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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅰ章
3/73

3話 事件発生



カーマルゲートでは、月に1度神殿で祈りの式典を行う。

その内容は聖書をただ朗読するだけという至極つまらない内容であり、朗読するのが穏やかな声の持ち主である校長なので、生徒にとっては眠気を誘うだけの暇な時間だ。


敷かれた赤いカーペット、細かく描かれている壁画、灯籠に灯された明かりとステンドグラスがキラキラ光る美しい光景。まさに荘厳な雰囲気の神殿だった。


大きな神殿も生徒で埋め尽くされれば狭いと感じるのは仕方ないだろう。

メーデンはあまりの人の多さにぶつくさと文句を言う。


「毎回毎回、よくこんな狭いところで・・・。

しかもすごく寒い」


「仕方ないわよ、カーマルゲートって生徒5000人近くいるもの」


「そんなに?」


「知らなかったの?

1学年で500人いるはずよ。500人が10学年全員で5000人」


目を丸くするメーデンにアビーは白い息で手を温めながら答える。

人が多いなら空気も暖まって欲しいものだが、生憎天井が高く上下の空間は広いためとても寒いのだ。


「ま、辞めて行った人も多いだろうから5000より数は少ないでしょうけど」


この学校の特質を思い出したメーデンは苦笑いで頷く。


カーマルゲートは、エリートの養成所と言えば聞こえは良いが、実際は生き残りをかけた熾烈なサバイバル生活と言って過言ではない。

イジメ、派閥争い、競争に満ちたその世界は現実の社交界そのもので、一度振り落とされれば戻ってくることは不可能。最先端の学問が学べることは大きなメリットだが、リスクもまた大きいため自信の無い貴族は入学を嫌がる。


しかし逆に平民にとっては上へ昇り詰めるチャンスの場所。1万年近い人生の中で15歳の時に迎えるたった1度きりの大きな機会を逃すまいと誰もが必死になるが、とてもとても狭き門で合格者はほんの僅か。よってカーマルケードへ入ることは国民の憧れであり、一種のステータスになっていた。


ちなみに破滅的な成績のメーデンも受験を合格したエリート・・・・・のはずである。


「それで、勉強会はどうだったの?」


アビーはニヤリと笑って急に話題を変えて来た。メーデンは苦笑して肩を竦める。


「どうも何も・・・・全くの普通よ、そりゃ分かりやすかったけど」


「恋愛という名の勉強もしてみないか?――――みたいな展開はなかったの?」


「・・・・恋愛小説の読み過ぎじゃないかしら」


呆れかえった声のメーデン。

アビーの邪な笑いは深みを増す。


「でもなかなかない大チャンスよ、貴族とお近づきになれるんだもの」


お近づきと言っても勉強を見てもらうわけで、メーデンの破滅的な成績を知った今もいい印象を持っているとは思えない。

しかもメーデンにその気は全くない。


そう言えば、と口を開く。


「ディーン王子にお会いしたんだけど、私のこと知ってたみたい。

成績悪いって噂になってるのかしら、恥ずかしいわ」


「えーーーーーー!?」


ごほん!、と大きな咳払いが聞こえて、アビーは慌てて口を手で押さえた。式典中に絶叫してしまった彼女は全校生徒の視線を浴び、恥ずかしさに顔を赤く染める。


「すみませーん」と小さく謝ると、少し離れたところにディーンの笑い声と腹を抱えている姿が。


中断されていた式典はすぐに始まったけれども、ますます恥ずかしくなったアビーは縮こまってしまった。


「失敗したわ・・・・。絶対に後で怒られる・・・」


「アビー、私の成績に比べたら可愛いものよ」


「フォローになってないわよ」


アビーに突っ込まれたメーデンはクスクスと小さく笑う。


いつもと変わらないつまらない式典。眠気に勝てずうつらうつらと頭を揺らす生徒が出てきた頃のことだった。


―――――ドーン!!!


