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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅳ章
55/73

55話 生誕パーティー




目を瞑っているクレアの唇にピンク色の口紅が乗せられていく。

最後にひと塗りしたレジーナは、仕上がりを見て満足そうに頷いた。


「うん、いい感じ」


「うわあ・・・」


目を開いたクレアはレジーナの差し出した手鏡を持って笑顔を浮かべる。

唇だけでなく、眉・目・頬とクレアの顔全体に化粧を施したのはレジーナ。

その腕前はかなりのものだった。


「メーデンったら本当に器用ね。

普段は化粧しないのに、どこで覚えたの?」


「勘よ、勘。

基礎は授業で習ったしね」


「クレア、私が化粧して上げるって言ったのになんで断るのヨ」


ドレッサーの並ぶ小部屋にはもう一人、隣のイスに座って足をプラプラさせているのはシュシュだ。

クレアは引きつった笑顔を浮かべて誤魔化す。


ド派手かつ奇抜な化粧をしているシュシュに任せるのはかなり危険な賭けだ。

今から行くパーティーは大切なものなので、シュシュには絶対任せられない。


レジーナは腕時計に視線を落として自分も鏡の前に座った。


「そろそろ私も準備しなきゃ」


陽が昇ると同時に起き陽が沈むと共に床につくサイラスにおいて、夜に行われるパーティーは年に2回しかない。

1回目は年の初めに行われるもの。

そしてもう1回は夏に行われる陛下の生誕祭。


今日はサイラス国王の生誕祭だ。


招待されるのは上流階級の中でも特に身分の高い人たちで、とても平民が参加できるようなパーティーではないにも関わらず、何故かレジーナやハリスも招待されてしまった。

まさか陛下の誘いを断ることもできず、結局クレアたちと一緒に参加することに。


「そういえばメーデン、ドレスはどうしたの?」


大貴族だらけのパーティーはもちろんドレス。

それは平民であるレジーナには簡単に買える値段ではない。

こういう時にしゃしゃり出てきそうなディーンとは既に別れている。


よってどうやってドレスを用意したのかとクレアは訊ねた。


実はアダムが用意した、などとは言えずレジーナは適当に答える。


「この間亡くなったルーシー嬢のお下がりよ。

火葬に立ち会ったから、親族の方からいただいたの。

使わないともったいないでしょう?」


「よかったじゃない」


「そう、ラッキーだったネ」


シュシュは自分のメイクに必死になりながら言う。

顔に映ったシュシュの顔は、やはりいつもとあまり変わりなかった。


レジーナはクスリと笑って頷く。


「そうなの。

クレア、ドレスは決まった?」


クローゼットいっぱいに詰まったドレスを吟味していたクレア。

手に取ったのはクリーム色の割と可愛らしいデザインのもの。


「これなんてどう?

