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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅲ章
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39話 ディーンの独白



最初から、気づいてた。

君はきっと、僕のものにはならないだろうこと。



なんとなく、噂は耳にしていた。

ひとつ下の学年にとても綺麗な女の子が居る、と。そして彼女はとても成績が悪いのだと。


彼女の名前はメーデン・コストナー。ちなみに平民の出身だ。

しかし一目見た彼女の姿はとても平民には見えない。それほどに高貴な素質のようなものを持っているように思う。

蜂蜜色の色素の薄い髪、誰をも引き付ける紫の瞳。

美しくも上品な顔だちをした彼女は、決してカーマルゲートの表舞台に出ることはなかったが、水面下で静かに彼女を称賛する声が広まっていた。


そんな彼女と接触する最初の機会は、親友のアダムによってもたらされる。

成績が破滅的だと噂のメーデン・コストナーに、アダムが直接勉強を教えることになったというじゃないか。


会って話してみたかった。

ちょっとした、興味があったから。


アダムを介して知り合ったメーデンは、噂に違わぬ美女だった。

あの紫色の瞳が自分に向けられた時の、言い表わせない程の高揚感。


今までいろんな恋をしてきた。それこそ周りの人たちが呆れるほど、いい加減で不真面目な恋愛。

ユークにいくら小言を言われてもやめなかったのは、重ねる恋愛に自分の居場所を求めていたからだ。

経験を積んで、いろんな人と知り合って、自分が一体どんな人間なのか知りたかった。


何故友情ではなく恋愛を求めたのか。それは友人よりも恋人の方が、素を晒しやすいから。

相手の本性をより引き出せる恋愛は、僕の性質に合っていた。


だけど、メーデンだけは違った。


彼女の本音を知りたいわけじゃなかった。見返りを求める気持ちは微塵もなかった。


―――――ただ、彼女のそばにいることができたら。


たったそれだけの想い。

何故彼女に惹かれたのは分からない。一目見てから気になっていたから、もしかして一目惚れなのかもしれないけど。


ユークは珍しくも凄まじく怒った。ユークの祖母は他国から来た奴隷の身分で王家に嫁いだ人だから、苦労を十分に分かって僕に忠告してくれるんだろう。

僕も身分違いの意味くらい分かっている。


だけど、そんな理性で簡単に諦められる恋じゃなかった。

だから自分が思うままに想いを告げて、見事に“メーデンの恋人”という形式を手に入れて・・・。


身分の違いで生まれる不幸がメーデンを襲うなら、僕は彼女を全ての不幸から守ってみせる。


いつか同じようなことをアダムやユークに言った気がするけど、それは僕の決意の表れ。

いざというときは全ての泥を僕が被る。未来の幸福を捨てて、今彼女と一緒に居ることを選んだのは僕だ。


守ると豪語した。なのに―――――守れなかった。


城下で遊んで、襲われて、連れて行かれてしまったメーデン。

間違いなく彼らの目的は僕で、メーデンは完全なるとばっちり。

あろうことか、守るはずのメーデンを僕の所為で危険に晒したのだ。


自分が自分を許せなかった。


あの後彼女とどう接したらいいか分からず、なんとなく気まずい関係が続いている。

このままでは彼女を手放してしまうという焦燥感と、彼女の傍に居る資格がないのではという罪悪感。


メーデンは相変わらず優しく接してくれるけれど、僕の態度は曖昧なまま。




そうして僕が泣きごとを呟いているうちにも、もうライバルは星の数。


いつの間にか静かに愛でられる存在は、カーマルゲートの華として堂々と注目を集める存在になってしまった。

今では2人で歩いていても、メーデンの方が人目を引いてしまう。

これはアダムにも言えることなのだけど、メーデンはやっぱり自然に人の心を捕える魅力を持っていると思う。俗に言うカリスマってやつ。

廊下を歩くだけで人に手を振られたり、周りが色めき立つ。身分や地位もないのに人に注目されるってことは、やっぱりそれだけメーデンが凄い人だってことだ。


身体を重ねることも、キスすることも、手を繋ぐことだってない。かなりプラトニックなお付き合いだった。

だけど幸せだったから、不満なんて微塵もない。

彼女と一緒に居る時間は本当に幸せ。


そしてその幸せを、他に願う男性がそこかしこにいる。

中には恋人がいることを知っていながらメーデンに近づこうとした奴まで出てきたほどだ。


「彼女は僕の恋人だ、近づくな」


そう言ってやりかたったけど、僕にはできなかった。


僕は本当にメーデンにとっての恋人だろうか?――――答えはNO。


いつだか、アビーが生前にメーデンがいない場でこっそりとこう言っていた。

『メーデンは他人を寄せ付けない一線を引いている。その線を無闇に跨ごうとしては駄目だ』って。


なんとなく解る気がする。

メーデンは優しく、何があっても許すような人だ。親友のアビーとの決闘で卑怯な手を使ったナタリー・フェンシーに対しても、一切恨み言を言ったりしなかった。

しかし逆に言えば、他人に対してあまり興味を持たない。あまり自分の内側へ入ることを良しとしない部分がある。


僕は一体、メーデンにとってどこに居る存在なのだろう。僕のことをどう思ってるんだろう。


そして僕は一体、彼女をどこまで愛しているんだろう。どこまで愛することが許されるんだろう。


わかるのは、僕じゃ彼女の閉ざしているもの開くことはできないこと。

決して、僕のものにはならないことだ。


僕とメーデンは結ばれない。それが、この恋の結末。


「アダムーーー!

僕の親友よーーー!」


廊下でアダムの姿を見つけ背中に飛びつくと、振り返るのは眉間にしわを寄せた顔。


「離れろ、ディーン。

今忙しいんだ」


「相変わらずいい男だね、アダム!」


「ワケのわからないことを言ってないで離れろ」


「まあ、そうケチケチせずに!!

親友じゃないか!」


「・・・・・・・」


好きだよ、メーデン。

好きで好きで大好きだ。


「アダムくらいいい男で賢かったら、彼女を幸せにできたかな・・・」


「何の話だ」


「何でもなーい!」


へらーっと笑うと、アダムは心底呆れかえった表情。

僕はアダムの腰に回した腕を放すと、踵を返して走り出す。


「また後でーーーー!いつものとこでねーー!!」


手を振りながら振り返ると、アダムはため息一つ吐いて、それでも軽く手を振り返してくれた。




メーデンにも現れるといい。

僕にとってメーデンがそうだったように、見返りを求めなくても傍に居るだけで幸せになれる人が。

そしてその人が、メーデンの閉ざした扉をそっと開いてくれればいい。


そうして幸せになったメーデンが、本当の笑顔を僕に向けてくれたら、どんなに幸せだろうか。



「僕ったら男前ーーー!!」



廊下のど真ん中で叫び、両手を空に掲げる。



叶わない恋だったけど、これでよかったとも思えるんだ。


ねえ、メーデン。君はどんな人を好きになるんだろうね。

僕よりいい男じゃなかったら、ちょっとだけイジってやろう。


それくらい、許されるでしょ?





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