表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

第6話 新しいパーティ

 翌朝、ギルドでリーゼと待ち合わせた。


 昨日と同じテーブル。昨日と同じ時間。だが、一人で座っていた昨日と違って、向かいに誰かがいる。それだけのことが、妙にくすぐったかった。


 リーゼは朝から背筋がまっすぐだった。銀の髪を後ろで一つに結んで、腰の剣を確認して、俺がジョッキの水を飲み終えるのを待っている。


「パーティの登録、先に済ませましょう」


「ああ」


 受付に向かった。昨日と同じ無愛想な男が、カウンターの向こうで書類を捌いている。


「パーティ登録をしたい。二名」


 受付の男が顔を上げた。俺とリーゼを交互に見て、太い眉を片方だけ持ち上げた。


「お前、昨日来たばっかりだろう。もうパーティか。仕事が早ぇな」


「縁があった」


「ふん」


 書類が二枚、カウンターに置かれた。パーティ名、メンバー構成、代表者、活動拠点。記入欄が並んでいる。


「パーティ名は?」


 リーゼを見た。昨日はそこまで話していなかった。


「……決めてなかったな」


「そうね。何かある?」


 何も浮かばない。パーティの名前なんて考えたことがない。三年間、他人が作ったパーティに「荷物持ち」として入っていただけだ。


 受付の男がペンをカウンターに置いた。急かす気配はない。こういう場面に慣れているのだろう。


「……ロスト・エデン」


 口から出た言葉に、自分で少し驚いた。


「失楽園?」


 リーゼが眉をひそめた。


「縁起が悪くない?」


「かもな。でも、しっくりくるだろう。追放された奴らが集まるパーティなんだから」


 リーゼが黙った。碧い瞳が、数秒間、俺の顔を見つめていた。それから、口の端がほんの少しだけ持ち上がった。笑ったのかどうか分からないぐらいの動きだったが、碧い瞳に灯った光は昨日と同じだった。


「……いいわ。ロスト・エデン。嫌いじゃない」


「決まりだ」


 受付の男が書類にパーティ名を書き込んだ。太い指で無骨にペンを走らせる。インクが乾く前に砂をかけて、ぱんと紙を叩いた。


「ロスト・エデン。代表者、灰原カイト。メンバー、リーゼロッテ・フォン・シュタイン。ランクはメンバーの最高ランクに準拠する。……どっちもFか」


「ああ」


「Fランク同士の二人パーティなら、受けられる依頼の幅は少し広がるが、推奨ランクの縛りは変わらねぇ。無茶すんなよ」


「分かってる」


 書類を受け取った。「ロスト・エデン」と書かれた行を見る。インクの匂いがまだ少し残っている。たったこれだけの紙切れなのに、持っている手が微かに熱かった。


 自分のパーティ。自分で名前をつけたパーティ。こんなものが手に入る日が来るとは、一週間前の俺には想像もつかなかった。



 ◇



「あら。パーティ、組んだの?」


 ギルドの入口から、聞き覚えのある声がした。


 メルティアだった。


 黒髪に赤い瞳。いつもの黒い外套。認識阻害のおかげで、周りの冒険者には地味な旅の女に見えているはずだが、俺にはそのままの姿が見える。


 リーゼの手が、反射的に剣の柄にかかった。


 気配だ。リーゼは昨日、路地裏でチンピラに絡まれていた時でも、こんな反応はしなかった。だが今、メルティアが歩いてきただけで、剣士の本能が反応している。


「カイト。この人は?」


「……俺の連れだ。メルティア」


「はじめまして。カイトの古い知り合いよ」


 メルティアがにっこりと笑った。人懐っこい笑顔。だが、俺はもう知っている。この女の笑顔は三種類ある。楽しい時の笑顔と、何かをたくらんでいる時の笑顔と、本性を隠している時の笑顔。今のは三番目だ。


「メルティア……さん」


 リーゼの碧い瞳が、メルティアの全身を素早く走査した。足元から頭の先まで。剣士の観察眼だ。相手の体格、筋肉の付き方、重心の位置、武器の有無。一瞬で相手の戦闘力を測るための目。


