27話 出場者、集結
レジーナは胸の前で両手を合わせ、盛大に喜んだ。
「本物!?」
アダムが返事をする前に奪ったのは、1冊の古い本。
レジーナはさっそくぺらぺらとページをめくって読み始める。
「どこで手に入れたの?魔術書なんて」
レジーナがアダムに頼んでいた品――――魔術書。
魔女は中心の国にしかおらず、さらに数はとても少ない。おそらく10人にも満たないはずだ。
その魔女が所有している魔術関連の書物となれば、数えるほどしか存在しない貴重品。
欲しいと頼んではみたものの、レジーナもまさか手に入れられるとは思っていなかった。
「友人に魔女と近しい間柄の者がいる」
「アダムの交友関係ってどうなってるの?」
呆れ半分でレジーナはため息をつく。
アダムはいつもの無表情のまま、必死に魔術書を読むレジーナの隣に座った。
「それで、魔術書で魔術でも習得するつもりか?」
「そうよ?」
レジーナは座ったまま膝を立て、膝に肘を突きながらアダムの方を向く。
「だって錬金術意味分かんないんだもの」
「・・・・」
アダムは無言のまま呆れたような視線を送った。
ふふふ、と対照的にレジーナは華やかに笑う。
「魔術も錬金術も根底にある理論は同じだわ。術を行うまでの過程が違うだけで」
簡単に例えるならば、錬金術は緻密な知識と計算。魔術は内にあるパワーの爆発である。
レジーナはアダムやジーンのようにずば抜けて賢いわけではない。
よって錬金術の習得は非常に困難。
そんなときに目を付けたのが、錬金術と似通った魔術だ。
「要は魔力があれば魔術は使える。
私の魔力はごく僅かだけど、術を選べばできないこともないと思うの」
「・・・・魔物の魔力か」
「そう。
その理屈でいくと、アダムも魔術を使えることになるんだけど・・・」
レジーナではなくジュナーの魔力を利用した魔術。
アダムの中に居る魔物も魔力を持っているはずなので、彼も同様に魔術を習得することができるかもしれないとレジーナは考えた。
しかし、すぐさまアダムは否定する。
「無理だな」
「どうして?」
「魔術は女性にしか扱えない」
「そういうもの?」
「ああ」
ふーん、とレジーナは生返事をして文字を目で追う。
「レジーナ」
「なあに?」
よほど熱中しているのか、本から視線を外さない。
アダムは少し眉間にしわを寄せ、レジーナの顎を掴んで自分の方へ顔を向かせた。
驚いたレジーナは長い睫毛をパチリと震わせ、紫色の瞳を大きくする。
「どうしたの?アダム」
アダムの返事はない。
その代わりアダムの青い瞳がだんだん細まり、やがて彼は大きなため息を吐く。
「・・・なんでもない」
「変なアダム」
レジーナは笑って再び本に視線を落とした。
3回戦が終わるとすぐに商祭の時期がやって来た。
しかしディーンたちは相変わらず帰ってくる気配はなく、結局王族3人とアダム抜きで買い物をした。
楽しくないわけではないが、どこか物足りなさを感じる。その原因は言うまでもなく3人がいないから。
アビーはパンパンに膨れた紙袋を担ぎながら尖らせた口を開いた。
「決闘ってケチよね。
優勝者しかご褒美がもらえないんだもの」
「そうよね。
辞退もできないし」
せめて入賞で何か特典があればいいのに、とアビーはブツブツ文句を言う。
というのも、ここまで勝ち上がってきた3回戦。32人中8人まで生き残った彼女。
しかしあと3回も戦いが残っており、決して優勝するまで楽な道のりではない。
ならばせめて、8位以内に入れたことを祝福してくれるような制度があれば・・・と思わずにはいられないらしい。
「早く混乱が収まってくだされば、決闘に集中できるのですが・・・」
「昨日も出場者の1人が死んだばかりだしね」
ハリスとユークはため息交じりに言いながら頷く。
昨晩、さっそく出場者の1人が雑林の中で死体で発見されたばかりなのだ。
次はアビーかもしれない。その恐怖が皆を蝕む。
離れた所に居るディーンたちもきっと、祈るような気持ちでアビーの無事を祈っているだろう。
「せめてメーデンくらいの美しさがあれば・・・!」
「なによ、突然」
「そしたら、殺すのが惜しいってあたしが標的になる確率が低くなるじゃない?」
「・・・どうかしら」
何を言い出すのかと思えば、とレジーナは明後日の方を向く。
しかしふざけているようでアビーは真剣だった。
「だって、散歩1つもできないし、食べ物だって使用人たちに毒見させてるのよ?
