56話 忍び寄る足音
パーティーも中盤に入るとお腹も満たされ、皆はそれぞれ挨拶のためバラバラに行動するようになる。
レジーナは話しかけてくる男達を適当に交わしながら、人の少ない場所を探して一人歩いていた。
先ほどのドーラ妃のように、厄介な人とは関わらないように願いながら。
しかしそれは叶わず、さっそく見知らぬ人にぶつかってしまいレジーナは慌てて頭を下げる。
「申し訳ございません。
お怪我は?」
振りかえった背の高い男の向こう側にはユークが居た。
「あら、ユーク?」
「メーデンですか。
大丈夫です?」
「私は平気よ。
それよりも・・・」
レジーナが今し方ぶつかってしまった男を見上げた。
黒髪にどこかいかつい顔つきで、厳格そうな雰囲気の滲み出る紳士である。
なんとなく怖そうだ。
「ユーク、知り合いか」
見た目通りの低い声に、ユークは微笑して頷いた。
「はい、学友ですよ。
紹介しますね、彼女は7学年のメーデン・コストナーです」
ペラペラと話し始めたユークに習ってレジーナはペコリとお辞儀をする。
ユークと男性、そして隣に銀髪の女性もいることから、ダグラス家の一族なのだと分かった。
「メーデン、こちらは私の父上、ウェルス・ダグラス。
そしてこちらが母上のソフィ・ダグラスです」
この家族を見てレジーナが瞬時に思ったのは、ユークは完璧に母親似だろうということ。
そしてウェルス・ダグラスはマリウスの弟・ディーンの兄にあたる人だが、全く似てないなぁということだ。
紹介されたにも関わらず、挨拶すらせずにダグラス夫婦は去って行ってしまい、ユークは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「すみません、不快な思いをさせてしまって・・・。
あの人たちは根っからの貴族なので・・・」
つまり平民など相手にしない、ということ。
「気にしないわ。
ぶつかったのは私だし」
ユークはホッと肩を撫で下ろすと、一礼して両親の後を追って行った。
レジーナはユークの後姿を見送ると、盛大な溜息を吐いて肩を下ろす。
今日はよくユークの血縁に会う日だなぁ等と思っていたがそれは間違い。
その後クレアとサムの家族に会い、ディーンの母親である王妃に会い、遠目で見ただけで挨拶はしなかったがアダムの家族も発見してしまった。
これでほとんどの関係者は見たことになる。
もうあまり人には会いたくない。
注意深く見れば中にはグレーマンもチラホラ居るので、もし遭遇すれば彼らに気がつかれてしまうだろう。
レジーナは近寄ってくる男性を無視して外に出た。開放的になっているエントランスから光が漏れるため、外でも決して暗くない。
また、カップルと思しき男女が何組か外に涼みに出ている。
「・・・呑気なこと」
レジーナは振り返り、人でごちゃごちゃしたホールを見て呟いた。
これからまさにここで命をかけた争いが始まるとも知らず、人々は食事に人付き合いにと忙しない。
16山鉱は、今夜必ずここへ来るだろう。
トントンと肩を叩かれて振り向けば、ニコニコ顔のマリウスと、下の方には口いっぱいに食べ物を詰め込んだシュシュが現れた。
「やあ、メーデン。
楽しんでる?」
「そこそこね。
シュシュ、口の周りについてるわ」
レジーナはハンカチを取り出し、屈んでシュシュの口周りを紅が取れないように気をつけながら拭き取る。
シュシュは口に詰め込んでいるだけでなく、両手にも鳥やサンドイッチをしっかりと握っていた。
まるで子供のようで微笑ましい。実際は千歳過ぎたいい大人なのだけれども。
「シュシュ、お仕事はいいの?」
「ぶふぁいまふぁふぇふぁふぉ」
「部下に任せたそうだよ」
通訳するマリウスにレジーナは苦笑する。レジーナにはさっぱり聞きとれなかったのだが、マリウスには分かるようだ。
「それで、どうだい?
次の男は見つかりそうかな?
