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だからアナタに殺されたい。  作者: 朝比奈未涼


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16.バケモノの恋





会いたくないと確かに思っていたはずなのに、聞こえてきた声に一気に体温が上昇する。

会いたかった、と体中が泣き叫ぶ。




「エレノア…。ああ、やっと会えた」




檻の向こうに現れたローゼルは私を見て、辛そうにその美しい瞳を細めた。




「…っ」




こんな姿、見られたくなかった。

アナタの中でだけは綺麗な私のままでいたかったのに。


いや、そんなことどうでもいい。

今すぐ、彼の血を喰らいたい。

こんな鉄枷なんて壊して、さるぐつわなんて取り除いて、彼に牙を立てるのだ。


…違う!違うでしょう!?


頭の中を駆け巡る本能と理性に、自分がぐちゃぐちゃになっていく。

胸が苦しくて、体が熱くて、涙が止まらない。


どうしようもない苦痛に苛まれる私を見て、ローゼルは悲痛そうに眉間にシワを寄せた。




「…俺が全部悪いんです。無知な俺がアナタをここまで引きずり堕とした。俺がアナタに血を飲ませてしまったから…」




罪悪感でいっぱいのアメジスト色の瞳が、私をまっすぐと見つめる。

ローゼルの発言に、周りにいた医師たちは何やらざわつき始めた。


だが、私には何も届かない。

私の世界にはもうローゼルだけしかいないからだ。




「俺をこの中に入れてください」




ローゼルは私から一度、医師に視線を向けて、強くそう言った。




「…しかし、エレノアさんはアナタだけを求めていて、最悪アナタは…」


「それが俺の望みです。それにエレノアを助けられるのはもう俺だけなんでしょう?」


「…っ」




医師はローゼルの要求を、その危険性からなんとか飲まないようにしていた。…が、冷静で譲らない態度を見せるローゼルに、ついには何も言えなくなってしまった。

そしてしばらくして「…どうぞ」と複雑な表情で、鉄格子の扉を開けた。


檻の向こうからゆっくりとローゼルがこちらにやって来る。

薄暗い世界に現れたローゼルは、何よりも眩しく、美しい。




「…エレノア」




ローゼルは私の姿を見て、辛そうに表情を歪めると、そっと私からさるぐつわを外した。




「ロ、ローゼル…」




唾液と涙で濡れている私の口からか細い声が漏れる。

名前を呼んだだけなのに。ローゼルへの愛しさが溢れて溢れて止まらない。




「エレノア、俺の血を飲んでください」




そう、とびきり甘い声が聞こえる。

いつもの無表情で、けれど、柔らかい瞳で、私をまっすぐと見つめる綺麗な人。

そんな彼が悪魔のように、優しく私に囁くのだ。


私は今、禁断症状に陥っている状態だ。

ローゼルの善意に身を任せ、ローゼルの血を吸う行為は間違いなく、ローゼルの死へと繋がる。


私は当然、ローゼルを殺したくない。


ローゼルの提案に、弱々しくふるふると首を横に振る。

だが、ローゼルは引き下がらなかった。




「何故ですか?俺の血が欲しくて欲しくてたまらないのでしょう?アナタが求めるのならいくらでもあげられます。だから、どうか我慢しないで」




ローゼルが物欲しげに私を見つめる。

その瞳があまりにも熱っぽくて、それでいて献身的で胸が痛くなった。


ローゼルは私に大きな恩義を感じている。

こんな時でも、そんな私に恩を返すためにただただまっすぐだ。

私に恩を返せるのなら、自分の身がどうなってもいいのだ。


…そんなローゼルを利用して、ここまで堕ちたのは、バケモノになってしまったのは、間違いなく、私の選択でだ。

ローゼルが私を引きずり堕としたのではない。

だから、ローゼルは何も悪くない。




「…ローゼル。もう、いいの。私に尽くそうとしないで。恩ならもう十分返してもらったわ。血のこと以外でも、たくさん、たくさん…。だから、もう私のことは…」




何度も何度も頭の中で思ってきたことを、初めて言葉にしていく。

わかっていたはずなのに、言葉にすると、本当の意味でわからされて辛くなる。


私はローゼルの善意につけ込んで、恋心を満たしていた。

最低なやつなの。


もっと、早く、「もういいよ」と言ってあげれば、ローゼルは私に囚われることなく、生きていたはずなのに。

罪悪感を感じることも、こんなところまで来ることもなかったはずなのに。




「…は、ふふ」




いろいろな感情で今にも潰れてしまいそうな私に、珍しくローゼルがおかしそうに笑い出す。

あまり聞かないローゼルの笑い声に、私は思わず言葉を詰まらせ、目を丸くした。




「アナタって人は本当に…」




堪えきれない、といった様子で、ローゼルが嬉しそうに瞳を伏せる。

それから淡々と、だが、私に言い聞かせるように、優しく話し始めた。




「エレノアは本当に自分のことに関しては鈍感ですよね。確かにアナタにはたくさんの恩があります。それも返し切れないほどの。けれど、それだけでここまでするとでも?」




クスクスと花のように笑うローゼルが、視線を上げ、私をアメジスト色の瞳で射抜く。

まっすぐなその瞳には、無表情なローゼルには似合わない熱があった。




「俺は何度も言いました。アナタになら殺されてもいい、と。どうしてだかわかります?」




ローゼルの言葉に、視線に、ドクンッと心臓が跳ね、体温がどんどん上昇していく。


どうしても、ローゼルの次の言葉に期待してしまう。

甘い夢をみてしまう。

違う、と何度頭で否定しても、それがかき消されてしまう。




「エレノア。俺はアナタをずっと愛していました。だからアナタになら殺されてもよかったんです」




ローゼルはふわりと微笑むと、そっと私の頬に触れた。

ローゼルに触れられた頬から熱が広がり、私の身を焦がしていく。


…これは、夢なの?