ストレスが溜まって溜まって・・・」
行動も制限されているのが辛いらしい。アビーが根を上げるのは本当に珍しいことで、3人は焦り始める。
「どうしたんだよ、アビー!
例え命をかけてもいいって言ってたあのアビーが!」
「そうですよ、何か悪いものでも食べたのでは!?」
「アビー!
もし次の戦いに勝ったら貴女の欲しがってたハットマロンの鏡を譲ってあげるわ!」
「メーデン・・!!」
アビーは感動したかのようにレジーナに思いっきり抱きついた。
ただの鏡1つで機嫌が上昇したアビーに、男たちは力ない笑いを溢す。
「ははは・・・焦った僕たちの気遣いはどこだ・・・?」
「相当キてるのかと思えば・・・鏡・・・」
「何ぶつぶつ言ってるのよ、行くわよー!」
気がつけばアビーとレジーナは少し離れた所に居て、ハリスとユークを急かした。
2人はさらに気分を落とし、女性2人について行く。
しかし途中で足を止めた一同。
見たことのない男の子が急に進路へ出てきて立ち塞がったからだ。
亜麻色の髪色をしたその男の子は、アビーをじーっと見つめて口を開く。
「貴女が決闘4回戦出場のアビー・ルミナスさんですね?」
「え、ええ、まあ・・・」
なんだなんだ、とハリス達は訝しげに男の子を見る。
しかし彼は視線に怯むことなく、表情を和らげてにこやかに笑った。
「よかった・・・。僕は2学年のロバート・オードルと言います。
決闘4回戦に出場するサーシャ・ウェラーの友人です!」
敵情視察かと思ったが、警戒心のないロバートと名乗った男の子に、皆の疑問は積もる。
「それで、私に何か用?」
「はい!
僕はサーシャ・ウェラーより伝言を預かって来たんですよ!
≪明日の放課後にカフェテラス集合≫だそうです!」
「はあ?」
アビーは驚きのあまり素っ頓狂な声を出す。
「なんでも、出場者の皆さんは全員来るようにとのことです。
あとご友人の方々もぜひ一緒にご参加を、と」
そこでハリスがズイッと前へ出てロバートを見下ろした。
「つまり出場者全員に話があるってことかな?」
「そうです!
間違いがないように人目の多いカフェテラスになったそうです。
安全は保障します。だから絶対絶対ぜーったいに来てください」
いいですね?と念を押すと、ロバートは風のように去って行った。
皆は目をパチクリさせてお互いの顔を見合わせる。
「どういうことかしら?」
「さあ・・・」
「何か企みがあるわけではなさそうですし・・・」
「行く?アビー」
アビーは少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「4回戦の出場者ってことは、何か決闘絡みであることは間違いないわ。
全員呼び出されたってことは・・・行くしかないでしょう」
たとえそれが何かの策だったとしても。
アビーが決めたことならば、と他の3人も反対しなかった。
商祭の翌日の放課後。
アダムを含めたアビーら5人がカフェテラスへやって来たとき、既にその場にはほとんどの出場者が居た。輪を描くように集合したその姿は圧巻である。
もちろんそれぞれ取り巻きを従えて、いつ戦いになってもいいように武器を所持していた。
「な、なんかすごい空気よね」
レジーナは警戒しながら見まわす。
カフェテラスに集まる層々たるメンバーに、何事だと遠くから見守っているギャラリーも多い。通りかかる人々はギョッとして必ず足を止めた。
独特の緊張感に、アビーもやや硬い表情で立っている。
左側に居るのはここへ呼び出した張本人であるサーシャ・ウェラー。オレンジ色の髪に小柄な体格な彼女は1人だけ余裕あり気に取り巻きの人と会話をしていた。
「あの人だれだっけ?」
レジーナは背の低い男の子を指さして問う。
素早く手帳を取り出して説明するのはユーク。
「イグラム・スウェフトですね。父親が軍曹で剣の英才教育を受けてます。
その隣は最年長のブロッド・ノイ、体格が良くて力が強いのが特徴ですね」
「あとはサーシャ・ウェラー、ナタリー・フェンシーでしょ?」
ほとんど無傷で立っているのはアビーを含むその5人で、あとは車椅子なり杖なりを使っていて、前の戦いで重傷を負いながら勝ち進んだようだ。そして1人はすでに亡き人となっている。
よって、優勝候補は上記の5人。
「皆、集まってくれてありがとう。
ナタリーもね」
ウェラーが声を出すと、皆の視線が彼女に集中する。
フェンシーは小生意気に鼻を鳴らしながらも、彼女の発言の妨げになるようなことはしなかった。
