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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅲ章
34/73

34話 教団と鳥



王城のある部屋で、ディーンはふてくされたような顔をしながらシュシュを睨んだ。

隣にはクレアとサム、そして少し離れた場所にはマリウスもいる。


「なにその面倒な展開」


「仕方ないヨ、裏社会なんてそんなものヨ」


ぷぅっと頬を膨らませたディーンとは対照的に、双子は表情を暗くして俯いた。


「でも、ジーン聖教団だけでも大変な事なのに・・・・また新しい勢力だなんて」


「前の戦争で生き残った人たちが、分裂してるってことかしら」


麻薬騒動。

既に麻薬の拡散は終息へ向かっているかと思いきや、春になると再び中毒者が一気に増え始めた。


そして新たな問題の発生。

ジーン聖教団とはまた別の組織―――――“灰色の鳥”である。


シュシュは目の周りを黒く塗った化粧でいまいち表情はっきりしないが、ちょっと不機嫌そうな顔で唇をめいいっぱいに尖らせた。


「灰色の鳥はたった男女の2組。

まあ、一応機密情報だから、絶対にしゃべっちゃ駄目ヨ」


メーデンたちにもネ、とシュシュが付け加えると、ビクリと身体を震わせる3人。

もちろん帰ったらすぐに話す気満々でいたのだ。


慌てたようにディーンが口を開く。


「でもさ、大した勢力じゃなさそうだね。

肝心なのはジーン聖教団をどうやって捕まえるか、じゃないのかい?」


「んー、まー、そうなのヨ」


どうも歯切れの悪い返答をするシュシュ。

なにかあるのかと物問いたげな視線をマリウスに寄こすと、彼はおどけるように肩をすくめて話し始めた。


「捕まらないんだよね・・・・」


「はぁ!?」


3人は立ち上がり、クレアはバンバンとテーブルを両手で叩く。


「どういうこと!?

暗躍部隊が動いて成果なし!?

もう3か月以上経ってるのに!?」


シュシュは口紅を塗りたくった唇を再び尖らせてヘタクソな口笛を吹く。

マリウスは困ったように眉尻を下げた。


「成果なしってわけじゃないんだよ?

一応麻薬を売ってる実行犯は捕まえたさ。

でも主犯まで辿りつかないんだよねぇ」


つまり、捕まる可能性の高い実行犯はすべて切り捨てることのできる使い捨ての駒。

捜査の手が及べばすぐに切り捨て、新しい駒を使う。

そしてまた新しい駒が捕まり、聖教団は駒を捨てる。


この3か月というもの、見事なイタチごっこが繰り返されていたのだった。


「しかも、その麻薬ってのが厄介でね、カルモナって言うんだけど」


「カルモナって花の名前じゃないの?」


即座にクレアが尋ねると、そうそうとマリウスは笑って頷く。


「花のカルモナとは完全に別物なんだけどね。

中毒者はその麻薬を嗅ぐとカルモナの花と同じ匂いがするらしいんだ。

でも麻薬のカルモナはかなりの曲者で、本来は無味無臭無色だから」


「中毒者だけがその匂いに気づくことができるってことか」


「サム、正解。

聖教団の奴らは、何らかの方法で一般人を軽い中毒状態にした後、カルモナの匂いを嗅がせておびき寄せるんだ。そして麻薬を売る、中毒者だけにね。

カルモナってさ、ある程度の期間放っておくと気化しちゃうんだ」


空気中に拡散したカルモナを知らず知らずのうちに吸ってしまい、気づいたらいつの間にか中毒になっている可能性もある。

どこに、どのようにして潜んでいるのかわからないのが一番厄介な点だ。

なにしろ、カルモナは無味無臭無色なのだから。


じゃあ、と気を取り直したディーンは訊ねる。


「ジーン聖教団の構成員はどうなってるんだ?

やっぱりジーン関係の?」


「それもまだ分かってないんだよね、残念ながら」


「ダメダメじゃん・・・」


「ダメダメね・・・」


かぶりを振る双子。

シュシュはさらに唇を尖らせて拗ねた。


「アタシ精一杯やったヨ」


マリウスはシュシュの頭をよしよしと撫でてやる。

その姿はまるで飼い主と猫だ。


「シュシュは悪くないよ。

仮にもジーン聖教団って名乗ってるんだ、頭が切れる人間が何人か居るようだし。

たぶん麻薬で稼いだお金は・・・戦争のために溜めてると考えるのが妥当だろうね」


また、再びジーン・ベルンハルトが生きていた頃の悲惨な時代が始まるかもしれない。

3人は真っ青になって頷いた。


しかし決定的に違うことがある。


それはジーン・ベルンハルトの存在。


「でもさ、ジーンは死んだはずだ。

錬金術を使えない勢力じゃ、ちょっとした小賢しい裏組織に過ぎないよ」


でしょ?と同意を求めるディーンに、マリウスをシュシュは顔を見合わせた。


「それがね・・・」


「ちょっと、アタシたちにもよくわかってないんだけどね・・・」


何かを言い淀む2人に、3人は神経を尖らせて聞き耳を立てる。

んーと唸るシュシュは興味津々な3人を見て、諦めたようにゆっくりと口火を切った。


「ジーン聖教団については主犯格が何者かもわかってないから、なんとも言えないのヨ。

ただ、灰色の鳥がね・・・・錬金術を使うらしいのヨ」


絶句。

ディーンは鯉のように口をパクパクさせてシュシュの肩を掴む。


「どどどどどどういうこと!?」


「だーかーらー、灰色の鳥が錬金術使えるって言ってんのヨ。

アタシだって驚いてるんだから、あんな難しいモン使えるのはジーンだけだと思ってたヨ」


「うそだろ!?

