23話 抗議(1)
毒を飲んでから数日が経ち、地下室から解放されたレジーナはアビーとクレアとともに教室を移動していた。
「メーデン、貴女本当に大丈夫?
まだ顔色よくないわよ?」
「平気よ、大丈夫」
心配症のクレアと交わしたこのやり取りは、朝から数えてもう5度目になる。
レジーナに自覚はないのだが、細く白い彼女は体調が顔に出易いらしい。
レジーナがいない数日の間に、大きく変わったことと言えばひとつ。クレアの決意である。
2回戦を観戦した彼女の見たものは相当悲惨だったらしく、クレアは校長に抗議に行くと言って止めなかった。
そして今から、待ち合わせたディーンたちと合流して校長室へ向かう予定だった。
しかし。
「っと、ストップメーデン」
角に差し掛かったところで、アビーに手を掴まれたレジーナは足を止める。
3人は固まってそこから動かない。
上級生の軍団がこちらにやってきたからだ。
わらわらと一人の女性を取り囲むようにして群れる人々。腰には剣や弓・斧などの物騒な武器を引っさげ、廊下を陣取るようにして堂々と歩いている。
決闘でピリピリしている他の生徒と違って、彼らはこの状況を楽しんでいるかのように生き生きとした表情をしていた。
「サーシャ・ウェラーと取り巻きだわ。
ほら、あの派手な髪色の・・」
クレアが指さしたのはオレンジ色の髪の女性だった。
年の割には幼い顔立ちで、明るく気さくなイメージがある。
彼女たちが向かうのは、方向と時間から考えておそらくカフェテラスだろう。
「今から昼食かしら」
「でしょうね――――ってヤバイわ!」
「どうしたの?アビー」
「見て、あれ!」
そう言ってアビーが示したのは自分たちの後ろ側。
そこには別の一行がこちらへ向かっていた。
このままではウェラーたちとはち合わせてしまうだろう。
問題はその人物にあった。
「ヤバいわね・・・あれナタリー・フェンシーじゃない?」
レジーナも顔を引きつらせて彼女を見る。
黒髪、切れ長の目、間違いなくフェンシーであった。
なにがまずいかと言うと、犬猿の仲の2人が出くわすだろう所が、今ちょうどレジーナたちが居る場所なのだ。
さすがに廊下で剣を抜いたりはしないだろうが、争いに巻き込まれかねない。
「逃げましょう」
クレアはキッと目つきを鋭くし、はぐれないようにアビーとレジーナの手を掴んで歩きだした。
ウェラー側の取り巻きに道を塞がれているため、一番端を無理やりかき分けるようにして進んだ。少し睨まれはしたが声をかけられることはなく、無事に軍団を通り抜けた。
絡まれはしないかと内心ヒヤヒヤだったアビーは汗だくで安堵のため息をつく。
クレアもほっとした様子で2人を掴んだ手を離した。
「さあ、行きましょう。
きっとサムたち待ってるわ」
「そうね・・・」
さきほどの軍団さえ抜ければ後は勝手に周りの人たちが道を譲ってくれる。
そう、出場者であるアビーも人殺しの犯人の可能性があると彼らは疑っているのだ。
誰が敵で誰が味方か分からないカーマルゲートの中。自分の身を守るために仕方ないことだとしても、まるで腫れものを扱われているかのようでいい気分はしない。
「メーデーン!!」
人前だと言うのに大声を出して大きく手を振るのは、もちろんディーン。
彼はレジーナを見つけると一目散にこちらへ駆けて来た。
「よかった、無事だったんだね。
遅かったから心配してたんだ」
「ごめんなさい、私の授業が遅くなったの」
クレアが慌てて謝ると、そっかとディーンは微笑んだ。
近寄って来たサムとユークとハリスも安心したように肩を撫で下ろし、一同は校長室に向かって歩き始めた。
そういえば、とディーンが再び口を開く。
「メーデン、外の病院に入院してたんだよね?
