1話 カーマルゲート
灰色の鳥は4章と5章を書きたいがために始めた連載です。ぜひ最後まで一読されてみてください。
また、世界観は前作・ヤンキーな魔女と同一ですが、登場人物は全く異なりますのでご注意ください。時系列としてはヤンキーな魔女より50年後となります。
ではでは、少しでも小説をお楽しみいただけることを祈って。あとがきでお会いしましょう!
帰って来た去年のテストに唸り声を上げたのは、蜂蜜色の髪に紫の瞳をした美しい女性だった。雪のように白くきめ細かい肌に、すらりと伸びた四肢はどこか儚げな印象を持たせる。
そして鬼のような顔をした男が教壇の上から彼女を見下ろしていた。
「なんですかこの点数は!
やる気があるのですか!?」
「・・・すみません」
紙を持った男の手はわなわなと震えている。
教室に居た生徒たちは彼女の消え入りそうな声にクスクスと笑う。
「いいですか!この学校はサイラス建国時以来ずっと続いてきた由緒正しい場所なのですよ。
本来ならば意欲に溢れ才能のある若者が集う場所なのに・・・・!」
説教を受けて小さくなっている彼女の名はメーデン・コストナー。学校一の“落ちこぼれ”であった。
テスト用紙の端に書かれている赤い点数は26。無論、100点満点のテストである。
男は大きなため息をひとつ吐くと、興奮が冷めたのか今度は静かな声で続けた。
「このままでは“研究学”の単位は差し上げられません。今年こそ進級が危ないのはご自分でお分かりでしょう。
反省したのなら席に戻ってよろしい」
メーデンはテストを握ったまますごすごと一番後ろの席へ戻って行った。周りの嘲り笑う声も彼女にとっては慣れたものだ。
このままでは卒業どころか進級すら危ういことは本人ももちろん分かっていた。彼女は大きなため息を吐くと、長い髪と共に身体ごと机に投げ出す。
「メーデン、メーデン」
横から肘で突いてくるのは短い黒髪の女性だった。背が高く目がパッチリとしていて、がっちりとした体形をしているが愛想のある顔立ちをしている。
彼女の名はアビー・ルミナス。メーデンの唯一無二の親友。
「アビー・・・」
「大丈夫?貴女ってば顔が真っ青」
「大丈夫よ、怒られるのはこれでもう何十回目にもなるもの」
「う、うん、まぁそうなんだろうけど・・・」
フォローの仕様がなく、アビーはどもりつつ引きつった笑顔で続ける。
「また一緒に勉強しましょうよ、メーデン。ね?」
「ええ、ありがとう、アビー」
にっこりと笑ったメーデンは、再び前に向き直ってテストに視線を落とした。
―――――カーマルゲート。
いつしかサイラスの国民はこの学校のことをそう呼ぶようになった。城内の敷地に建てられ、囲われるようにして存在する国に唯一つしかない学校。中央には校舎、そしてその周りに点在するのは生徒たちが寝泊まりする宿舎である。
1月から新学年が始まり、学年は10まで。受験のチャンスは15歳の時一度きりで合格は非常に難しい代わりに、学校生活における一切の費用は無料。また、卒業後の進路は身分と実力に合わせてきちんと用意されている。その全ては政治関係におけるものであり、王城で働くために最も近道なのがカーマルゲートに入ること。
よってこの学校には国中から優秀な者ばかり集まっているのだ。
校舎一階にあるのはカフェテラス。生徒や先生は大抵ここで昼食を取る。
陽の光が多く差し込むよう設計された開放的な空間には観葉植物が所々に設置され、生徒で埋め尽くされる空間も窮屈に感じないよう配慮されている。
メーデンとアビーも例にもれず、カフェテラスの丸いテーブルで昼食を取っていた。
メーデンは丸く平たい皿に盛ってある魚をフォークでつつきながらぽつりと溢す。
「このままじゃ本当に危ないわね、本腰入れて勉強しないと」
「つまりメーデンは今まで本腰を入れてなかったわけね」
「そういうわけじゃないけど・・・。
試験前じゃないと手抜きがちになるのは仕方ないと思わない?」
コーヒーカップを手に取りにっこり笑うメーデンからは危機感が感じられず、アビーは肩を落として脱力する。
「そんなだから成績が破滅的なのよ。
どうして悪い点数しか取れないのかしら」
「才能の問題じゃない?」
「う、うーん。でも一応カーマルゲートに入れたんだから、才能がないってわけでもないでしょ。
ま、いざとなったらその綺麗な顔と身体使って先生に詰め寄ってみれば?」
メーデンは片眉を上げてカップをソーサーに戻す。
“色仕掛け”は最後の最後の手段としてはアリかもしれないと思いながら。
そして皿に乗った料理が半分程に減った時のこと。
急にざわざわと辺りが騒がしくなり、2人は箸を止める。
「来た?」
「来た来た」
メーデンの問いにアビーは大きく頷いて答えた。
カフェテラスへやって来たのは男性3人組。そして皆の視線は彼らに集中している。
「おお、今日も麗しいわねぇ、あの3人組は」
「見た目じゃなくて身分なんじゃない?