と大きな物音に全員の頭が覚醒する。ざわざわと騒がしくなり、前の方から悲鳴が聞こえてきた。

しかし後の方にいるメーデンらには何が起こったのかさっぱり分からない。


「何事!?」


「さあ・・・前の方で何かあったみたい」


悲鳴と言っても可愛らしいものではなく、化け物を見た時に出すような恐怖の悲鳴だ。

パニック状態になった生徒の群衆が一気に外へ動き始め、メーデンとアビーはもみくちゃになりながらもなんとか神殿の外へ出ることができた。


そこへ偶然通りかかったハリスの後ろ姿に、アビーは後頭部をぐわしっと掴んで止める。

驚いた顔で振り返ったハリスはアビーを見てにこっと笑った。


「やあ、アビー」


「これは何事なの?」


「見なかったんだね。いや、見なくて正解だよ。

上から人が降って来たんだ」


「「人?」」


うん、とハリスは大きく頷く。


「人って言うか、死体」


ハリスの話によると、式典中に血まみれの死体が上から降って来たらしい。その死体は大きく抉れた穴が2つあったそうな。


「あの様子じゃ魔物にやられたんだろうね」


「魔物・・・」


アビーとメーデンは顔を見合わせた。





















カーマルゲートに独自の図書館はなく、必要な生徒は王城の資料室を借りることができる。


神殿の一件以来、居ても経ってもいられなくなったメーデンとアビーは、普段は滅多に来ない資料室へやって来て本を探し始めた。

もちろん魔物関係の本である。


テーブルの一つを陣取り、積み重なった本を片っ端から読み漁る。


アビーは唸り声を上げながら口火を切った。


「被害者は8学年の先輩だったらしいわね」


「平民の出身だったらしいけど、ご両親はさぞ辛いでしょうね」


一番問題は被害者が魔物に襲われたことだ。

一体何の魔物に襲われたのか、何故魔物の姿を誰も見ていないのか。


気になっているのはメーデンたちだけじゃないらしく、資料室はいつもより生徒が多い。


「アビー、アビー」


後ろから声をかけられ、振り返ればハリスの姿があった。


「やっぱり君たちも来てたんだね」


好奇心旺盛だからね、と笑うハリスにアビーとメーデンも笑う。


「そういうハリスこそ」


「ところでハリス、後ろの2人は・・・?」


一緒に居たのは茶髪の男性と女性。どこかで見たことがあるとアビーは眉間にしわを寄せた。

ハリスは笑顔のまま2人に紹介する。


「この人たちも調べてたから一緒に探してたんだ。

知ってるだろう?クレア・サイラス殿とサム・サイラス殿」


「え″!」


アビーは潰れた声を出して姿勢を正す。

見たことあるはずだ、同じ4学年の王族の双子なのだから。


「やだわ、殿なんて付けないでよ、他人行儀だわ」


「ごめんごめん」


「初めまして、私がクレア・サイラスよ。

で、こっちが」


「サムだよ」


よろしく、とダブルサウンドで自己紹介をする彼らはとてもフレンドリーで、アビーも硬かった表情を和らげて握手をする。


「アビー・ルミナスです」


「メーデン・コストナーよ」


メーデンの名を聞いた2人はおや、と目を丸くして彼女に詰め寄った。


「もしかしてアダムと勉強してるっていう、あのメーデン・コストナー?」


「え、ええ・・・」


ここまで噂が回っていたのか、と遠い目をするメーデン。

慌ててサムが弁解する。


「違う違う、勉強の件で君の名前を聞いたんじゃないんだ。

前から有名だったよ?」


「お、落ちこぼれだって・・・」


「違う!」


「もうサムったら口下手なんだから。

ごめんなさいね、メーデン。貴女が有名なのは成績じゃなくて顔よ顔。

もちろん良い方の噂よ」


パチリとウインクをしたクレアにサムも首を縦に振る。

メーデンも安堵して苦笑を洩らした。


何故か自慢気になったのはメーデンではなくアビー。


「さすがあたしのメーデンね。成績が破滅的でも顔で十分カバーできるわ!」


そしてアビーに同意するのはハリスである。


「できるできる。

ところでお2人さん、そこにあるのは魔物関係の本だよね?ちょっと見せてもらえないかな、他の本は皆に借りられちゃってて探してたんだ」


「どうぞ、座って」


「じゃあ、お邪魔します」


ハリスとクレア・サムの姉弟が加わり、結局5人でテーブルを囲むことに。


人数が増えたところで、先ほどの続きを始める。

アビーは先ほど見つけたいくつかの候補を差し出した。


