第7話 融合魔法
ロスト・エデンの活動は順調だった。
パーティを組んで四日。Eランクの討伐依頼を三件こなし、報酬は合計で銀貨二十五枚を超えた。リーゼが前衛で敵を引きつけ、俺が後方から属性魔法で支援する。メルティアは基本的に見ているだけだが、要所で「ちょっとした術」を使って窮地を救う。
連携は悪くない。だが、課題はあった。
「カイト。あなた、いつも単属性で撃つのね」
五日目の朝、リーゼが言った。ギルドの酒場で依頼を選んでいる時だった。指先でパンの耳を千切りながら、何気ない口調で。
「二属性を同時に使えるのに、実戦ではいつも一つだけ。理由があるの?」
鋭い。この少女は、目が良すぎる。
「……制御に自信がない。二属性を同時に出すと、どこに飛ぶか分からない」
「ゴブリンを一撃で焼き尽くした人が、制御を心配するの?」
「焼き尽くしたから言ってるんだ。あの時は加減ができなかった」
リーゼが黙った。パンの耳を口に運んで、ゆっくり噛んでいる。考え事をする時の癖らしい。
「……なら、今日試してみたら?」
「試す?」
「遺跡探索の依頼があるわ。戦闘メインじゃなくて、調査が中心。魔物が出ても少数。新しい魔法を試すには、ちょうどいい環境じゃない?」
掲示板を見た。リーゼが指差している依頼書は緑色。Dランク。
『古代遺跡群の探索調査 報酬:大銀貨二枚 ラスティカ西方の古代遺跡群にて、魔力反応の増大を確認。内部の調査と、有害魔物の排除を依頼する。推奨ランク:D以上』
大銀貨二枚。二千レド。一件としては過去最高額だ。
「Dランクだぞ。うちのパーティはFだ」
「推奨はD。でも受注制限はE。パーティの実績でEまでは受けられるはずよ」
受付に確認すると、その通りだった。ロスト・エデンは五日で依頼三件を完了、うち一件は報告数超過の実績がある。暫定でEランク相当の依頼まで受注可能とのことだ。
「Dランクの受注は本来ならまだ早ぇが、この依頼は戦闘メインじゃねぇ。調査が七割だ。腕に覚えがあるなら行ってこい」
受付の男が言った。
「ただし、遺跡の奥には何がいるか分からねぇ。古代の遺跡ってのは、そういう場所だ」
◇
ラスティカから西に歩いて一日。
古代遺跡群は、丘陵地帯の谷間にひっそりと佇んでいた。
石造りの建物が十数棟。壁は苔に覆われ、屋根は半分以上が崩れている。柱だけが残った建物もあった。太い石柱が夕暮れの空を突いていて、まるで巨人の肋骨のようだった。
空気が違う。ラスティカの街とも、街道の森とも違う。乾いていて、どこか甘い。古い石と、土と、それから――魔力の匂い。密度の高い魔力が空気に溶けている。肌がぴりぴりする。全身の毛穴が開いて、体の中の七つの属性が反応しているのが分かった。
「すごい魔力密度ね。空気が重い」
リーゼが額に手を当てた。魔法使いでなくても体感できるほどの濃さだ。
「古代の遺跡は、魔力が地下から湧き出してるのよ。大昔に魔法の実験施設があった場所は、千年経っても魔力が枯れないの」
メルティアが言った。妙に詳しい。千年前のことを自分の記憶として語っている節があるが、リーゼは気づいていないようだった。
「野営は入口の広場でする。遺跡の探索は明朝から。暗い中で入るのは危険だ」
焚き火を起こした。松の枝が爆ぜて、オレンジ色の火の粉が夜空に舞う。遺跡の石壁に焚き火の影が揺れて、千年前の住人の亡霊みたいに見えた。
夕食は干し肉とパン。リーゼが水袋から水を注いでくれた。指先が冷えていて、水袋を渡す時に指が触れた。ひやりとした温度。
「明日の分担を決めましょう」
リーゼが焚き火の向こうから言った。炎が碧い瞳に映って、普段より柔らかい色に見えた。
「私が先行して索敵。カイトは中衛で魔法の準備。メルティアさんは後方。基本はいつもと同じだけど、遺跡の中は通路が狭いから、大きな範囲魔法は使わないで」
「分かった」
「それと――」
リーゼが俺を見た。炎の向こうから、碧い瞳がまっすぐに。
「二属性の同時行使。余裕がある場面で試して。私がフォローするから」
「……ああ」
