42話 餌作戦(2)
敵が吐いたアジトの場所は、閑静な住宅街の中にあった。
商店街のような熱気や人気はないが、とても穏やかで犯罪組織が潜伏しているような場所とは思えない。
そんな中を全速力で走る兵士たち。異様である。
一番体力の少ないクレアがゼエゼエと苦しそうに息しながら声をかける。
「もう少し、よ!皆、がんばって!」
「クレアこそ大丈夫?
後からゆっくり来てもいいのに」
サムの言葉にクレアは何度も首を横に振った。
「いや、よっ!
ジーン聖教団の、リーダーの、面っ、拝んでやるんだから!」
やる気満々のクレア。
もう一人、テンション高く走っているのはディーンである。
「いやー、まさかこんなに上手くいくとは」
「メーデンのお手柄でしょ。
帰ったらマリウスもシュシュもびっくりするだろうねー」
彼らの反応を想像してニヤニヤ笑いが止まらない。
自分たちで計画を起こし悪い奴らを捕えるというのは、酷く気分のいいものだった。
まだジーン聖教団の幹部を捕まえていないのだが、謎の組織を解明した後の自分たちを妄想して悦に浸る。
少なくともシュシュは絶句するだろう。ジーン聖教団に散々手こずっていたから。
そしてマリウスはきっと参加できなかったことを悔しがるに違いない。
アダムは・・・・呆れるか無反応かのどちらかな気がした。
「この辺りじゃない?」
レジーナが足を止めたのは宝石店から走り始めて15分が経過した頃だった。
ヒューヒューと喉が鳴るクレアの背中を摩りながら辺りを見回す。
ちょうど30メートルほど先に錆びれた古い木造の家があった。
「あれじゃないかしら?
木造で廃屋、入口に黒いゲート、広い庭―――――間違いないわ」
「静かに突入してみよう」
ディーンが軽く手を振ると、後ろから付いて来ていた兵士たちがささささっと前へ出る。
そして一気に雪崩込むように扉を蹴破って突入した。
ドキドキと緊張と期待から高鳴る心臓を宥めながら待つディーンたち。
しかし、聞こえてきたのは期待外れの言葉であった。
「ディーン王子!誰もいません!
蛻の殻です!」
「なんだって!?」
慌てて廃屋の中へ駆けだす皆。
玄関へ入るとすぐに大きな広間があり、かろうじて家具などの最低限のものはあったものの、ガランとして人の気配がない。
ギシギシと音を立てる床は酷く老朽化しており、細いピンヒールを履いているレジーナは床が抜けないように慎重に足を進めた。
気づいたディーンがすぐに手を取ってエスコートする。
「ありがとう」
「お安い御用さ!
・・・でも本当に居ないみたいだね。
ここじゃないのかな」
「合ってると思うわ。
ほら・・・」
レジーナが指先で摘まんで手にしたのはテーブルの上に無造作に置かれた食器である。
ここは長年放置されていた廃屋にも関わらず、その食器は埃を被っていない。―――――つまり、誰かに使われていた証拠。
生活の気配がない割には、最低限の物はきちんと揃えられていた。
テーブルやイス、食器に水道官。蛇口を捻れば水も出てくる。
「一足遅かったようね」
クレアはため息を吐いて肩を落としたが、レジーナは皆に背を向けたまま蛇口を細い指でなぞった。
「・・・そうでもないみたいよ」
「え?―――――きゃあっ!」
ガシャーン!!
とガラスが派手に割れる音を立て、クレアは悲鳴を上げて頭を抱えたままその場に座り込んだ。
サムとディーンは飛んできたものを見て顔を真っ青にする。
「敵襲だ!
