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月影の約束 ~見えない君を、ずっと探していた~

作者:
掲載日:2026/04/07

忘れてしまっても、消えないものがある。


名前も、記憶も、すべて失っても。

それでも人は、想いの在り処へ辿り着く。


これは――

約束を“思い出せなかった”彼が、

それでも約束を果たした物語。


どうしてここに来ているのか、最初はわからなかった。

気づけば、足が向いている。

見慣れたはずのない道を、懐かしいと感じながら歩いていた。

夜だけ。

決まって、月が満ちる夜だけだった。

コツ、コツ。

自分の足音だけが、やけに響く。

「……誰かいる?」

そう声に出しても、返事はない。

けれど――

何かがいる気がする。

視線を感じる。すぐ近くで、誰かがこちらを見ているような。

「……変だな」

苦笑する。

怖くはない。

むしろ、安心する。

理由もなく、ここに来ると落ち着く。

「俺、ここに来たことあるっけ」

記憶を辿っても、答えは出ない。

それでも、足は止まらない。

襖の前で、ふと立ち止まる。

――ここだ。

なぜか、そう思った。

手をかける。

けれど、開ける勇気が出ない。

その向こうに“何か大切なもの”がある気がして、同時に、“触れてはいけないもの”のような気もした。

「……また来るよ」

なぜか、そんな言葉がこぼれる。

誰に向けたのかも、わからないまま。

その夜も、何も見えなかった。

何も触れられなかった。

ただ――

帰り道、少しだけ胸が温かかった。


それが、何度も続いた。

何度も、何度も。

「……なんでだろうな」

ある夜、立ち止まる。

「忘れてる気がする」

大事なことを。

誰かを。

けれど思い出せない。

名前も、顔も、声も。

それでも、ここに来てしまう。

「……会いたいんだと思う」

誰かに。

理由もわからないまま。


そして――その夜。

月が、やけに明るかった。

コツ、コツ。

足音が、やけにはっきりしている。

空気が違う。

“いる”と、はっきりわかる。

「……そこにいるのか?」

声にした瞬間。

襖の向こうで、気配が揺れた。

「……見つけた」

その言葉は、自然と口から出た。

なぜか、ずっと探していた気がしたから。

襖の向こう。

そこに――

いた。

白い髪。小さな体。紅い瞳。

「……やっと、会えた」

涙が出そうになる。

理由なんて、どうでもよかった。

ただ、この子だとわかった。

「遅くなって、ごめん」

そう言うと、彼女は笑った。

「……遅いよ」

その声を聞いた瞬間。

胸の奥で、何かがほどける。

ああ。

ずっと、この声を探していた。


触れた手は、あたたかかった。

確かに、そこにあった。

「……あったかい」

彼女の言葉に、胸が締め付けられる。

もっと、触れていたいと思った。

もっと、話したいと思った。

けれど――

わかってしまった。

「長くはいられない」

自分が、ここに“長く存在できない”ことを。

どうしてかはわからない。

でも、確信だけがあった。

「最後に、会えてよかった」

本心だった。

ずっと探していたものに、やっと届いたから。

「約束、守れたね」

その言葉に、彼女がうなずく。

その仕草が、どうしようもなく愛おしかった。


体が、少しずつ軽くなる。

指先から、感覚が薄れていく。

「……もう、行くね」

本当は、行きたくない。

けれど、それは叶わないと知っている。

「またね、って言わないの?」

そう聞いたのは、縋るみたいな気持ちだった。

でも――

「ううん。もう大丈夫」

彼女は、笑った。

強く、やさしく。

「ちゃんと来てくれたから」

その一言で、すべてが報われる。

「ああ」

小さくうなずく。

もう、悔いはなかった。

「……ありがとう」

最後にそう伝える。

伝わったかは、わからない。

それでもいい。

届いていると、信じられたから。


消えていく。

月の光に溶けるように。

最後に見えたのは――

彼女の、少しだけ寂しそうで、でも満たされた笑顔だった。


どうしてここに来ていたのか。

最後まで、思い出せなかった。

でも――

ひとつだけ、確かなことがある。

「ちゃんと、見つけられた」

その事実だけが、静かに残っていた。

月は、何も語らない。

ただ、すべてを見届けていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


本編では語られなかった「彼の側」。

なぜ来ていたのか、なぜ安心していたのか――

その答えを、静かに描いた物語です。


覚えていなくても、想いは残る。

そしてそれは、ちゃんと届く。


ふたりが最後に交わしたのは、

「再会」ではなく「完結」でした。


そのぬくもりが、少しでも心に残れば嬉しいです。


※幼狐側の物語「月影の約束」もぜひご覧ください。

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