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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅲ章
33/73

33話 動き出す

爪のように細い月の夜。風音一つもない静かな住宅街。


黒いローブにフードで頭を顔を隠した2人が、ある屋敷の前で身を隠しながら中を窺った。

まるで城のように豪華で美しい外観をしている屋敷も、薄暗い今では幽霊屋敷のように不気味な雰囲気が漂っている。


背の高い方が指でクイッと屋敷を指すと、もう一人が頷いたと同時に2人は一瞬で消えた。





その日、屋敷の当主は機嫌が良かった。

新しいコネを作り、商品の収集により一層強い味方が現れたからである。


事業の成功を祝うために、当主は秘蔵のワインを開けて晩酌を楽しんだ。


そして今は心地よい夢の中。

春の暖かくも穏やかな気候にまどろみながら、ふかふかな羽毛に埋もれながら。


しかし突如として、当主の眠りは妨げられてしまった。

パタパタカサカサと軽くも硬質な音が寝室に近づき、ギィと音を立てて小さく開いた扉から現れたのは“鳥”。


どこかぎこちなく見えるその鳥は、暗い部屋を一周すると当主の鼻の上に止まる。


お酒の力を借りて深く眠りについている当主は起きることない。

ところが鼻が痒くてムズムズしたのか、当主はぶくぶくに膨れた大根のような腕を持ち上げ、鼻にをかこうとした。


そして鳥に手が当たり、「・・・むが?」と間抜けな声を出す。


無造作に手のひらに治めたそれを、当主は薄目を開けて見た。

一瞬鳥かと思ってぎょっとしたが、よく見れば鳥じゃない。そもそも鳥のような感触ではない。


これはどう見ても・・・・


「紙ぃ!?」


当主はすっかり酔いと眠気を覚まして大きな声を上げた。

鼻の上に置かれた鳥の形に折られた紙。


誰かのイタズラかと激怒した当主は、手に持ったそれを乱暴に床に叩きつける。


「ふざけるなっ!!」


しかし。

床に横たわった鳥はバリバリと紙の擦れる音を立てて開いていき、一枚の紙に戻るとぶくぶく膨らんで大きくなった。


さすがにこれはただ事ではないと悟った当主は、身近にある布団を手繰り寄せ恐怖に震える。


紙は大きく膨らみ、やがてそれは人の形を象る。

そして徐々に、それは本物の“人”へと変化した。

さきほど屋敷の前で突如と消えた、黒ずくめの2人組である。


「ひいいいいいい!!助けてくれ!!!」


ぶるぶると激しく震える今にも失禁しそうな当主を無視して、2人は顔を見合わせると辺りを見回してフードを取り払った。


現れた顔はもちろん2つ。

背の高い方は金髪碧眼の男性。そしてもう1人は蜂蜜色の長髪に紫の瞳をした女性だった。


どこか浮世離れした美しさを放つ彼ら。

最初に声を出したのは女の方だ。


「趣味の悪いこと・・・」


「同感だな」


彼女たちが趣味が悪いと言うのは、この寝室に理由があった。


よく目を凝らしてみると、部屋の奥の壁は鋼鉄の檻になっており、その檻の向こう側には鎖で繋がれた女達が横たわっていた。

ざっと数えただけでも10人以上。

この光景を見れば、誰もが顔をしかめて鳥肌を立てるだろう。


女が呆れたようなため息を吐くと、2人はやっとベットの上で震えている男に注目する。


「お前がクーヴァの当主だな」


「ひいいいいいい!」


出てくるのは太い大男に似合わぬ細い悲鳴。


金髪の男が腰にさした剣を抜きとると、目にも留まらぬ速さで当主の首をはねた。

ポトンと軽い音を立てて、高級なベットの上に落ちる頭。

派手に散らばった血は寝具全てを赤色に塗り替える。


「ちょっともったいないわね、超高級羽毛布団が変態の血まみれなんて」


「欲しいならそれくらい用意する」


「結構よ。

でもいくらするのかしら」


「一枚で民家が一軒建つ」


「やっぱり遠慮するわ」


雑談をしながら部屋中をひっかき回し、ファイリングされた資料や書類を漁る。

男が適当に見繕った数枚の紙を手元に残すと、それを折り畳んでローブの中にしまった。


