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第11話 再会

 嘆きの地下墓地の踏破から三日が経った。


 ロスト・エデンの評判は、ラスティカの冒険者ギルドで一気に広まった。Fランクのパーティが、Aランク相当のボスを倒した。辺境では大事件だ。酒場に入るたびに視線が集まり、知らない冒険者から声をかけられるようになった。


「おい、あんたがロスト・エデンの魔法使いか? 嘆きの将軍を倒したって本当か?」


「まあ……色々あってな」


「色々って何だよ! 詳しく聞かせろよ!」


 面倒だが、悪い気分ではない。辺境の冒険者は裏表がなくて、噂も好意的なものが多かった。「あのFランクのパーティ」が「あの嘆きの将軍を倒したパーティ」に変わっただけで、ギルド内での空気がまるで違う。


 ランクも上がった。ギルドからの暫定評価で、ロスト・エデンはDランクに引き上げられた。正式な昇格審査はまだだが、受けられる依頼の幅が格段に広がった。


「……このペースなら、ユイの薬代を半年分ストックできるわね」


 リーゼが依頼書を見ながら言った。酒場の席で、朝の依頼選びをしている。いつもの風景。いつもの三人。


「半年分あれば、少しは余裕ができるな」


「余裕ができたら、次のこと考えましょう。装備の更新とか、中級ダンジョンとか」


 リーゼの声が明るい。地下墓地の踏破で自信がついたのだろう。碧い瞳に、以前よりも確かな光がある。


 あの日以来、リーゼは俺の左腕のことを一度も口にしていない。「いつか全部教えて」と言った約束を、急かすこともしない。待っている。俺が自分から話すのを。


 その距離感が、ありがたかった。


「ねぇ、カイト。今日の依頼、もう決まったかしら?」


 メルティアがエールのジョッキを抱えながら聞いてきた。朝からエールを飲むのはもう諦めた。


「街道の魔物掃討。Cランク。報酬は大銀貨三枚。ラスティカ南の街道沿いにオーガが出たらしい」


「オーガ。面白そうね」


「面白くはないが、やりがいはある」


 依頼書を手に立ち上がろうとした時だった。


 ギルドの入口が、開いた。


 朝の光が逆光になって、四つの人影が立っていた。


 最初に目に入ったのは、光だった。腰に帯びた剣の柄から放たれる、白銀の光。澄んだ、冷たい光。見覚えがあった。三年間、すぐ近くで見続けてきた光。


 聖剣。


 心臓が跳ねた。


 逆光の中から、金色の髪が見えた。整った顔立ち。だが、記憶の中のそれより頬がこけている。目の下に薄い隈。肩幅は変わらないが、纏っている空気が違う。余裕がない。苛立ちを表面に出さないようにしているが、隠しきれていない。