大丈夫なのかい?」
「もちろんよ。
ごめんなさい、アビーの試合を見に行けなくて」
「メーデンったら、気にしなくていいって朝も言ったじゃない」
アビーは何でもないように言うが、レジーナは首を横に振る。
命を落とすかもしれない一世一代の大勝負に行けないなんて友人失格じゃないかと項垂れた。
「アビーには悪いけど行かなくて正解だったわ!
いくらなんでもやりすぎよ!」
鼻息荒く言うのはクレアだ。
ユークも控えめに同意する。
「そうですね・・、アビーの試合以外はあまりいいものではありませんでした」
「血がこう・・・ブシャーーーッってね」
サムも顔をしかめ、ふざけるように言いながらも表情は真剣だった。
人の死に直面するのはそれなりのショックを伴う。重ねてそれが生徒同士の殺し合いとなれば、そのショックも倍増する。
目の前で無残に死んで行った人々。そして日常生活の中で、決闘に巻き込まれて死んで行った人々。
あまりにも、命を御粗末にしすぎではないか。
生徒は今までにないほどの恐怖に晒されているというのに、カーマルゲートは全く動かない。
“即刻決闘を中止すべきだ”
クレアが訴えたいのはこれだった。
「ごめんね、アビー」
「謝らないでクレア。
あたしも、この状態が普通じゃないのはわかってるわ。
仕方ないけど決闘は中止するべきよ」
「アビー!」
クレアは感動で目をうるうるさせる。
「まあ、決闘を中止すれば混乱も収まるんじゃないかな?」
「そうよね、ディーンもたまにはいいこと言うじゃない!」
珍しくもクレアがディーンを褒めたところで、一同が校長室の前に到着した。
それぞれ心の中で腹を括り、ディーンがドアノブに手をかける。少し仰々しい造りをしたそれは、押しただけで簡単に開いた。
中に居るのはもちろん“タヌキ”ことベラスケス校長だ。
「校長!
お時間をいただいてよろしいですか!?」
クレアが勢いよく前へ出ると、校長は何度も何度も首を縦に振った。
突然の王族の訪問に動揺したらしい。
「ももももももちろんです。
どうなさいました?クレア殿!」
「単刀直入に言わせてもらうわ!」
クレアはバン!と大きな音を立てながら校長の机に両手を置いて身を乗り出す。
「決闘を中止していただきたいの!!」
そのときの彼女の目は怖かった。
校長もひいいいいと悲鳴を上げながら頭を下げる。
「ももも申し訳ありませんが、決闘に関しての権限は私にはなく・・・」
「何言ってんの!校長でしょ!?なんとかしなさいよ!!」
「ちょっと落ち付きなよ!クレア!」
ケンカ腰でかかっていくクレアをサムが慌てて羽交い締めにした。
今度は打って変わってディーンが校長に話し始める。
「でも校長、このままじゃ生徒の命がいくつあっても足りないよ?
全校生徒がいなくなるまでこの状態を放っておくつもりかい?」
「し、しかし、ディーン殿。
決闘とは一度始めたら止めることができないのです。
そういった伝統行事なので・・・・」
「もう行事云々の問題じゃないと思うけど?
それともカーマルゲートの行事は生徒同士の殺し合いも容認してるわけ?」
「しかしですね・・・・」
校長は汗だくの額を布で拭う。
「諦めろ」
後ろから声がすると思ったら、校長室にアダムが入って来て皆は目を丸くした。
「アダム!?」
「ベラスケス校長に抗議しても意味はない。
この決闘を画策しているのはもっと上の連中だ」
「なによ、それ!
