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「瓢箪のままお供えするの?」
「酒壺に移し替えましょう。確か神社にもあった筈です」
そう言ってグリが探してきてくれたのは、御神酒をお供えする瓶子と言う二本で一対の白い徳利と一升は入りそうな陶器の酒壺だった。
どちらも美咲が思っていたよりも大きくて、思わずグリの顔をマジマジと見詰め何を考えているんだと思ってしまう。
「これ全部は満たせないと思うよ?」
美咲が手に持つ瓢箪はちょっと大きく見えるがそれは美咲が持っているからで、けして瓶子や酒壺を満たせる量のお酒が入っているとは思えない普通の瓢箪だ。
グリは取り敢えずお酒を入れればいいと言う考えなのかもとも思うが、美咲は少しばかり入れてお供えするのは何だかみみっちい気がしてならなかった。
「まあ、やってみてください」
いやに自信ありげのグリを疑いながら、瓢箪の栓を抜き中のお酒を瓶子に注いでいく。すると驚いたことに瓶子はなみなみとお酒で満たされた。
念のために瓢箪の中を覗くと中身が減っている様子はなく、相変わらずたぷんたぷんと中身を揺らしていた。
「なんで!?」
「見た目よりも入るということでしょうね」
当然ですとばかりにフフンと笑うグリに何かとても馬鹿にされたような気がして少しばかりの殺意を覚えた。
しかし考えてみたらかなりの巨体だった熊を軽々と収めたのだ当然と言えば同然で、その熊で作られたお酒なのだからその量が少しという訳がなかった。
美咲は素直に敗北を認め、瓶子と酒壺にお酒を注いでいく。それでも瓢箪の中身はまだまだありそうだ。
そしていつもお供えをする祭壇に瓶子を捧げ、とても凄い神器である瓢箪を貸してくれたここの神社の神様に手を合わせる。
「瓢箪を使わせていただきました。ありがとうございます」
美咲がそう呟いた時だった。祭壇が一際眩しい光を発したのだ。いつもとは様子が違うことに驚き美咲は唖然として思わず呆けてその眩しい光に見入ってしまう。
当然目が眩み辺りはまるで白い世界に変わったみたいだった。
「これよ! このお酒を待っていたのよ。ふふふ、本当に嬉しいわぁ~」
姿は見えないが女性の声がした事に美咲はさらに驚いた。
しかし声の主は間違いなくこの神社の神様だと確信し、真っ白な世界にその姿を探した。
「姿を探しても無理よ。人間にはけして私の姿は見えないわ。でもあの光で目が眩んでいる間なら声を届けることができるから急いで伝えるわね」
神様の説明に美咲は咄嗟におもいっきり目を瞑った。少しでも長く神様と話したいと思ったからだった。
「その瓢箪はあなたにしか使えないようにしておくわ。あと視界に収め念じた邪気を含む生物だけを吸い込むようにもするわ。だから大事に使ってね。それとこのお酒はどんな神も喜ばれるわ。だから他に名のある神が御座す神社仏閣に同じようにお供えすればきっと良いことがある筈よ。それとあなたに加護を付けてあげられない代わりにあの二人を現実世界でも今の姿のまま活動できるようにしておくわね。それから最後にもし旅に出るのだとしたら、旅先でも私を思い浮かべまたお供えしてくれると嬉しいわ。次は美味しいつまみがいいわね。じゃあ、頑張ってね。お酒本当にありがとう~」
神様はかなりの早口で言いたいことだけを言ってその気配を消したので、美咲は慌てて言われたことの内容を思い出し忘れないようにブツブツと口の中で復唱した。
「瓢箪は私だけの物。他の名のある神社仏閣にお供えしたら良いことがある。グリとパピはダンジョンの外でも活動できる。旅先でもお供えをする。ぁぁ、それと次はつまみが欲しいって言ってたな。あとはそうだ、視界に収め念じた邪気を含む生物ってことは邪気を持たない人間は安心ってことかな? でも邪気を持つ人間はどうなるんだろう?」
「美咲、おい美咲ってば、いったいどうしたんだ?」
「もうパピったらそんなに体を揺すらなくてもいいじゃない。折角神様が言ってたことを忘れないようにしようと思ってたのに」
「神にお目にかかれたのか?」
「ううん、声が聞こえただけ。このお酒をとっても喜んでくれたみたい」
「それで神は何と仰ってたのですか?」
「あれっ、グリとパピはこの神社の狛犬なんだから当然神様とコンタクト取れるんじゃないの?」
狛犬とは神社の守護獣なのだから当然神様の眷属扱いな筈で簡単に連絡が取れる関係だと思っていた。だから美咲は不思議に思い確認せずにはいられなかった。
「神のお姿を拝見したのはかなり昔のことです。こちらから報告は上げてますが、神は必要な時にしか声を聞かせてはくれないものなのですよ」
寂しそうにするグリとパピに神様はそれだけ特別な存在なのだと改めて認識した。
そして転生物の物語に毒されて、どこか神様をお助けキャラのように軽く思っていた自分を恥ずかしく思う。
「なんかごめん。考えを改めるよ」
なんとなくグリとパピに謝りたくなった美咲は二人に深々と頭を下げると神様が言っていたことを詳しく話して聞かせた。
「ほおぉ、ダンジョンの外にもこの姿で行けるのか。それはいいな。行ってみたいとこもやってみたいことも沢山あったんだ」
パピは諸手を挙げて全身で喜んだ。
「神は美咲を他の神の元へも行かせたいのですね。そのために護衛に励めといったところでしょうか。だとしたら私はまだまだ強くならなくてはいけませんね」
グリは神の言葉を深読みし、何やら堅い決意をしているようだった。
「二人ともすっかりここから出る気でいるみたいだけど私は行かないわよ」
「何故だ!」「何故ですか?」
同時に叫ぶように声を出した二人に威圧され美咲は一気に萎縮してしまう。
「だ、だってお金がないじゃない。この神社で生活する分にはどうにかなってるけど旅をするにはお金が必要なのよ。そんなことも分からないの」
まさか旅先でダンジョンを展開させ知らない人の家や店から食料や物資を拝借して回るなんて、そんな泥棒みたいな真似をしながら旅なんかしたくないと思っていた。
旅に出てこの世界を見て回るのも面白そうだけれど、今現在不便で不自由ではあるが神社の手伝いをした気になってグリとパピとここで暮らす生活も何気に気に入っていた。
「お金かぁ…」
「何か考えましょう」
二人には諦めるという選択肢は無いようだったので、美咲は咄嗟に話を変える。
「次は老人にもお供えするからね。まぁ瓶子じゃないけど酒壺で我慢して貰いましょう」
そう言って次に酒壺を祭壇に捧げ、美咲はいつもと同じように手を合わせた。
「神器の瓢箪で作られたお酒です。どうぞお納めください」
するとまたまた祭壇が眩しいほどの光を放つのだった。




