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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅱ章
22/73

22話 襲来




第2回戦が迫って来たある日。


レジーナは授業から自分の宿舎に戻るところで、誰かに付けられる気配を感じた。

1人で居たのは不幸中の幸いだろう。


石を敷き詰めただけの人気のない道を、レジーナは早歩きで進む。

向かう先は自分の宿舎ではなく、手前に見える雑林だ。


生い茂る木々がレジーナの姿を隠し始めたところで、殺気だった気配が動き出した。


わらわらと現れる男達。しかし生徒ではなく、―――――兵士の。


レジーナは左の口角を上げて笑う。


「お勤め御苦労さま」


腰に刺した短剣を2つ抜き取り、両手でそれぞれを構える。

そして兵士たちが剣を抜き取る前に、それを振りかざして首を刈り取った。


血しぶきを上げながら吹っ飛ぶ首に男たちは呆然と立ちつくし、レジーナは振り切った剣をそのまま捨てて回し蹴りを食らわせた。

強い衝撃で頭を蹴られ、首から骨を骨折し絶命。残る1人はそのまま手を心臓に突き刺して殺した。


剣を抜いてからその間、2秒。魔物である彼女にとってこれくらいは造作もない。


血がレジーナの顔を赤く染め、死体は腕からずるずると抜けて倒れる。


レジーナは振り返って点在する死体を見つめた。

決闘の出場者でも生徒でもなく、ただの兵士。

兵士が自分を殺して何の得があるのだろうか。


何か、決闘以外の思惑が絡んでいるのか。

それとも決闘の混乱の延長戦なのか。


レジーナは顔の血を手で拭うと、むせ返るような血の匂いに眉を顰めてその場を離れた。




















アダムの宿舎の地下で、レジーナは手に持ったカップを眺めていた。

白く細い指が縁を何度も何度も優しく撫でる。


ロウソクの火がゆらゆらと揺れる中、照らされたレジーナの横顔はどこか神秘的で儚い。

憂いを帯びた表情も、だんだん諦めの表情に変わっていく。


はあ、と大きなため息を吐き天を仰いだところで、扉が開く音と共にアダムが部屋へ入って来た。

ソファの背に身を任せたレジーナの姿を一瞥し、彼は彼女の隣に座って抱えていた本を置いた。


「先に勉強を始めていたわけではなさそうだな」


「そうね」


木曜日の放課後、今日は錬金術の勉強の日だ。

アダムが持って来た本はもちろん錬金術の本である。


レジーナはその1つを無造作に手に取ると、表紙を開いてすぐに閉じた。


「・・・血の匂いがする」


隣を見ると、見つめているアダムの青い瞳があった。

レジーナは無表情のまま、彼の瞳を見つめ返す。


「ずいぶん鼻が利くのね」


嫌と言うほど洗い流したのに、とレジーナはため息混じりに呟く。


「血を浴びたのか?」


「そりゃもう、たくさん・・・ね」


魔物は気の流れに敏感である。

例えば殺気であったり、人の気配であったりと。

人を殺した時に纏わりつく、死の気配もまた同じ。それはどんなに洗っても洗っても、消えないのである。


レジーナの纏った死の気配は、ごく最近のものだった。

アダムもすぐにそれを悟り、低めの声で問う。


「誰に襲われた」


「兵士よ、4人」


「兵士?」


アダムの眉間に皺が寄り、レジーナはその皺を人差し指で押す。


「眉間に皺寄せてると、取れなくなるわよ」


「話しを逸らすな。

いつだ?」


「昨日、私の宿舎に帰るとき、教室塔からずっとつけられてたの」


間違いなく“メーデン・コストナー”を狙った犯行だ。


アダムが昨日の事件を知らないということは、まだあの死体達は見つかっていないらしい。

無理もない。木の生い茂った非常に見つかりにくいところであったから。


