19話 決闘開始
徐々に新しい授業に慣れてきた3月。
課外活動のためディーンの宿舎に集まったみんなは、パイを片手に紅茶を飲みながら談笑していた。
なんでも今日の娯楽研究の内容は「午後のお茶会」だそうで、食べたり飲んだりの極普通な時間を過ごしている。
話の中心になっているのはおしゃべりなディーンだ。律儀に相槌を打つレジーナにアビー、横から突っ込みを入れるのはサムとハリス。クレアは呆れかえった表情で補足や反論をし、アダムは無関心を決め込み、ユークはディーンの世話に奔走する。
これがいつもの光景だった。
「それでね、僕には兄さんがいるんだけどさ、恋人いる気配がないんだよねー。
まさか一生独身でいるわけないし」
ディーンの身内話にクレアが重々しく頷く。
「そうなのよ、第一王位継承者なのに独身はマズいわよね」
「あの人女っ気ないもんなぁ。
ま、出会いそのものがないからかもしれないけど」
サムも同調し、尋ねるのはアビー。
「ディーンのお兄さんてどんな人なの?」
「そうねぇ・・」とクレアは天井を見ながら腕を組んで考え込む。
「とても優しいけど、底が見えない人、かなぁ。
次代の王様だから、子供の頃からすごく厳しく育てられてて、それでいて不自由な生活してる人だから・・」
「僕は兄弟なのにほとんど会ったことないよ、もちろんクレアもサムもね。
セキュリティーは万全、ってやつだね!」
へぇ、と呟くハリス。
第一王位継承者ともなれば、自由奔放に育ったディーンと扱いは月とスッポン程の差がある。
みんなが興味を持ったためご機嫌になったディーンは無理やり話をアダムに振った。
「アダムは仕事でよく兄さんには会うでしょ?」
「まあな」
「どう?アダムから見た兄さんは。
昔は一緒に勉強したりしてただろう?頭はいいのかい?」
「お前と違ってそこそこ優秀だな」
「うわーん!アダムのいけずーー、ドS---!!」
泣き真似をして机に突っ伏すディーンに、レジーナは一生懸命考えたフォローを入れた。
「自慢のお兄さんなのよね?ディーン。
そんな素敵な兄弟がいるだなんて、羨ましいわ」
「メーデン!!僕に優しいのは君だけだよ!!」
「ところで皆に話したいことがあるのよ」
アビーに話題をガラリと変えられ、ディーンは涙目になりながら注目する。
アビーはディーンに小さくごめんねと謝り、レジーナの顔を一度見てからゆっくり口を開いた。
ただならぬ緊張感に、クレアたちも事の重要性を察して静まり返る。
「あたしね、決闘に出ることにしたからね」
「ちょっと待って、本当に!?」
サムは驚きから珍しくも大声を上げる。
クレアに至っては顔を真っ青にして絶句していた。
そんな反応にもアビーは涼しげな表情で続ける。
「本当よ。
がんばるから、応援よろしくね」
「で、でも、メーデンとハリスは・・!?」
「2人には先に言ったの。
大丈夫よ、ディーン」
親友と恋人の協力を得て、ますますアビーの意思は強固なものになった。
だからみんなに話したのだ。
クレアは早くも目に涙をためてアビーを見る。
「アビー・・・・私なんて言ったらいいか・・・」
「ちょっと!あたし負ける気なんてないんだから!
泣くのは優勝してからにしてよね!」
陽気な声を出すアビーにますますクレアの涙腺は緩んだ。
サムは「ほら、泣きやんで」とさり気なくハンカチをクレアに差し出した。
そして涙の止まったクレアは、スクッと立ち上がって拳を握る。
「こうなったら、何がなんでもアビーを優勝させるんだから!
アダム、ユーク、貴方たちも手伝うのよ!!」
「え?僕は?」
「アダムはアビーの実践練習、ユークは他の出場者の情報収集!
がんばるわよーー!!」
「僕はーー!!?」
ディーンの叫びが宿舎中に響いた。
時は流れて一ヶ月後。
簡易な鎧を纏って剣を手に持ったアビーは、仰向けになって空を見つめていた。
汗をかき胸は大きく上下している様子から、激しい運動の後だと分かる。
向かい側には大ぶりの剣を持ち涼しげな顔をしているアダム。
アビーは「あー」と唸りつつ文句を零した。
「・・強すぎて、ワケわかんないわ。
アダムが、決闘に出なくて、本当によかった・・・」
目の前で見た素晴らしい試合に一同は拍手を送る。
レジーナはアビーに駆け寄って起きるのを手伝い、クレアはタオルを手渡した。
「お疲れ様、アビー。
だいぶよくなってるわよ」
「順調ね。
大丈夫よ、心配しなくてもアダムより強いヤツなんていないし」
アビーは汗を拭うと微笑んで頷いた。
本人も手ごたえを感じているほど、彼女の成長は著しい。
それはアビー自身の努力はもちろん、周りのサポートの功績も大きかった。
ディーンも両手をあげて喜ぶ。
「いいねいいね!!
