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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅱ章
20/73

20話 混乱




死者が出た。

競技の中でも、外でも。


刺激の少ないカーマルゲートの生徒にとって、決闘はなによりの興奮材料である。

生徒たちのテンションは常に高く、目を光らせて情報を欲しがった。


一方出場者らは逆にピリピリと神経を尖らせ、剣の練習にも余念がない。

それぞれの取り巻きがしっかりと出場者を守り、いつ起こるかわからない襲撃に備えている。


アビーの護衛に抜かりはない。

課外活動の遊び研究部では遊びの一貫と称して、もっぱらアビーの剣の練習に費やしている。

彼女はめきめきと上達し、未だに成長が止まる気配はなかった。


しかし、腕は上がっても心労は募っていく。

アビーは授業の移動中、レジーナとクレアに挟まれた状態で項垂れた。


「なんだか申し訳ないわ。

まさか友達を巻き込むなんて思わなかった・・・」


「何言ってるの、平気よこれくらい」


「そうよ、いつもとあまりかわらないわ」


日中はレジーナとクレア、放課後や休日はハリスと過ごすことの多いアビー。

空いた時間を他のメンバーで埋めるだけで、大して周りは負担にならなかった。


しかし、アビーの心労は増えるばかり。

いつ自分が襲われるかわからないということは、レジーナたちにも刃が向く可能性があるということなのだ。


「でも貴女たちになにかあったら・・・」


「大丈夫よ。

だって・・・・ねぇ」


クレアは言いにくそうに語尾を濁して苦笑い。


アビーの取り巻きは王族が混じっている。彼らに何かあるとまずいのは犯人側なのだ。

襲撃を受けるとしても、アビーが1人の瞬間を狙うだろう。


「ごめんね・・・」


「謝らないで、応援してるんだから」


「そうよ、アビーは剣のことだけ考えてればいいの」


「メーデン、クレア・・・」


人通りの多い廊下でがばっと2人を抱きしめるアビー。

周りの注目なんて今の3人にはどうでもよかった。




















第1回戦が行われてから1週間。

たった1週間の間に、謎の死を遂げる生徒が3名。


1人は出場者で。


1人は出場者の友人。


1人は決闘とは無関係の、ごく普通の生徒だった。


警戒していてもこの数の犠牲者が出た。そして決闘とは関係ない人物まで被害に遭っている。

カーマルゲートは混乱状態に陥っていた。


腰には必ず武器を持ち、食事には毒が盛られていないか細心の注意を払う。

誰が自分を襲うか分からない中で、疑心暗鬼になる生徒たち。


アビーらも例外ではなかった。



いつものようにディーンの宿舎に集まったメンバー。

部活動の時間だが、誰も遊びを提案する者はいなかった。


クレアは机に突っ伏したまま唸り声を上げる。


「なんなのよ、もう。なんなのよ。

決闘ってただの殺し合いじゃないの」


「まるで小さな戦争だよね・・・」


無理やり笑顔を作ったのか、引きつった笑みで同意するサム。

いつもはうざったいほど元気なディーンも、はしゃぐことなく考え込む仕草をしている。


「いかに相手を殺すか。それも国に捕えられることなく。

この決闘はさあ、政治の世界を模したものなのかな」


ねえアダム、と同意を求め、アダムはカップをソーサーに戻して口を開いた。


「ああ、そうだな」


アビーは眉間に皺を寄せて尋ねる。


「どういうこと?」


「つまり、カーマルゲートは政治の世界を再現した場ということだ。

派閥、競争、そう言った“スキル”を培うための練習場」


レジーナは言い辛そうに話しに割り入った。


「・・・殺しもその一貫ってわけ?」


「そうだ」


誰もが噂には聞いていた。

カーマルゲートとは、政界と同じくシビアな場所であると。


一度蹴落とされればそれまで、這い上がるチャンスも貰えない。

人の動きを先の先まで読み、どこの派閥に属するか、誰に媚びるかの選択を迫られる。


国に気取られず暗殺することも政治の世界では一般的な行為であった。

カーマルゲートも同じ状況になっているのだ。


クレアは怒りに任せて拳でテーブルを叩き、大きな声を出す。


「人の命をなんだと思ってるのよ!

私たちは“生徒”よ!?政治家じゃないの!!

