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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅳ章
53/73

53話 サムの懐古





母親のお腹の中に居る時から、僕はずっと1人じゃなかった。

生まれた時も、勉強する時も、カーマルゲートへ入るのも、ずっと双子の姉・クレアと一緒にいた。


僕たちは特に優れた才能を持つこともなく、ごく普通のちょっとだけ賢い王族、ただそれだけ。

マリウスのように強い権力を持つわけでもなし、ディーンのように問題児ってわけでもなし。


そんな僕らの生活は刺激の少ないものだった。

だって友達なんてロクにできないんだ。

王族を怒らせたら後が怖いからってあまり親しくなりたくない。当たり障りなく付き合う。


カーマルゲートの人間が考えそうなことだ。


僕はどちらかと言えば一人でも平気な人間だから良かったんだけど、姉のクレアはずっとそれが寂しかったみたい。

4学年になってメーデンやアビーやハリスと出会ってからは、彼女は毎日が本当に楽しそうだった。


やっとできた、普通の友達。


なのに、どうしてあんなことになってしまったんだろう。




―――――突然の、アビーの死。




大丈夫だと思った矢先のことだった。

いくら危ない決闘に挑戦していた身とは言えども、これは僕たちにとって初めての死。

辛くないわけがない。


ハリスは恋人だったのに、わりとすぐに立ち直っていたように見えた。

メーデンは4年前からの親友だったけれど、彼女は決して泣き顔を人に見せたりはしなかった。


皆、アビーの死を乗り越えようとしていたんだ。


けれど・・・・。




「クレア、また眠れないの?」


リビングでクッションを抱きしめながら丸くなっている、パジャマ姿のクレア。

最近は眠れずにリビングでぼーっと座ってることが多い。


アビーが亡くなった日からずっとだ。


「気にしなくていいから」


「辛いって、ちゃんと声に出して言っていいんだよ」


溜めこまずに助けを求めたって構わないんだ。

けれどクレアはそれができずにいた。


フルフルとぼさぼさの頭で首を横に振るクレア。


「もう十分すぎるほど皆悲しんだわ。

だから・・・もういいの」


今更アビーの話題を出しても空気が悪くなるだけだと、クレアは頑なに拒否する。

僕は何もしてやれずにただ彼女の隣に座った。


クレアは本当に不器用な人だ。

けれども、僕はもっと不器用かもしれない。

落ち込んでいる姉を励ますこともできず、悲しんでいる友達にかけてあげる言葉も見つからかった。

あんなに大切にしていたのに、どうすればいいか分からないから。




どうすれば皆にもっと気持ちを伝えることができるんだろう。

どうやって励ませばいいんだろう。


僕はずっとそんなことばかり考えていた。





そして7学年になってすぐ、今度は研究遠征のためメーデンがカーマルゲートをしばらく空けることがわかった。


アビーの件からやっと立ち直りかけていたクレアも、寂しさからか、不安からか、また少し不安定になってしまったようだ。

ディーンが主導して組織したジーン聖教団を倒すためのグループ、その活動でクレアのやる気がそちらの方へ注がれていたのに。


でもいつかは皆離れ離れになってしまう。

どんなに望んでも、僕たちはやっぱり別々の人間だから。

双子である僕とクレアも、いずれはそれぞれの道を辿ることになるんだろう。


解ってるけど、でもやっぱり寂しい。


考えてみた、僕にできることを。

バラバラにはなってしまうけれど、心では繋がっていたい。

僕たちがこのカーマルゲートを一緒に過ごしたという証を何か残したい。


相談しようにもアダムは忙しく、ディーンはロクな事考えなさそう。

必然的に相談役はユークだ。







「証、ですか」


「そう、なんでもいいんだ。

だたし形に残るものがいい」


ユークの宿舎の一室で、熱いコーヒーを飲みながら僕の話を聞くユーク。

珍しい銀色の髪、中世的な顔立ちは成人した今も変わらない。


いろいろと濃いメンバーの中で彼の存在は影が薄いけれど、実はとても頼りになる存在だと僕は思っている。

実際にはディーンのお世話で苦労しているユークのイメージしかないのだけれども。


「そうですね、絵などいかがです?」


「あ、それはいいかも」


絵なら本人に近いし、クレアはきっと喜んでくれる。


「さすがユーク」


「恐縮です。

僭越ながら私が手配しても?」


「本当にいいの?

