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灰色の鳥  作者: 伊川有子
Ⅰ章
11/73

11話 愛の呪


目の前に広がる本は、確かに父のものだった。

私を実験台にし、洞窟に閉じ込めた犯罪者の父。たくさんの人間を殺した、人殺し。


不思議と懐かしさはあっても怒りや憎しみは沸かなかった。その代わりに出て来たのは、アダムに対する疑問。


何故彼が父の本を持っているのか。しかも、彼の宿舎の地下に、隠すようにして。


少なくとも、彼が私をここへ連れて来たということは・・・。


「・・・・知ってたのね」


私が犯罪者の娘だということを。そして魔物の身体を持っていることも。

きっと、アダムは気づいてたんだ。


後ろから静かに立っている彼が口を開く。


「ああ」


「いつから?」


「最初からだ」


「神殿の事件の時から疑ってたってこと?」


「違う。カーマルゲートに入る前から」


私は驚きに後ろを振り返って彼を見た。

そこにはいつもと変わらない、無表情なアダムが立っている。


「アダム以外にも―――――」


「いや、知られていない」


「ベルンハルトの血族?」


「違う」


「錬金術に興味でも?」


「ない」


「じゃあ、どうして・・・」


「あんなに簡単にカーマルゲートに入学できるとでも思ってたのか?」


その言葉は、暗に自分がメーデン・コストナーと入れ替わるのは不可能だったことを示している。


そう、きっと無理だった。身分に厳しいサイラスの学校で、身元を偽って入り込むなんて。

あまりにもあっさりと入学できたから拍子抜けしていたけれど、つまりは・・・・。


「貴方が私をここへ入れたのね」


「ああ」


つまりは、アダムが裏で動いていたということ。


彼の真意がさっぱり読めない。私を生かして彼に何の得がある?

むしろ、関わるだけで国を敵に回す行為。百害あって一利すらないのに。


「目的は何?」


「目的や打算があったわけじゃない。

ただ、ずっと前から探してたんだ」


「探してたって・・・」


「ジーン・ベルンハルトの娘ではなく、“お前”を探してたんだ」


真剣な目に息を飲んだ。

深い海を思わせる青い瞳の強さに、身体が僅かに震え始める。


「私に何の価値があるというの?」


自虐的な言葉。それでも認めなければならない真実。


既に人ですらなくても生き続けたのは、自分が可愛いから。たったそれだけの理由で、他人に必要とされなくても、愛する家族がいなくても生き延びてきた。


国にすら気付かれていない存在だから、誰も自分を知らないと思っていた。

ずっと一人で生きてきたと思っていた。


なのに、決して1人ではなかった。


アダムがずっと、私を探していた?


