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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅳ章
46/73

46話 幼馴染



ルーシーには聖水を飲んで寝れば明日元気になる、と言われた。

しかしもともと疲れていなかったレジーナに、その聖水の効果なるものを感じるわけもなく。

そもそも寝れば誰でも元気になるだろ、と思いながらレジーナはグリンディネで聖水を購入した人々を訪ね歩く。


聖水の値段はわかりやすく例えると、小さな家一軒分。

とてもじゃないが、それだけの価値があるとは思えない。


ところが中心の国の次に豊かだと言われるサイラスの平民は、何の迷いもなく聖水を購入してしまっている。

たった小瓶一つに全財産を使うグリンディネの人々。


いろんな人から話を聞いた。

中には聖水を飲んでいながら病気で亡くなった人もいる。


しかし、遺族は皆口を揃えてこう言うのだ。


『確かに聖水を飲んでも死んでしまったが、死に際にとても安らかな顔をしていた。

聖水のお力に違いない。死んでしまったのは運が悪かっただけなのだ』と。


そして逆に聖水を飲んで病を克服した者はこう言う。


『聖女様にいただいた聖水のおかげで治った』



信じている人は疑わない、疑わないから信じている。

きっと何を言っても無駄だと、レジーナが決して反論するようなことはしなかった。

屁理屈にも聞こえるその言葉は、例え偽であろうとも彼らにとっては真実なのだから。



しかし水は水。ただの飲み水でしかない。

レジーナが魔力や錬金術の気配を感じない以上、聖水と称して水を売る行為は詐欺以外の何物でもなかった。


ではルーシーを詐欺として訴えることができるか?―――――否。


グリンディネの民が彼女を聖女だと信じる以上、訴えても意味をなさない。

お金を払って購入した者が納得してしまえばそれで終わり。

もし聖女を糾弾でもしようものなら、逆に訴えた者がグリンディネの民に恨まれてしまう。


そこで問題になるのは、ルーシーに罪の意識があるか否かである。

本当に自分に聖水を作る力があって、本当に自分が聖女であると思いこんでいるか。

それとも最初から人々を騙すつもりで水の入った小瓶を売っているのか。



その答えはすぐに解った。



「・・・・・。」


「・・・・・。」


レジーナは部屋の扉を開けたとたんに現れた人物に目を瞬かせた。


「・・・・・なんで居るの・・・・」


「様子を見に来た」


「そう、とりあえず入って」


そう言う前にしれっと当然のように中へ入って行くのはアダムである。

わざわざカーマルゲートからここまで来たならば、忙しい彼のことだ、間違いなく錬金術を使っている。


まだ正体をバラすべき時期ではないと思っているレジーナは頭を抱えた。


「嬉しくないのか?」


「バカね」


クスリと笑うレジーナの纏う雰囲気は、メーデンに扮している時には見られない妖艶さを孕んでいる。


そしてゆっくりと2人の距離が近くなった。

・・・が、また離れてしまう。


「―――――アダム!?」


バタン!!と大きな音を立てて部屋へ飛び込んで来たのはルーシー。

彼女はまるで花のように微笑んでアダムに抱きついた。


「嘘!本物だわ!

嬉しいアダム、7年ぶりね!」


「・・・ルーシーか」


「そうよ!私!

アダムったらこんなに背が伸びて・・・!

すっかり大人ね!

むかしはこーんなに小さかったのに。

それに昔は私の方が強かったわ」


「・・・・いつの話だ、それは」


気怠そうに話すアダムだが、ルーシーは全く気にせずに捲し立てる。

よほどアダムの来訪が嬉しかったのか、彼女の頬は赤く染まっていた。


「ねえねえ、私変わったと思う?

とても頑張ってるのよ、私!

このままいけばきっとハンナバル家は出世できるわ!アダムみたいに!

そうそう、先日アダムのご両親とお会いしてお話したのよ!私―――――・・・」


次から次へと口から出てくる言葉はアダムによって遮られる。


「もういいだろう、話しをしに来たわけじゃないんだ」


「・・・っどうして!?

私ずっとアダムに会えるのを楽しみにしてて・・・。

せっかく来てくれたのに・・・!

・・・・あ・・・・」


レジーナと目が合ったルーシーは赤くなり、目をうるうるさせて恥ずかしそうにアダムから離れた。


「・・・ご、ごめんなさい。

私、興奮してて・・・・・・はしたないところを・・・」


レジーナの存在に気付かなかったらしい。

クスクスと笑うレジーナに、ルーシーはますます赤くなってしまう。


「とても可愛い幼馴染じゃない、アダム」


「・・・・・・」


ルーシーの手前では言葉を間違えることができず、アダムは黙ってレジーナを見た。

常人には気付くことができないが、押し殺したようなレジーナの殺気が凄まじいのだ。

内心では怒り狂っているであろうレジーナに、アダムの顔色は若干良くない。


しんと静まりかえった部屋に、ルーシーがおずおずと話しかける。


「あの・・・・アダム?