せっかくジーン・ベルンハルトの内戦が終わったって言うのに、これじゃ意味がないじゃない!」


「クレア、落ち着きなよ」


「でも、サム・・!」


言いたいことはわかります、と宥めるのはユークだった。


「我々の世代は戦争を経験していない。カーマルゲートも穏やかでした。

だからこそ、今、決闘が行われたのでしょうね」


「いつまでもぬるま湯につかっていられると思うな、ってことだね」


ディーンも頬杖をついて至極真面目に答える。


「しかしそれにしても・・・決闘序盤でこの犠牲者の多さ、派閥勢力の変動の著しさ。過去、ここまで混乱した決闘の例はほとんどありません。

この例外的な状況は、他に何かの要因がある可能性もあります。

貴方ならわかっているのでは?」


ユークはアダムを視線だけで威圧したが、アダムは口を開くことなくやや冷たい空気が流れる。


長い針が僅かに振れた後、最初に口火を切ったのはレジーナだった。


「原因を追及しても解決する問題ではないわ。

とにかく、皆に危害が及ばないようにきちんと対策をとらないと」


「メーデンの言うとおりね。

カーマルゲートが何もする気がない以上、自分の身は自分で守らなきゃいけないもの」


アビーも頷き、じゃあ、とハリスが提案する。


「一番安全なここを拠点にしよう。

1人で受けなきゃいけない授業がある人は?」


「メーデンの蠱惑女術があるわ。

あたしもクレアも取ってない。

誰か一緒に行った方がいいかしら」


「蠱惑女術なら大丈夫よ。

先生と仲がいいから。

人が多い場所なら1人になっても問題ないわ」


レジーナが即座に断り、今度はディーンが話し始める。


「食事は僕の宿舎で作ったもの以外口にしないようにね。

ちょっと面倒だけど、昼はここまで食べに来て」


うんうんと頷く一同。


それから1時間かけて対策を話し合い、日が大きく傾いてもそれぞれの宿舎には戻らず、ディーンの宿舎に寝泊まりすることになった。


広さも部屋数も申し分ないため、全く不便なく快適に暮らせる。

食事も豪華、家具も一流、シーツすらも高級品。


アビーはもともとここに泊まり込んでいたが、アビー以外がここに宿泊するのは初めてだった。


空が赤らむ前に手早く夕食を終え、ベットの上で枕を投げながらはしゃぐ女性陣。


「――――っ!!

よくもやってくれたわね~!」


「きゃあ!

アビー、貴女馬鹿力なんだから本気で投げたら私たち痛いわ!」


「クレア、クレア!

裾踏んでるわよ!」


きゃあきゃあと上がる可愛らしい悲鳴に飛び交う枕。笑いながら投げ合う女性たちの姿はとても無邪気で朗らかだ。

そんな様子を見守る男性陣はソファでコーヒーを飲んでいる。


ディーンはカップを片手にレジーナらを見て、だらんと緩みきった表情をした。


「あー、いいねぇ、やっぱり女の子って可愛いよねぇ」


「親父くさいよディーン」


「な、何を言うんだよサム!

でもさ、ハリス、僕たち幸せだよね。あんなに素敵な女性方が恋人なんだからさ」


「まあね」


2人は視線を合わせてニヤリと笑う。


しかし、とユークが爆弾を落とした。


「ディーン、貴女とメーデンは恋人でも遊びのお付き合いでしたよね。

ハリスとアビーのお2人とは違って」


グサッと音を立ててディーンの心臓にナイフが刺さった・・・かのように演技するディーン。痛いところを突かれたらしい。

続けてサムがディーンに尋ねる。


「結局ディーンとメーデンって上手く行ってるの?