今回のパーティーは平民の君にとって身分の高い男を手に入れるチャンスだからね。
そのために僕が招待したんだよ」
どうやらレジーナとハリスが招待されたのは、マリウスが一枚噛んでいたらしい。しかもその理由は、新しい男を探すため。
ありがた迷惑だと思いながらレジーナは適当に流す。
「そうね、どの男もあまりタイプじゃなかったわ。
皆とっても積極的で、頭が軽そうなんだもの」
「そりゃー残念。
ディーンと別れちゃったからいい機会だと思ったんだけどなー」
茶目っ気たっぷりに言いたい事を言いまくるマリウス。
レジーナとシュシュの他に誰も居ないので、いつも被っていた猫が取れているらしい。
「ふぁふぁふぇふぇふぇーふぁいふぉ。
ふぃーんふぁふぃふぁふぁふぁふぇいふぁふぇふぁいふぇふぉ」
「別れて正解だって。
ディーンとじゃ幸せになれないんだとさ」
口に食べ物を詰めたまま話すシュシュの言葉を通訳をする。
シュシュはごっくんと音が鳴るほど豪快に飲み込んで、今度はきちんと喋るかと思いきや、また手に持っていた食料を口の中に放り込んだ。
しかし
「グエッフ!!うぐぅ~~!!」
喉に詰まったらしく呻きだし、マリウスは爽やかに笑いながらシュシュの背中を叩いた。
「水もらいに行こう。
じゃあ、頑張ってね~」
ヒラヒラと手を振りながら風のように去って行った2人。
変なコンビだなとレジーナは多少呆気に取られたまま2人の背中を見送った。
彼らはお互いに忙しい身ながらも、姿を見る時はほとんど一緒に居る。
もしかして付き合っているのだろうかと、レジーナの中に疑問が浮かんだが、それは新しい来訪者によって打ち消された。
「ただの腐れ縁だろう」
「アダム、やっと抜け出せたの?」
「ああ」
米粒くらいになったマリウスとシュシュを見た後、アダムは視線をレジーナに落とす。
「確かに恋人同士には見えないわよね」
マリウスとシュシュが仲睦まじく並んだ姿を想像したが、ちょっと難しかった。それぞれの個性が強すぎてアクが強い。
強烈なコンビ、こちらのほうがしっくりとくる。
「それで、もう動いてるのかしら?」
「今4つの集団でこっちに向かってる。
どこで合流するのかはわからない」
「そう・・・」
レジーナは無言で空を見上げる。そこには不気味な赤い月が星空の中に浮かんでいた。
貴族だらけのパーティーの中、他に知り合いがいるはずもないハリスはサムと一緒に居た。
しかしサムが挨拶回りで呼び出され、手持無沙汰になったハリスはため息を吐く。
そもそもなんで自分が招待されたのかが理解できない。
レジーナはディーンと付き合っていたから分からなくもないが、ハリスは貴族社会とは本当に無縁なのだから。
これ見よがしに見せつけるような過激なドレスを着ている女性はいないが、香水や化粧の濃い匂いが苦手なハリス。
自分を前面に押し出してアピールするような女性はあまりタイプでなく、貴族の令嬢と恋仲になどなりたくもないので女性には視線が向かない。
バルコニーに出て外の空気を吸おう。
ハリスはそう思い、ホールに充満する様々な匂いから逃げるべくバルコニーを探した。
しかし途中で使用人らしき人とのすれ違い様に、耳元で囁かれた言葉に動揺する。
「もうすぐここは戦場になる。
ハリス、逃げろ」
ハリスは目を見開いて、しかし足を止めることなくそのまま前へ進んだ。
バルコニーの手前に到着すると立ち止まり、先ほどの言葉を脳内で反芻する。
―――――戦場になるということは、間違いなくパーティー会場が狙われているということだろう。
ここに居る皆が危ないが、むやみに言いふらせば自分がジーン聖教団の構成員だとばれてしまう。
裏切り者だと思われたくない。
皆で力を合わせてジーン聖教団を壊滅しようと集まったディーンたち。
彼らを裏切るなど、彼らに辛い思いをさせることなどしたくはない。
けれども、先ほどの使用人の言葉が本当ならば皆の命が危うい。
思い返してみれば、ハリスは使用人をアジトで見かけたような気がした。名前は忘れたが中々の実力者でかなりの剣の腕前の持ち主だったはず。
思考を巡らせて出てきた結果は、ジーン聖教団がここに攻めてくるのだろう、ということ。
戦場になる。人が死ぬ。
ハリスにはその争いを止める術を持たない。
そう、よくよく考えてみればここは国の要人ばかりが集まった絶好の襲撃の場所なのだ。
国を倒そうと目論む人間ならば、ここを襲うのは自然だと言える。
そして、ハリスも・・・・。
ハリスはジーン聖教団と友達を天秤にかけ、エントランスに向かって走った。
人が邪魔で全速力では走れなかったが、できるだけ早く、早く。
ホールは縦長くエントランスまでかなりの距離を走った。途中で何か物言いたげにこちらを見ていたサムを無視して、ひたすらにエントランスを目指す。
肩で息をしながら、膝に両手をつくハリス。後ろにホールの光を浴びながら、闇の広がる外を見渡した。まだ戦いが始まる気配はないが、どことなく不気味な空に肌がざわざわとざわめく。
どこかへ隠れよう。
そう思い近くにあった手頃な木の上によじ登って立ちあがると、ハリスの目線が高くなり一気に視野が広がった。
そこでハリスは己の目を疑う。何回か目を擦ってみたものの、広がるその光景は全く変わらない。
闇に広がる無数の光。―――――星ではない、松明だ。
最初はバラバラになっていたが、だんだん合流してきて一つの大きな密集体になる。
「これが・・・ジーン聖教団?」
こんなにたくさんの人がいる組織だったのか。
少なくともハリスは知らない。
彼らが一体、今から何を成そうとしているのか。
そしてこの戦いが、友人関係に大きな変化をもたらすことに。