39話 ディーンの独白
最初から、気づいてた。
君はきっと、僕のものにはならないだろうこと。
なんとなく、噂は耳にしていた。
ひとつ下の学年にとても綺麗な女の子が居る、と。そして彼女はとても成績が悪いのだと。
彼女の名前はメーデン・コストナー。ちなみに平民の出身だ。
しかし一目見た彼女の姿はとても平民には見えない。それほどに高貴な素質のようなものを持っているように思う。
蜂蜜色の色素の薄い髪、誰をも引き付ける紫の瞳。
美しくも上品な顔だちをした彼女は、決してカーマルゲートの表舞台に出ることはなかったが、水面下で静かに彼女を称賛する声が広まっていた。
そんな彼女と接触する最初の機会は、親友のアダムによってもたらされる。
成績が破滅的だと噂のメーデン・コストナーに、アダムが直接勉強を教えることになったというじゃないか。
会って話してみたかった。
ちょっとした、興味があったから。
アダムを介して知り合ったメーデンは、噂に違わぬ美女だった。
あの紫色の瞳が自分に向けられた時の、言い表わせない程の高揚感。
今までいろんな恋をしてきた。それこそ周りの人たちが呆れるほど、いい加減で不真面目な恋愛。
ユークにいくら小言を言われてもやめなかったのは、重ねる恋愛に自分の居場所を求めていたからだ。
経験を積んで、いろんな人と知り合って、自分が一体どんな人間なのか知りたかった。
何故友情ではなく恋愛を求めたのか。それは友人よりも恋人の方が、素を晒しやすいから。
相手の本性をより引き出せる恋愛は、僕の性質に合っていた。
だけど、メーデンだけは違った。
彼女の本音を知りたいわけじゃなかった。見返りを求める気持ちは微塵もなかった。
―――――ただ、彼女のそばにいることができたら。
たったそれだけの想い。
何故彼女に惹かれたのは分からない。一目見てから気になっていたから、もしかして一目惚れなのかもしれないけど。
ユークは珍しくも凄まじく怒った。ユークの祖母は他国から来た奴隷の身分で王家に嫁いだ人だから、苦労を十分に分かって僕に忠告してくれるんだろう。
僕も身分違いの意味くらい分かっている。
だけど、そんな理性で簡単に諦められる恋じゃなかった。
だから自分が思うままに想いを告げて、見事に“メーデンの恋人”という形式を手に入れて・・・。
身分の違いで生まれる不幸がメーデンを襲うなら、僕は彼女を全ての不幸から守ってみせる。
いつか同じようなことをアダムやユークに言った気がするけど、それは僕の決意の表れ。
いざというときは全ての泥を僕が被る。未来の幸福を捨てて、今彼女と一緒に居ることを選んだのは僕だ。
守ると豪語した。なのに―――――守れなかった。
城下で遊んで、襲われて、連れて行かれてしまったメーデン。
間違いなく彼らの目的は僕で、メーデンは完全なるとばっちり。
あろうことか、守るはずのメーデンを僕の所為で危険に晒したのだ。
自分が自分を許せなかった。
あの後彼女とどう接したらいいか分からず、なんとなく気まずい関係が続いている。
このままでは彼女を手放してしまうという焦燥感と、彼女の傍に居る資格がないのではという罪悪感。
メーデンは相変わらず優しく接してくれるけれど、僕の態度は曖昧なまま。
そうして僕が泣きごとを呟いているうちにも、もうライバルは星の数。
いつの間にか静かに愛でられる存在は、カーマルゲートの華として堂々と注目を集める存在になってしまった。
今では2人で歩いていても、メーデンの方が人目を引いてしまう。
これはアダムにも言えることなのだけど、メーデンはやっぱり自然に人の心を捕える魅力を持っていると思う。俗に言うカリスマってやつ。
廊下を歩くだけで人に手を振られたり、周りが色めき立つ。身分や地位もないのに人に注目されるってことは、やっぱりそれだけメーデンが凄い人だってことだ。
身体を重ねることも、キスすることも、手を繋ぐことだってない。かなりプラトニックなお付き合いだった。
だけど幸せだったから、不満なんて微塵もない。
彼女と一緒に居る時間は本当に幸せ。
そしてその幸せを、他に願う男性がそこかしこにいる。
中には恋人がいることを知っていながらメーデンに近づこうとした奴まで出てきたほどだ。
「彼女は僕の恋人だ、近づくな」
そう言ってやりかたったけど、僕にはできなかった。
僕は本当にメーデンにとっての恋人だろうか?――――答えはNO。
いつだか、アビーが生前にメーデンがいない場でこっそりとこう言っていた。
『メーデンは他人を寄せ付けない一線を引いている。その線を無闇に跨ごうとしては駄目だ』って。
なんとなく解る気がする。
メーデンは優しく、何があっても許すような人だ。親友のアビーとの決闘で卑怯な手を使ったナタリー・フェンシーに対しても、一切恨み言を言ったりしなかった。
しかし逆に言えば、他人に対してあまり興味を持たない。あまり自分の内側へ入ることを良しとしない部分がある。
僕は一体、メーデンにとってどこに居る存在なのだろう。僕のことをどう思ってるんだろう。
そして僕は一体、彼女をどこまで愛しているんだろう。どこまで愛することが許されるんだろう。
わかるのは、僕じゃ彼女の閉ざしているもの開くことはできないこと。
決して、僕のものにはならないことだ。
僕とメーデンは結ばれない。それが、この恋の結末。
「アダムーーー!
僕の親友よーーー!」
廊下でアダムの姿を見つけ背中に飛びつくと、振り返るのは眉間にしわを寄せた顔。
「離れろ、ディーン。
今忙しいんだ」
「相変わらずいい男だね、アダム!」
「ワケのわからないことを言ってないで離れろ」
「まあ、そうケチケチせずに!!
親友じゃないか!」
「・・・・・・・」
好きだよ、メーデン。
好きで好きで大好きだ。
「アダムくらいいい男で賢かったら、彼女を幸せにできたかな・・・」
「何の話だ」
「何でもなーい!」
へらーっと笑うと、アダムは心底呆れかえった表情。
僕はアダムの腰に回した腕を放すと、踵を返して走り出す。
「また後でーーーー!いつものとこでねーー!!」
手を振りながら振り返ると、アダムはため息一つ吐いて、それでも軽く手を振り返してくれた。
メーデンにも現れるといい。
僕にとってメーデンがそうだったように、見返りを求めなくても傍に居るだけで幸せになれる人が。
そしてその人が、メーデンの閉ざした扉をそっと開いてくれればいい。
そうして幸せになったメーデンが、本当の笑顔を僕に向けてくれたら、どんなに幸せだろうか。
「僕ったら男前ーーー!!」
廊下のど真ん中で叫び、両手を空に掲げる。
叶わない恋だったけど、これでよかったとも思えるんだ。
ねえ、メーデン。君はどんな人を好きになるんだろうね。
僕よりいい男じゃなかったら、ちょっとだけイジってやろう。
それくらい、許されるでしょ?