「さて、残るはこっちね」


女が視線を向けるのは檻の中で監禁された女達。

彼女たちは無残にも体中痣だらけで衰弱しているのか、目を開けることも動く気配もなかった。


「檻ごと移動させよう」


「街のど真ん中に?」


「見られては後が面倒だ。

フードを被れ」


男の提案で2人はフードで顔を隠す。

檻に近付くと手をかざすと、檻は一瞬で寝室から姿を消した。

もちろん鎖に繋がれた女たちの姿もない。


「・・・帰りましょう」


ポツリと落とすような呟きの後、再び一瞬で姿を消した2人。

部屋に残されたのは、首から上が切り離された男だけだった。























今年に入ってから、レジーナの魔術の進歩は目覚ましかった。

特に呪術や占術等の細かい魔術が得意で、逆にアダムが使う瞬間移動や相手を攻撃する派手な術は苦手。


以前から徐々に使えていた透視の術は、魔術を習得することで上手くコントロールできるようになった。

今では人や物に触れただけで記憶を読むことができる技を身につけている。



アダムとレジーナは、彼らの決意のままに行動を始めた。


情報を集めては邪魔な者を消し、情報を集めては消し。その繰り返しである。

不思議な事に、闇に入れば入ると程、深い闇が見えてくるのだ。

その闇には底がないのか、闇は何段も何段も重なって終わりが見えない。


現実を知れば知るほど今ある生活が薄っぺらい紙のような平和なのだと思い知ったレジーナ。

自分の置かれた状況は、思った以上に複雑で厄介だ。


しかし戦うと決めた以上、彼女はどんなに忙しくても根を上げることはなかった。

最近はアダムが研究遠征で不在なことが多く、レジーナもまた多くの授業を抱えながらの活動。

いろいろな情報を知れば知るほど忙しくなる2人は、やらなければならないことに追われながら忙殺の日々が続く。



ところが、気になることが一点。



レジーナは白く長い足を組んで、親指の爪をガリッと噛んだ。

彼女の目の前にあるのは山のように積み重なった資料。


どんなに調べても調べても、“ジーン聖教団”に関する情報が一切出てこないのだ。


いっそのことジーン聖教団そのものが架空の組織なのかと疑ったが、どうやらそうでもないらしく、噂はだんだんと真実味を増して広がっている。

麻薬に関しても中毒者は出るのに麻薬の出所が分からない。


「焦るな」


「・・・・・・・ええ」


短い沈黙の後、小さく頷くレジーナ。


これだけ調べても何も分からないのならば、国もまだ現状を把握し切れていないはず。

焦らなくても、まだレジーナの正体が知られることはない。


アダムはまだ難しい顔をしているレジーナの肩を掴み、剥き出しになった白い肌を撫でる。

慰めるようなキスを髪と頬に落とした。


レジーナは目を少し細めて身体から力を抜く。


「大丈夫よ。

まだあの人だと決まったわけじゃない」


「ああ」


「例えあの人だったとしても―――――私がこの手で殺すから・・・」


嫌な音が立ちそうなほど強く握りしめた拳の上にアダムの手が重なり、レジーナは視線だけ動かして彼を見た。

腰に手が回り撫でられれば、まるで眠りに落ちるときのように自然と瞼が閉じる。


額に柔らかなものが押し当てられ、次に呼吸の全てをアダムに奪い取られた。

ゆっくりと離れるといつもより濃い色をした青い瞳がレジーナの視線を奪って放さない。


「いいか、人を生き返らせるというのはそうそう出来ることじゃないんだ。

錬金術でも魔術でも、決して行ってはいけない禁忌にあたる」


「でも・・・」


「禁忌を犯せば何かしらの罰が天から与えられると聞く。

秩序を乱す者に未来はない」


レジーナは顔を反らして、立てた膝に顔を埋めた。


「だったら私たちが秩序を正せばいいのよ。

ジーン・ベルンハルトは殺すわ・・・必ずよ」


アダムはそれ以上何も言わなかった。

ただ小さく身体を丸めたレジーナを見つめて、静かに部屋の明かりを消した。






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