「出場者に集まってもらったのは言うまでもないわ、決闘の件で話があるからよ」
「手短に頼む」
体格の良いブロッド・ノイが言うと、ウェラーもしっかり頷いて話し始めた。
「皆も知っての通り、今カーマルゲートはとても悲惨な状況にあるわ。
生徒同士で殺し合って不信感は募り、常に嫌な空気が流れてるわよね」
「だからどうしたっていうんだ?」
「止めましょうって言ってるの。
これじゃあお互いでお互いの将来を潰し合ってるようなものだわ。
そうでしょう?」
突然の提案にそれぞれ顔を見合せて押し黙る。
“止めましょう”
たった一言の約束で警戒心を解けるような生活をしていない出場者らにとって、ウェラーの提案はあまりにも稚拙すぎた。
最初に反論をしたのは小柄なイグラム・スウェフトだ。
「そんなこと言われて誰が信用できるんですか。
決闘は命がけの勝負。よって奇襲を止めたところで死の危険が付きまとうのは避けられません」
続いてブロッド・ノイが口を開く。
「スウェフトの言う通り。
決闘の過酷さはカーマルゲートにとって必要だと先生方は仰っていた。
過酷な経験をしてこその、後の礎になるのだと」
「それはあたしも聞いたわ。
生徒達はあまりにも危機感が無さ過ぎる。だから目の前で起こる惨劇を通して自分の身を守る術を身につけるんだって」
アビーも彼の話に付け加えながらウェラーを見た。
ウェラーはこの件は理解していたようで、うんうんと頷いてから言い始める。
「それは私も抗議に行ったとき、嫌というほど聞かされたわ。犠牲は“必要”だって、それこそ耳がタコになるくらいに。
でもね、もういいじゃない。もう十分だと思わない?それともまだこんな生活続けたい?死ぬかもしれないって怯えていたいの?」
言い返す言葉が見つからず誰も反論する者はいなかった。
今の生活は彼らにとって、辛いものでしかないのだから。
「それに、上の連中の掌の上で転がされてるみたいで気分が悪いじゃない?」
「じゃあどうするのよ。
“皆、殺し合いはやめましょう”の一言でどうにかなると思ってるわけないわよね。
辞退はできないんだし」
フェンシーが嫌味っぽく言うと、ウェラーはフンッと鼻を鳴らす。
「もちろん策は考えてるわ。
決闘ってね、制限時間があるのよ、実は。
試合を始めてから2時間、決着がつかなければ試合は延期になるの。
だから4試合とも決着が着かなければ延々と優勝者は出ない。つまり、決闘は終わらないわ」
「そんな・・・」
「ちょっと黙ってて、ノイ。
いい?これは上に対する当てつけなのよ。こんなのはもうコリゴリだって見せつけるのよ。
そのうちさすがに黙ってられなくなった上の連中が変えてくれるわ。
陛下の耳にだって届くはずよ、私たちの意思が」
決闘を根本的に変える力など生徒は持ち合わせていない。よって、意思を表して変える力を持つ者に訴えるしかない。
それしか方法はないのだと、ウェラーは力強く言い放った。
最初に手を挙げたのは車椅子に乗った男性だった。
「俺は賛成。
もうコリゴリだね、こんな生活。勝てる見込みもないし」
続いて松葉杖をついた女性も「同じく」と頷く。
ウェラーも2人の言葉をしっかりと受け止めて、他の出場者の意見を求めた。
「ノイ、貴方はどう思う?」
「・・・ウェラーの意見で構わない。
俺は構わないが、これ以上友人たちまで命の危険にさらしたくないんだ。
もう2人も失ってしまったから」
「スウェフト?」
「・・・僕も賛成です。
少し疲れましたよ、さすがに。
例え優勝して自分の願いが叶えられても、心から喜べるような気がしませんからね」
「ルミナスは?」
ウェラーがアビーの方を向くと、彼女は視線を落として話し始める。
「あたしも異論はないわ。
ずっと考えてたのよ、他人の命を助けるために決闘に出たのに、人を殺めるようなことしていいのかって。関係ない人たちまで巻き込んで、やらなきゃいけないことなのかなって。
例え未来のために犠牲を払うと正当化できても、あたしはそんな犠牲をお綺麗事にしたくない。
だからウェラーに賛成よ」
「じゃ、フェンシー?」
最後に残ったのはウェラーと犬猿の仲であるフェンシーだ。
彼女は少々苦い顔をして口を開く。
「なによこの空気。頷くしかないじゃないの」
「決まりね。
いいこと?戦わないでそのまま2時間待つのよ?いいわね?」
念を押したウェラーはニッと笑って出場者1人1人の顔を見回した。
皆の心は決まっている。
この決闘を、自分たちの手で変えるのだと。