25話 第3回戦
抗議に行ったきり帰って来ないクレアたちを他所に、無情にも時間は容赦なく流れて行く。
そしてあっという間に夏休みは終わり、とうとう第3回戦の日を迎えた。
「しっかりね、アビー」
「もちろんよ!
絶対に勝ってやるわ!」
青空の下、鎧を纏ったアビーはレジーナに向かって自信満々に言い放つ。
ハリスが剣を手渡すと、アビーはキリッとした表情に変って剣を握った。
深呼吸を3回すると、何も言わずに1人で闘技場へ向かうアビー。
「それにしても・・・」
後姿を見送り終わると、レジーナは初めて来た闘技場を見渡す。
広い庭を利用して仮に建てられたものだが、決して簡易な造りではなく非常に立派である。
中央にある出場者が剣を交える場所も狭くない上、その周りに設けられた高低差のある観覧席も多く用意されていた。
「とってもお金かけてるのねぇ・・・」
「メーデンは初めて来たからね、驚いたでしょ」
ハリスも頷きながら闘技場を見る。
それにしても・・・、とレジーナ。
「クレアたち、本当に大丈夫かしら。
もう1か月近く経つけど・・・」
「心配いりませんよ、もし何か起こったならばすぐに噂になってます。
便りがないのは元気な証拠です」
ユークは苦笑しながら答え、3人は少し早いが席を取るため1番前の列に座った。
すぐ目の前でアビーの試合を見ることができる特等席である。
「前もここで戦ったのよね」
「ええ、気分が悪くなったらおっしゃって下さい。
あまり見て気持ちのいいものではありません」
丁寧で紳士なユークにレジーナはクスクスと笑って頷いた。
「ええ、ありがとうユーク」
「いえ・・・、ちなみにクレアは1試合見ただけで退場しました」
「そうでしょうね」
箱入りのお嬢であるクレアはこういったものに弱そうだと、レジーナは納得して頷いた。
今日行われる試合は全部で8。
16人中8人が勝ち上がることになるが、中にはすでに死亡した出場者が2人居る。
誰が誰と対戦するかはまだ発表されていないので、16人のうち1人ないし2人は不戦勝となる計算だ。
「不謹慎だけど、アビーの対戦相手が死んだ人だったらいいのにな」
「そうよね、不戦勝は強いわよね。
傷1つ負わずに勝てるなんて、次の戦いにも有利じゃない」
「問題は誰が対戦相手がわからない、ということですね。出場者は無差別に襲われてしまう。
相手が決まってるならば、警戒するのは対戦相手で事足りるのですが・・・」
少しでも負ける可能性を消すために、出場者を1人でも多く減らす。
むごいようだがこの戦いは命がけなのだ。勝つために手段を選ばない者も少なくないはず。
場の雰囲気が暗くなったところで、ハリスが明るい声を出した。
「ま、でもさ、順当に勝ち上がってくる実力者はだいたい決まってるわけだし、狙われるのはそういう奴だよ。
それにアビーも入っちゃってるから問題なんだけどね」
なんと言ってもアビーは優勝候補の1人。
6学年の3人組のおかげか今のところ命を狙われたことはないが、勝ち上がれば当然に危険が降りかかってくるだろう。
「メーデーン!!」
何かがレジーナに向かって突進してきた。
よろける身体に力を入れて支え、ぶつかって来たその人物にレジーナは目を丸くする。
「ディーン!?
クレアもサムも!」
「よかった、皆無事なのね!」
クレアも安心しきった様子でへなへなとその場に座り込む。
サムは大きなため息を吐いて困ったように眉尻を下げた。
「ごめん、心配したよね。
実は軟禁されててさぁ」
「軟禁・・・ですか」
ユークはなるほどと呟きながらサムを見る。
「そ、カーマルゲートは危ないから落ち着くまでは・・・ってね」
「だから脱走してきちゃった!」
テヘッといたずらっ子っぽく言うディーン。
彼らによると、アビーの試合を見るために決死の脱走を繰り広げてここまでやって来たらしい。
「って、アダム!いたの!?」
クレアが振り返って大きな声を出せば、そこにはいつの間にかアダムが居た。
「今来た」
「聞いてよ聞いてよ聞いてよアダムーー!!」
ディーンはアダムに抱きつき、訴えるように声を大きくする。
「風が吹いたんだよ!参ったよ!