「どうして・・・・」


「やはり、何も覚えてないんだな」




















目の前で対峙している女は、初めて見た時よりずいぶんと大人になっていた。


「ジーン・ベルンハルトの娘でなく、“お前”を探していたんだ」


彼女が混乱するのも無理はない。


――――自分でも、よくわからなかったのだ。何故、彼女を探していたのか。





裕福な貴族の家に生まれた俺は、物心ついた頃から欲しいものは何でも手に入った。

例え手に入らなくても、特に執着することもなく、無感情で可愛気のない子供だっただろう。


そんな自分の中に、何か“思念”のようなものがあることに気づいたのは、王城に呼び出されるようになった10の頃。

それは例えて言うならば、まっすぐ歩いているときに後ろ髪を引かれるような感覚。


説明はできないが、何かの感情が強く望んでいた。

その対象が何なのかすら上手く言葉にできないまま、その何かを探し続けていた。


そして、きっかけは12の時。


「生前のジーン・ベルンハルトの行動範囲から、彼の潜伏先だった場所を・・・あの洞窟を見つけたんだ」


彼女はその場に座り込み、半信半疑といった表情で静かに話を聞いている。

視線を床に彷徨わせたまま、小さく身体を丸めて。


彼女の周りを取り囲んでいる本は、全てその洞窟にあったもの。


見つけた当時はすぐに上に知らせようと思った。けれどもそれをしなかったのは、自分の探しているものの正体に気づいたからだ。


形の崩れた幼い字の落書き、小さな洋服。洞窟の中に残された少女の痕跡に、心を持って行かれた。

探していたその存在が、ジーン・ベルンハルトの娘だと気づいた。


「そして思い出したんだ」


「思い出した?」


そこで彼女は初めて俺に視線を向ける。


「ああ。

考えられない尋常な力を持った人間が、たまに生まれることがある。

中心の国の魔女はその典型だな」


「それが何なの?」


「特殊な力を持った人は中心の国を主に存在している。

そのような人物は、前世に特殊だった者・・・・つまり神類だった者。

事情あって死んだ神の生まれ変わり、それが魔力や力を持った人間の正体だ」


「そんなわけないわ・・・神様は1人のはずじゃ・・・」


世界で伝えられている神話とはずいぶん違う。


唯一神が世界を造り世界の中心に住まい、稀に中心の国の王を決め、そして子である魔女を送る。

それが子どもの頃から何度も聞かされてきた話。


しかし記憶では神は複数存在し、死んで人間に生まれ変わる。


およそ信じられない話だろう。

常人に話せば頭がおかしいと思われるくらいだ。自分でも何度か疑った。これは頭の中で作られた話ではないのかと。


それでも最終的には真実だと確信した。自分でも理由は説明ができないが。


「詳しいことはわからない。

ただ思い出したのは、俺が昔世界の中心と呼ばれる場所に存在していたこと。

そして、一緒にお前もいたことだ」


彼女は目を瞬かせ、小首を傾げつつも黙って俺の話を聞き続けた。


「自由奔放な女だった。

恋人は複数、誰か一人の場所に留まることはしない。

しかも気分やでわがまま。周りは機嫌を取るのに苦労していた」


彼女は複雑そうな表情に変わる。

真実味のない話でも自分の前世が散々であったと知れば、誰しも複雑に思うかもしれない。


「しかし、ある日世界の中心から追放された。

罪を犯したから」


「罪?」


「太陽の神と月の女神の逢瀬を仲介し手伝ったんだ。

太陽と月が交わることは許されないことを知っていたはずなのに、お前は2人の仲を取り持った。

だから3人諸共中心から追放された」


「じゃあ・・・アダムはどうしてここに居るの?

貴方は追放されてないんでしょう?」


「追放されてはいない。

ただお前の後を追ったんだ。その時の思念が今も染みついているらしい」


彼女は紫色の瞳を揺らして頭を伏せた。


「だから私を探してたと?」


「そうだ」


「バカじゃないの、死んでまで追いかけるなんて」


「・・・信じる気か?」


普通なら指をさして笑うだろう。

しかし彼女はそれをせず、静かに今の話を反芻しているようだった。


思い当たる記憶が残っていたのか、それとも他に理由があるのか。


「普通は国が最も敵視してる犯罪者の娘を匿ったりしない。

しかも、赤の他人の」


「記憶は?」


「全くないわ。

そもそも、どうして後を追ったりしたの?

勉強会の件で初めて会ったときの視線は、どう見ても前世で別れた恋人に対するようなものじゃなかったわ」


「恋人の1人だったさ。

けれど、それは前世の話だ」


本当は、ずっと憎かった。


貴族の跡取りとして生まれ、将来を期待されて。

なのに、ワケのわからないどこかの女に執着しなければならないなんて。


200年余続いたジーン・ベルンハルトの内戦。

錬金術という禁忌を犯し、戦争を起こし、それは悲惨な時代だったという。外に出ることすらままならない毎日が続き、食糧の輸送ルートを乗っ取られ、村民全員が餓死した地域もある。

国民の5人に1人はこの戦争で命を失った、そう言われるほどに犠牲者が多かった。


国はまだジーン・ベルンハルトの悪夢を鮮明に覚えている。

そこへ娘である彼女の存在をしれば、その憎悪はすべて彼女に向かうのだ。ましてや魔物を宿している身ではなおさらだ。


彼女の危険性は十分に承知している。関われば自分がどうなるのかも。

だからこそ自分の人生を狂わせるその存在が、疎ましかったんだ。


彼女が憎い。


「いっそのこと殺してしまいたかった。

だが、それができなかったから今お前はここに居るんだ」


探していた存在。

前世で愛しかった感情は憎しみに代わり、今ここにある。























言葉が出てこなかった。

独りで生きてきたと信じて疑わなかった今までが、あっという間に覆されてしまったのだから。


前世の話なんて突然言われても分からない。

けれど・・・


「前世でも今でも、私は罪人なのね」


追放されても逃げ回っているなんて、笑えてくる。


アダムの話が真実だとして、私に居場所など残されていなかったんだ。最初の最初から。


彼にバレている以上、このまま自分を偽って生きていくこともできない。


「ねえ、私を国に差し出してみる?」


「何をバカな」


「いいじゃない、アダムには殺せないんでしょう?」


「大人しく捕まって死ぬ気か?」


「まさか。

違うわ。罪人は罪人らしく、最期まで抵抗するもの。

いいじゃない、世界そのものが敵なら、自分くらい・・・自分を愛してあげても」


私は座ったまま壁に背を預けて溜息を吐く。


信じられるものがない世界なんて、残酷だから。最期まで、自分だけは信じよう。


世界そのものが敵ならばその現実を受け止めて、そして自分が自分であるために、世界と戦うんだ。


「そしたらアダムもその思念から解放されるんじゃない?」


「させない」


アダムは近寄ると私の右腕を掴み、乱暴に引き上げて立たせる。


「死なせたりはしない」


「・・・じゃあ、どうする気?」


前世で死に別れた恋人。でも今は、ただの他人だ。

きっと彼の持つ思念も、彼にとっては煩わしく鬱陶しいものに過ぎないだろう。

それはきっと、呪いのようなもの。


アダムは私をカーマルゲートへ入れたけれど、その真意が全く読めない。

彼は私を殺したいけど、思念の所為でできない。だから私は、自ら自分の運命を決めようと言ったのに、彼はそれすらも許してくれない。


「どうもしない。

ただ、死なせはしない」


「何故・・・?」


見上げるとそこにあるのは真剣な表情。

真正面にある照明で、彼の金色の髪がキラキラと輝きを増す。


「探してたんだ。

ずっとお前を探してたんだ―――――レジーナ」





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