43話 説教
ガターン!!といろいろな物がなぎ倒された音を立て、アダムに殴られたディーンは吹っ飛んだ。
きゃあとクレアが悲鳴を上げる。
「お前の行動力には心底尊敬するが、いつも考え無しだ。
もう少し頭を使え」
「アダム、やり過ぎよ!
それに言い出したのは私なの!
殴るなら私を殴りなさい!」
アダムはじっとクレアを見ると小さなデコピンを放った。
しかし音からもクレアの反応からも、ずいぶん手加減したことが分かる。
「ちょっと、真面目にしなさいよっ!」
ディーンは赤くなった頬を摩りながら苦笑した。
「いいんだよ、クレア。
アダムの言った通りだ、僕が悪いんだよ。
2回もメーデンを危険な目に遭わせたんだから」
「ディーン、ごめんなさい、もっと私がしっかりしてれば・・・・」
「メーデンが謝ることないって」
あはは、と笑うディーンはいつもよりどことなく力がない。
遠巻きに見学していたマリウスとシュシュ組がニヤニヤ笑いながら小声で話す。
「いいもの見たね」
「見たヨ」
「見た?ディーンの殴られた時のあの顔」
「見たヨ」
「傑作だよね」
「傑作だヨ」
「聞こえてるよ、そこ!」
痺れを切らしたディーンが大声で注意すると、さらに2人は腹を抱えてゲラゲラと笑いだした。
何言っても聞かないだろうマリウスとシュシュに、ディーンは顔を赤くして頬を膨らませたまま拗ねた。
アダムは大きなため息を吐き、クレアも不満げに俯く。
なんとなく気まずい、と思い始めた頃。
レジーナはそうそう、と話題を変えようと口を開いた。
「そう言えばハリスはどこに居たの?」
急に話を振られたハリスはギクリと身体を震わせる。目もきょろきょろと動いて忙しない。
完璧に怪しい。
「い・・・いやぁ」
「迷子になってたんだよねー?
ハリスって意外と注意力散漫だからさ」
サムがそうきっぱり言うと、ハリスは無言で肯定した。
クレアは腰に手を当て、鼻息荒く注意する。
「もう、あんな大切な時に居なくなるなんて!!
ディーンとメーデンの後をつけた時もそうよ!
すぐフラフラとどこかに行っちゃうんだから見失ったんじゃない!」
「ん?僕たちの後をつける?」
勇ましかったクレアは一転、「やってしまった」と身体を一瞬だけ震わせた。
しかし、ばっちり聞いてしまったレジーナとディーンに誤魔化すことはできない。
「どういうことかな?」
「うっ・・・・おほほほほほ」
「サム?どういうことかな?」
「えーーーーっと・・・・えへへへへ」
笑って説明しようとしない2人。
痺れを切らしたディーンはハリスに無言で詰め寄った。
先ほどの件であまり強く出られないハリスは観念して話し始める。
「そ、そのー、この間城下に2人がデートに行ったときに、ね。
ちょっとだけついて行ったんだよね」
「城下って・・・・攫われた時の。
じゃあ門のところで3人に会ったのは偶然じゃなかったワケか」
レジーナが攫われディーンが急いで城へ戻った時、3人とばったり出会ったのは偶然ではなく必然であった。
クレアとサムとハリスは、ディーンとレジーナのデートをこっそり覗いていたのだから。
あんまり面白くないディーンの口角が下がる。
「で、でもね、すぐに見失って結局すぐに帰ったんだ」
「ハリスがウロウロするからよ」
「クレアの仰る通りで・・・でも・・・」
ぐちぐちと些細な言い合いをするクレアとハリスに、ディーンのみならずユークも大きなため息を吐きだした。
「まあ、いいではありませんか。
昔のことは水に流しましょう。
大切なのはこれからどうするか、です」
ユークの言うとおり、事態は解決には至っていない。
アジトに潜入して捕えた敵は、まだ何の情報も吐いていないのだから。
話題が変わったところで、急いでうんうんと同調するのはハリス。
「カルモナの件はアダムのお陰で片付いたけどさ。
ジーン聖教団を解決しない限り同じようなことが続くよ、きっと」
「下っ端切り離し型の組織ってホントに面倒ヨ。
捕まえても増える、捕まえても増えるのイタチゴッコ。
しかもその下っ端は諸外国から違法ルートでやって来た足のつかない奴ばかりヨ」
愚痴を溢しまくるシュシュに、よしよしとマリウスが頭を撫でる。
「でさ、結局灰色の鳥はどうなったのさ」
ディーンは菓子を摘まんで口に加えながら訊ねた。
昨今の噂でもちきりになっているのはジーン聖教団と灰色の鳥の2大勢力についてである。
まだそれらが錬金術を扱うことは公になっていないためパニックにはなっていないが、まだ内戦の苦い記憶が新しい今、ジーン・ベルンハルトの名前を耳にするのは気分が良くないことだろう。
よって世間一般では、ジーン聖教団をジーン・ベルンハルトの模倣犯というように捕えられていた。