 だが、メルティアにはそのどれもが当てはまらない。武器はない。筋肉もない。重心は自然体だが、どこに力が入っているのか読み取れない。


 リーゼの眉が僅かに寄った。測れない相手に出会った時の、不安と警戒が混じった表情。


「魔法使いよ。後方支援が専門なの」


 メルティアが先手を打った。


「カイトとは昔からの付き合いでね。彼が辺境に来ると聞いて、ついてきたの。もしよければ、パーティに入れてもらえないかしら?」


「……カイト」


 リーゼが俺を見た。判断を求める目だ。


「信用できるのか」と聞きたいのが分かる。だが、さすがに初対面の相手の前でそれを口にはしない。貴族の育ちが出ている。


「大丈夫だ。腕は確かだし、俺が保証する」


 保証する、と言いながら、何を保証しているのか自分でも怪しかった。上位悪魔の行動を人間が保証できるはずがない。だが、少なくともこの五日間、メルティアが俺に害を成したことはない。金貨をくれたり、追いはぎを追い払ったり、しているのはむしろ逆だ。


 リーゼがもう一度メルティアを見た。碧い瞳と赤い瞳がぶつかった。


 数秒間の沈黙。酒場のざわめきが、その隙間を埋めている。


「……分かったわ。カイトがそう言うなら」


「ありがとう♪ よろしくね、リーゼちゃん」


「リーゼロッテよ」


「長いわ。リーゼでいいでしょ?」


「……好きにして」


 リーゼが小さくため息をついた。既にペースを握られている。メルティアの距離の詰め方は、人間のそれとは速度が違う。壁を無視して入ってくる。


 受付に戻って、メンバー追加の申請をした。メルティアは冒険者登録をしていないので、第4話の時と同じく「未登録の同行者」扱いだ。


「三人目は登録なしか。パーティの正規メンバーは二人のままだ。依頼の受注枠は変わらねぇぞ」


「構わない」


 受付の男がメルティアをちらりと見た。認識阻害がかかっているはずだが、この男は目が鋭い。何かを感じたのか、一瞬だけ眉間に皺が寄った。だがすぐに戻って、書類に判を押した。


「ロスト・エデン。メンバー二名+同行者一名。以上だ」



 ◇



 最初の依頼は、Eランクの討伐だった。


 『街道北の渓谷付近にて、大型オオカミの群れが出没。商隊への被害報告あり。推定五匹。推奨ランク:E以上。報酬:銀貨八枚』


 銀貨八枚。八百レド。三人で割っても十分な額だ。パーティを組んだ効果が、もう数字に出ている。


 ラスティカの北門を出て、街道を四十分ほど歩く。道の両脇に背の高い松が並んでいて、日差しが幹の間から斜めに差し込んでいた。松脂の匂い。枯れ葉を踏む三人分の足音。


 先頭がリーゼ。剣を腰に帯びて、周囲を警戒しながら歩いている。足運びに無駄がない。目は常に前方と左右を往復していて、石を一つ踏むにも重心が崩れない。訓練された動きだ。没落したとはいえ、貴族の剣術教育を受けている人間の歩き方だった。


 その後ろに俺。


 最後尾にメルティア。鼻歌を歌っている。場違いなほど楽しそうだ。


「ねえカイト。オオカミってどんな味がするの?」


「食うな」


「冗談よ」


「冗談に聞こえない」


 リーゼが振り返った。


「……あなたたち、本当に昔からの知り合い?」


「まあ、そんなようなものだ」


「そんなようなもの」


 リーゼの碧い瞳が、疑わしそうに細められた。だが、追及はしなかった。代わりに前を向き直して、腰の剣の位置を確かめた。


 渓谷が近づくにつれて、空気が変わった。松の香りに混じって、獣の匂いが流れてくる。湿った毛と、生肉の匂い。


 リーゼが片手を上げて、全員を止めた。


「……いる。風下だから、まだ気づかれていないわ」


 耳を澄ませる。確かに、渓谷の向こう側から低い唸り声が聞こえた。地面を伝って響く振動のような、腹に届く音。


 岩陰に身を隠して覗き込む。


 渓谷の底、涸れた川床に五匹。いや、六匹。報告より一匹多い。


 大型オオカミ。普通のオオカミの倍はある体躯。肩の高さが俺の腰ほどもある。灰色の毛皮が逆立っていて、牙が唇からはみ出している。目が赤い。魔素に汚染された獣の特徴だ。


