35話 協力
授業を全て終えて放課後、レジーナは突然現れたディーンに連れ去られた。
レジーナは理由も知らされず困惑する一方で、ディーンは上機嫌でニコニコと笑っている。
そして驚いたことに、行き先は生徒は出ることも許されないカーマルゲートの外―――――そして王族が住まうと言われる、サイラスで最も高い塔だった。
ディーンは入口も顔パスで通ってしまい、兵士に一言も口を出されることなくレジーナまで塔の中へ入ってしまう。
そこはカフェテラスよりも高い天井に、零れ落ちんばかりの眩いシャンデリアのぶら下がる、圧倒的な威圧感を持った荘厳な場所だった。
神殿やディーンの宿舎も似たような光景だが、ここはどこか全てがキラキラしていて隙がない。
「すごいわね・・・」
思わず漏れた独り言に、ディーンは嬉しそうに破顔して頷いた。
「でしょでしょ!?
ここは作りも規模も使用人の人数も桁違いだからね!」
「それで・・・どこに行くつもりなの?」
「な・い・しょ!」
まるで女の子のように語尾を可愛くするディーン。
レジーナはなんと突っ込んでよいかわからず、苦笑して促されるままに階段を上った。
辿りついたのは最上階―――――ではなく、何故か薄暗い物置。もちろん人の気配はない。
箒やモップで溢れかえる、お世辞にもきれいだとは言えない埃っぽい物置で、ディーンが初めて立ち止ったのは大きな箪笥の前であった。
高級な楠に細かな彫りを施された、庶民には到底手に入らないような箪笥。
掃除道具ばかりの中で、この箪笥だけが浮いている。
「ここからちょっと狭いんだけどね」
うきうき、と楽しそうに箪笥の扉を豪快に開けるディーン。
中には薄っぺらい衣類が向こう側を覆う程度に掛けられていて、ディーンはそれらを払いのけながら中へ入って行った。
戸惑って立ちつくすレジーナを、箪笥の中から伸びてきた手が彼女を引っ張りこむ。
頬を撫でる布の感触に目を瞑りながら、手を引かれるままに中へ進むと壁に突き当たることなくするすると前へ足が進んだ。
レジーナが目を開くと、そこには暗がりの中にうっすらと浮かぶ道の輪郭が見える。
「隠し通路?」
「そ!
知ってる人はほとんどいないんだよね。
いざと言う時の避難通路さ!」
へぇ、と生返事を返しながらレジーナは暗がりの中を進む。
2人分の足音を聞きながら歩くこと数分。
梯子を上りやっと辿りついたのは、先ほどとは打って変って綺麗な部屋だった。
「やあ、お待たせ!」
手を上げて挨拶するディーン。
部屋には見慣れたアダムやユーク、そしてクレアとサムの双子、そしてハリスの姿もある。
レジーナが部屋に入って一番に目が入ったのは、黒づくめの女の子の姿であった。
「シュシュ!?」
「メーデン、よく来たヨ」
相変わらずの奇抜な格好の横には、マリウス王子がゆったりと座っている。
彼はすぐに近寄ってきて、レジーナの手を取り挨拶をした。
「また会えてうれしいよ、メーデン」
「ど・・・どうも」
「君の顔を見るだけで天にも昇る気分だよ」
「はあ・・・・」
そこに居るのは以前と違う完璧な王子・・・・もとい、完璧な王子という猫を被った腹黒王子である。
レジーナは戸惑いつつも生返事を返していると、すぐにディーンがレジーナからマリウスを引き剥がした。
「あまり近づかないでよ、マリウス」
牽制ともとれる態度に、マリウスは目を細めて笑う。
「嫉妬深いなぁ。
愛されてるね、メーデン」
「呼び捨て禁止ーー!」
やはりそこに居るだけでうるさいディーンに、皆は呆れ顔でため息を吐いた。
そして彼を窘めるのはもちろんクレアだ。
「ディーン、真面目な話なんだからあまり騒がないで頂戴」
「わかってるよー」
ぶーぶーと唇を尖らせながらディーンが座ると、レジーナも彼にならって腰を下ろす。
「それで、これは何事なの?
お茶会―――――ってわけでもないわよね」
テンションが高く元気なのはディーンだけである。
わざわざ避難路を通って来たのに、理由がないはずはない。
レジーナはサムから紅茶を受け取って礼を言うと、静かに返答を待った。
「うーん、どこから話せばいいやら。
まずはジーン聖教団についてかしら」
クレアは低い声で話し始めると、ポスンとレジーナの隣に座って肩を落とす。
「メーデンも麻薬の件については知ってるわよね」
「ええ、ジーン聖教団の話も聞いたわ」
「今暗躍部隊が動いていろいろ調べてるんだけど、情報が少なすぎるの。
しかも灰色の鳥っていう組織まで出てきて・・・・もしかしたら、彼らもジーン・ベルンハルトと何らかの関係を持っている可能性が高いわ」
カルモナという麻薬を売りさばくジーン聖教団、そして灰色の鳥という錬金術を操る存在。
短期間に突如として現れたジーン・ベルンハルトの名前で、誰しも思い浮かべるのは約15年ほど前まで続いていた戦争である。
また、あの惨劇が繰り返されることになったら・・・と。
「シュシュも全力で情報の収集に回ってるんだけど、やっぱりジーン聖教団って名乗るだけあって尻尾が掴めないみたい。
それでアダムがシュシュに協力することになったの。
私たちはさしずめオマケね」
「協力するのはわかったけど、何故私まで?
