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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅱ章
18/73

18話 極寒からの避難所



木曜日の放課後、私は地下室で錬金術の本を読みながらも、頭の中は全く別のことを考えていた。


記憶にないものを視る力、所謂透し能力についてである。

魔物にそのような能力はないため、おそらく自分にしかできないことだろう。視えると言っても、未来が見えるわけではない。

過去だけ、そして視ることができるのは、関連のある人や物を通して。


例えば、最初に父の姿を視たのは錬金術の本に触れたとき。そしてアダムと赤い髪の女の子の姿を視た時はアダムと一緒に居た。


また、好きな時に好きなものだけを視れるわけではない。

これが一番厄介で、突然前触れもなく脳の中に焼きつけられる。しかも目眩を起こしたり極度の頭痛に襲われ、最初のように気を失うほどではなかったが、あまり気持ちのいいものではなかった。



このことをアダムに言うべきなのだろうか。


私は適当にページをめくりながら、横目で隣に居るアダムを見る。


イーベルに私の正体がバレていたと知ったとき、私は私が思っていた以上に冷静だった。

以前ならパニックになってすぐに彼女を殺していただろう。少なくとも最初から最後まで疑ってかかり、特殊な能力で父とイーベルの関係が視えたとしても、彼女と関わりを持とうとは思わなかったはず。


でも私はどこかで悟っていた。

世界が敵でも、全ての人が世界を愛しているわけではない。アダムのように国を敵に回してまで付いてきた人もいれば、イーベルのように犯罪者を愛し続ける人もいる。ディーンのように何も知らず恋人になる人もいる。


利用できるのだ、人は。


ずっと殻に閉じこもっていた。外の世界が怖くて、全ての他人が敵であると信じて。

だけどその考えが変わったのは、心に余裕ができたことに他ならない。


それは、間違いなくアダムのおかげだった。


まだ完全に信じ切っているわけじゃない。どこかで私を裏切るかもしれないと、未だに疑うこともある。

でももう彼に対して恐怖を感じることはなかった。彼に対しても、レジーナに対しても。


私は首にかけた鍵を服の上から握る。


アダムはその仕草に気づき、すぐに尋ねてきた。


「苦しいのか?」


「ううん、ただの鍵よ。

ほら」


ネックレスのように紐を通した鍵を首から取り、アダムに見せる。

これはイーベルからもらった、彼女の私室の鍵だ。「いつでも遊びに来てくださいませね」と語尾にハートマーク付きで言われたため、無くさないようにと首にかけて大切に持っている。