「それで、そのカップは?」


アダムの視線がレジーナの手元に映る。


「ああ・・・これは」


口ごもるレジーナにアダムの視線が鋭さを増した。きっと彼は、包み隠さず言うまで睨むのをやめないだろう。

レジーナは観念して話し始める。


「毒が入ってたのよ」


アダムが目を見開いた。

彼が驚いているのは珍しいと、レジーナは彼の様子をまじまじと観察する。


「・・・・飲んだのか?」


「飲んだけど平気よ。ジュナーだもの」


毒を持つジュナーの魔物を宿したレジーナに、毒はほとんど効かない。逆に薬も効きにくい身体であるが。


「それは、今朝のものだな」


「よく覚えてるわね。

そうよ」


今朝、ディーンの宿舎で出された朝食のとき、レジーナに渡されたコーヒーのカップだった。


しかし毒が入っていたのはレジーナのもののみ。

アビーを狙った仕業ならば、1つのカップだけに毒を盛っても確率の低い賭けだ。


「ま、実害がなければどうでもいいわ。

人に私が殺せるわけないし」


「1人でうろうろするなと言っただろう」


「アダムってば過保護よね、母親みたい」


その一言の威力は絶大だったらしい。

アダムはなんとも言えない表情をし、そんな彼を見てレジーナは笑う。


「ふふ、変な顔」


「・・・レジーナ」


アダムの低く咎める声に、彼女は笑うのを止めた。


「ごめんなさい。

狙われてるのが私にせよ、私じゃないにせよ、正体がバレたわけじゃないなら大した問題ではないわ。

だからそんなに気にしないで?」


ね?と笑顔で押し切れば、仕方ないとでも言うかのようにため息を吐くアダム。


「数日間、外出するな」


レジーナは驚きに目を見開いてアダムの方へ身を乗り出した。

アビーの2回戦を明日に控えているというのに、部屋に閉じこもるわけにはいかない。


「バカ言わないで、明日は・・・」


「毒を飲んで平気な人間がどこにいるんだ。

怪しまれるぞ」


レジーナは開きかけた口を閉じて俯く。

そしてしぶしぶと言った様子で、小さめな声で言った。


「じゃあ・・・体調が悪いと言っておいて。

原因はわからないって」


「ああ」


アダムは目の前にあるレジーナの頭の上に手を乗せると、彼女は顔を上げて不思議そうな表情をした。


「なあに?」


「いや、部屋にこもる数日間、錬金術の勉強でもしておくんだな」


うっと嫌そうに顔をしかめ、レジーナはそっぽを向いてしまう。


錬金術は非常に難しく、1年近く勉強しているレジーナも全くと言っていいほど進歩していなかった。

今では錬金術の本を見るだけでも億劫である。


諦めてしまいたかったが、いざとなったとき魔物の力だけでは心許ないのも確かで・・・。

それでもやはり勉強漬けは嫌なのだろう。


不意にレジーナはカップに手を伸ばした。

視えるのは作った職人や紅茶を入れた執事の顔ばかり。毒を盛った犯人まで行きつくことはない。


犯人がわかるのではと1日中ここで透視をしていたが、結局分からず仕舞いだ。

大量に消費した体力と精神力。

今日はもう勉強も頭に入らないと、レジーナはすべてを放り出してソファに横になった。


アダムの太腿を、枕にして。


「寝る」


「そうか」


紫の瞳が閉ざされれば、すぐに安らかな呼吸が聞こえてくる。

アダムは自分の膝枕で寝ているレジーナを一瞥すると、本を手にして錬金術の勉強を始めた。



















翌日。

第2回戦が行われているにも関わらず、レジーナは結局地下で大人しくしなければならない。

血みどろの戦いが繰り広げられているのだろう、遠く離れている宿舎の地下まで血の匂いが漂って来る。


レジーナはソファに寝転んだまま、虚ろな瞳で天井を見つめていた。


アビーの戦い、メーデンにとってかけがえのない親友の生死を決める戦い。