できることなんてたかが知れてるわよ?」
何しろ表向きは一般人である。国家規模の組織に必要な人間とは思えない。
できることと言ったら、お茶くみなどの雑用くらいだ。
ディーンはニコッと笑って両手を広げる。
「いいのいいの!
僕たちは仲間じゃないか!」
「そうそう、女性は目の保養だからね」
パチリとウインクするのはマリウス。
ディーンのような“ウザさ”は無いがどこか“うさんくさい”。
レジーナは片眉を上げてアダムにまともな説明を求めた。
アダムは資料と思しき書類から目を離して口を開く。
「気にしなくていい。
ただシュシュが切羽詰まってるだけだから」
「それでアダムが協力。
ところがアダムにはディーンが付いて来て、ディーンが皆を引っ張りこんだ―――――と」
「その通りだ」
レジーナは納得してため息を吐いた。
こそこそとここまでやって来た経緯を思えば、おそらくレジーナらが加わるのは非公式である。
第一王位継承者に平民がそう易々と会えるわけがない。
それはディーンたちも同じで、確かマリウス王子との謁見には許可が必要なはず。
とどのつまり、この協力は国の指示ではない。
ディーンが勝手に集めた秘密のチームのようなものだろう。
「メーデンは居てくれるだけでいいから!」
ね!と顔を近づけて説得するディーン。
レジーナは助けを求めてハリスを見た。彼も自分と同じくディーンに巻き込まれた被害者の一人のはずだ、と。
彼は首を左右に振って大きなため息を吐く。
「ま、いいんじゃない?
できることがあったら手伝いたいのは本心だし、何もしないよりはいいと思うんだ。
ディーンもこう言ってることだし」
どうやらハリスは賛成派のようだ。
レジーナは思考を巡らせる。
シュシュと接触するのはできるだけ避けたいが、彼女たちの関心はもっぱらジーン聖教団と灰色の鳥へ向かっている。
まさか自分たちのお膝元にジーンの娘がいるとは思わないだろう。―――――別にバレても構わないし。
レジーナは楽観的にそう考えた後、小さく頷く。
「いいわ」
よっしゃー!とディーンは大きなガッツポーズを作って天を仰ぐ。
「嬉しいよ、美人が加わるなんて」
「どんだけメンクイなのヨ、マリウス」
「君もじゃないか、シュシュ」
あはは、と爽やかに笑うマリウスとシュシュ。
レジーナは困ったように笑顔を作って愛想笑いをする。
レジーナが了承したことでさらに機嫌の良くなったディーンは、笑みをいつにも増してレジーナの手を握った。
「と言っても僕たちにできることはなにもないし、麻薬やジーンの件はアダムに任せて、僕たちはデートに行こう!」
「え・・・」
突然腕を掴んで歩きだしたディーンに放心状態のレジーナ。
「ちょっと!
ディーンだけ抜けがけはズルいわ!」
「早い者勝ちだよ!」
言うが早し、ディーンはクレアの反論も聞かずレジーナを連れて部屋を出た。
もちろん扉を通ったはずなのだが、奥は暗くて狭い避難用通路だ。
彼らはこれ以上何も言われないうちにと、2人して扉の向こうへ消えて行ってしまう。
「チクショウ、ディーンめ・・・」
恨みがましく奥歯を噛みしめて低い声を出すクレア。
「仕方ないよ、一応付き合ってるんだし、あれでも」
フォローであってフォローになってないようなセリフを吐くサム。
「私たちだってすることないじゃないの!
暇なの!
メーデンと遊びたいわ!」
「まあ・・・そうですよね」
ユークも控えめに頷いた。
よくよく考えてみると、シュシュが必要としているのはアダムの手助けのみであり、アダム以外は手持無沙汰になっている。
協力するとは言ったもののやることがなく、率先して出て行ったディーンがある意味正しい選択である。
ここに居てもアダムの指示が出るまでは暇を持て余すだけなのだから。
「そうだわ!
ディーンを追いましょう!」
「何言い出すんだよ、急に」
閃いた、とでも言うかのような表情のクレアに、呆れたような顔をする一同。
「だってディーンなんかとメーデンを2人きりにさせるわけにはいかないわ!」
「今更じゃない?」
「うるさいわよ、サム!
さ、行くわよ!」
行動力のあるところは見事にディーンとの血筋を感じさせるクレアの発言に、ハリスもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「いいね、面白そうじゃん」
「こっそり見守るだけよ!」
「それって覗きじゃん・・・」
「アダム、何か私たちにできることがあったらすぐに連絡ちょうだいね!」
「わかった」
一言返事をもらうと、満足げにクレアはハリスとサムの手を引っ張って部屋から退場した。