どういうこと!?」
「行くぞ」
「ちょ、ちょっとアダム!?」
アダムを追って部屋を出て行くクレア。
皆も校長そっちのけで慌てて2人を追い始めた。
結局皆がやって来たのはいつものディーンの宿舎。
クレアの怒りが校長に代わってアダムへ向かう。
「意味がないってどういうこと!?」
「クレア、クレア、落ち着きなって」
クレアの勢いに弟のサムもたじたじ。
それぞれいつものソファに座ると、アダムの話に聞き入った。
「先ほど言った通りだ。
この混乱を招いたのは校長ではない」
「じゃあ誰よ!」
「平たく言えば、貴族全員」
ディーンは大きく口を開けたまま固まる。
ユークは眉をひそめて低い声で尋ねた。
「どういうことです?
貴族たちが共謀して決闘を強行したとでも?」
「そうだ。
貴族たちは・・・、今政治の中枢に居る者たちは、この状態を歓迎している」
「歓・・迎・・・?」
アビーも信じられないといった表情で繰り返す。
何の罪もない生徒が死んでくこの状態の、どこが嬉しいと言うのだ。
アダムは相変わらずの無表情で淡々と続けた。
「ジーン・ベルンハルトの内戦が終わったあと、飛躍的にサイラスは平和になった。
よって今期の生徒は全体的にレベルが高い」
「なんで今期?
内戦が終わってすぐじゃないの?」
「ちょうど物心つくころに内戦が終わり、何も障害のないなかで勉強できた年代が今カーマルゲートに上がっているからだ。
サイラスではここ4千年ほど政治が不安定でずっと荒れてたからな」
ユークも頷く。
「それは噂で聞きました。
我々の世代は以前より格段に優秀だと」
「そう、そして優秀な生徒が下に控えていれば、焦り始めるのは貴族たちだ。
将来自分と出世争いをするだろう若者たちが、自分より優れた人物だと困る」
まさか、とハリスが口を挟む。
「自分の出世の邪魔になるから、今のうち数を減らしておこうってこと?」
アダムは無言で頷いた。
皆はポカンと口を開けたまま呆ける。
「なにそれ」
「ライバルたちが自ら殺し合う決闘は、格好の機会ってことか・・・」
「上の連中は傍から私たちを殺す気だったんだわ・・・。
きっと、この混乱を煽ったのも生徒とは関係ない貴族たちよ」
クレアは顔を青くして、しかしきっぱりと言い切った。
今までに例がないほど荒れた決闘。
その犠牲者のほとんどは、何故か出場者とは関係ない一般の生徒。
ずっと不思議に思っていたのだが、混乱を仰ぐために貴族が最初の“殺し”を起こせば、パニックに陥った生徒が次の殺しを行う。混乱に乗じて日頃の恨みを晴らそうとする者や、ライバルを消しておこうとする者。
次々と行われるドミノ式の殺人は、最初の一手から貴族の掌の上で転がされていたようなものなのだ。
クレアは無言で立ち上がると、そのまま扉に向かって歩き出す。
「貴族に言ってダメなら王族よ。
陛下のところに直接言って、決闘を中止してもらうわ」
「ムダだよ、陛下じゃ会えもしないって」
サムが反論するが、クレアは首を横に振った。
「陛下が会えないならマリウス王子でもいい、とにかく権限を持ってそうな人物に会って止めなきゃ」
「・・・わかったよ、僕も行く」
クレアの決意は固いらしく、サムも折れて首を縦に振った。
慌ててディーンも手を挙げる。
「じゃあ僕も一緒に行こう!」
王族の3人が一緒に部屋から出て行くのを見送り、レジーナはアダムに向かって尋ねる。
「それで、アダムはどうなの?」
「何がだ」
「この状況を、アダムは歓迎してる?
それともやり過ぎだと思ってる?」
さあな、とどっちつかずの返事をするアダム。
「平和になったことで危機感が無くなったのも事実。
カーマルゲートは今までにないほど平和で穏やかだ。
他人を蹴落とすことも蹴落とされることも知らないまま卒業しても、狼の群れに羊を投げ込むようなもの。
どの道殺されていただろう」
「そんな・・・」
アビーは悲しそうに眉尻を下げて俯いた。