 レクス・グランディア。


 勇者パーティ「聖剣の導き」。


 その後ろに、三人。坊主頭の大男がガルド。猫目の小柄な女がセレナ。亜麻色の髪に眼鏡をかけた女がアリア。


 四人が酒場に入ってきた。辺境のギルドの空気が、一瞬で変わった。Aランクパーティが辺境に来ること自体が珍しい。周りの冒険者たちが、声を潜めて振り返った。


「おい、あれ勇者パーティじゃねぇか……?」


「聖剣の導きだ。なんで辺境に?」


「最近、評判落ちてるって噂だけど……」


 囁き声が酒場に広がる。レクスの眉間に皺が刻まれた。聞こえているはずだが、無視している。


 レクスが受付に向かった。俺たちのテーブルの脇を通る。


 目が合った。


 金色の瞳と、灰色の瞳が。


 レクスの足が、一瞬だけ止まった。


 俺を見ている。だが、認識するのに時間がかかったのだろう。三年間荷物を運んでいた男の顔を、すぐには思い出せなかったのだ。


 次の瞬間、金色の瞳が見開かれた。


「――カイト?」


 俺は黙ってレクスを見上げた。何を言えばいいのか分からなかった。いくつもの言葉が喉の奥で渋滞して、結局一つも出てこない。


 レクスの視線が、俺の隣のリーゼに移った。向かいのメルティアに移った。テーブルの上の依頼書に移った。Cランクの依頼書。


「……お前、冒険者をやってるのか」


 レクスの声は平坦だった。だが、その平坦さの下に、何層もの感情が畳まれている。驚き。困惑。そして、認めたくないものを見てしまった時の、微かな怒り。


「ああ。パーティを組んで、依頼を受けてる」


「パーティ……」


 レクスの金色の瞳が、もう一度リーゼとメルティアを見た。値踏みするような目。だが、リーゼの腰の剣と、メルティアの佇まいを見て、何かを測りかねたように眉をひそめた。


「ロスト・エデン。……お前のパーティか」


 名前を知っていた。掲示板の通知を見たのだろう。嘆きの地下墓地の踏破報告。


「元気そうだな、レクス」


 自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。


「外れスキルの雑用係にしては、まともにやってるだろう?」


 皮肉のつもりはなかった。だが、レクスの顔が僅かに強張った。追放の時に自分が言った言葉を、そのまま返されたことに気づいたのだろう。


 背後で、アリアが小さく息を呑んだ。眼鏡の奥の瞳が俺を見ている。何か言いたそうだったが、唇を噛んで飲み込んだ。いつもの癖だ。三年間で何度も見た仕草。


「……話は後だ。俺たちは依頼を受けに来た」


 レクスが俺の横を通り過ぎた。聖剣の白銀の光が、すれ違いざまに視界の端をかすめる。


 かつてはあんなに眩しかった光が、曇って見えた。



 ◇



 レクスのパーティが受けた依頼は、俺たちと同じだった。


 街道南のオーガ討伐。Cランク。


 受付の男が俺に耳打ちしてきた。


「……同じ依頼だ。向こうはAランクだからな、先にやらせるか?」


「構わない。別の依頼にする」


「いや、待て。あのパーティ、最近おかしいって噂だ。Aランクなのに、Cランクの依頼を受けに辺境まで来てる。普通なら考えられねぇ」


 受付の男の目が真剣だった。


「お前らも南街道を通るなら、気をつけろ。オーガは群れてることがある。一パーティで処理できなけりゃ、共闘することになるかもしれん」


「……了解」


 別の依頼を選んだ。南街道沿いの薬草採取。Dランク。報酬は小さいが、同じ方角だ。万が一の時に動ける距離にいる方がいい。


 ――なぜ、そう思ったのか。自分でも分からなかった。三年間荷物を運ばされて、捨てられた相手だ。心配する義理はない。


 だが、聖剣の光が曇っていたのが、気にかかった。



 ◇



 南街道を歩いて二時間。


 薬草の群生地に着く前に、音が聞こえた。


 金属がぶつかる音。怒号。そして、地面を揺らす重い足音。


「……あっちね」


 リーゼが足を止めた。街道の南側、林を抜けた先。音が来る方角。


「オーガだ。それも、複数」


 メルティアの赤い瞳が細くなった。


「三体。いえ、四体。大型が一体混じってるわ」


 四体。報告では二、三体のはずだった。しかも大型が混じっている。Cランクではなく、Bランク相当の難度だ。


 林を駆け抜けた。木々の隙間から視界が開ける。


 街道の脇の広場。草が踏み荒らされて、土が剥き出しになっている。


 四体のオーガ。緑灰色の肌。二メートル半を超える巨体。太い腕に棍棒を握っている。一体だけ三メートル近い大型個体がいて、そいつだけ背中にトゲのある甲殻を持っていた。上位種だ。


 そして、その四体を相手に戦っている四人の冒険者。


 聖剣の導き。


 ガルドが盾を構えて二体のオーガを受けている。巨大な鉄盾にオーガの棍棒が叩きつけられるたびに、ガルドの足が地面にめり込む。顔が歪んでいる。以前なら楽に受けていたはずの衝撃に、体が悲鳴を上げている。