メルティアが焚き火の脇でエールを飲んでいた。何も言わない。ただ赤い瞳が、炎の光を映してゆらゆらと揺れている。
◇
翌朝。遺跡の内部に入った。
入口は半分崩れた石のアーチ。くぐると、すぐに下り階段がある。石段は磨り減っていて、端が丸くなっていた。何千人もの足に踏まれてきた石の形をしている。
階段を降りると、地下回廊が広がっていた。天井が高い。三メートルほどある。壁には文字と紋様が刻まれていて、所々に魔法陣の残骸が見える。
空気は冷たくて、乾いていた。だが魔力の密度は地上より更に濃い。呼吸するたびに、肺の奥で七つの属性が微かに震える。和音のように。
「この文字、古代クレスティア語ね。読める?」
「少しだけ。ギルドの資料で勉強した」
壁の文字を指でなぞった。石は冷たくて、表面がざらざらしている。
「『此処に在りし者……属性の……融合を……試みし場所』」
「融合?」
「属性の融合。複数の属性を一つに混ぜる技術のことだと思う」
リーゼが眉を上げた。メルティアが、初めて少しだけ表情を変えた。口元がほんの一瞬だけ引き締まって、すぐに戻った。
回廊を進む。
最初の魔物に遭遇したのは、三つ目の部屋だった。
石造りの兵士。ストーンゴーレム。二体。人の背丈の倍はある石の塊が、部屋の奥で微動だにせず立っている。目にあたる部分が青白く光っていた。
「動くわ。近づいたら反応する」
リーゼが剣を抜いた。銀色の刃が地下の薄暗い光を反射する。
「石だから、斬撃は通りにくい。核を壊せば止まるはず」
「核は?」
「胸の中心。青く光ってる部分よ」
リーゼが走った。右のゴーレムに向かって、低い姿勢で踏み込む。ゴーレムの腕が振り下ろされた。石の拳が床を砕く。砕けた石が破片になって飛び散り、壁にぶつかって甲高い音を立てた。
リーゼは拳の下を潜り抜けていた。腕の下から胴体に密着して、胸の中心に剣を突き立てる。
刃が弾かれた。
「硬い……!」
石の装甲が厚い。剣では貫通できない。リーゼが舌打ちして後退する。
左のゴーレムが俺に向かって歩き始めた。地面が揺れるほどの重い足音。
火で焼くか。だが石は燃えない。風の刃は表面を削るだけだろう。雷なら――いや、核がどこにあるか正確に分からないと、雷を通す場所が定まらない。
二属性。リーゼが試せと言った。
なら、やる。
右手に火を呼んだ。胸の奥で炎が燃える。怒りに似た熱。
同時に、左手に風を呼んだ。体が軽くなる。自由の感覚。
二つの属性が、体の中でぶつかった。
火と風。熱と自由。真逆の感覚が両腕を通って指先に集まり、掌の前でぶつかり合う。制御なんてできない。混ぜるんじゃない。ぶつけるんだ。
掌の前で、空気が歪んだ。
熱が風に巻き込まれ、風が熱に煽られ、二つが渦を巻いて一つになった瞬間――
爆ぜた。
轟音。衝撃波。地下回廊の空気が一瞬で膨張して、石のゴーレムの胴体を正面から吹き飛ばした。石の破片が壁に叩きつけられて砕ける。粉塵が視界を塞いだ。
咳き込んだ。石の粉が肺に入る。目が痛い。
粉塵が晴れると、左のゴーレムは胴体の半分が吹き飛んでいた。残った下半身がぐらりと傾いて、どさりと崩れ落ちる。青い光が消えた。
「……な、に今の」
リーゼの声が震えていた。驚愕。碧い瞳が見開かれている。
俺自身、呆然としていた。
火と風。二つの属性をぶつけたら、爆発した。指向性のある爆風。石のゴーレムの装甲を、力ずくで粉砕する威力。
「融合魔法……」
壁に刻まれていた文字が脳裏を過った。「属性の融合を試みし場所」。
これか。これが、古代の魔法使いが試みていた技術。
口の中に鉄の味が広がった。舌の上に金属を置いたような、あの味。それだけじゃない。視界が一瞬、歪んだ。粉塵のせいじゃない。壁の文字が青く光って見えた。音が色に変わる感覚。石が崩れる音が、オレンジ色の粒になって視界の端で弾けた。
――感覚が、おかしい。
「カイト? 大丈夫?」
リーゼが駆け寄ってきた。俺の腕を掴む。指先が冷たくて、その冷たさだけが妙にはっきり分かった。他の感覚がぼやけているのに、指先の温度だけが鮮明。
「……大丈夫。ちょっと眩暈がする」