王子に天才貴族に神官長の息子だもの。
なんでカーマルゲートに来たのかしら」
身分が良ければ将来は十分に約束されているし、勉強だって自宅で済む。
王族や大貴族は学校に通わず、城で働きながら家に講師を招いて学ぶのが一般的であった。
身分も顔もそして才能も良いあの3人は、何の因果か同じ5学年。仲が良く一緒に居ることが多い上、整った容姿も相まって彼らはやたら目立つのだ。
一応カーマルゲートでは身分を問わないことを謳い文句にしている。しかし身分制の根強いサイラスでは、この学校でもその待遇の差は大きい。例えば宿舎では身分ごとにその内装や広さが設定されて、用意される食事も他の生徒とは比べ物にならないほど高級だった。
ちなみにメーデンもアビーも平民の出身。1人1室与えられているものの、あまり綺麗ではなく狭い部屋だ。
「はぁ、やっぱり目の保養になるわぁ」
アビーは3人組に羨望の眼差しを向ける。
「アビーったら面喰いなんだから・・・・。
そんなこと言ってたらハリスに怒られるわよ?」
「まさかぁ、大丈夫大丈夫。
あたしはユーク様派だなぁ、あの中性的な顔立ちが溜まらない。神々しさが滲み出るようだわ」
うっとりと恋する乙女のように言うアビー。これでも恋人持ちである。
「俺はディーン様派だね。
気さくで面白いし、王子なのに鼻にかけた感じないし」
メーデンとアビーの間に頭を突っ込み、会話に割り込んで来たのはアビーの恋人、ハリス・オーディン。
アビーは彼にうんうんと頷く。
「確かに彼は偉そうな気配がないわ。もうすっかり周りに溶け込んじゃってるもの、でもそこがいいのよね」
「解ってるじゃないかアビー。
大抵の人はアダム様派だけどね」
「それは仕方ないわよ。あの輝く金髪、涼しげな青い目、老若男女の心を奪う美しい容姿」
「そして溢れんばかりの文武の才能、中流貴族出身なのに、すでに扱いは王侯貴族並み」
「近寄り難い雰囲気がミステリアスで」
「将来が楽しみだよね」
会話についていけないメーデンは黙りこんでいる。アビーは身を乗り出して顔を近づけた。
「メーデンは?誰が一番タイプ?」
輝かしい笑顔のアビー。一方、メーデンは渋い顔。
「・・・私は全員苦手よ、あの人達」
「なーに言ってるの!全国の女性の憧れなのよ!?
万が一見染められでもすれば将来はウハウハよウハウハ!」
「う、ウハウハって・・・・」
男は結局“金”と言ったところだろうか。しかし経済的な側面を抜いても、あの3人の容姿なら恋人になりたいという女性は減らないかもしれない。
「ディーン様に見染められれば将来はお妃さま!アダム様に見染められれば将来大金持ち!ユーク様に見染められればとても紳士だから幸せになれるわ!」
拳を握り熱弁するアビーに、メーデンは少し身を引いて苦笑した。
「それにこのままじゃメーデンは卒業できないかもしれない!