「何の鍵だ」


「部屋のよ」


アダムはそれ以上口を開かなかった。

しかし私には彼が何を想像しているのかなんとなくわかってしまい、一応否定しておこうと話し始める。


「言っておくけどディーンじゃないわよ。

女性からもらったの」


「女性?」


「蠱惑女術の教師よ。

とってもイイヒト」


ちょっといい顔をしただけで、簡単に彼女は私に気を許し、協力を申し出た。

性格は少し変わっているが、有能さと美貌を兼ね備えた彼女の協力はいざというときに役立つだろう。


「・・・・サンドラ・イーベルか」


「そう。

話してみると物わかりもいいし、頭も悪くない。

ちょっと恋に対してアグレッシブなところはあるけど、その他は気に入ったわ。

それでね・・・バレてたのよ」


アダムのページをめくる手が止まる。


「ジーン・ベルンハルトの娘だってバレてたの。

しかも彼女、彼と恋人だったんですって」


アダムは本当だと思う?と尋ねると、以外にもあっさりと頷いた。


「それは知っている。

当時の、ジーン・ベルンハルトがカーマルゲートに居た時は、2人の恋仲は有名だった」


「なぜ別れたの?」


「お互いに婚約者がいたからだ。

卒業と同時に別れたらしい。

別に信用できない人物ではないから、頼っても問題ない」


「国のスパイをしてる可能性は」


「ないな。レジーナの存在に勘づけばあの女ではなく、暗躍機関が動く。

それにサンドラ・イーベルは大貴族の出身、スパイなど危険な任務は与えられない」


つらつら述べるアダムの小難しい説明を要約すると、カーマルゲートの教師はみな貴族の出身で、知識はあっても実践経験がほとんどない人たちばかりなのだそうだ。

そんな人たちに教えられていると思うと微妙な気分になるが、身分上仕方ないことではある。


「へー。

じゃあ今度から彼女の部屋に遊びに行ってもいい?」


「・・・ああ」


アダムは静かに一言だけ返事を返すと、黙り込んで本の続きを読み始める。


まったく、私に対して関心があるのか、ないのか。

相変わらず読めない人だと、ため息を吐いて再び本を読むふりをすることにした。




















5学年からは選択授業であるため、同じ学年でも受ける授業は人によってまちまちである。

クレアは小難しい授業ばかりでレジーナと被ることはなかったが、アビーとは比較的重なっていたためよく授業を共にした。


そして新学年が始まってから2週間ほど経った時のこと。


アビーと一緒に自然考察の授業を受けて帰る途中、彼女は深刻な表情でレジーナの右手を両手で握った。

レジーナは突然のことにパチクリと瞬きをする。


「ど、どうしたのアビー。

さっきの授業でわからないところでもあったの?」


「全然違うわよ。

メーデン、よく聞いてちょうだいね」


「え、ええ」


何事かと思いつつしっかりと頷くと、アビーはひとつ深呼吸して口を開いた。


「あのね、あたし、決闘に出ることにしたから」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


しばし無言。


そして


「えええええええええええ!?」


レジーナの大絶叫が廊下に響き、慌ててアビーが宥める。


「メーデン、メーデン、声が大きいわっ!」


「だ、だって・・・・」


周囲の人から大注目を浴びても、レジーナの頭は決闘のことでいっぱいだった。


決闘、参加したら最後まで闘わなくてはならない剣術大会。

ギブアップはもちろんなし、つまり、死の危険が高い争い。


「どうして、そんな危険な大会に・・・。

アビーが出ることないわ、だって貴女成績いいし・・・」


「わかってるわ。死ぬかもしれない。

でもね、メーデン。あたし、やっぱりチャンスにかけてみたいの」


「アビー・・・」


「あたしね、医者になりたいのよ。

だから決闘で優勝して、王医に師事したいと思ってるの」


「医者になるなら他のやり方もあるはずよ!だったら・・・・」


アビーはその眼差しに本気の色を映しながら首を横に振った。

彼女の決意は固いことを悟り、レジーナは口を閉じる。


「私は平民なの。

貴族なら医者になる方法はいくつかあるけど、平民が医者になった例はとても少ないのよ。決闘で優勝すればそれが可能になる。

あたしはどうしても夢を叶えたい。そのためなら命をかけても、いいと思ってるわ」


そう・・・、と説得を諦めたレジーナは小さく頷いた。

アビーの意思なら、自分はそれを見守るしかない。


「それ、ハリスには言った?」


「うん・・言ったわ。

応援してくれるって」


恋人が死ぬかもしれないとなれば、ハリスはさぞかし辛いだろう。

それでも応援すると言った彼の心境を思い、レジーナは俯いて眉尻を下げた。


「私も応援するわ、アビー。

でも絶対に・・・生き残ってよね」


「もっちろんよ!

