12話 ディーンとディナー
メーデンが宿舎へ戻ると、そこはリトラバーの話でもちきりだった。
ここの住人でないアビーも何故か混じって興奮気味に話している。彼女の宿舎は離れたところにあるはずなのだが、きっと居ても経ってもいられなくてここまでやって来たのだろう。
メーデンはクスリと笑う。
アビーは帰って来たメーデンを見つけるなり飛びついた。
「メーデン、おかえりメーデン!
聞いた!?ねえ聞いた!?」
「いいえ、あまり詳しくは。
リトラバー先生がどうのこうのって」
「そうなのよ!
リトラバーが研究塔の廊下で惨殺されたらしいの!
しかもリトラバーはあのジーン・ベルンハルトの弟子だったことがわかったんですって!
ねえ、どういうことだと思う!?」
どうやらリトラバーが魔物に殺されたこと、そしてリトラバーが一連の事件の犯人であったことが判明したらしい。
しかし犯人であるはずのリトラバーが魔物に殺される点は説明がつかず、カーマルゲートはパニックに陥っている。
メーデンは涼しい顔でしらを切り通した。
「さあ、どういうことでしょうね」
「そうそう、アダムがリトラバーが犯人であることを突き止めたんですってね!
さすが天才は頭の作りが違うわ!」
「アダムが?」
メーデンは首を傾げ、アビーは得意げに頷いて続ける。
「なんでも、卒業名簿によるとジーン・ベルンハルトとリトラバー先生は同期だったみたいなの」
「卒業名簿・・・ああ・・・」
以前アダムのファンに倉庫へ閉じ込められた時に見つけた、あの卒業名簿のことかとメーデンは納得する。
それに同期で弟子だったのなら、リトラバーが錬金術を使えても不思議ではない。
「それにしてもカーマルゲートにジーン・ベルンハルトの縁者がいるだなんて恐ろしいわね。
15年前に彼を処刑した時、親類縁者全て死刑になったはずなのに」
「ええ、そうね・・・」
メーデンは自分のことを言われているような気がして言葉を濁した。
国が捕まえ損ねたジーン・ベルンハルトの関係者。リトラバーは上手く国の捜査網を掻い潜ってカーマルゲートに居た。それも、ジーン・ベルンハルトが戦争を起こす前からずっと。
意外と居るのかもしれない。彼やメーデンのような、まだ表立って見つかっていない関係者たちが。
「メーデン、どうしたの?ぼーっとして」
「あっ、ううん。なんでもない」
不思議そうに上から覗きこんでくるアビーに苦笑を返し、メーデンは自室の扉をくぐった。
アビーもメーデンに続いてくぐり、椅子に座ってから口を開く。
「犯人が殺されたってことは、共犯者がいるかもしれないわ。
まだまだ安心はできないようね」
「具体的に何か対策を打ったりしないの?」
「さあ、でも放任主義のカーマルゲートだもの。
生徒が3・4人死んだって屁とも思わないでしょう。
まあ、警備は増えるだろうけどね」
メーデンもアビーの向かい側に座ってため息を吐いた。
国に見つかるまであとどれくらいの猶予が残されているのかは見当がつかないが、その時は必ずやって来るだろう。
そろそろ覚悟を決めるときなのかもしれない。
翌日の夕方。
メーデンはディーンに誘われて彼の宿舎へ来ていた。
いや、宿舎とは呼べない程だろう。一戸建ての広い庭付きの建物。もはや立派な家である。
アダムの宿舎も同じくらい立派だったが、ディーンの方が王城の造りに似ていて高級感を前面に出していた。
家の前には常に執事が常駐し、来訪者を笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ、ようこそ」
「あの、ディーンに呼ばれてるのだけど、中へ入ってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
しかし扉を開けてくれる気配はない。
メーデンは前へ進み自ら扉を開けたいが、執事の男が邪魔で通れない。
嫌がらせか何かかと思いつつ、メーデンの眉間に皺が寄る。
「退いてくれない?」
「はい、もちろん」
しかし彼は扉の前を動かず。
言ってることとやってることが違う。完全な通せんぼだ。
メーデンは苛立ちにヒールをカツカツと鳴らした。
「私が中へ入って何か問題でも?」
「いいえ」
「じゃあ、ディーンをここへ呼んでもらえない?」
「かしこまりました」
10秒、20秒、30秒経っても執事は動かない。
ついにメーデンは足で執事を蹴ると、そのまま扉に押しつけた。
「な、なんと野蛮な」
「使えない執事なんてお役御免だわ。
クビよクビ」
「な、何を・・・」
男は急に焦り始めた。
そこへタイミングよく扉が開き、ディーンが現れる。
「ドンッって音がしたけど、何事?
あ!メーデン!」
ニコッと笑うディーンに、メーデンは崩れ落ちた男を指さした。
「ごめんなさい、遅れて。
この人がここを通してくれなかったから」
「なんだって!?
どうしてそんなことをしたんだ!?」
本気で怒るディーンに、男は事の重大さを理解したのか真っ青になった。
「い・・いえ、平民の女が、ここへ押しかけに来たのかと・・・。
申し訳ございません」
声が震えている。
メーデンは少し可哀そうになったが、ディーンの怒りは治まるところを知らない。
「お前もか!
まったく、皆そろって身分身分身分って!!