ずっと塔に閉じ込められっぱなしだったんだよ!?」
「そうか」
アダムは眉間にしわを寄せ、ディーンを自分から引き剥がしてから答える。
「危ないから外出不許可令が出たと聞いたが」
「そうなんだ!
抗議に行ったとたんこれだよ!」
「仕方ないさ。
仮にも王族であるお前の身の安全は確保しなければならないんだから」
「仮にもってなにさぁー」
ぷんぷんと頬を膨らませるディーンだが、久しぶりにアダムに会えてとても嬉しそうだ。
レジーナもクスクスと笑ってディーンらに席を勧める。
「元気そうでよかったわ。
さ、座って?」
「うん!
・・・ってクレアずるい!」
元気よく返事したディーンはレジーナの隣に座ろうとしたが、クレアに先を越されて不満を漏らした。
「早い者勝ちでしょ?
私もメーデンの隣がいいもの」
「うー・・・・」
ディーンはしぶしぶ空いていたユークの隣に腰掛ける。
3回戦が始まるまで後10分に迫りだんだん人が集まってくる中、ぎゃあぎゃあ騒いでいるディーンらはすごく目立っていた。
しかし。
突然アダムがスラリと剣を抜いたので、一同はぎょっとして彼から身体を反らす。
「どどどど、どうしたんだアダム!」
キン!と硬い金属音がしたと思えば、すでにアダムの剣が振り下ろされていた。
レジーナの目の前にある剣先に、アダムが乱心したと思ったのは一瞬。
次の瞬間にはレジーナの足元にある矢に気づいて飛び退く。
「ええええええ!?」
「メーデン、大丈夫かい!?」
「え、ええ、平気よ」
「まさか、アダム、矢を弾いた・・・?」
ハリスが口をパクパクして言う。
彼はどうやら剣で飛んできた矢を止めたらしい。その矢を見逃せば間違いなくレジーナが刺されていただろう。
アダムの人間離れした技に一同唖然。
「と、とにかく何事もなくてよかった」
「僕は少し見てきます。
もしかしたら犯人がまだ居るかもしれません」
「頼んだ」
ユークは剣に手をかけると、矢が飛んできた方へ急いで向かった。
アダムはレジーナの腕を掴んで引き上げる。
「メーデン、来い」
「どこに?」
「ここは周囲から狙われやすい。
安全なところに移動する」
「僕も・・・!」
「ディーンはアビーの観戦だ。
行くぞ」
有無を言わせぬきっぱりとした口調で、アダムはレジーナの同意も得ずぐいぐいと引っ張って闘技場を離れて行った。
歩いている間ずっと沈黙が続いていたが、闘技場出口のところでレジーナが口火を切る。
「本当に私が狙われてたの?」
「殺気に気づかなかったのか?」
「・・・ごめんなさい、ぼーっとしてて」
今から血のにおいを嗅がなければならないと思えば、朝からいい気分がしなかったレジーナ。
噴き出す血や抉れた死体などグロテスクな物を見せられて平気な人間は少ないだろう。嗅覚が敏感であるならばなおさらだ。
「どこ行くの?」
「イーベルの研究室だ」
そ、とレジーナは返事を返し、アダムに手を掴まれたまま研究塔へ向かった。
イーベルの研究室からは闘技場が見える。
それを知っていてアダムはレジーナをここへ連れて来たらしい。
レジーナが部屋に入るなり、イーベルは目を輝かせて歓迎した。
「まあ、いらっしゃいませ・・・!
来てくださってわたくし嬉しゅうございますわ!」
「お邪魔するわね、イーベル」
「お好きなだけ寛いでくださいませね」
にこっと華のある笑みを浮かべながら急いでお茶を用意するイーベル。
レジーナは無言でソファに座ったアダムを見て、目を細めながら尋ねた。
「私をここに連れて来た理由は何?
