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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅳ章
44/73

44話 遠征へ



レジーナは何故かマリウスの執務室に呼び出された。

そして何故かマリウスが仕事をしている傍らで、シュシュとお茶を飲んでいる。


窓の外でチラチラと降る雪の静けさと、湯気立つ紅茶の良い香り。

シュシュは相変わらずゴテゴテフリフリと服を着ており、レジーナは初めて入る部屋に緊張から身体を固くしてシュシュの顔を覗き込んだ。


「あの・・・シュシュ?」


「んー?」


「何で私をここに呼び出したの?」


「んー」


答える気があるのかないのか。シュシュは適当ともとれる生返事を返してから、紅茶を一口飲んで「ふぃ」と息を吐いた。


「・・・・・ああ、そうヨ。

メーデンに話しがあって呼んだのヨ」


今までの時間は一体なんだったんだ、とレジーナは心の中で漏らしつつ話しに聞き入る。


「メーデンは今年から蠱惑女術の研究室に入るんデショ?

サンドラ・イーベルから推薦の話し聞いたヨ」


「ええ、そうなの」


そのことかと、レジーナは肩の力を抜いて頷いた。


「もちろんメーデンなら大歓迎ヨ」


「でもメーデンってば『バカ』だからねー」


「そうなのヨ、バカなのヨ」


マリウスとシュシュが嗾けるように連呼するため、レジーナは精一杯の笑みを浮かべる。

成績が悪いのは事実なので何も言い返せない。


マリウスは何事もなかったかのように執務に戻り、シュシュはウフと小悪魔な笑みを浮かべて本題に入った。


「そこで蠱惑女術のみを得意とするメーデンにピッタリの研究テーマを探してきてあげたのヨ。

しかもそれが、暗躍部隊のお仕事でもあるのヨ」


褒めて褒めてと言いたげに話すシュシュ。

メーデンは小さいシュシュの頭を撫でると、シュシュは満足げに口角を上げる。


「もちろんサンドラ・イーベルから許可も貰ったわヨ」


「でもなんでマリウスの執務室に呼び出したの?