ちょっと子どもっぽいかしら」


「あら、似合うと思うわよ」


一生懸命にドレスを着るクレアの傍ら、シュシュは喜々として奇抜な服を着ている。

レジーナも化粧を終えると立ち上がってドレスの入った箱に手をかけた。

























ホールに入ってすぐ感嘆の息が漏れる。今までに見たことも考えたこともないほど広いそこはパーティー会場。

全ての物が最高級品で整えられているのはもちろんのこと、全体的にあまり華美すぎず、すっきりと纏まっているセンスの良さも感じられた。


人の視線を感じながらレジーナはクレアと共に男性陣を探すが、あまりの人の多さに探し出せるのかだんだん不安になってくる。

そしてやたら感じる人の視線に、レジーナはあまり居心地の良さを感じなかった。


レジーナの纏っている紫のタイトなドレスは彼女の均整のとれた身体を晒し、上品さと色香を両立させるギリギリのラインを狙った見事なデザイン。

割とシンプルな形なので動きやすく、レジーナの美しさを引き立てている。

もちろんレジーナの容姿も人の視線を集める要因。


「すっごい見られてるわね、メーデンったら」


「・・・せめてもう少しさり気なく視線を寄こしてくれないかしら・・・」


そんなにかじりつくように見なくても、とレジーナは不満を漏らす。

これではまるで何かやらかしたみたいだ。


クレアは上品に口を開けて笑う。


「仕方ないわよ、目立つもの。

皆話しかけるタイミングを待ってるのよ。

私がいるんじゃそんなに簡単に近寄れないから」


誇らしげに言うクレアには、若干22歳にも関わらず威厳があった。

慣れているのかこんな場所でも堂々としている。


「あ!いたわ!」


クレアは急にレジーナの腕を引っ張って走り出す。

踵を上げて窓の傍を見れば固まって居たいつものメンバー。

マリウスとシュシュは仕事のためその場にはいなかったが、それ以外は全員揃っていた。


あと20メートルくらいに近づけばディーンがクレアとレジーナに気がついて指で示す。


「お待たせ!

男前に決まってるわよ、ハリス」


ハリスは照れくさそうに頭をかいて笑った。

ディーンはキラキラした目でドレス姿のレジーナを見る。


「似合ってる!似合ってるよ、メーデン!」


「ありがとう、ディーンも素敵よ」


滅多に褒められないからか、ディーンは顔を真っ赤にしてコクコクと頷く。

それにしても、と苦い顔をして辺りを見回すのはユーク。


「私たち、ものすごく目立ってませんか?」


「いつものことじゃん?」


サムはなんでもないように言うが、実際はまるで餌に集る虫のように周りを人々が取り囲むように集まっていた。

まるで見せ物の珍しい動物のような気分になる一同。


カーマルゲートはお馴染みになっている顔なので、ここまでしっかりと見られることはない。


「気にしても仕方ないわ。

それよりメーデン、何か食べましょうよ。

私お腹ぺこぺこだわ」


「じゃあ僕たちが何か持ってくるよ。

アダム、行こう!」


ディーンはアダムを連れて料理を取りに向かった。

私も何か持ってきます、とユークも2人に続く。


しかし3人はすぐに女性の人だかりに囲まれて立ち往生してしまい、その様子を見たハリスがあーあとため息を漏らす。


「やっぱりこうなるよねぇ」


「なんだかんだでディーンもかなりモテるからね」


「そりゃ王子だもの、大貴族のご令嬢にとっては最もイイ獲物よ」


「ねえ、クレア、陛下はもうホールにいらっしゃるのかしら」


クレアの肩をトントンと控えめに叩くレジーナ。

辺りを見回しても特にサイラス王らしき人物は見当たらない。


「陛下はあっちにいらっしゃるわよ?」


クレアが指したのは斜め上。

陛下は高い場所にある王座にゆったりと座っていた。


その姿堂々たるや、さすがはサイラス王だとハリスは口笛を吹く。


「あら、あんなところに」


「後で降りて挨拶に回られると思うよ。

もしかしたら話せるかもね」


ニヤリ笑いをして言ったサムに、ハリスは緊張で若干顔を青くした。

一目見るだけでも平民ならばあり得ないというのに、挨拶をするなど恐れ多すぎる。


そうこうしているうちに料理を取りに行っていたディーン達が戻って来て皿を配った。


「やあやあ、お待たせレディーたち」


「ありがとう、ディーン」


「お安い御用さ」


レジーナにお礼を言われたディーンはやはり鼻の下を伸ばしてデレデレしている。

そしてとの時、少し離れた所にシュシュの姿を見つけた一同。


いつもと全く同じ衣装だと言うのに、派手なドレスばかりのこの場でもシュシュが一番目立っていた。


「・・・・あれでいいのかな、暗躍部隊長」


「一番目立ってるよ、普段と同じ恰好なのに・・・」


「んー、まあパラソル持ってるから仕方ないんじゃない?