危険だから・・・って理由だけでもないでしょ?」
「余計なところで勘鋭いな」
「余計って失礼ね」
まるで痴話喧嘩をしているような2人の会話に、まあまあとイーベルは紅茶を差し出しながら宥める。
「レジーナ様、本日はご友人の決闘の日じゃございませんこと?
観戦しなくてもよろしいので?」
「ちょっと矢が降ってきてね、危ないから避難してるのよ」
まあ、とイーベルは大きな口を手で覆って驚く。
「矢・・・ですか」
「そう」
「ご無事でなによりですわ」
「あんなもの当たったって大した怪我にもならないわ。
それよりアダム、どうして連れて来たの?」
レジーナは質問の手を緩めない。
アダムは観念したのか話し始めた。
「ディーン達がいただろう」
「だから何?」
「抜け出して来たってことは、迎えにくる可能性がある」
つまり城の者が迎えに来るということだろうと、レジーナは検討をつけ先を促す。
「それで?どこが問題なの?」
「見張りを任されていたのは頭がキレる人物だ。
できるだけ会わないほうが賢明だ」
「まさかクラーク様、あの女が?」
イーベルが口を挟み、アダムは頷く。
「つまりディーン達を迎えに来るかもしれない奴がヤバいから逃げたわけね」
「そういうことだ」
レジーナはそれ以上聞く気にもなれず、納得したように首を縦に振った。
それにしても、と話を続ける。
「私を狙ってどうするつもりかしら」
「レジーナ様、あまり外をうろついては危ないですわ。
わたくしの部屋でよければいつでもいらしてください。
あら、もう試合が始まってますわね」
ワーワーと騒ぐ観衆の声が聞こえてきたので、イーベルはバルコニーへ出て試合を観戦する。
遠くともしっかりと試合の様子がわかる絶好の観戦スポットだ。
レジーナとアダムもバルコニーに出て闘技場を見下ろした。
血が出れば漂う匂いも、風下でないここならあまりきつくない。
「アビーの出番はまだ、ね」
「気になるのか?」
「多少は」
アビー、メーデンの親友。
ではレジーナにとってのアビーは、一体何なのだろうか。
彼女の死が気にならないわけではない。
しかし命を賭けて助ける相手でもない。
つまりは、非常に中途半端な関係らしい。
小粒に見える出場者を眺めながら、レジーナはクスリと笑った。
「傷ついても傷ついても剣を取る・・・ずいぶんグロテスクな戦いねぇ。
クレアが怒るはずだわ」
一方は効き腕を切り取られ、もう一方は足首から下を失い、それでも審判のコールはならない。
戦いは戦闘不能になるまで続けられる。まだ戦えると判断されたから、試合は終わらないのだ。
赤く染まる地面。
這いずりまわる生徒。
一方が力尽き動かなくなったところで、やっと審判は試合の終わりを告げた。
戦いは終わったがどちらも多くの血を流しており、命を落とす可能性がある。
少なくとも失った四肢は戻ってこない。
歓声と共に運ばれて行く2人が見えなくなったところで、次の試合の出場者が出て来たようだ。
「フェンシーだわ」
レジーナはいつもより低い声で呟く。
出てきた出場者は黒髪の女性、ナタリー・フェンシー。
そして相手は出てこない。
どうやら不戦勝のようだ。
「運のいいこと」
「次はアビーの試合だ」
「ほんと?」
ずっとつまらなそうだったレジーナも、アビーの出番だと聞いて嬉しそうに目を凝らす。
一目でわかる、短い黒髪に背の高い女性。アビーだ。
相手は少し細い男性らしい。
試合が始まると歓声と共に金属のぶつかる音がバルコニーまで響いてきた。
一見豪快な打ち合いに見えるのだが、アビーの力技に男性の方は防ぐだけで精いっぱい。
「これで3回戦も突破かぁ。
やるわね、アビー」
レジーナは試合を最後まで見ることなくアビーの勝利を悟り、部屋の中へ戻って行く。
アダムも静かに続いた。