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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅲ章
41/73

41話 餌作戦(1)




残念なことに、クレアの勘は当たっていた。

平民の持つ白い聖書からは微量のカルモナが検出され、神官庁が今回の事件に関わっている可能性が高まってきたのだ。


神官庁内の動きについては既にアダムが調査中。

どうやら彼はすでに聖書に目を付けていたらしく、結果が出る前から行動を開始していたらしい。


カルモナの発生源が分かったことで大忙しのアダムとシュシュ。そしてやはり研究で神殿を離れられないユークも不在。

マリウスは政務に忙しく、必然的に隠し部屋に集まったのはクレアとサムの姉弟・ディーン、そしてハリスとレジーナであった。


「私たちは暇ねぇ」


「そうだね、アダムたちは忙しいのに」


アイスコーヒーの氷がピシッと割れる音が響き、照りつける日差しに目が眩む午後。

クレアは大きく項垂れ、ディーンは暑さにやられたのかぐったりとソファに背を預けて呻いた。


「でも何かやりたいよね、僕たちも」


「ディーンが言ったらロクな事じゃなさそうだよ」


「えー」


サムのつっこみに唇を尖らせて文句を言う。

レジーナは読んでいた本を閉じて顔を上げた。


「でも納得いかないのは確かよね。

例え麻薬の根源を突き止めてもジーン聖教団がサイラスに潜伏しているのは間違いないんだし、その人たちが捕まるとは限らないわ」


「メーデンの言うとおりだね。

ジーン聖教団は少数の幹部からなる下っ端切り離し型の組織だから。

捕まえても捕まえても終わりが見えないっていうか・・・」


「ハリスまで・・・、でもどうしましょう。

私たちに何ができるかしら」


レジーナのみならずハリスまでもが不満を漏らす。

白い聖書を突き止めても、実際に動いて捕えるのは兵たちの役目。手柄を国に取られるのは癪なようだ。


一度は首を突っ込んだ事件。

ならば最後の最後まで関わって居たい。好奇心が疼いて仕方ない。


サムは考え込みながらゆっくりと口を開く。


「カルモナって実際に売っている人物もいるんだよね?」


「うん。中毒者は花に寄ってくる蝶みたいに、カルモナの匂いを嗅ぐとふらふら~っと足が出向いちゃうみたいだよ」


「ハリス、やってみたらどう?」


冗談混じりに言うディーンに、ハリスは眉間にしわを寄せた。


「無理だよ。

いくら陽性だったからって、中毒になったわけじゃないんだから」


ハリスに匂いをかぎ分けることはできない。

一同は首を捻って考える。


そこでしれっとクレアが口を開いた。


「じゃあ、ディーンを餌にしておびき寄せるってどう?」


「餌?せめて囮って言ってよ、クレア」


「この間はメーデンが捕まっちゃったけど、本当はディーンが狙いだったんでしょ?

奴ら、もしかしたらジーン聖教団かもしれないわ」


ディーンをスルーしてクレアはペラペラと喋る。すぐに賛成したのはレジーナだった。


「いいわね、それ。

ジーン聖教団が麻薬を売るのってお金を儲けたいからでしょう?

ディーンを誘拐して金銭を要求したら手っとり早く稼げるもの」


「こんなんだけど一応王子だしね」


「一番チョロそうだし」


「うんうん」


「皆酷い・・・・」


しくしく、と泣きマネをするディーンを一同は無視しながら案を煮詰めていく。


「危険だし、念のためアダムとシュシュたちに相談しとく?」


「止めておきましょう、忙しいわよ。

手を煩わせるのは気が引けるし・・・」


「じゃあ皆剣は持ってた方がいいね。

ディーンがどこに居ても分かるように何か目印があったらいいんだけど」


「じゃあ、黄色の服を着せるとかは?」


「ハリス、その案買い」


「決まりね。

ディーンでジーン聖教団の奴らをおびき寄せて、攫おうとしたところで敵を捕縛するわ!

捕まえた奴らにアジトの場所を吐かせて突入!完璧ね!」


クレアは拳を握り力強く立ち上がった。


「名づけて“餌”作戦よ!!」


「なんで囮じゃなくて餌なんだよっ!」


すぐに皆は「忙しい忙しい」と準備に奔走した。




















ピンクのド派手なローブを纏ったディーンは、顔を真っ赤にしてプルプルと生まれたての小鹿のように震えていた。

皆は満足気にディーンを眺める。


「うん、完璧!」


「似合ってるよ、ディーン!」


「嘘だー!

皆大切なこと忘れてるよ!