もう、いいよ。君帰って」
「でぃ、ディーン様」
「さ、中へ入って、メーデン」
ディーンは男を無視してメーデンを中に招き入れた。
既に入口から世界が違う。赤い絨毯にシャンデリア。まるでおとぎ話の世界だ。
「ごめんね、僕が迎えに行ってあげればよかったんだけど、急に仕事が入ったから・・。
こんな嫌な思いさせるなんて・・・」
「いいのよ。
私平民だからってあまり気にしてないもの」
「メーデン・・・!」
じ~んと瞳を滲ませて感動しているディーン。
実際に身分に厳しいサイラスであっても、メーデンは身分に関してあまり興味はなかった。
人の価値を身分で決めるならば、彼女は罪人であるのだからこの国で最も低いだろう。
しかし罪人故に、他の人が知りえない世界も知っている。孤独と隣り合わせで誰にも頼ることもできなかった生活は、生きる知恵と知識を与えてくれた。そして精神的に成熟するのが早かった。
だから1人で生きていくこともできない周りの生徒たちが、とても子供に見えるのだ。
例え身分が良くても、最終的に自分の身は自分で守らなくてはならないのだから。
「やっぱりメーデンはいいね」
「どうしたの?急に」
「なんでもないよ、さ、どうぞ」
ニコニコ顔のディーンに誘導されて入ったのは、カフェテラスを連想させる広く開放的な部屋だった。中央に細長いテーブルがあり、裕に20余の椅子が並んでいる。
そのうちの1つに腰を下ろすと、ディーンと向かい合う形でテーブルを挟んだ。
「さ、もう日は沈んだし食事にしようか」
「ええ、そうね」
にこっと笑い合い、次々と運ばれてくる見たこともない料理にメーデンは苦笑した。
ディーンと付き合うことで、生活そのものが変わってしまった気がする。
「どうぞ、遠慮なくたくさん食べてね」
「いただきます」
運び終わり部屋をグルリと取り囲んだ従業員の視線を感じながら、メーデンはフォークで一口サイズの野菜を口に運んだ。
それは予想外にほんのり甘みがして、驚きに目を少し大きくする。
「初めて食べたわ。おいしい」
「そう?よかった」
「宿舎の料理もそうだけど、カーマルゲートって食事がおいしいわよね」
「一流のコックたちが作ってるからね。
違うのは材料費くらいだよ」
「食事が用意されるって本当に楽。
そう言えばここに来てから料理作ってないわ」
「ホント!?じゃあ今度僕に作ってよ!」
首を縦に振るメーデン。
手料理の約束を取り付けたディーンは至極嬉しそうだ。
「僕は去年くらいに料理作ったよ。
アダムに作ってあげたんだけど、あの時は怒られたなぁ。
僕、料理の才能皆無らしいんだよね」
彼は思い出しながらしみじみと言った。
「・・・アダムってどんな人なの?」
突然の質問にディーンは首を傾げつつも笑顔で答える。
「そうだねぇ・・・、愛想はないけど頼れる人だよ。
たまに何考えてるかわからないけど」
「付き合いは長いの?」
「初めて会ったのは8歳のときだから、10年ちょっとだね。
昔はあんなにツンケンしてなかったんだけど、周りに注目されるようになってから愛想が皆無になったかなー。
視線や期待がよっぽど鬱陶しかったんだろうね。気を抜いたら出世目当てのヤツに弱み握られちゃうし」
厳しい政治の世界。そこもまた、孤独な世界なのかもしれない。
「ディーンもアダムも大変ね」
メーデンは心からそう思い言葉にしたが、ディーンはケラケラと笑った。
「僕は全然大変じゃないよぉ。こんなんだから幼少期から期待されてなかったし、第一王位継承者じゃないからね。
でもアダムは大変だよ、確かに。
僕のような王族でも、カーマルゲート卒業したって何十年かは国軍の隊長クラスだよ。
政界に入るのは100歳過ぎてからだからさ、アダムは異例中の異例なんだよね」
「そんなに凄い人なの?」
「凄いねぇ。
特殊な力を持った人は数千年に1人くらいの割合でサイラスにも現れるけど、あんなに頭がいい人は初めてなんじゃないかなぁ」
メーデンは昨日洞窟の中でアダムが言っていたことを唐突に思い出した。
神の生まれ変わりは特殊な力を持っている。
アダムはまさにそれ。ずば抜けて賢いのはその所為なのだろう。
メーデンにも当てはまるはずなのだが、幼いころから魔物を取り入れて既に尋常でない力を持っているので、メーデン自身にも特殊な力があるのかはよく分からない。
もし、ただの一般人として生きていたら今頃何かしらの才能を発揮していた可能性は大いにある。
「だからアダムは自慢の親友だよ。誰もが尊敬してやまない人だからね」
「そう」
誇らしげに話すディーンに相槌を打って微笑んだ。
「ところでどうして急にアダムのことが気になったんだい?」
「ううん、別に・・・。
ただ、あまりいいように思われてないみたいで・・・・」
メーデンは誤魔化し笑いをしながら言葉を濁した。
「そうだねぇ、確かにメーデンとはあまりそりが合わないみたいだね。
僕も別れた方がいい、なんて言われたよ。
女性関係の“じょ”の字も興味を示さなかった、あのアダムがだよ!」
「まあまあ。
アダムにも、何か考えてることがあるんでしょ」
ぷりぷりと怒っているディーンを宥めながら、メーデンは別のことを考えていた。
アダムの、自分に対する憎悪。
これから一体どうする気なのか。どうしたいのか。全く彼の意図が読めない。
皆が知っているメーデン・コストナーとしての自分と、アダムに知られた本来の姿である自分。
この中途半端な宙吊り状態が、恐ろしくて仕方ない。
メーデンはスープに映った自分の顔を見つめながら、テーブルの下で拳を握った。