さあ、それより料理食べよう。

僕もお腹すいてきたよ」


見た目だけで涎の出そうなほどおいしそうな料理。

ディーンはさっそくフォークを刺して口に入れる。


「私たちもいただきましょうか」


「ええ」


クレアとレジーナも周りの視線に食べ辛さを感じながらおいしそうな料理に手を付けた。

そこでいつの間にかアダムが居なくなっていることに気づくのはハリス。


「あれ?アダムは?」


「挨拶に行きましたよ」


「ユークたちは行かなくて大丈夫?」


「ええ、どうせ後で回りますから」


「ユーク」


見知らぬ女性の声が聞こえ一同が一斉に振り返ると、そこには赤いドレスを着た黒髪の女性が居た。

彼女を見たディーンは口に含んでいた料理を吹き出す。いつもならばそこでクレアが「汚い!」とガミガミと怒るのだが、クレアも額に冷や汗を滲ませて固まっていた。


ユークの眉間にも僅かな皺ができる。


「お久しゅうございます」


「ええ、久しぶりだこと。

なんだかユークの周りは賑やかねぇ」


しゃがれてはいないが毒のある声だった。

容姿は好みが分かれそうだが、唇がふっくらとしていてなかなかの美女。


彼女はレジーナの姿を見ると笑みを無くして歩み寄る。

レジーナは意味もなく身構えて、しかし失礼にならないように慌てて頭を下げた。


「この子は?」


「学友ですよ」


「貴女、お名前は?」


「メーデン・コストナーです。

初めまして」


ふうん、と女性は舐めるようにレジーナの身体を隅から隅まで見回す。

レジーナはどう反応すればいいか分からず、また周りもどうすればこの状況を変えることができるのか解らず気まずい空気が流れた。


「コストナー、ね。

聞いたことないわね」


「・・・平民ですので」


「あら、そう。

何故平民がここにいるのかしら?」


そろそろヤバいなと思い始めたころ、誰かがレジーナの肩に腕を回して引き寄せる。


「わたくしが招待しましたのよ」


その正体はドレスアップしたサンドラ・イーベル。

女性はイーベルを見て嫌そうに顔をしかめた。


「貴女は確か・・・イーベル家のサンドラね」


「はい、そうですわ。

この子は私が目をかけた優秀な生徒ですの。

将来はシュシュ・アーメイのように暗部に入れるつもりですのよ」


「あら、そう。

ユーク、後でまた会いましょう」


女性は言いたいことだけ言い、背を向けて去って行った。

皆は一斉にため息を吐く。


「イーベル先生、ありがとうございます」


「構いませんことよ。

ではご機嫌よう」


イーベルも爽やかに去って行き、レジーナはユークの方を向いて首を傾げる。


「あの方誰かしら」


「すみません、僕の祖母です」


ユークの祖母と言えば、身分が低かったにも関わらず陛下の寵愛を受けて後宮入りしたドーラ姫。

国中の誰もが知っている有名人だ。


「普段はあまりパーティーに顔を出すような方ではないのですが・・・」


「ヒヤヒヤしたよ、イーベル先生のお陰で助かったね」


「ええ」


ディーンも胸を撫でおろして安堵のため息を吐いた。


「悪い人じゃないんだけど、彼女はプライドが高いから僕たちから話しかけたら機嫌を損ねるんだよね」


「・・・そういうこと」


道理で助太刀ができず固まっていたわけだと納得するレジーナ。

社交界のマナーとして、話しかけるのはまず目上の者から。

イーベルはドーラ妃の「どうして平民がここに居るの?」という質問を逆手に取って前へ出たのだ。

彼女の機転の利く行動がなければ、今頃レジーナは質問攻めに遭っていたかもしれない。


クレアは不安げにレジーナの顔色を窺う。


「ごめんなさい、助けられなくって。

大丈夫?」


「平気よ」


平民だからと言われるのはカーマルゲートで十分に慣れている。そもそも犯罪者の娘であるレジーナに貴族も平民も関係ない。


心配そうに見つめてくる皆に、レジーナは本当に大丈夫だと微笑んだ。





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