しかしレジーナにとって、アビーは他人でしかない。


メーデンは慌てふためきながらも、レジーナはいつも冷静だった。


ぽろぽろと簡単に零れて行く命。

人は脆い、あっという間に死ぬ。人を殺すというのは、あっけないほどに容易い。それは人を殺した経験のあるレジーナにとって当然のこと。


レジーナはゆっくりと瞳を閉じて息を吐く。


そのまま寝てしまおうと思ったが、ガタンと上から物音が聞こえて上半身を起こした。

誰か居るのだとしたらアダムか使用人か。


しかしアダムは今闘技場に行っているはずだし、今日は使用人が来る日でもない。


レジーナは立ち上がって地下の階段を上り、部屋に誰もいないことを確認すると扉を開けた。


気配を探るまでもなく、音の正体は廊下を出てすぐ現れる。


押し問答している男女2人。

レジーナは薄く開いた扉からその様子を眺めた。いわゆる覗き、だ。


男は金髪の後ろ姿、アダム。

そして女の方は見たことのある顔、確かナタリー・フェンシーとか言う名前の上級生だとレジーナは思い出す。


見たところ、フェンシーは宿舎の中に入れてもらえるよう交渉しているらしい。

しかしアダムは頑なに拒否している。


フェンシーから漂う血と死臭から、彼女が決闘を終えてここに来たことは容易に想像できた。

死に対峙して震えている女性。男からしてみれば庇護欲をそそる格好の欲望の対象となるだろうことを見越して、彼女は一番にここにやって来たのだろう。


そしてあわよくば・・・だ。


しかしフェンシーは至って普通に見えた。

悲しそうに眉尻を下げ涙目で必死にアピールしているが、残念ながら瞳が煌々と輝いている。演技だということは一目瞭然。くさい芝居に付き合わされているアダムが少し可哀そうだった。


いくらアダムが断ってもフェンシーは引かない。

ずっと玄関口で言い合っているうちに、アダムはレジーナの方へ一瞬視線を寄こした。


レジーナはその視線を“邪魔だ”という意味に受け取り、再び地下室へ降りて行った。


しかしその1分後。

地下へ降りてきたアダムはレジーナを見て低い声を出す。


「見ていたなら助けろ」


「嫌よ、痴情の縺れに関わりたくなんてないわ。

出て行けって言いたかったんじゃないの?」


「“出て来い”と言ったんだ」


どうやら意味を履き違えていたらしく、レジーナは肩を上下に動かして誤魔化し笑いをした。


「まあまあ美人だったじゃない、ちょっときつめの顔立ちだけど。

ずいぶんモテてるようね、アダム」


「血の匂いをわざわざ嗅がされる俺の身にもなれ」


どうやらアダムは少々ご立腹。


「でも前より取り巻きが減ったじゃない?」


「ミーハー気質だった学年が去年卒業したからだろう。

逆に個人的に取り入ろうとする女が増えて困る」


レジーナはふうんと興味無さそうに相槌を打ってソファに座った。


「それで?決闘はどうだったの?」


「怪我は負ったが問題ない」


「そう・・・」


どうやらアビーは勝ち進んだらしい。

レジーナは目を閉じアダムに向かって手を伸ばすと、アダムはレジーナの隣に座らされて手を握られた。


レジーナの頭に入ってくる光景は、アビーの決闘の様子。


傷の箇所は肩に3センチ。

そして効き腕に浅く5センチ。


どちらも大したことは無さそうだった。

しかし決闘とは関係ないものがパラパラと視え始め、レジーナは慌ててアダムの手を離す。


一連のレジーナの行動に、アダムの眉間に皺が寄った。


「なんだ」


「ごめんなさい、何でもないの。

ただ、ちょっと・・・」


「アビーが気になるのか?」


「違うわ。

ねぇ、アダム」


レジーナはアダムの腕をに触れて、口を三日月の形にした。


「欲しいものがあるんだけど」




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