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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅳ章
52/73

52話 ランスとミー




「簡単なことだ。

レジーナは自分が闇に葬られるべき存在だと思っている。

そこに現れるのは自分と同じ運命に堕ちてくれた、地位も名誉も持った俺。

レジーナは当然俺を頼るだろう。

そして依存して離れられなくなる、何があっても、だ」


そこまでくればアダムがずっと願っていたことが実現する。

彼女を自分のものだけにする、ということが。


レジーナが犯罪者の娘として生まれたことを、どれだけアダムが喜んだか彼女は知る由もない。


「・・・お前、うちの父親よりこえーよ」


茶髪の青年は呆れたように言う。

一方アダムは涼しい顔でグレーマンの運んできた紅茶を優雅に飲んでいた。


「似たような他の女を探せばいいじゃないか」


「論外だな」


アスカークという英知の神の世界を変えたのは、ジュリヴァ以外の何者でもない。

代わりが効くようなことではないのだ。


「オレには理解できないなぁ。

そこまでするか?ふつー」


「放浪癖をどうにかしないことには一生分からないだろうな」


「そ、そういえばさ!

うちの両親もアダムの前世の記憶にはかなり関心持っててさあ。

そのうち招待されると思うから!」


誤魔化すためにわざと話題を変えた青年。

アダムは冷めきった視線を彼に寄こした。


「神がひとりじゃないなら聖書も書き変えなきゃなー。

だいぶ修正されると思うぜ。

お前もそう思うだろ?ミー」


「にゃお」


可愛らしく鳴く猫を青年は満面の笑みで抱き締めた。

アダムはわざとらしく盛大な溜息を吐く。


「・・・・まだ帰る気はないのか?」


「アダムの愛しの彼女を見ないことには帰る気が起きねぇよ」


「・・・・・」


本気で居座り出した青年に、アダムは諦めたのはもう何も言わなくなる。

一方青年は不機嫌なアダムもお構いなしに自分の愛猫と戯れていた。




















レジーナがアジトに辿りついた時、そこはグレーマンやアダム以外にも人が居た。

真っ直ぐな茶髪に青い瞳をした、ずいぶんと端整な顔立ちをした男の人。

男性と言うよりも青年という言葉が似つかわしい彼の耳に賢者の石はなく、グレーマンでないことはレジーナもすぐに理解できた。


育ちの良さそうな雰囲気から、普通の平民というわけではなさそうだ。


一つだけ可笑しな点は、彼の肩に腹を乗せて四肢を投げ出している白猫。

瞳は薄い青に周りが緑がかった珍しい色をしている。


茶髪の青年はアジトに帰って来たレジーナを見るなり、両手でテーブルを叩いて勢いよく立ちあがった。


「レジーナ!!会いたかった!!

ミー、見てごらん。彼女がアダムの恋人で身体に魔物を宿している魔女だ!」


なんだか見世物にされている気分になって直立不動になるレジーナ。

アダムは青年の頭を片手でしっかりと掴んだ。


「おい、放り出すぞ」


「ごめんごめん、怒るなよぉ」


陽気な性格、怒られても動じないこの態度。

相手の不機嫌をものともしない彼に、ある人物が思い出されてレジーナは目を細める。


「レジーナ、彼は中心の国の王子、ランスだ」


「初めまして、オレはランス。こいつは相棒のミー。

レジーナの話はアダムから聞いてて知ってたんだ」


「初めまして。

・・・・王子って変な人しかいないのかしら」


「心の声が駄々漏れだぞー」


思わず呟いたレジーナに笑顔で笑いながら突っ込みを入れるランス王子。

レジーナはアダムが引いたイスに座って謝った。


「ごめんなさいね。

今ちょっとカリカリしてて」


「構わないよ。

オレもアポ無しで来たし」


飄々としているところはマリウスにも似ているかもしれない。

しかしやはり中心の国の人間、侮れない人だと直感でレジーナは思った。


「それで?わざわざ中心の国の王子がサイラスに何か御用?」


「ん、ちょっと。

アダムに頼まれてた案件があったから。

もう片付いちゃったけどな。

それよりレジーナは何で戻って来たんだ?

アダムと一悶着あったって聞いたけど」


ルーシーの一件を思い出したレジーナの拳がプルプルと震え、辺りの家具や物が一斉に震えだした。

アダムに睨まれたランスは慌てて謝る。


「ごめんごめん!