「死体には2つの大きな穴があったって言ってたわよね、ハリス」


「うん、そうだよ」


「だったら魔物で間違いないでしょうね。牙の痕と考えるのが妥当だわ。

ほら、これとかこれとか・・・・・ほとんどの魔物が当てはまるわよ」


「うわ、本当に結構多いね」


サムが思わず呟き、メーデンが頷く。


「誰かが魔物に見せかけて殺した可能性もあるけど・・・・でも変なのよね」


「変って?」


「原因が魔物なら、生徒を襲った魔物が見当たらなかったこと。

人間なら、式典中に神殿の上から生徒を落とした理由よ」


「どういうこと?」


眉を顰めて身を乗り出すアビーに、クレアははきはきとした物言いで分かりやすく説明を始める。


「魔物に知恵は無いに等しいわ。あるのは殺衝動だけよ。つまり、殺したい欲望ね。

だから首都の王城の中にあるカーマルゲートまでこっそり忍び込むなんて無理だわ。ここは都会のど真ん中なんだもの」


「彼女の言う通りよ、アビー。

そもそもサイラスに魔物なんてほとんどいないのよ?

居るとしたらウサギやネズミを襲う小型のモンクくらいかしら。もちろん抉れてた2つの痕には当てはまらないわ」


一同の顔色が悪くなっていく。


中心の国のすぐ隣に位置するサイラスは神の恩恵を多く受けており、気候も穏やかで作物も良く育ち、魔物はほとんど存在しないと言われている。

現に大型の魔物が一匹存在すれば、町一つは簡単に破壊されてしまうだろう。しかしそのような事件は歴史上でも数えるほどしかなかった。


「じゃあ人間の仕業ってこと?」


「ハリス、それは分からないわ」


それぞれ考え込みながら、本のページを捲る音だけが静かに響く。


大きな2つの穴の原因になりそうな牙を持つ魔物を列挙しながらも、しかしやはりどこか引っかかりを覚えて手を止めた。


「お手上げだ」


「僕も」


最初にギブアップを申し出たのはハリス。そしてサムだった。


「そもそもカーマルゲートも魔物探しにかかってるんだろう?

クレア何か聞いてない?」


「探してるわよ、もちろん。先生方も総出でね」


「誰か魔物詳しそうな先生いない?」


「うーん、サイラス史のマイリース・リトラバー先生とか」


聞き覚えのない名前にメーデンは聞き返す。


「マイリース・リトラバー?

サイラス史って?」


「貴女達は知らないはずよ、4学年までは必修科目で選択科目は5学年からだもの。サイラス史は選択科目なの。

サイラス史っていうのはサイラスの歴史を勉強する学問よ。マイリース・リトラバーはその顧問の先生。

噂だと魔物の研究もしてるんだとか」


さすが王族と言うべきか、それともクレアが賢いからか、分かりやすくもしっかりと答えてくれた。


そこでサムが口を挟む。


「でもやっぱり一番詳しそうなのはあの人じゃない?」


「あの人って?」


「アダム」


彼の放った一言の効果は絶大だった。

誰もが納得して頷く。―――――メーデン以外は。


「どうしてあの人が魔物に詳しいの?」


「アダムは何でも知ってるもの、気持ち悪いくらいに物知りな人だから」


「・・・じゃあ、今回の事件について彼に訊くことはできない?

2人はディーン王子と従兄なんでしょう?」


「アレを王子と思ったダメ」


即座に駄目出しするサム。クレアも少し声のトーンを落として話し始める。


「ディーンはちょっと変わってるから、王子っていうよりただの悪ガキで十分よ。

あんなヤツのことよりアダムの件だけど、直接会うのは難しいわね。王城の仕事でしょっちゅう駆り出されてるし、独自で研究もしてるみたいだし、授業もほとんど出てないらしいから。

昼休みにならカフェテラスに顔出してるけど、昨日の事件で校長に泣き付かれて魔物探しに加わってるって聞いたからしばらくは来ないでしょうね」


「そうか・・・じゃあ無理だね」


ハリスが低い声を出し諦めかけたとき、メーデンが閃いて口を開いた。


「木曜日の放課後なら会えるんじゃないかしら」


「「「どうして!?」」」


大きな声で詰め寄られ、慌てて付け加える。


「だって勉強会・・・・個別指導の・・・」


皆は一斉にメーデンの肩を掴み、とびきりの笑顔を向けた。あまりのいい笑顔に、メーデンは冷や汗をかいて引きつった笑みを浮かべた。






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