「顔が白いわよ。座って」
壁に背をつけて座った。石の冷たさが背中に沁みる。呼吸を整える。
視界の歪みが、少しずつ収まっていく。音が色に変わる感覚も薄れて、元に戻った。
口の中の鉄の味だけが、まだ残っている。
「二属性の同時行使の反動ね。属性同士が体の中でぶつかった衝撃よ。慣れれば軽くなるけど、最初は無理しないこと」
メルティアが俺の隣にしゃがんでいた。赤い瞳が、いつもの飄々とした色ではなかった。観察している目。契約者の状態を精密に測定している目。
「……先に言ってくれ」
「教えたら試さなかったでしょ?」
悪魔の論理だった。反論できない。
リーゼが水袋を差し出してくれた。
「飲んで。もう一体は私がやるから」
残りのゴーレムをリーゼが処理する間、俺は壁にもたれて回復していた。リーゼは核の位置を見切って、関節の隙間から剣を差し込み、正確に核を砕いた。力で押せないなら技で抜く。剣技の引き出しが深い。
回復を待って、探索を再開した。
◇
遺跡の最奥部は、他の部屋とは明らかに違っていた。
広い。天井が高い。そして、部屋の中央に台座があった。石の台座の上に、一冊の本が置かれている。
本は古い。革の表紙が変色して、金属の留め金が錆びている。だが、不思議なことに朽ちていなかった。千年以上この場所にあったはずなのに、紙は破れておらず、背表紙の金文字もまだ読める。
台座の周囲の空気が、他とは違った。魔力の密度が段違いに高い。呼吸するだけで七つの属性全てが体の中で鳴る。
「これ、魔導書?」
リーゼが台座に手を伸ばしかけて、止まった。
「……触らない方がいいわね。罠があるかもしれない」
「罠はないわよ」
メルティアが言った。赤い瞳が魔導書をじっと見ている。何か懐かしそうな表情をしていた。ほんの一瞬だけ。すぐにいつもの笑顔に戻る。
「ただし、持ち主を選ぶ類の本ね。触って拒絶されたら、弾かれるわ」
俺は台座の前に立った。
魔導書を見下ろす。革の表紙に、紋様が刻まれていた。七つの円が交差する文様。火、水、風、土、雷、光、闇。七属性の紋章が、一つの大きな円の中に収まっている。
左腕の魔印が、じくりと疼いた。痛みじゃない。共鳴だ。魔導書の魔力と、俺の中の七つの属性が、互いを呼び合っている。
手を伸ばした。
指先が革の表紙に触れた。冷たかった。石よりも深い冷たさ。千年分の時間が凝縮されたような、底の見えない冷たさ。
次の瞬間、魔導書が光った。
金属の留め金が弾けて、表紙がひとりでに開く。ページが風もないのにめくれ、紙の上の文字が青白く発光した。
光が台座の上で渦を巻き、凝縮し――人の形を取った。
小さな人影。身長は俺の腰ほど。青白い光で編まれた体。フードを被った外套。フードの下から覗く顔は、十二歳ぐらいの子供だった。
だが目が違った。子供の顔なのに、瞳の奥に途方もなく古い光が灯っている。何百年、何千年という時間を見てきた目。
「…………ほう」
その声は、子供のものではなかった。低くはないが、深い。古い楽器が鳴るような響き。
光の子供が、俺の顔を見上げた。
「全属性使い、か」
目を細める。口元が歪んだ。笑みだ。不敵で、だが嫌味のない笑み。
「千年ぶりだな。私の本に触れた全属性は」
「……誰だ」
「ノア。この魔導書に宿る精霊だ。かつて七属性の理を記した者」
ノアが浮き上がった。台座の上を離れて、俺の周りをゆっくりと旋回する。光の粒が散って、遺跡の壁に小さな星のような輝きを落とした。
「お前の中の七つの属性、感じるぞ。全て覚醒している。だが制御がなっていない。さっきの爆発、あれが融合魔法のつもりか?」
「……見てたのか」
「この遺跡全体が私の知覚範囲だ。壁を一枚貫通させただけの粗雑な爆発を融合魔法と呼ぶな。あれはただ二つの属性をぶつけて暴発させただけだ」
容赦がなかった。
リーゼが剣の柄に手をかけている。ノアの正体が分からず、警戒しているのだろう。
「安心しろ、剣士の嬢ちゃん。私は精霊だ。人を害する気はない」
ノアの視線がメルティアに向いた。赤い瞳と青白い瞳がぶつかる。