研究の話ならマリウスは関係ないんじゃ・・・?」


ここまで来るのにそれなりに苦労したレジーナ。

第一王子であるマリウスの正式な部屋に入るには、許可やらボディーチェックやらで何かと大変なのだ。


「特に意味はないヨ。

強いて言うなら寛げるからヨ」


このソファは最高級品ヨと言うシュシュに、レジーナは無言で笑んだ。ちょっと怖かった。

すぐにマリウスが手を止めてフォローする。


「暗躍部隊に名前や部屋なんてないんだよ。それこそ“暗躍”なんだから。

だからこうやってどこかの部屋でこっそり密談するのさ。

ま、シュシュは大抵この部屋を使ってるけどね。

いいじゃないか、君みたいな平民には敷居が高すぎると思うけど、せっかくの機会なんだから」


皆の前では、ディーンの前でも優しくて賢い王子を演じる猫被りのマリウス。

しかしレジーナにだけは腹黒さを隠そうともせず、彼は爽やかに毒を吐く。


何故自分だけ突っかかって来るのだろうかと、レジーナは考えながら紅茶を口に含んだ。


また何事もなかったかのようにペンを走らせるマリウスに、今度はシュシュが身を乗り出して話し始める。


「場所なんてどうでもいいヨ。

それで肝心の研究内容なんだけど、これヨ」


シュシュが差し出したのは2枚の紙。

1枚目には地図が、2枚目にはぎっしりと文字が書かれていた。

最初に目についたのは2枚目の一番上にあった人の名前である。


「ルーシー・ハンナバル?」


「そうヨ。

研究の内容は簡単、その女のことを調べて報告書に纏めてくれればいいのヨ。

ミラロザ州まで遠征するのヨ」


7学年になると研究が始まる代わりに他の授業が無くなる。

よって遠征に行くことは何の問題もないが、長期間知り合いのいない場所で生活するのは大変そうだ。


レジーナは目で文字を追いながら内容を頭に入れていく。


「行先はミラロザ州グリンディネっていうトコロ。

そこに住むハンナバル家の娘、ルーシー嬢のことを調べて欲しいのヨ。

―――――まア、簡単に説明すると、彼女は地元ではとっても有名人で“グリンディネの聖女”って呼ばれてるのヨ」


「聖女って何?」


聞いたこともない言葉にレジーナは訝しげな表情をして訊ねた。


「聖なる女性、それで聖女。

神に特別な力を与えられた女性という意味ヨ」


「それって魔女のこと?」


「まア、そうとも言うヨ。だけど魔女とはすなわち神の御娘のコト。

もし魔女という噂が広まったら中心の国が動いて面倒なことになるから聖女という言葉を使ったんだと思うヨ。

魔女が中心の国以外に現れるのはあり得ないからネ」


世界の中心にある国、魔女が生まれる国、そこはすべてに恵まれた豊かな場所。

そこ以外に魔女が現れること自体が異端なのである。


その瞬間、レジーナは自分が魔術を使えることを人に言うのは絶対に止めようと心に決めた。


「では彼女は何か特殊な力でも持ってるの?」


「そうらしいヨ。

万人を虜にする才能を持った、癒しの聖女。

彼女の持つ聖水はどんな病気でも治してしまう万能薬なんだトカ」


レジーナは心の中で嘲笑った。

賢者の石でもあるまいし、そんなものが存在するはずないのに、と。


「聞くところによると、グリンディネの聖女はとても魅力的な人なんだそうヨ。

蠱惑女術のお手本にはピッタリヨネ」


「じゃあ、私はグリンディネの聖女とやらの真相と、彼女が人を垂らしこむ術を調べてくればいいのね」


「平たく言えばそうヨ」


簡単簡単、とご機嫌に言うシュシュ。

レジーナは2枚目の紙の下の欄に“中流貴族”という言葉を見つけ、ものすごく面倒くさそうにため息を吐いた。






















出発はシュシュに呼び出されてから2か月後。

普段着ないようなカチッとした服に身を包み、髪を後頭部に纏め上げているレジーナの居る場所はミラロザ州グランディネ。

道路の整備は行き届いているものの、建物も人の気も少なく静かな場所だ。


サラサラと木の葉が風に揺れる音を間近で聞きながら彼女が目指すのは宿である。

見知らぬ土地にも関わらず大きなケースを持って堂々と歩くレジーナの美しい姿に、すれ違う人々は何度も彼女の顔をさり気なく盗み見る。



「こんにちは」


真昼間からの来客に、宿の主人は慌てて本を閉じて立ち上がった。


「はい!いらっしゃ・・・い?」


見たこともないような美女の来店に主人は固まって目をパチクリさせる。

なにより彼女の紫色の瞳は見たこともないような輝きを放っていた。


普通じゃない。それが主人の一目みた感想であった。


レジーナは主人の挙動不審っぷりも気に留めず、荷物を降ろして淡々と話し始める。


「ここにしばらく滞在したいの。

部屋を用意してもらえるかしら」


話し方も非常に上品だ。

どこかの貴族のご令嬢かと、主人は勝手に納得して愛想笑いを浮かべた。


「はい、どのくらいのご滞在で?」


「それがわからないのよ。

短くて1週間、長くて3か月ってところね」


「畏まりまして。

こんな辺鄙なところへ何の御用事です?」


主人はルームキーを渡しながら興味津々に尋ね、レジーナは仕方なしに苦笑して答える。


「カーマルゲートの学生なの。

研究でここに来たのよ」


「えっ、そりゃまあ・・・すげぇですね」


カーマルゲートの生徒と言えばエリート中のエリート。

ど偉い人が来てしまったと、主人はさらに表情を強張らせた。


「し、しかし、この辺りは研究するものなんて何もないでしょう。

鉱山はもっと北の方にあるし、商いは城下の方が活発で・・・、ミラロザには特にこれと言って・・・」