 セレナが後方から矢を射ている。だが、オーガの皮膚に弾かれている。刺さらない。矢の速度が足りないのか、オーガの皮が硬いのか。セレナの猫目に焦りが浮かんでいた。


 アリアが風魔法でオーガの動きを牽制している。風の壁。だが、大型のオーガがその壁を腕力で突き破った。アリアが後ろに吹き飛ばされる。眼鏡が外れかけた。


 レクスが大型のオーガに斬りかかっていた。


 聖剣が振り下ろされる。白銀の光。


 ――浅い。


 以前のレクスなら、オーガの腕を一撃で断ち切っていたはずだ。Aランクの勇者がCランクの魔物に苦戦するなんて、あり得ない。


 だが、聖剣の切れ味が鈍い。光が曇っている。あの澄んだ白銀ではなく、くすんだ灰色がかった光。力が、出ていない。


 大型のオーガが棍棒を振り回した。レクスが受けた。だが、衝撃に耐えきれず、片膝をついた。


「レクス様!」


 ガルドが叫んだ。だが自身も二体のオーガに押されていて、援護に行けない。


 大型オーガが棍棒を振りかぶった。レクスに向かって。レクスは立ち上がろうとしているが、間に合わない。


 体が動いた。


 考えるより先に。理屈より先に。三年間、あの男の背中を見てきた体が、勝手に動いた。


 風。


 全力の突風がオーガの棍棒を横から叩いた。軌道がずれる。レクスの頭上を通過して、棍棒が地面を砕いた。土と石が飛び散る。


 レクスが目を見開いた。


 俺は林の縁に立っていた。右手を突き出したまま。


「……よう、レクス。苦戦してるみたいだな」


 自分の声が、妙に遠くに聞こえた。


 レクスの金色の瞳が、俺を捉えた。驚愕。屈辱。そして、認めたくないものを突きつけられた男の顔。


「カイト……お前、なぜここに……」


「たまたま近くにいた。――手伝うぞ」


 リーゼが俺の横に並んだ。剣を抜いている。碧い瞳がオーガを見据えていた。


「四体のオーガ。大型が一。カイト、大型は任せて。残りは私が引きつけるわ」


「了解」


 メルティアが反対側に立った。赤い瞳が戦場を一瞥する。


「ふふ。久しぶりに賑やかね」


 三人が並んだ。


 ロスト・エデンが、戦場に入った。


 リーゼが走った。三体のオーガに向かって。レクスのパーティが抑えきれなかった三体を、一人で引きつけにいく。剣を抜き、低い姿勢で踏み込む。一体目の脚を斬り、二体目の棍棒を受け流し、三体目の懐に潜り込んで腹を薙いだ。


 一撃で深い傷。リーゼの剣は、オーガの皮膚を斬れる。貴族仕込みの剣術に、実戦の経験が重なった刃。


 メルティアが影縛りを展開した。傷ついたオーガ二体の足が止まる。リーゼが止まった二体を仕留めにかかる。


 俺は大型に向き合った。


 三メートルの巨体。甲殻持ちの上位種。レクスの聖剣でも浅くしか切れなかった相手。


 融合魔法。火と風。爆炎ブラスト


 重ねる。火の中に風を通す。風の道に火を流す。掌の前に、圧縮された炎の螺旋が生まれた。


 放った。


 爆炎がオーガの甲殻を直撃した。爆発。甲殻が砕ける。硬い殻の下の緑灰色の肌が露出した。オーガが苦悶の叫びを上げる。


 口の中に鉄の味。軽い眩暈。だが、まだ動ける。


 もう一発。今度は雷。


 雷を走らせると、世界が一瞬だけ止まる。刹那の中の永遠。


 右手から紫電が迸った。甲殻の砕けた部分に、雷の槍が突き刺さる。オーガの巨体が痙攣した。内部から焼かれている。肉の焦げる匂いが広がった。


 オーガが倒れた。三メートルの巨体が、地面を揺らして崩れ落ちる。


 振り返ると、リーゼが残りの三体を片付けていた。最後の一体の首に剣を突き立て、引き抜く。血が刃を伝って地面に落ちた。


 静寂。


 四体のオーガが、倒れている。


 Aランクパーティが四人がかりで苦戦していた相手を、三人で片付けた。時間にして、二分もかかっていない。


 レクスが立ち上がった。聖剣を握ったまま、俺を見ている。


 金色の瞳が、揺れていた。

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