デリケートな話題だった!」


「い・・いいのよ。

最近上手く魔物や魔力を制御できなくって・・・。

きっと感情的になり過ぎなのよね・・・」


はあ、と大きなため息と共に物の震えが収まる。

レジーナの中にある魔物の魔力が感情の影響を受けて暴走するらしい。


アダムはレジーナの白い手を取って優しく撫でた。


「大丈夫よ。

それよりも16山鉱のことなんだけど」


「16山鉱?」


「そう、ミラグロ州のアンネモアだったかしら、そこの鉱山に人が集まって反乱を起こす準備をしてるみたいなの」


「アンネモア地方の総督はホーバー家か」


何故いち地方の貴族の名前まで知っているのかと、感心を通り越して呆れながらレジーナは続ける。


「そのホーバーって人がロクな政策を敷いてなくて皆ギリギリの生活をしてるわ。

だけど彼が神官だから徐名させることはできないみたい」


「あー、サイラスって神官は免罪されるんだっけ」


ランスは大変だなー、などとのん気に言う。


「ええ。

ホーバーを追い出すために集まったのが16山鉱。鉱山を拠点に置いてるの。

ジーン聖教団でごたごたしてるうちに動くつもりらしいから、もうすぐ始まるわよ。

王城を直接攻めるんですって」


「武器と人数は?」


「数は大体5百から多く見積もっても千。

武器は十分にあるみたい」


「・・・ジーン聖教団?」


アダムの呟いた言葉に素早くレジーナは反応し、彼の腕に掴まる。

レジーナは低い声を出して尋ねた。


「どういうこと?」


「生活に困窮した平民が武器を集めることができると思うか?」


そう、武器には莫大なお金がかかる。

明日食べる物にも困っている人達が、どうやってそれを集めたというのだろうか。

持っているとしても精々農具くらいだ。


「無理・・・よね」


「そういった場合、大抵は貴族や商家などがバックについて支援していることが多い。

だが王城を直接攻めるというのが引っ掛かる。ホーバー家を追い出したいのなら直接屋敷を攻めれば済むことだ。こちらの方が犠牲も少ないし成功する確率が高い。

おそらく裏で手を引いているのは別の意図を持って国を弱体化させようとしている者だ。

ジーン聖教団の一味が手引きしていると考えるのが妥当だろう、今のところは」


「16山鉱を利用してるのね」


いよいよ始まる。

まだアダムやレジーナの世代が経験したことのない、血みどろの戦いが。


台風の目には、ジーン聖教団が居る。そして、灰色の鳥も。


黙り込んでしまう2人に、ランスは苦笑しながら口を開いた。


「ま、オレは部外者だから何もできねーけど、どんな結果になろうと犠牲が少ないことを祈るぜ。

―――――ところでレジーナ」


ランスはレジーナを見ながらニヤニヤと厭らしい笑み。


「何?」


「サイラスが落ち着いたらうちの国に来いよ。

歓迎するぜ、魔女さん」


アダムの鋭い視線がランスを貫いた。


「おい、勝手に誘惑するな」


「大丈夫大丈夫、オレ女に興味ないし」


ケラケラ笑うランスに、レジーナは真っ青になってアダムに抱きついた。

その行動がさらにランスの笑いを誘う。


「そっちの意味じゃねえんだけど、まいいや。

オレたちもイチャイチャするか!ミー!」


「に″ゃあああああ!!」


白猫を両手で抱きかかえたランスだが、猫は四肢をバタバタさせて暴れる。

アダムは呆れ返ったような声を出した。


「嫌がってるぞ・・・」


「あはは、ミーは恥ずかしがり屋なんだ、イテッ」


猫パンチを食らいながら笑うランス。

その様子はどこか微笑ましく、王子という高い身分ながらも小動物を愛する彼の優しい人柄が視えた。


「話が戻るけど、お前たちはこれからどうするんだ?」


「どうするって?」


「16山鉱ってやつだよ。

止めるのか?それとも傍観するのか?」


レジーナは膝の上に乗ったままアダムと顔を見合わせた。

もし16山鉱の狙いがホーバー家に限るならば、義を持つ灰色の鳥として彼らを支援しなければならない。

しかし逆にジーン聖教団が関わっているならば、阻止しなければならない。


難しいところを突いてきたランスに、アダムは険しい表情で答えた。


「・・・阻止する。

ただし、王城にも16山鉱にも極力犠牲は出さない。

説得して、ジーン聖教団に通じる者を炙り出し、その場で始末する」


レジーナはアダムの肩に頭を置いて首に腕を回した。

派手に動けばすぐにアダムの正体は知られてしまうだろう。

それは貴族としてのアダム・クラークの終焉。


これからしばらく、2人はバラバラな道を辿ることになるかもしれない。


「私が出てもいいのよ?」


「いや、正体が明るみに出るなら俺の方が先だろう」


「アダムは有名人だから、隠し通すのもそろそろ限界だろ。

たぶんシュシュ・アーメイあたりがもう勘づいてるんじゃないか?」


「そうだな」


これからどうなってしまうのだろうかと、漠然とした不安がレジーナを襲う。

ジーン聖教団の頭の正体も分からず、これから2人は彼らに真正面から勝負に挑むのだ。


そして、カーマルゲートでの生活も一遍してしまうだろう。

もしジーン・ベルンハルトの娘だということが知られたら、なおさら自分の立ち位置はガラリと変わってしまう。


「なあ、レジーナこれだけは言っておく」


ランスは白猫を自分の肩に戻すと、レジーナを見て話し始めた。


「あんたは魔女だ」


「何を急に」


「まあまあ。

魔女ってのは神の娘だと言われてる。

レジーナは追放されてこの世界に来たらしいが、それでも娘だということに変わりはない。神に愛されてる存在なんだ。

例え犯罪者の娘だろうと、それがレジーナにとって一番いい“居場所”なのさ。

だからきっと今回のサイラスのいざこざも、アダムとレジーナの采配次第で大きく変わってくるだろう」


「そうだといいんだけど・・・」


「もっと自信持てよ。

灰色の鳥は中心の国の特使なんだから」


アダムは少し目を大きくしてランスに問う。


「いいのか?」


「ああ、お前らの件に関してはオレが責任を持つ。

あんまり面倒なことを起こすなよー。

仕方ねえじゃん、これだけラブラブな所を見せつけられちまったからな」


「お望みならもっと見せましょうか?」


妖しく笑ってアダムにすり寄るレジーナに、ランスは口を大きく開けて笑った。


「そりゃいいや!

ミー、やっぱりオレたちもイチャイチャするぞ!」


「に″ゃあああああ!!」


「・・・・嫌がってるわよ」





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