それともディーンの片想い?」


「うっ・・・!!」


肩をピクリと震わせ涙目になるディーンに、さらに追い打ちをかけるサム。


「もしかしてまだ手を出してないとか」


「ぐはっ・・!!」


「まさかキスも済ませてない?」


「うがっ・・!!」


図星を突かれまくったディーンはぐったりとソファに身体を預けて撃沈。


押し殺したような複数の笑い声が聞こえると思ったら、女性陣が布団に顔を埋めて笑いを堪えている姿があった。

ディーンらはすっかり忘れていたのだが、レジーナたちはすぐ傍に居り、話は筒抜けなのだ。


当の本人だけでなくアビーやクレアに話を聞かれてしまったディーンは、顔を真っ赤にして項垂れてしまう。


「いいよいいよ、好きなだけ笑うがいいさ」


そんなディーンに対し、再び笑いが部屋中に広がったとき。


コンコンコンと3回のノック音がして、ディーンが扉を開けると執事らしき男が立っていた。


「皆様、シャワー室の準備が整いました。

女性方の着替えも揃っております」


「じゃあレディー・ファーストだね!」


入っておいで、と女性陣に笑いかけるディーン。

アビーがレジーナの背中を押した。


「メーデン、先に入ってきたら?」


「あら、せっかくだし一緒に入りましょうよ」


ぶふぉっと鼻血を吹き出したディーンにアダムとユークは冷たい視線を寄こす。


「ディーン、貴方が誘われたわけではありませんよ」


「わかってる、わかってるよお!」


レジーナはお構いなしにアビーとクレアの腕を引っ張った。

ぶーぶーと文句を言うのはクレア。


「メーデンの裸を見る勇気が私にはないわ!」


「あたしもない・・・。

女としての自信を喪失しそう・・・」


「何言ってるのよ。

もたもたしてると日が沈んじゃうわ、行くわよ」


廊下へ消えて行った3人。


「一緒にお風呂・・・羨まし―――イテッ」


ニヤけるディーンにアダムのゲンコツがヒットした。




















ディーンの宿舎に泊まり、寝静まった夜。


レジーナは隣で寝ているアビーとクレアを起こさぬよう抜け出し、勝手に忍びこんだアダムの宿舎でシャワーを浴びていた。

既に月は傾いているが眠れなかったからである。


慣れない集団生活に、外すことのできないメーデンの仮面に、レジーナは疲れ切っていた。

他人と同じ部屋で寝るなど、彼女にはあり得ないのだ。


思わず出てきたのは盛大な溜息。


身体に巻き付けた白いバスタオルを外すと、赤いコルクを捻っると上に固定された穴から勢いよくお湯が噴き出す。

泡まみれの身体を流そうと、シャワーで洗い流した時。


水の変化に、レジーナは小さな悲鳴を上げて後に飛び退く。


「きゃあっ!」


尻もちをついた彼女は咄嗟に口を手で覆って悲鳴を押さえこんだ。

そのまま呆然と座り込んでいると、パタパタと足音が聞こえてたと思えば、シャワー室にアダムが飛び込んできた。

鍵のかかった扉はぶち壊したらしい。


「どうした?」


裸のまま座り込んだレジーナに一瞬眉をひそめたアダムだが、すぐに状況を悟って口元を引き締めた。


シャワーからとめどなく出てくる水が、僅かに赤く染まっていたからである。

室の中央にある白いタオルも、その水を吸って赤く変化していた。


よく見れば、レジーナの白い身体にある水滴も少し赤い。


そして魔物の2人にはわかる。

水に混じった、“血”の匂いが。


「ア、アダム・・・これ・・・」


アダムはコルクを閉じてお湯を止めると、新しいバスタオルでレジーナの身体を包み込む。


「ここで待ってろ」


見てくる、と言って去って行ったアダム。

彼が帰って来た頃には、室に籠っていた湯気が消えていた。


まだ白いタオルに包まれたレジーナに、アダムは目を細める。


生々しい白くほっそりとした足や肩が惜しげもなく晒され、胸から太腿まではタオルで辛うじて隠されてはいるものの、その姿は酷く官能的で挑発的であった。


「・・・服を着ろ」


唸るようなアダムの低い声にも動じないレジーナは、嫌そうな顔をして首を横に振った。

どこの誰かも分からない血を浴びてそのまま服を着るのは抵抗がある。


「嫌よ、気持ち悪いもの」


「加熱用タンクに死体が投げ込まれていた。

水を入れ替えて火を焚くまでに時間がかかる」


「・・・そう」


アダムが出て行って再び1人になったシャワー室。


レジーナは仕方なくタオルで体をふき、服を着ることにした。

血を浴びた後なので抵抗はあるが、服を捨てればいいかと思いなおすことにする。



しかし、棚を開けて新しい下着に手をかけたとき。



よろっとバランスを崩してその場に膝をついた。


頭の中に入り込んでくるのは暗闇に投じられた死体、噴き出す血、銀色の輝く刃物、切り取られた腕。

そして最後に視えたのは、妖しく嗤う黒髪の女の姿だった。



予期せず始まった透視が収まり、レジーナは壁に手をついて立ちあがろうとしたが足が震えて上手く立てず、よろよろとまたその場に崩れ落ちてしまう。

片手を地についてもう一度立ち上がろうとしたが、やはり力が入らず、レジーナは大きなため息を吐いて項垂れた。


アダムの気配はまだシャワー室の前にある。レジーナの着替えを待っているのだろう。


「アダム・・・アダム・・・」


消え入りそうなほど小さく弱弱しい声でも、アダムの耳に届くには十分で。

彼が入って来た時、レジーナは床に足をついて僅かに震えていた。


アダムは着ていた上着を彼女にかけると、膝裏に腕を回してそのまま抱き上げた。

しかしレジーナは力の入らない手でアダムの胸を押し返す。


「・・・汚れる」


「気にしなくていい」


そのままいつもの寝室へ入ると、ゆっくりとレジーナを降ろして上にシーツをかけた。

そしてアダムはどこからか新しいタオルを持ち寄り、ベットの上に座ると濡れた彼女の髪を軽く拭き始める。


何も訊かなかった。

2人の間に会話はなかった。


代わりに、アダムはただ慰めるかのように髪を撫で、レジーナはされるがままに目を閉じていた。


月明りしかない真っ暗闇の寝室。

身体の震えが収まった頃、ゆっくりと開いた瞼から現れた紫の瞳。


隣に居るアダムを捕らえ、彼の服の裾をくいくいと引っ張る。

すぐにレジーナよりも一回り太い腕が彼女の腰に回り、2人の身体が密着する。じわじわと広がる熱に小さくため息を吐いて、レジーナは縋るよう抱き返して顔を埋める。


「寒い・・・」


ポツリと一言だけ呟き、再び閉じられたレジーナの瞳は朝まで開くことはなかった。




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