この調子だったら優勝いけるよ!」
「ところでユーク、他の出場者の情報は掴めた?
受付の締切って昨日までだったよね」
ハリスが尋ねると、ユークはビシッとメガネをかけてデータ帳を開く。
「はい。出場者は計32名。
優勝候補は10学年のブロット・ノイと3学年のイグラム・スウェフト。
9学年のナタリー・フェンシーと8学年のサーシャ・ウェラー、あとは、そして5学年のアビー・ルミナス。
今回は女性陣の方が強そうですね」
「聞いたことある名前が混じってるわね」
「メーデン、ほら、年末パーティーで取っ組み合いの喧嘩してたあの2人だよ」
サムの答えにレジーナは、ああと両手を合わせた。
「あの女性2人ね、覚えてるわ。
彼女たち強いの?」
「強いし成績優秀、しかも大貴族のお嬢様。
なんで決闘なんて出ることになったのかしら?」
クレアの質問にもユークはきっちり答える。
「なんでも、この間の喧嘩で啖呵を切ったらしく・・・」
いうなれば意地の張り合いであった。
成績、実技、決闘も、お互いに意識し合って相手に勝らなければ気が済まない。
そしてつい最近の喧嘩の最中、もし2人が出場したらどちらが勝つかという言い合いで決闘の参加を決めたらしい。
一同は呆れ顔だが、ユークは淡々と話を続ける。
「とにかく、この2人は要注意ですね。
一応、口だけじゃなくてそれなりに実力がありますから」
「大丈夫大丈夫!我らがアビーなら負けないさ!」
陽気なディーンの声にその場の雰囲気が明るくなり、アビーも笑顔で頷いた。
「そうよ、絶対に勝つわ。
ユーク、他に何か情報は?」
「はい。
1回戦が行われるのは4月24日、一対一で16組に絞られます。
1回戦での一般公開はありませんが、2回戦以降は競技場が設けられ、我々も観戦することができるそうです」
「じゃあ最初の戦いは見られないんだね」
ハリスはガックリと肩を落として愚痴を零した。
戦いを見てヒヤヒヤするのも心臓に悪いが、何が起こっているかわからないままアビーの帰りを待つのはもっと辛い。
しかし当の本人はケロッとして、ハリスの肩を叩いた。
「1回戦なんて余裕よ。
そんな辛気臭い顔しないでよ。
それで、相手はまだ決まってないの?」
「くじ引きで決定するそうです。
ただし、生徒らには一切公表されないと・・・」
ユークは言い辛そうに言葉を濁した。
つまり、次に戦う相手が誰かもわからないまま本番に臨まなければならない。
トーナメント式なので、敵がおのずと1人になる決勝戦までは予想もつかないことになる。
「やってくれるわね、カーマルゲート」
「過酷すぎない?この決闘って。
辞退もギブアップも禁止、おまけに相手もわからないなんて」
「それが狙いだろう。
精神的な圧迫感の中で行われる戦いは、心理戦でもある」
そこで初めて、黙って静観していたアダムがレジーナの質問に答えた。
ふーん、とディーンは唇を尖らせながら生返事をして口を開く。
「まあとにかく、これだけ心強い仲間がいるんだから絶対大丈夫さ!
心配ないない!」
楽観的な考えだが、それがなによりも救いの言葉であり、アビーは満面の笑みで頷いた。
教室塔の隣に位置する競技場。
いつも実技の授業で使用するそこは、今日に限って全く違う雰囲気に包まれていた。
雲が薄く空を覆う中、競技場の出入り口にはたくさんの生徒たちが詰めかけている。
彼らを待っているのは、吉報か悲報か。すべては、中で行われている戦い次第。
レジーナら一行も出入り口に固まり、戦いへ向かったアビーの帰りを待っていた。
彼らは一言も口を利かず、それぞれの胸中で試合を慮る。
やがて、灰色の空からポツポツと降り始める雨。
レジーナは寒さに身を震わせた。春の小雨といえども、体が濡れ冷え切った空気は体に堪えるのだ。
朝は暖かかったため油断したレジーナは薄着で、防寒具を用意していない。
それに気づいたディーンがすぐさまレジーナの手を握る。
しかし
「私のメーデンになにやってんのよーーー!!!」
クレアの飛び蹴りを食らったディーンは吹っ飛んだ。
彼は地面に横たわったまま、目尻に涙を光らせて咽ながら講義した。
「ゴフッ・・・恋人なのに・・・」
「こういう時にイチャつこうだなんて不謹慎だわ!!