任せなさい!」


自信満々に言うアビーに、そこで初めて、レジーナは表情を緩める。


そして思いっきりアビーに抱きつき、メーデンの友人に励ましの言葉を送った。




















レジーナの夜は遅く、朝は早い。というのも、一旦寝付いても寒さで夜中に目を覚まし、寝てもまた寒さで朝早くに目を覚ましてしまうからである。


寝不足に勉強でパンパンになった脳内。ストレスは溜まるは1月の極寒は堪えるはで、レジーナは限界直前まで来ていた。


ぐっすり眠れる暖かい場所を探し、一番最初に思いついたのはアダムの宿舎の地下だ。


地下は地上よりも暖かいため、アダムが眠りについた夜中にこっそりと忍び込み、そしてアダムが起きる前に去る。

彼は非常に寝起きが悪いため、今のところまったく気づかれることはなかった。


そんな生活にも限界がやってきて、やはり地下でも寒さに耐えられず、レジーナは結局アダムのベットに潜り込むようになる。

最初は断りを入れようと、寝ている彼を揺すったが起きてくれなかった。ちなみに殴っても起きなかった。それほどに彼の眠りは深い。

よってレジーナは勝手に彼のベットで暖を取るようになった。


経費をケチらず作った分厚い壁、大きな暖炉、最高級の羽毛布団。寒さ対策が完璧なアダムの部屋は非常に寝心地がよく、レジーナの睡眠不足を解消してくれた。



そして寒さが最高潮に達した2月の初め。


珍しくも月が沈み始めたころに目を覚ましたアダムは隣に居る“何か”にぎょっとして、いつもは1時間かけて覚醒させる頭を一瞬でフル回転させた。

上半身を起こしその何かを確認すれば、他人のベットを我が物顔で使用しているレジーナの姿。


「・・・レジーナ」


アダムの声は低かった。


レジーナは「んー」、と眠たそうな声を上げ、半目でアダムを見やる。


「あら、奇跡ね」


アダムが目を覚ますなんて、とレジーナはケラケラと笑う。


「何故ここにいるんだ」


「何故って、寒いからに決まってるでしょ。

一か月前からずっとここで寝てるわよ」


悪びれる様子が全くないため、アダムはやんわりと注意する。


「だからといって男の寝室に忍び込むのは・・・」


「ケチね」


レジーナの素早い文句にアダムの口は閉ざされ、代わりにため息が出てくる。


「寒いのなら他人のベットを使う前に言え」


「アダムったら、殴っても起きなかったじゃない」


「殴ったのか・・・・」


ニィっと妖しく笑うレジーナにこれ以上の説教は無意味だとわかった。


「仕方ないじゃない。

私ジュナーなんだもの、蛇は寒さに弱いの」


「まだ寒いのか?」


「寒いけど、ここはだいぶマシね。

私の部屋は壁が薄くって、なかなか暖まらないから」


「・・・待ってろ」


そう言うなりベットを抜け出し部屋を出て行ったアダム。

戻って来たのはそれから10分後のことだった。


ほら、と手渡されたのは楕円形の鉄瓶が布にくるまれたもの。

レジーナが首を捻って見ていると、持っている手からだんだん熱が伝わり、驚きに紫色の目を見開いた。


「なにこれ!」


「中に熱湯が入っている。

直接触るなよ、火傷する」


「あったかい」


レジーナは横になったままそれを抱きしめる形で背中を丸める。


そして再びアダムがベットから離れたかと思うと、彼は暖炉に何か放り投げて戻ってきた。


「何したの?」


「薬草を焼いてる」


「ヤバいやつじゃないでしょうね」


「ただのハーブだ」


「そう・・・」


レジーナはアダムと反対側を向いて黙り込んでいると、やがてハーブの香りが部屋に広がり、体がポカポカしてきて僅かに微笑む。

あまり強すぎない香りに誘われるようにして目を閉じた。


しかしそのまま寝付くことはなく、レジーナは静かな声でアダムに尋ねる。


「ねえ、聞いた?

アビーが決闘に出るんですって」


「・・・・決闘に?」


「ええ」


目立つことはできるだけ避けたいレジーナ。

しかしアビーが決闘の出場メンバーに入るのならば、彼女は間違いなく注目を浴びるだろう。

ただでさえ、アダム・ディーン・ユークの3人組と仲が良いため目立っているのに、だ。


スポットライトのど真ん中に入ることはなくても、あまり好ましい出来事ではなかった。


「アビーは死を覚悟してまで、出たいんですって。

変な話よね、自分の命よりも賭けを優先するなんて」


アダムは青い目を細めて、レジーナの頭の上に手をおく。

彼女は不思議そうな顔をして、ベットの淵に腰掛けるアダムを見上げた。


交わる紫と青の瞳。


「何が大切なのかは個人によって異なる。

レジーナにも、いつかわかる日が来る」


もう寝ろ、とレジーナはアダムに頭を押さえつけられてベットに沈む。

鉄瓶から熱を貰いながらゆっくりと目を閉じた。





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