だったら金持ちの男を落として生活の面倒を見てもらえばいいのよ!
うん、そうしなさいよ!メーデンならできるわ!」
「それはちょっと・・・・」
「俺もメーデンならできると思うよ。
なんせ俺の中では2番目に美しい女性だからね。あ、1番はもちろんアビーね」
ハリスもさりげなくのろけながら賛同する。
「せっかく超難関の試験に通って入れたんだもの。
ここではチャンスで溢れかえってるわ。だからみんな死に物狂いでそれを掴みにかかってる。
そういうところなのよ、カーマルゲートって」
言い方は美しいが、内実は女性にとっての絶好の獲物がうようよ居るということだ。カーマルゲート卒業後の一般的な進路、国軍に入るよりずっと成功に満ちている。
現にカーマルゲートの女生徒の半数以上は玉の輿狙いで入学したのであろう。
しかしメーデンは首を横に振った。
「いいえ、私は身分には興味ないわ。
普通に暮らせればそれでいいもの」
平穏が一番だと、誰もが目を見張るほど美しく微笑むメーデン。
アビーとハリスは感心した表情で彼女を見る。
「メーデンってなんて慎ましやかなのかしら。
見た目も性格もいいだなんて反則よ」
「とても無欲なんだね。君は本当に素敵な女性だよ。
バカな子ほど可愛いって言うしね」
ハリスの最後の一言でメーデンの笑顔は固まった。
翌日の1限目。
教室へ入ってきたメーデンは、アビーの隣に座るなり言いにくそうに口を開く。
「放課後校長室に行かなきゃ・・・」
「呼び出し!?」
とうとう来たかぁ、とアビーは苦々しく顔を歪めた。校長室への呼び出しと言ったら問題児の通る道の一つ。
メーデンの破滅的な成績に、ついに先生たちも見て見ぬ振りができなくなったのだろう。
「嫌だなぁ・・・・何を言われることか・・・・」
「気をしっかり持って!
今まで散々先生に怒られてきたじゃない。今回もきっと同じよ、相手が校長ってだけで。
それに校長はあんな感じの人だし・・・・あまり怖くないと思うわ」
そう、校長のベラスケスは非常に穏やかな人柄で、生徒はその容姿から密かに付けているあだ名が“タヌキ”。
彼が怒っている姿は、カーマルゲートの7不思議の1つに数えられている。つまり、それだけ彼が怒っているところを想像できないということだ。
「でもまた、どうして急に呼び出しなんて来たのかしら」
今まで散々悪い成績だったのに、とアビーは付け加えて小首を傾げる。すかさずメーデンは思い当たる一件を話し始めた。
「もしかしてあれじゃないかしら。
ほら、神学のテストで『中心の国にしか魔女が存在しない理由を、自分で仮説を立てて説明せよ』って問題あったじゃない?」
「ええ、あったわね」
「それに『神様が親バカだから』って書いちゃったのよねぇ」
アビーは絶句。
「そ、それは・・・・」
信仰深いこの国では神に関する一切の侮辱は法に触れる。サイラス国民である彼女たちにとっても神は尊い存在だった。
その神に向ってバカ呼ばわりは、成績の如何に問わずマズイ。
「またどうしてそんな回答を・・・」
「だって・・・世界の中心に近づけばその恩恵は大きいわ。中心の国では寿命が1万年なのに、端の国では9千年。しかも中心では魔物もいないし疫病も流行らないって言うじゃない。
この差は神様に近いか遠いかだって授業で先生が仰ってたでしょ?
だから、きっと自分の子である魔女を危ない目に合わせたくないから自分から遠ざけないのよ。神様が住んでるのが中心の国だから、中心の国にしか魔女はいないんじゃないかしら?」
「そ、それで親バカ・・・ねぇ。
理論的には分からなくもないけど・・・・」
「でしょう?
ちょっと自信あったんだけど」
けろっと言いのけるメーデンに、アビーは苦笑を溢した。