何かの間違いじゃ・・・」


「間違うはずないでショ。

内戦でジーンと戦ってたのはアタシヨ。錬金術なら嫌というほど見て来たのヨ。

灰色の鳥はたった男女2人組。だけどどうにもイヤーな感じがするのヨ」


クレアは肩を震わせて、サムは心配そうに彼女を見遣る。


「クレア・・・大丈夫?」


「大丈夫じゃないわよ。

私もう・・・・友達を失うのは嫌・・・」


アビーのように、またいつ何に巻き込まれて大切な人を失うかわからない。

戦争が始まれば、死の恐怖に怯えながら暮らす日々が始まるのだ。クレア達はまだ経験していない、戦争の日々が。


「よし!捕まえよう!!」


「また突然どうしたんだい?ディーン」


スクッと勢いよく立ちあがったディーンに怪訝な顔をするマリウス。

ディーンはいい笑顔で勢いよく言い放った。


「だから!僕たちが捕まえるんだよ!

ジーン聖教団も、灰色の鳥も!」


「だから今やってんじゃないのヨ」


「バカだなぁ!

僕たちには我らがアダムがいるじゃないか!

それにメーデンもハリスも、素晴らしい仲間がいるじゃないか!

皆で力を合わせたらできないことなんてないよ!」


「そうね、確かに最強のチームかも」


冷静に考えても、こんなにバランスのよいメンバーはそうそう居ない、とクレア。

ディーンは自分の提案によほど自信があるのか、ビシッと人刺し指でシュシュを指した。


「だから皆で協力して悪い奴らとっ捕まえればいい!

だろう?シュシュ」


「ガキの力なんていらないヨ。

でも・・・・アダムは欲しいかもネ」


追い詰められている所為か、つい本音がポロリと漏れる。

しめた、とディーンはいやらしいニヤリ笑いをした。


「はい、決まりね!

アダムを使うならもれなく僕たちもついてくるから!」


「いらないオマケだヨ。

アンタたちが居ても余計捜査が混乱するだけだヨ」


「酷い!」


泣きマネをするディーンに、まあまあとマリウスが宥める。


「いいんじゃないかな?

アダムを呼びたいなら、ディーン達を引っ張れば自然についてくるよ。

それに美女2人が増えるしね」


「ん?美女2人?

1人はクレアとして・・・もう1人はメーデン?」


なんで知ってるんだ?という空気にマリウスはあはははと笑う。


「この前ごあいさつに行って来たんだよね。

噂どおりの美人だったよ」


「脇腹アターック!!グフォ!」


「ディーン、殴りかかって自分が怪我しちゃザマあないヨ」


「うるさいシュシュ!」


ディーンは悔しそうに唇を噛みしめる。


「マリウス!まさかメーデンに失礼なことしてないよね!?

なんで僕に一言言ってくれなかったんだい!?

いきなり会いに行ったらメーデンが吃驚するだろう!?

あと、メーデンが美人なのは当たり前だよ!!」


一気に捲し立てるディーンとは対照的に、マリウスは爽やかに笑ってヒラヒラと手を縦に振る。


「大丈夫大丈夫、失礼なことは何もしてないから。

ただちょっと、ディーンをよろしくってご挨拶しただけだよ。

羨ましいなぁ、あんな美人と付き合えるなんて」


「だろう!?」


レジーナを褒められたとたんコロッと機嫌を良くしたディーン。

さすが兄弟と言うべきか、それとも年の功か、マリウスはディーンの扱い方を心得ている。


「メーデンは世界一の美人だぁ!」


ディーンは拳を握って天を仰いだ。

クレアとサムとシュシュはドン引きして冷たい視線を寄こす。


「メーデン以上に美しい女性なんてこの世にいないから!

っていうか認めないから!」


「でも絶世の美女は中心の国の王妃だって言われてるけど」


「無理だよ、あんなバケモノじみた美人。目が潰されちゃう。

僕はー、やっぱり中心の国の王妃みたいなグラマラスで妖艶なタイプより、気品があって清楚なメーデンの方が好きなんだ」


ふむふむ、なるほどとマリウスは頷く。

しかしそこで口を挟んだのは何故かシュシュだった。


「大きな間違いがあるヨ。

メーデンは胸元が開いた服を着ないから分からないと思うけど、見た目よりずっと胸は大きいのヨ」


「え!?マジで!?」


すかさず反応を示したディーンは興味津々。

マリウスもなんだと?と目を見開く。


「この手で触ったから間違いないヨ。

上品なお嬢様なふりして、実はグラマーなのヨ」


チッうらやましいヨ、と毒づくシュシュの目は怖かった。

どうやら彼女は胸が小さいことを気にしているらしい。


胸談義で盛り上がるディーンとマリウスとシュシュ。


クレアはポツリと溢した。


「ねえ、サム。

私たち真剣な話をしにここに呼ばれたんじゃなかったかしら?」


「うん、そうなんだけどね」


はあ、と大きなため息を吐く双子。


それからずっと胸の話から逸れず、真剣な話に戻ることはなかった。




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