犠牲者だって何人も出たんだ!!なのにお前達はノルエ・ホーバーが神官だと一点張りで何もしようとしねえ!!

神官だからなんなんだ!?神官なら俺達を殺してもいいと!?俺達を見捨ててもいいってか!?ええ!?」


貴族らは一斉に飛び退いて、中には腰が抜けたのか床に座り込む人まで出た。

避難路には相変わらずの人集りができており、未だに多くの人々が会場に取り残されたまま。


「リーダーはお前か」


「え!?ちょっとアダム!?」


突然前へ出たアダムに近くに居たディーンが驚いて腕を掴む。

しかしアダムはそれを振り払ってさらに前へ出た。


16山鉱はなんだなんだと首やつま先を伸ばしてアダムを見ようとしている。


「16山鉱のリーダーはお前だな」


「なんで俺達のことを知ってる」


ロロは訝しげな視線でアダムを見、剣を構えた。

ここに居るのは全員貴族、説得されて懐柔されるつもりは毛頭ない。


彼らの言葉など信用に値しない、それが16山鉱の見解だ。


しかし、男達は彼を知っている気がして必死に思考を巡らせる。

思い当ったのはこの国の英知として名を馳せる人物、アダム・クラークその人であった。


「悪いが剣を置いてもらう」


「んなことできるわけないだろうが!!

俺達は命がけでここへ来たんだ!!目的が果たされるまで絶対に剣は下せねえ!!」


「タダでとは言わない。

その代りにノルエ・ホーバーは俺が処刑する」


その場にいる人達はざわめいた。

いくらアダム・クラークだからといってそんな権限は与えられていない。


「んなもん信用できるか!

お前は貴族だろうが!!」


ロロの言うそれは正論だった。

騙して捕まればそれで終わってしまう。しかし、生活がかかっている男達は舌先三寸で惑わされるわけにはいかない。


「アダム!!アダム、危ないわよ、何をやって―――――きゃあ!!」


人ごみをかき分けて前へ出てきたクレアがアダムの腕を掴んだが、彼女は乱暴に突き飛ばされて地面に横たわる。それを見たサムやユーク、ディーン等は真っ青になってアダムを見た。


「どうしてアダム・・・」


アダムは友をチラリとも見ずに、ロロを見据えて口を開く。


「俺は既に貴族の人間ではない」


「何を馬鹿なことを!・・・・え!?」


アダムの瞳が黄色に変化したと思われた瞬間、そこに現れたのは銀色の毛並みを持った巨大な魔物だった。

四肢を地面に着け、尻尾をひと振りしただけで風が巻き起こる。

何より魔物の持つ禍々しい気が、人々に内側からの恐怖を与えた。


これがアダムの半身である狼の魔物、“オルガ”。


ロロは魔物を見上げて腰を抜かし、後ろへひっくり返った。

人々は恐怖のあまり声を出せず、上手く呼吸すらできずに身体を震わせる。


『ノルエ・ホーバーは“灰色の鳥”が責任を持って始末しておく。

それでも信用できないというなら―――――』


魔物、もといアダムはちらりと後方に居る貴族たちを一瞥する。


『俺が彼らを皆殺しにしてもいい』


「ちょちょちょちょっと待った!!

何もそこまで言ってねぇ!!」


真っ青になって首をぶんぶんと勢いよく横に振るロロ。

人間とは不思議なもので、自分たちよりも明らかに思考がイっている人を見ると冷静な判断力が戻ってくる。


実際にアダムもこの場で誰かを殺すつもりは全くなく、これは一種の“はったり”であった。

これは自分が彼らよりもさらに悲惨な状況を作り出そうとすることで、彼らの闘志を削ぐ作戦。

16山鉱は今から襲撃をしようとしていたはずなのに、アダムの言葉を聞いてその気持ちは大きく削がれてしまった。


『ひとつだけ頼みがある。

16山鉱の中に紛れたジーン聖教団の関係者には死んでもらう』


「へ?」


『お前らの中でアンネモアの出身でない者は誰だ』


男達の視線が一斉に同じ人物に注がれる。

一段と背の低い彼は冷や汗をかいて逃げ出そうと踵を返した。


しかし、何か見えない力に引っ張られて身体が宙に浮く。


「た、助けてくれ!!

嫌だ!!放してっ!!」


『こいつはジーン聖教団の手先だ。

俺が処分する。

いいな?』


ロロは少し考え込んだ後、宙に浮いた男を見て頷いた。


『交渉は成立した。

後始末は任せてもらう。・・・・もう帰っていい』


よほど魔物が恐ろしかったのだろう、堰き止めた激流が一気に流れ出すかのように、わーー!!と叫び声を上げながら来た道を引き返す16山鉱。

恐怖で足が動かず、這ってその場を去る者も居る。


そして16山鉱がホールから出て行き静寂が訪れたころ、アダムの身体にいつの間にか縄が掛けられていた。


――――――シュシュだ。


しかしそんなものが通用するはずもなく、アダムとジーン聖教団の男は一瞬でその場から姿を消す。


「クッソ!!

やっぱりかヨ!!」


手に持った鋼鉄製の縄を地面に叩きつけ悔しそうに悪態をつくシュシュ。

呆然としていたディーンは開きっぱなしの口をわなわなと震わせる。


「うううう嘘だよね?

嘘だよね!?」


「嘘なもんか!!見ただろうがバカタレ!!

アレが魔物なんだよ!!アレが錬金術だよ!!

アダムが灰色の鳥なんだよ!!」


「よりにもよって・・・アダムだなんて・・・」


珍しくも怒鳴る怒鳴るシュシュに、固まったまま呟くマリウス。

サムは顔を覆ってへなへなと座り込み、クレアはショックのあまり気を失う。

ユークとハリスも、土気色の顔で唇を噛みしめた。


シュシュは黙り込む貴族らを見て溜息を吐く。


「全く、一番ヤバい奴を敵に回したわネ」


「嘘だ・・・嘘だあああ!!」


「大丈夫?」


避難路からホールへ出てきたレジーナが気を失っているクレアの傍に駆け寄った。

ディーンはレジーナを見て目を丸くする。


「メーデン?」


「ごめんなさい、私人の波に流されて・・・。

何が起こったの?」


レジーナの問いに答えられる者は誰もいない。

ただ口を噤んで、肩を小さく震わせる。


それは驚きからか、悲しみからか。


しばらくの静寂が続いた後、兵士たちがホールへ流れ込んでシュシュはしっしっと追い払う仕草をする。


「もうアンタたちに用はないヨ」


「は!

襲撃を受けたと聞きましたが・・・」


「もういい、アンネモアの住民も捕まえなくていいヨ。どうせまたジーン聖教団の扇動家が動いたんデショ。

それより、ホーバー家にミラロザ州の軍隊を派遣して。

灰色の鳥が現れるだろうからネ」


もう既に戦いの火蓋は切って落とされている。

ただ今は、誰も想像だにし得なかった人物の裏切りに、言葉を失うだけであった。





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