ユーク、研究で忙しいんじゃない?」


「平気ですよ。

知り合いに優秀な絵描きがいますから、発注してみます」


「んー、それってでもバレバレ?」


「・・・バレバレ、ですね」


絵描きを雇うなら一人一人の顔を見るために本人を訪れるしかない。

しかしそれでは、出来あがる前から皆にバレてしまう。


そうだ、と僕は思いついて身を乗り出した。


「ねえ、ユークが描けばいいよ!」


「私がですか?」


「うん、前ユークの絵を見たときすごく上手だったし」


「いいんですか?プロの方にお願いしなくても。

出来あがりは保証できませんよ」


「いいのいいの。

ユークだったら皆の顔わかるし。

それと、・・・アビーの絵も描いてほしいんだ」


ユークは僕の言わんとすることがわかったのか、しっかりと首を縦に振る。


「わかりました、お受けします」


「ありがとう。

恩にきるよ」


ユークの描いた絵、きっと皆びっくりするだろうな。

今から出来上がりの後が楽しみで、僕とユークは顔を見合せて笑った。










メーデンが遠征に出かけた春。

同時にアダムも遠征のためにカーマルゲートを旅立った。


そしてユークが絵を描き終えたのも、ちょうどその頃だ。


ユークの宿舎で僕は期待に胸を膨らませて絵を眺める。

人数分描かれているため、全部で10。

ユーク曰く一番難しかったのはアダムとメーデン。2人も美人だからなかなか絵が似てくれなかったらしい。

一方一番簡単なのはディーン。ま、いつも一緒に居るしね。


焼けないように布をかぶせてあるそれ。

ユークは少し照れくさそうにどうぞ、と言って僕はその布を1つ1つ取ることにした。


「まずはアビーからですね」


シュルリと音を立てて布が剥ぎ取られ現れた等身大のアビー。

あまりにもそっくりで、あまりにも懐かしくて、切なさで胸がいっぱいになった。


アビーの愛嬌が絵から溢れ出ているかのように、まるで生きているみたいに彼女が絵の中に居る。


「すごい、本物そっくりだ」


「彼女を描いている時だけは、なんだか不思議な気持ちになりました。

亡くなった時の悲しみもありましたが、同時に楽しかった思い出もたくさんあって・・・」


「・・・そうだね」


僕はただじっとアビーの絵を見つめた。

ただ死から目を背けるんじゃなくて、こんなこともあったねって笑い合えるようになったら。


そう思わずにはいられない。


「次はシュシュです。

彼女は割と描きやすかったですよ」


現れたシュシュはこれまた本物そっくりで、僕はぷっと吹き出し笑いをする。


パンダのような黒い目、真っ赤に塗りつぶされた唇。

フリフリで奇怪な洋服から室内でも差している白黒パラソルまで忠実に再現してあった。


「すごい、やっぱりユークは絵の才能があるよ」


「ありがとうございます。

これはディーンとマリウスですね」


2人の絵は2つ並べると兄弟だなぁと分かる、異母ながらにしっかり血縁を感じさせるものだった。

もちろんこの絵も文句なしにそっくりだ。


「これは・・・メーデンですね」


裏の名前を確認したユークは次の絵の布を取った。


―――――――しかし。


「っ――――――!!!」


僕は声にならない悲鳴を上げ、腰を抜かして盛大に尻もちをつくと、そのまま這いつくばって壁まで下がった。


現れるのは皆と同じように本人そっくりの絵があるのだと思っていたのに・・・。


実際のメーデンの絵は、目から赤い血の涙を流している。

そして瞳が紫じゃなくて黄色く、瞳孔が鋭く尖っていた。


下手なホラー小説より怖い、ううん、たぶん今まで経験したなかで一番恐ろしい体験だった。

見た瞬間に分かる、この絵の恐ろしさが。


絵が恐ろしいんじゃなくて、絵の存在そのものに恐れを感じる。


チラリとユークを見てみれば彼も恐怖に顔を歪めて腰を抜かしていた。


「ゆゆゆゆゆゆユーク?」


震えて上手く言葉が言えない。


「き・・・・きっと、絵の具が解けた・・・んですよ」


「そ、そうだね」


苦しい理由だった。

だってメーデンの絵に赤い絵の具なんて使われていないんだから。


ユークはぎこちなく立ち上がると他の絵の布も一斉に取り払った。

しかし他の絵に異常は見られない。


やっぱりメーデンの絵だけだ。


「まるで泣いてるみたいですね」


僕たちはどこか唖然とした表情でメーデンの絵を見つめる。


見た瞬間に血の涙から恐怖に慄いたが、こうやってじっくり見ると絵はとても完成度の高いものだった。

何よりも彼女の美しさがきちんと表現できている。


そして、たまに見せるどこか物憂いな表情も。


「ほんと、吃驚したけどとても綺麗な絵だと思うよ。

そういえばアビー、私のメーデンはサイラスいちの美人よ!って自慢して回ってたなぁ」


ユークも思い出したのかクスリと笑って肩を震わせた。


「この絵は修正しておきます」


「うん・・・よろしく」


絵が完成したら皆に見せよう。

きっとクレアより先にディーンがはしゃぎ出すんだろうな。


そんな温かいいつもの光景が想像できて、僕はひとり笑った。





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