少しはハリスの気持ちも考えなさいよ!!
だいたいねぇ・・・!!」
ガミガミと始まったクレアの説教。
その様子にレジーナがクスリと笑ったところで、アダムは脱いだローブをレジーナに手渡した。
「悪いが時間になった、戻る」
「えーーー!!
いくらなんでも・・・アダムーーー!!」
ディーンの叫びを無視してスタスタとその場を去って行ったアダム。
「仕方ありませんよ」と、ユークが肩を叩いた。
「忙しい中、わずかな時間を縫って来たんですから。
あまり責めないでください。
アダムもわかってますよ」
「うー、わかってるけどさー」
しょげて肩を落とすディーン。
レジーナは自分の体より一回り大きなローブを纏い、フードを被ってハリスを見た。
彼の目は、何も写していない。
相変わらずうるさい一同の中で、彼だけは黙り込んで微動だにしなかった。
そんなハリスをじっと見守るサムも。
耳に入る雨音を聞きながら待つこと数十分。
やがてその場に歓声や泣き声が沸き始めた。
戦いを終えた生徒が徐々に戻ってきたのである。
「アビーはまだ!?
アビーはまだ!?」
「うるさいわよ、ディーン!!
あ!!来たわ!!」
「え!?うそ!?どこ!?」
「アビー!!」
満面の笑みで帰ってきたアビーに、一番最初に抱きついたのはハリス。
「よかった!!」
「あー、緊張で死ぬかと思ったわ」
「お疲れ様です」
「口から魂が抜けそうだったよ」
「おめでとう、アビー」
口々から出てくる言葉に、アビーは盛大に笑った。
「みんな、まだ1回戦なのよ?
大袈裟だわ!
・・・・・・あ、でも」
アビーは最後だけ声色を変えて笑みを消した。何かあるのかと、みんなは注目を集める。
彼女は言いにくそうにゆっくりと話し始めた。
「実はね・・・・1人来なかったのよ」
時間になっても競技場に現れなかった参加者。
レジーナは怖気づいて逃げたんじゃと言いかけたが、アビーは首を横に振った。
「違うの。
来なかったんじゃなくて来れなかったのよ。
その参加者ね・・・・、死体で発見されたの、教室塔の空き教室で」
一気に静かになり、周りの騒がしい声が皆を包み込んだ。
黙りこくった一同にアビーは慌てて笑顔を作る。
「やだ、ディーンまでそんなに怖い顔しないでよ!
あたしが殺されたわけじゃないんだから!」
「それ・・・どういうことなんだろう」
ディーンが尋ねると、サムが低い声で答えを返した。
「つまりね、戦いは剣を交えるだけじゃないってことだよ」
殺し合いは、競技場の外でも行われるのだ。それが例え、日常生活の中であったとしても。
みんなの顔から血の気が引いて行く。
「そんなのって・・・・アリ?」
「アリ・・・ではないでしょうね。公式には認められていない。
しかし出場者を殺しても犯人が目撃されていなければ捕まえようがない。もちろん他の出場者を殺し、数が減るほど自分は有利になる。
これはカーマルゲートの想定の範囲内でしょう。
実際にそういう例も、過去にないわけではありません」
ユークも声色が厳しい。
一方アビーはカラカラと明るく笑った。
「大丈夫よ!
気を抜かなければそう簡単に殺されるものじゃないんだから」
「アビー、これからは私たちの誰かと必ず行動しましょう。
1人で居たら狙われやすいわ」
凛とした声でクレアが第一声を上げた。
続いてレジーナも頷いて一同を見渡す。
「いいわね、みんな。アビーを1人で行動させちゃだめ。
授業の送り迎えも、交替でしましょう。
夜はディーンの宿舎に泊まるといいわ、警備がしっかりしてるから」
「そうだね、それなら狙われたとしても襲えないし」
「うん、そうしよう」
頷き、みんなは誓い合った。