「……面白い連れを抱えているな、お前は」
メルティアが微笑んだ。否定も肯定もしない。ノアもそれ以上は言わなかった。
「さて、全属性使い。名は」
「灰原カイト」
「カイト。お前に一つ教えてやる」
ノアが指を一本立てた。青白い光の指。
「融合魔法とは、二つの属性を『ぶつける』ものじゃない。『重ねる』ものだ。火と風なら、火の熱を風が運ぶ。風の流れに火が乗る。互いが互いの性質を引き出す。そうして初めて、一つの新しい属性が生まれる」
「重ねる……」
「ぶつければ爆発する。暴力的だが、制御できない。重ねれば形を持つ。方向も威力も、意のままだ」
ノアが俺の右手を見た。
「やってみろ。今すぐ。火と風。ぶつけるんじゃない。火の中に風を通せ。風の道に火を流せ」
右手を上げた。掌に意識を集中する。
火。胸の奥の熱。
風。体を軽くする自由。
さっきは、二つを掌の前でぶつけた。だから爆発した。
今度は違う。火を先に灯す。掌の上に小さな炎。その炎の中に、風を通す。風を炎に吹きつけるのではない。炎の芯を、風が通り抜ける道を作る。風の道を、火が走る。
指先の感覚が変わった。
さっきの暴発とは全く違う。炎が細く、長く、一本の線になった。風が火に形を与えて、火が風に熱を渡して、二つが一つの流れになっている。
掌の上に、細い火の螺旋が浮かんでいた。回転しながら伸びる炎の槍。長さは三十センチほど。小さいが、密度が段違いだ。圧縮された熱が、指先にびりびりと伝わってくる。
「……これが」
「融合魔法だ。爆炎。指向性の爆発。お前が意図した場所に、意図した威力で、火と風の合力を叩き込む」
ノアの口元が弧を描いた。
「筋はいい。千年前の全属性使いよりも飲み込みが早い」
火を消した。掌が熱い。だが、さっきのような感覚の混線はなかった。眩暈もない。口の中の鉄の味は、かすかにあるが前よりずっと薄い。
「重ねる方が、体への負荷も軽い。ぶつければ反動が来るが、重ねれば属性同士が助け合う。覚えておけ」
ノアが魔導書に目を向けた。
「この本を持っていけ。中には七属性の融合魔法の基礎が全て記してある。もっとも、読めるようになるには修練がいるがな」
「いいのか? 千年間ここにあった本だろう」
「千年間、読む者がいなかった本だ。精霊にとって読まれない本ほど退屈なものはない」
ノアの体が淡く揺らいだ。光の粒子が薄くなっていく。
「私はこの本に宿っている。持ち出せば、私も一緒に移動する。必要な時に呼べ。融合魔法の手解きをしてやる」
「……世話になる」
「礼はいい。千年ぶりの全属性使いだ。教え甲斐がある」
ノアの姿が薄れていく。消える直前に、古い知性を宿した目が、最後にもう一度だけ俺を見た。
「――精進しろ。お前はまだ、自分の力の十分の一も使えていない」
光の粒子が散って、遺跡の暗がりに溶けた。
台座の上の魔導書だけが、青白く光り続けていた。
手に取った。革の表紙は、さっきの冷たさが消えていた。体温と同じ温度。まるで、持ち主を認めたかのように。
「カイト」
リーゼの声。振り向くと、碧い瞳が真っ直ぐに俺を見ていた。
「さっきあの精霊が言ったこと。面白い連れ、って――」
「ノアは千年も一人でいた精霊だ。人間が珍しいんだろう」
答えになっていない返事だった。リーゼは分かっているだろう。碧い瞳が一瞬だけ揺れた。
だが、口を閉じた。
「……帰りましょう。日が暮れる前に遺跡を出たいわ」
リーゼが先に歩き出した。銀の髪が揺れている。背筋はいつも通りまっすぐだったが、剣の柄を握る手が、さっきよりほんの少しだけ強かった。
メルティアが俺の横に並んだ。
「面白い精霊ね。千年も一人でいたら、口が軽くなるのも仕方ないけど」
声は軽い。だが、赤い瞳の奥に硬い光があった。
魔導書を外套の内側にしまった。革の表紙が胸に当たって、体温で温まっていく。
遺跡を出ると、夕焼けだった。西の空が朱色に染まっている。左腕の魔印と、同じ色だった。
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