僕たちが今から歩くのは城下!城下町!!」


いくらなんでも恥ずかしすぎる!と主張するディーンだが、一同はそのままで城下へ行く気満々だ。


「ディーン、もし見失ったら大変だもの。

大丈夫よ、似合うわ」


「え?ほんと?」


にこっと笑うレジーナに、へらへらと笑うディーン。

機嫌を良くした今がチャンスだとばかりに一斉に門の外へ出た。


「やっぱり外に出るのはドキドキするなー。

滅多に出られないもん」


「私もよ」


ハリスとレジーナは慣れない外に、緊張気味にゆっくり歩き始める。

一応事務の許可は取ってあるものの、なんだかいけないことをしている気分になるのだ。


「さて、ディーンを泳がせておびき寄せましょう」


クレアとサムはテキパキと兵士たちに支持を出しながら行動を始めた。


ディーンは派手なピンクのローブで人波の中へ消えていく。

皆は散らばりながらディーンを見失わないようにそろそろと後をつける。

やがてディーンは目標のポイントに向けて路地裏に入ると、一同はそれぞれ死角を見つけて隠れ、静かにディーンの様子を見守った。


ディーンが木造の綺麗な建物へ入って行く。そこは上流階級がよく利用する宝石や貴金属を売るお店である。

以前襲われたのも王族や貴族が利用する高級な宿。つまり、敵が待ち伏せてある可能性が高い場所を選んだわけだ。

じりじりと照りつける日差しと熱気、まだ路地裏で影が多いのが救いである。


汗ばみ始めた半刻後、ディーンはまだ店の中だが、急に辺りが騒がしくなって来た。

どこからともなく人が集まって来て、静かに何かを話している。

フードまですっぽりと被った彼らの出で立ちはまさに以前襲いかかって来たジーン聖教団のもの。


レジーナは近くに隠れているクレアにこっそり目で合図すると、彼女も近くのメンバーに手で合図を送った。

独特の緊張感から、自然と手が腰の剣へ向かう。


作戦はここから静かに始まった。


建物の屋上に上ったサムへクレアが小さく合図を出すと、サムは近くに待機させていた兵士に分かるように手を振る。

そしてじりじりと兵隊が敵を囲むように集まったところで、『ピィィー』と指笛が辺り一帯に響き渡った。


ガチャガチャと重たそうな鎧の音を立てて一斉に飛びかかる兵士たち。

隠れていたレジーナたちはすぐにディーンの居る宝石店へ駆け込んだ。


「ディーン、成功したわよ!」


「チョロかったね。

作戦通りに行きすぎて怖いよ」


あは、と笑いながらディーンがガラス越しに騒がしい外を見た。

ここでひとまず安心である。

そして、本当の勝負どころはここからであった。


しかしここで屋上から降りてきたサムがあることに気づく。


「みんな・・・・あれ?ハリスは?」


「あら、そういえば・・・」


キョロキョロと辺りを見回してもハリスの姿がどこにも見えない。


「もしかして、ここに着く前にはぐれたんじゃない?

私裏路地に入ってから一度も見かけてないわ」


「言われて見れば・・・僕も見てないや。

うーん、大丈夫かなぁ。ハリスってしっかりしてるようで抜けてるところあるから」


「そうなの?

私から見たらハリスはしっかり者よ?」


「「「そりゃ、メーデンよりはね」」」


見事にハモったクレア・サム・ディーンに、ちょっとだけ不本意だったレジーナは目を丸くして反論する。


「・・・やだ、私ったらそんなに抜けてるかしら?」


「抜けてるっていうか、僕から言わせれば無防備だよ」


「そうだね、1人にするのはちょっと心配かも」


「メーデンはもっと警戒心を持つべきよ。

じゃないと今みたいに変な虫がついちゃうんだから」


クレアの言う虫とはディーンのことで、4人は和やかにクスクスと笑い合う。


「そうね、気をつけるわ。

そろそろ終わったかしら?」


レジーナが小首を傾げて外を見ると、どうやら一通りの仕事を終えたらしく、兵士たちは中に居るディーンらを待っているようだった。

4人がゾロゾロと外へ出て行くと、ビシッと揃って頭を下げる兵士たち。


「御苦労さま。

捕まえた奴らは?」


「はっ!こちらに!」


グルグル巻きにされて地面に横たわっているみの虫状態の敵に、少し哀れに思ったのかクレアは引きつった笑いを浮かべる。


「アジトの場所は吐いたかしら?」


「いいえ・・・それがまだ・・・」


途端に言葉のキレが悪くなるリーダーと思しき兵士の一人。

サムはうーん、と唸りながら腕を組む。


「困ったね。

あまり事が知られる前に突入したいんだけど」


大きな壁に出くわし、一番内心で焦っていたのはレジーナである。

この機会にジーン聖教団のトップの顔を拝み、隙あらばジーンの名を語った奴を消そうと思っていた。


もしジーン関係者がレジーナの存在を知っていたら、国にも漏れてしまう可能性がある。

だからできるだけ穏便にその存在を探り出し、情報を吐いてしまう前に殺す必要性があったのだ。


こうなったら強硬手段だとばかりに、レジーナは地に横たわった敵へと近づく。


「メーデン、危ないよ!?」


「大丈夫、任せて」


余裕の笑みを漏らし、敵のある一人の男の前に膝を着いて座る。

その動きは計算されたものだったのか、屈んだことでスカートが上に上がり、レジーナの白く艶めかしい太腿が露わになった。

しかしそんな挑発的な行動にも品があり、いやらしさを感じないのはさすがレジーナと言ったところか。


真正面からレジーナの脚を拝んでいる敵達は戸惑いながらも、ばっちり頬が赤く染まっている。


「ねえ、私にはアジトの場所を教えてくれる?」


「いいわ!メーデン、その調子よ!」


「そのまま悩殺してしまえ!」


「や・・・やりすぎ・・・」


やんややんやと声援を送る姉弟と、鼻血を垂らすディーン。


レジーナは少し前へ身体を乗り出して顔を近づけた。


「案内してくれれば、貴方たちの罪は軽減されるわよ?」


「・・・・無罪、だ。

でなければ交渉には応じない」


口を開いたのは目の前の男性。おいっ、と他の男に咎められるが、その男は仲間を裏切っても自分の無罪を勝ち取りたい様子。

レジーナは困ったように首を傾げる。


「無罪・・・ね。

そうね、いいわ。ただし条件付きで」


「なんだ」


「もし貴方がアジトの場所を教えて、そこにジーン聖教団の幹部が一人でも居たら・・・・無罪にすると約束する。

どうかしら?」


地面に横たわったまま顔を見合わせる男たち。

まるで聖母のように優しく微笑むレジーナだが、目はちっとも笑っていなかった。





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