「六匹か。一匹増えてるわね」


 リーゼが剣の柄に手をかけた。刃を鞘から三寸ほど抜いて、手首を返す。金属が微かに鳴った。


「前衛は私が受け持つ。カイト、後方から魔法で支援して。まとめて来たら薙ぎ払ってくれればいい。メルティアさんは――」


「任せて。邪魔はしないわ」


「……それは支援と言えるの?」


「大丈夫よ。必要な時に必要なことをするから」


 曖昧な返事だが、リーゼはそれ以上問わなかった。実戦の前に口論する余裕はない。


 リーゼが岩陰から飛び出した。


 速い。


 貴族の令嬢とは思えない跳躍。渓谷の斜面を二歩で駆け下り、川床に着地する。砂利が弾ける音がした。六匹のオオカミが一斉に振り向く。


 リーゼの剣が鞘から抜かれた。


 銀色の一閃。先頭のオオカミが飛びかかる前に、その鼻先を剣の腹で叩いた。斬らない。牽制だ。オオカミが怯んだ隙に、半歩踏み込んで肩口を斬る。浅く、だが正確に。


 血が散った。赤い滴が砂利の上に落ちて、じわりと染みを作った。


 二匹目と三匹目が左右から同時に跳んだ。


 リーゼが身を低くする。左のオオカミの牙が髪を掠めた。銀の髪が一房、宙に舞った。右のオオカミには剣の峰を突き出して、顎の下を押し上げる。体重を乗せた押し込みで、獣の体が横に倒れた。