どうしてここに?」


「遺跡調査の帰りに寄っただけだ。

少し、様子を見に」


どちらの、とは明言しなかった。

ルーシーは控えめに微笑んでアダムの手を両手で握る。


「私の噂、聞いた?すごいでしょう?」


「・・・ああ、良くない噂なら、聞いた」


思いがけない言葉に、ルーシーはピシリと固まった。


「良くないって・・・、私、聖女なのよ?

ノルエ神官も認めてくださって・・・、皆も凄いって・・・。

アダムの両親も褒めてくださったのに・・・ねえ・・・っ」


ずっと視線を合わせようとしないアダムに、ルーシーは泣きながらパタパタと走りながら部屋を出て行ってしまう。

振り乱しながら遠くへ行く赤い髪が見えなくなったところで、レジーナの柔らかい視線が鋭いものへと豹変した。


後ろ手に扉を閉めて背もたれる。


「・・・私、あの子嫌いよっ」


ギリギリと奥歯を鳴らしながら唸るように言うレジーナ。

ずっとずっと我慢していたが、本心を曝け出せるアダムが現れたことでさらに苛立ちが募る。


「レジーナ・・・」


「嫌いよっ!」


アダムの伸ばした手を乱暴に叩き払う。


「そうよ、あの子、私と正反対だわっ」


「レジーナ」


「どうして・・・どうしてあんなっ、インチキな子がっ!」


レジーナは両手で顔を覆ってその場にすとんと座り込んだ。


貴族の娘として生まれ、何不自由なく育ったルーシー。

大した取り柄もないだろうに、何故か皆に愛されている彼女。


一方でレジーナは、生まれつき世界から憎まれる存在として生きてきた。


生まれが違うと言われてしまえばそれまでかもしれない。

しかしレジーナは悔しくて堪らなかった。


もしレジーナがルーシーの立場であれば、アダムを手に入れるのに何の障害もなかったのだから。


「レジーナ」


アダムがレジーナの顔を捕えて上を向かせる。

アダムの青の瞳に、自分の姿が映ったレジーナは強張っていた身体の力を抜いた。


「俺は後悔していない」


「そうね・・・私も後悔はしてないわ」


アダムから全てを奪ったことを。


「でも、私がお綺麗で居られたら、こんなに沢山のものを犠牲にしなくて済んだわ」


アダムはレジーナと運命を共にすることを決意した。

同時に、全てを捨てることも決意したのである。


その中にはもちろん、アダムの両親も含まれている。

アダムは禁忌とも呼べる重い犯罪を犯した。よって両親を始めとして、アダムと血縁のある者は国によって処刑される運命なのだから。

罪のない人の命を犠牲にしなければ、アダムとレジーナは結ばれない運命。


レジーナがもしルーシーのような立場であったなら、このような犠牲は生まずに済んだ。

愛されて、祝福されて、ただそれだけで一緒に居られたはず。


「・・・おいで」


囁くような声に誘われて、レジーナは自然と立ち上がった。

硬い筋肉に覆われた背に腕が回り、アダムの胸に柔らかいレジーナの頬が押し当てられる。

身体を弄る大きな手に、赤い舌で首筋を舐め上げる感覚に、レジーナの身体が震え始める。


そして耳元で、アダムは口角を上げたまま口を開く。


「心配するな、お前を穢したのは俺だ」


「そっちの意味じゃ・・・ないんだけど・・・」


むっ、と唇をへの字にするレジーナ。

その尖がった唇もペロリと舐められてしまう。


際どい所にアダムの手が向かうと、さすがに胸を両手で押して抵抗した。


「ちょっと、ここ、他人の家・・・」


「何日間我慢したと思ってる」


珍しくも不機嫌を露わにするアダムに、レジーナは呆れて引きつった笑いを漏らす。


「まさかそのために来たんじゃ・・・」


返答はなかったが、アダムは否定しなかった。つまりは、そういうこと。

腰をがっちりと掴まれて逃げられないレジーナは諦めて首筋に頭を寄せた。


「ねえ、キスマークつけて」


白く細い指がアダムの顔の輪郭をなぞりながら撫でる。

レジーナが顔を上げるとすぐに視線が交わった。


「・・・見えるところに、つけて」


アダムの唇がレジーナの首筋を這うそれは、キスマークをつけるためというよりも、愛撫の延長線上にある行為のよう。

貪るように滑らかな肌を食いつくしたアダムが顔を上げたとき、そこにはいくつかの赤い跡がついていた。




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