レジーナは肩を竦めると辺りをきょろきょろと見回しながら言う。


「用があるのは人よ。

グランディネの聖女ってご存知?」


「ああ、聖女様にお会いになるのですかぃ。

ならうちの者に案内させましょう」


おーい、と主人が叫べば中から女性が出て来てレジーナをまじまじと眺めた。

その視線はレジーナの顔に釘づけになっている。


「な、何事?」


「カーマルゲートの学生さんだそうだ。

聖女様にお会いしたいんだと。

お前、案内してやれ」


「まあ、よくミラロザまでいらしたわね。

ええ、私が案内するから」


レジーナは微笑んで好意を有難く受け取ることにした。




















「いやああああああ!メーデン、早く帰って来てーーー!!」


うわーんと大声を上げて泣くクレアに男性陣はタジタジで手を焼いていた。

レジーナが研究遠征へ行ってからというものの、部活動と称して隠し部屋に集まる時にクレアは寂しさからか機嫌が悪いのだ。


「仕方ないよ、研究遠征なんだから」


「クレアもサムもディーンと同じ帝王学の研究室に入ったんだよね?」


ハリスが尋ねるとサムは苦笑しながら頷く。


「そうだよ。でも本当に暇なんだよね、あの先生あんまりやる気がないというか・・。

ハリスは実技だっけ?」


「そ、剣術のね。

鍛えてないと腕が鈍りそうでさ」


和やかに会話する傍ら、クレアはうえっうえっと嗚咽を漏らしながら口を開いた。


「暗躍部隊の研修に入るのは聞いてたけどっ、どうして遠征なんかさせたのよ。

シュシュのバカッ」


「仕方ないヨ~」


「それくらいしかメーデンにできる仕事がなかったしね」


ね、と顔を合わせて笑うシュシュとマリウス。

しかしハンカチを噛みしめるクレアの怒りは収まらない。


「ユークは相変わらず神殿に籠りっ放し。

アダムもやっぱり相変わらず神出鬼没。

せっかく一緒に部活を立ち上げたのにっ・・・!」


「部活って言っても最近じゃほとんどジーン聖教団と灰色の鳥についての会議だけどね。

いいじゃないか、皆それぞれ将来に向かってがんばってるんだよ」


慰めるようにディーンが言うと、クレアは少し声のトーンを落として口をへの字にする。


「分かってるわよ、いつかは皆バラバラになっちゃうってこと・・・。

だからこそ一緒にいたいのに・・・」


「卒業したって友人関係が終わるわけじゃないんだからさ、そんなに深刻に言わなくても」


気持ちはわからなくもないけどね、とマリウスがペンを立てながら言った。

そうそう、と腕を組んだディーンが自信満々に言い放つ。


「仕事が終わってから会えばいいんだよ。

地方に配属にならない限り、会おうと思えば会えるんだからさ」


「そう言うディーンは平気なの?

メーデンにしばらく会えないのよ?

デートもできないのよ?

寂しくないの?」


急に自分に質問の標的が来たディーンは、うっと口を噤んだまま何かを言いたそうにもごもごとさせる。

好奇心満載な皆はここぞとばかりに質問攻めを行う。


「最後にデートしたのはいつ?」


「普段2人でどんなことしてる?」


「結局上手くいってるの?」


「い・・いや・・・それが・・・」


どうにも歯切れの悪い返事をするディーン。

もしかして、とクレアはテーブルを両手で叩いて勢いよく立ちあがった。


「もしかして別れたの!?」


「・・・・そうなんだよね、実は。

あれ?クレア?なんでそんなに嬉しそうな顔してるんだい?ちょっと?」


重々しく頷くディーンに、クレアはキラキラと目を輝かせて喜んでいる。


別れたこと知らなかった皆は驚きから目を大きくした。

ディーンがメーデンと別れるのを了承するなんて意外すぎる、と。

勝手にメーデンからフラれたものだと思っていた一同。


しかし・・・。


「僕から切り出したんだ」


ディーンからフッたとのこと。

2重の驚きに、ハリスなんか目をかっ開いて固まってしまっている。


「マジかヨ」


「あんなにメーデン大好き~、だったディーンが・・・ねぇ」


サムは少し呆れたような、残念な口調で呟いた。

そしてマリウスは首を傾げて尋ねる。


「またまた、どうして自分から分かれようなんて言ったんだい?」


「んー、やっぱり、単純にメーデンの相手は僕じゃないなってずっと思ってたから。

それに去年、僕の所為で危険な目に遭わせちゃったし」


「ケジメつけたってことだね。

ディーンにしちゃ上出来じゃないか」


「そりゃどうも」


拗ねモードに入ったディーンに、クレアはニコニコしながら慰めの言葉をかけた。


「残念だったわね、ディーン」


「クレア、君顔が残念だって言ってないよ」


「まあまあ、いいじゃない。

早く帰ってこないかしら、メーデン」


ほう、とため息を吐いて遠くを見つめるクレア。

やはりいつも居たレジーナが居ないと空虚な感じがするらしい。


「話し変わるんだけど、メーデンの遠征先ってどこ?」


何も知らされてなかったハリスが急に話題を変えてシュシュに尋ねる。


「ミラロザ州のグリンディネ、ヨ。」


「グリンディネ?ってルーシーんとこ?」


ディーンはぴょこん、と聞き耳を立てて顔を上げた。


「そうヨ。

研究対象がルーシー・ハンナバルなのヨ」


「ディーン、知ってるの?」


「うん、何回か会ったことあるよ。

―――――アダムの幼馴染だし」


「へぇー」と、まさかグリンディネで修羅場が起こるとも知らず、皆は呑気におしゃべりを続けていた。





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