 強い。


 だが、六匹は多い。残りの三匹が包囲を狭めている。リーゼ一人では抑えきれない。


 俺は渓谷の縁から右手を突き出した。


 風。


 体が軽くなる。自由の感覚が指先に集まり、掌の前で渦を巻く。リーゼの背後に回り込もうとしていた二匹に向けて、風の刃を放った。


 鎌鼬。空気の刃が地面を抉りながら走り、二匹のオオカミの脚を薙いだ。致命傷ではない。だが、体勢が崩れる。


「ナイス!」


 リーゼの声が飛んだ。振り返らずに言ったのが分かる。前方の敵から目を離していない。背中を預けた、ということだ。


 残りの一匹――群れのボスだろう。他の五匹より一回り大きい個体が、低い姿勢のまま唸っている。赤い目が俺とリーゼを交互に見て、状況を測っていた。知性がある。


 ボスが地面を蹴った。標的は俺だ。後衛の魔法使いを潰しに来る。


 速い。ゴブリンとは比べものにならない突進速度。渓谷の縁に立つ俺に向かって、斜面を駆け上がってくる。


 火か、土か。迷った。一瞬だけ。


「あら、邪魔ね」


 メルティアの声が聞こえた。呟くような小さな声。


 ボスのオオカミが、突然、足を止めた。


 止まった、というより、止められた。四本の脚が地面に縫いつけられたように動かない。赤い目が困惑で揺れている。唸り声だけが喉から漏れていた。


「な……」


「影縛り。ちょっとした術よ」


 メルティアが俺の横に立っていた。右手を軽く前に差し出している。それだけだ。詠唱もない。魔法陣もない。ただ手を向けただけで、大型オオカミの動きを完全に封じている。


 リーゼが振り返った。碧い瞳が見開かれている。


 駆け上がった。斜面を三歩で詰めて、動けないボスの首筋に剣を突き立てた。一撃。獣が崩れ落ちる。


 静寂が落ちた。


 渓谷の底に六匹のオオカミが倒れている。致命傷を受けた三匹は動かない。脚を斬られた二匹は這って逃げようとしている。ボスは、リーゼの剣の下で息絶えていた。


 血と獣の匂いが風に乗って流れていく。砂利の上に広がった赤い水溜まりに、午後の日差しが差し込んで、不思議な光り方をしていた。


 リーゼが剣の血を払った。銀色の刃が弧を描いて、赤い滴が宙に散った。


「……メルティアさん」


「なぁに?」


「今の術。何?」


「影縛り。対象の影に干渉して、動きを止めるの。簡単な束縛術よ」


 簡単。あれが簡単。大型オオカミのボスを、詠唱なしで完全拘束する術が。


 リーゼの碧い瞳に、困惑と、何か別のものが浮かんでいた。恐怖ではない。もっと複雑な感情。「この人は何者だ」という問いを、理性で押し込めている顔。


「……変わった魔法ね」


 それだけ言って、リーゼは剣を鞘に収めた。追及しない。聞いても答えが返ってこないと判断したのだろう。賢い。


 メルティアが微笑んだ。いつもの、何を考えているのか分からない笑顔。


「ありがとう、リーゼちゃん。褒め言葉として受け取っておくわ♪」


「リーゼロッテよ」


「はいはい♪」


 リーゼがため息をついた。二度目だ。今日だけで。



 ◇



 討伐の証拠にオオカミの牙を回収して、ギルドに戻った。


 報告を聞いた受付の男は、相変わらず無愛想だったが、銀貨八枚を並べる手つきは丁寧だった。


「六匹か。報告は五匹だったが、よくやったな。追加報酬で銀貨二枚つける」


 銀貨十枚。千レド。三人で割っても一人三百レド以上。Fランクの薬草採取なら十日分だ。


 酒場に戻って、三人で席についた。


 初めて三人で座ったテーブルは、二人の時より少し賑やかだった。メルティアが勝手にエールを三杯注文して、リーゼに一杯押しつけている。


「お疲れ様♪ 初依頼の打ち上げよ」


「まだ昼過ぎよ……」


「辺境では昼酒は文化なの。カイトが言ってたわ」


「言ってない」


 メルティアがけらけら笑った。リーゼが呆れた顔をしている。だが、ジョッキに口をつけた。一口飲んで、小さく目を閉じた。


「……悪くないわね」


「でしょ?」


 不思議な光景だった。悪魔と没落貴族と追放された冒険者が、辺境の酒場で昼からエールを飲んでいる。一週間前には想像もできなかった風景だ。


 リーゼの剣は確かだった。前衛としての判断が速くて、無駄な動きがない。貴族の剣術は実戦向きじゃないと言われることが多いが、この少女は違う。型の中に、泥臭い工夫が混じっている。家を追われてから、一人で戦ってきた痕跡だ。


 メルティアの術は、底が見えない。あの「影縛り」がどの程度の力なのか、俺には測れない。全力の一割なのか、百分の一なのか。上位悪魔が人間のふりをして出す「ちょっとした術」の限界が、どこにあるのか分からない。


 だが、少なくとも。


 今日の戦闘で、背中を預けられた。リーゼの剣に、メルティアの術に。


 三年間、パーティにいて一度も感じなかったものだ。信頼とまでは言わない。まだ早い。だが、「一緒に戦える」という感覚。それが、胸の奥でじんわりと温かかった。


「カイト」


 リーゼが俺を見ていた。碧い瞳が、ジョッキの向こうから真っ直ぐに。


「あなたの魔法、やっぱりおかしいわ。風の制御が精密すぎる。Fランクのスキルであんな魔法は使えない」


「…………」


「今は聞かない。でも、いつか教えてもらうわよ」


 逃げ道を残してくれている。だが同時に、「いつかは答えろ」と釘を刺されてもいる。


 この少女は、見ているところが鋭い。いずれ魔印のことも、バレるかもしれない。


 だが、それは今日じゃない。


「……ああ。いつかな」


 エールをひと口飲んだ。苦い。でも、一人で飲むよりずっとうまかった。


 窓の外から午後の日差しが射し込んでいる。テーブルの上に、三つのジョッキの影が並んでいた。


 ロスト・エデン。失楽園。


 楽園を追われた者たちが集まったパーティ。けれど今、この酒場の席は――少なくとも今だけは、楽園みたいなものかもしれない。


 そう思ったことが、少し可笑しかった。

読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

Youtubeにて作品公開中!

http://www.youtube.com/@mizukara-h2z

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