そして灰色の鳥はそれに盾突く敵対組織という位置づけをされている。
「そっちも情報が掴めないのヨ。
敵はたった2人組、錬金術を使って一瞬で移動できる奴らをどうやって捕まえるのヨ」
「ジーン・ベルンハルトの時はどうやって捕まえたの?」
レジーナの素朴な疑問にシュシュは鼻息荒く答えた。
「アイツの部下を捕まえて居場所を吐かせて、待ち伏せしたのヨ。
でも捕まえるまでに200年近くかかったけどネ」
「うわぁ・・・」
何よりも戦闘能力を評価されているシュシュでさえ、たくさんの年月をかけてやっと捕えることができたのだ。
前回は錬金術を操るのはジーン・ベルンハルトのみであった。
・・・しかし、今回は違う。
「灰色の鳥の2人、そしてジーン聖教団のトップのヤツ。
情報の信憑性は分からないけど、おそらく錬金術を使えるのはその3人。
シャレにならなくなって来たヨ」
重い空気が室内に漂う。
よかれと思って仲の良い皆を集め、調べ始めた一連の事件。
しかし、予想以上の事の大きさとこれから立ちはだかる困難に、上手く言葉が出て来なかったのだ。
最初に沈黙を破ったのはユークだった。
「でも、3人も能力を持つ人間がいるのに、なぜ以前の内戦のような惨状にならないのでしょう?」
以前は内戦で多くの死者が出た結果に比べれば、今回のカルモナの麻薬事件は可愛いものである。
その違いは一体どこからくるのか。これがユークの言う疑問である。
これは手をヒラヒラと振るマリウスが答えた。
「それはだね、一番大きな要因はジーン聖教団と灰色の鳥がお互いにお互いの力を削り合ってるから。
って僕は思うけどね。
まあ、あくまで想像の中の話だけど」
「そうそう、邪魔し合ってるのヨ。同族嫌悪って奴ヨ。
でもネ、灰色の鳥は少し毛色が違うのヨネ」
むふぅ、と息を吐きながら明後日の方向を見るシュシュ。
皆は解らない、という顔をして続きを待った。
「今までの動きを簡潔に話せば、ジーン聖教団は人と資金集め。
灰色の鳥は裏社会の重鎮の抹殺なのヨ」
「つまり?」
「灰色の鳥の活動は限定されてるヨ。
一般人には手を出さないし、殺すのは決まって社会的に抹殺されても困らないような真っ黒い奴らばかりなのヨ。
・・・・もしかしたら、灰色の鳥は義賊なのかもネ」
「義賊ぅ!?」
ディーンは素っ頓狂な大声を上げて立ち上がった。
もしディーン聖教団と灰色の鳥が闇の組織対義賊の抗争なら、話は全く違ってくるのだ。
「じゃあ灰色の鳥と手を組んでジーン聖教団をやっつけた方が良くない?」
名案が浮かんだ、とディーンは顔を綻ばせて言ったが、すぐにユークが反論する。
「あり得ませんよ、ディーン。
義賊は正義を掲げてもただの違法者、犯罪者なんです。
国が義賊に肩入れするようなこと、絶対に許可するはずがありません。
しかも灰色の鳥は錬金術という禁忌を犯した重罪人。もし加担すれば僕たちまで犯罪者になるんですよ」
「「だよねぇ」」
サムとハリスがハモって同意した。
ディーンはしゅんと項垂れる。
そこへアダムが念を押すようにユークの言葉を付け加えた。
「ディーン、お前はただでさえ考え無しなんだ。
あまりこの件に首を突っ込むと、今度こそ取り返しのつかない事態になるぞ」
「わかってるよお。
もう十分、殴り愛は懲り懲りだから!」
「なあに?殴り愛って」
レジーナが首を傾げて尋ねると、何故かディーンは鼻高々に胸を張って話し始める。
「アダムの僕に対する“愛”さ!
あの拳には僕への愛が沢山詰まってたんだよ!
アダムは若年寄りだから、偶にはあれくらい暴力に物を言わせてもいいと思うんだ!」
皆は心底呆れて頭を抱えたまま首を横に振った。
殴られることが愛情からだとしても、ディーンはどこまでもポジティブすぎる。誰もが呆れるほどに。
「誰が若年寄りだ・・・」
「若年寄りって言うか、アダムはただの苦労性よ。
誰かさんがいちいち迷惑かけるから」
クレアが正論。
しかし懲りないディーンは大口を開けて笑う。
「アダムってば、そんなに苦労ばっかりしてるとハゲちゃうぞ!――――――イッテ″ーーー!!」
ガツン!!と大きなゲンコツを食らったディーンは叫んでもがき苦しんだ。
「愛だ、受け取れ」
「嘘だ!今のは本気だった!!容赦なかった!!!」
拳を握って近づいてくるアダムに、ディーンは涙目で頭を抱えながら逃げる。
室内をぐるぐる回り始めた2人に、他の一同は苦笑。
「なんだかんだで仲がいいのね」
「アダムが一方的に世話を焼いてるようにも見えるけどね」
「ま、友達ってそんなものなんじゃない?」
微笑ましいじゃないかと、ディーンの助けを求める声を無視して笑い合った。