すぐに応戦を!敵を逃がすな!」
割れて穴の空いた窓から次々と飛んで来る矢。
ディーンとサムはクレアとレジーナを連れて奥へと逃げ込んだ。
代わりに奥を探索していた兵士たちが入れ替わりに前へ出て応戦を始める。
「やっぱりここで合ってたんだわ」
恐怖からか涙声で言うクレア。
襲撃を受けた以上、ここで兵士たちに戦ってもらうしかない。
アジトを見つけることができて嬉しい反面、不安要素が多いのも事実。
まず敵の戦力が未知のため、今在る戦力で勝てるかどうかが大きな問題だ。
連れて来ているのは主にディーンの私兵で、20人ほどしかいない。あまり事を荒立てまいと大人数を引き連れてこなかったのだが、これが吉と出るか凶と出るか・・・。
生々しい戦いの音の中で、4人は柱の陰に隠れる。
「囲まれてないといいんだけど・・・。
きっと大丈夫よ、すぐに終わるわ」
「メーデンっ・・・!」
よほど怖いのかぎゅうっと抱きついてくるクレア。
ディーンは首を伸ばして戦局を見ると、剣に手をかけて立ち上がった。
「僕も加勢してくるよ」
「僕も行く」
すぐにサムも続く。
「クレアとメーデンはそこを動かないで。
いいね?」
クレアとレジーナは顔を見合せてからしっかりと頷いた。
「気をつけてね、2人とも」
「大丈夫だよ、すぐに戻るから」
心配かけまいとディーンは笑みを浮かべるが、その表情はすぐに凍りつくことになる。
「後っ!!」
「えっ・・・」
怒号のようなディーンの大声に、驚いたレジーナが後ろを振り向くと、既に首元に剣が突き付けられていた。
入口の方を注視していたため後ろの気配に気付けなかったらしい。
レジーナは首元に光る剣の切先を見て眉間に皺を寄せる。
敵は1人らしく、フードを被っていて顔は見えないが、ただならぬ雰囲気から戦いに関して素人というわけではなさそうだ。
「・・・彼女を放せよ」
ディーンの低い声は僅かに震えている。
「立て」
グイッと乱暴にレジーナの腕を掴んで立ち上がらせると、今度は首にしっかりと剣を当ててレジーナの腰を引き寄せた。
「下手な真似をしなければ殺しはしない」
「望みはなんだ」
「メーデンっ!お願い、止めてちょうだいっ」
冷静に受け答えするディーンとは対照的にクレアはボロボロと泣きだして、レジーナは人知れず小さなため息を吐いた。
これはまた面倒なことになってきたな、と。
「そこを動くな。
女は連れて行く」
敵はレジーナの腕を掴んだまま歩き始めるが、ディーンたちには手の施しようがない。
拳を握ったまま、徐々に遠のいて行くレジーナの姿を見つめる。
敵は屋敷の最奥へ行くと窓の桟に足をかけて外に飛び出す。
「来い」
レジーナも股越すように窓から外へ出て、日の眩しさに目を細めた。
そして男に腕を掴まれたまま細い路地を早足で歩きだす。
無言だった。
ただカツカツとヒールの音が響くだけ。
時折聞こえる住民の声も、どこかレジーナたちがいる世界とは切り離されたところにあるようで。
歩き続けているうちにいつの間にか住宅街を抜け、木に囲まれた整備の行き届いていない道に入っていた。
レジーナは自分の腕を掴んでいる手を乱暴に振り払って足を止める。
男もそこで初めて足を止め振り返った。
「なんのつもり?」
「あの場所にリーダーは居ない」
「・・・知らないんじゃなかったの?」
レジーナは目を細め嘲るかのような歪んだ妖しい笑みを浮かべる。
その紫の瞳は煌々と輝いていた。
「知ってるのね、ジーン聖教団の黒幕が何者なのか。
答えなさいよ、フォール」
フォールと呼ばれた男は、フードを脱いで顔を晒す。
それは以前レジーナを檻から逃がした、ジーン聖教団の下っ端の男のもので間違いない。
「知らない方が身のためだ」
「だから嘘をついたとでも?」
「・・・・そうだ。
世の中には知らない方がいいこともある」
「それは否定しないけれど、私は知らなきゃいけないのよ」
レジーナはフォールに近づくと、彼の手首を掴んで剣を力づくで奪い取りそれを投げ捨てる。
後ろから掬うように首を掴んで、彼を身体ごと地面に横たえた。
フォールの首にはレジーナの指が回り、馬乗りになる体勢で軽く体重をかけると、レジーナの色素の薄い髪がハラハラと彼の胸元に振りかかる。
「馬鹿力だな」
「そんなことどうでもいいわ。
答えて。私は知りたいの」
本気だと悟ったのか、フォールは大きく息を吐いて話し始める。
「・・・・教えられることは2つ。
1つは今あのアジトに攻撃を仕掛けているのは雑魚どもで、幹部クラスはもう居ないこと。
もう1つはジーン聖教団のリーダーは女だということだ」
「“女”・・・?」
レジーナは眉間にしわを寄せて首を傾げた。
錬金術を扱う女性に心当たりが全くないのだ。
「もういいだろう」
そう言ったのはフォールではなかった。
レジーナは首に手をかけたまま後ろを振り返る。
金髪の髪に青い瞳―――――アダムである。
「返してもらう」
アダムはレジーナの腰を掴むと乱暴に引き寄せてフォールを見下ろしたまま言った。
「・・・ああ」
「帰るぞ」
レジーナは言われるがままにアダムに続いてカーマルゲートの方向へ踵を返す。
「迎えに来たの?」
「いつまで経っても帰ってこないからだ」
「クレアたちは無事かしら?」
「さあな、問題ないだろう」
そっけないアダムにレジーナは苦笑し、誰もいないのをいいことに彼の腕に抱きついた。