最期に見る、幸せな走馬灯?




「…う、うそ、よね?私を思ってローゼルは…。いや…、そもそもローゼルじゃない、とか?」


「嘘じゃないですし、俺は正真正銘、ローゼル・ホワイトです」




私の頬に触れていたローゼルの長い指が、私の涙を拭う。

何度、目をぱちぱちさせても、幻であるローゼルははっきりとその姿を現したままだ。


夢じゃ、ない?




「今まできちんと想いを伝えず、エレノアを苦しませてしまい、すみませんでした。まさかエレノアも俺を想ってくれていたなんて夢にも思わなかったんです。俺はいつでもアナタが救ってきたたくさんの人々のうちの一人だと思っていたので…」




嬉しい、嬉しい、嬉しい。

愛おしげに私を見つめる瞳が夢じゃないと、どんどん理解していき、胸が喜びで高鳴る。

それと同時に、理性が焼き切れていく感覚が私を襲った。


もう、我慢できない。

今すぐに愛おしいこの人を噛んでしまいたい。


きっと壁に手足を拘束されていなければ、今頃私はローゼルの首に牙を立て、襲いかかっていただろう。




「ねぇ、だからエレノア。どうか俺の血を飲んでください」


「い、嫌、よ」




ローゼルの甘い言葉に、苦しげに首を振る。




「…私も、ローゼルを愛、しているわ。だからこそ、アナタを、殺したくない…の。今の私は、アナタを確実に殺す、わ」




ゆっくりと薄れゆく理性の中で、必死に言葉を紡ぐ。

だが、ローゼルは柔らかく微笑み、私の耳に自身の口を寄せた。




「アナタになら殺されてもいい。殺してください、エレノア」




囁かれた言葉に、プチンと何かが切れる音がする。


ーーーもう、ダメだ。


最後の力を振り絞って、首をそれでも横に振ろうとした、その時。


ローゼルは私の両頬を優しく両手で包み、そっと私に口付けをした。




「…っ!」




思わぬ展開に驚いて、つい口元が緩む。

その隙を見逃さなかったローゼルは、半ば強引に私の口の中に舌をねじ込み、そのまま味わうように私の中を蹂躙し始めた。




「ん、んん」




最初は抵抗しようとしたが、愛する者からの口付けに、次第に私も夢中になり、甘い声が漏れる。


舌を絡ませ合い、口内を撫でられ、唾液が混ざり合っていく。

さらに次第に、何故か血の味も感じ、頭がぼんやりとし始めた。


この味はローゼルのものだ。

何故、今、ローゼルの血の味がするのかわからない。


だが、ローゼルからのキスと血に、私の中で抗い難い快感が走った。


美味しい、気持ちいい。

もっと、もっと…!


ローゼルの血が欲しくて欲しくて。自分からローゼルの口内に積極的に舌を這わせる。

その中でローゼルが口内に傷を負っていたことに気がついた。

右頬の裏に、小さな傷がある。

そこから甘い血がじんわりと溢れているのだ。


夢中になって、ローゼルに口を寄せ、その血を喰らった。


私はローゼルを愛している。

だからこそ、ローゼルの血が欲しい。

いや、ローゼルの血が欲しいからこそ、彼を愛していると錯覚しているのだろうか。


今の私はどちらなのか。


ドロドロに溶けていく思考の中で、私はふとそんなことを思った。

それから徐々に、理性を取り戻していった。




「…ロ、ローゼル。もう、大丈夫よ…」




クリアになってきた頭で、ローゼルを止める。

もう、私にはどうしようもない渇きはない。

これも全て、ローゼルが故意に私に血を与えてくれたおかげだ。

ローゼルの口内の傷は、私に血を飲ませる為のものだったのだろう。


しかし、ローゼルは物欲しげに私を甘く見つめ、懇願するようにその瞳を細めた。




「本当に?」


「…っ」




もう大丈夫なはずなのに、ローゼルのその表情が私の理性をまたグラグラと揺らす。


ああ、私はローゼルだから欲しいのだ。




「もっと、もっと、欲しい…。ローゼルが欲しい…」




今にも泣き出してしまいそうな必死な私の言葉に、ローゼルは感極まったように頬を赤く染め、小さく震えた。




「仰せのままに」




柔らかい声音がそれだけ言って、首元をはだけさせて、私を抱きしめる。

目の前に現れた柔肌に、私は唇を寄せ、牙を立てた。


先ほどの口付けとは違い、たくさんの血が私の喉を流れていく。

口いっぱいに広がる血の味は鉄のような味なのに、ローゼルのものだからか、甘く美味しく感じた。




「ん、エレノア…」




吸うたびに流れる快楽は私を溺れさせ、ローゼルからも甘い吐息を引き出す。

それが私の欲をますます加速させた。




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