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そもそも美咲だけが利用できる超絶美咲にだけに都合の良い美咲の為だけのダンジョンとはこんな筈ではなかった。
とは言え、何もできなかった生まれたての赤ん坊が七歳になるまで何事もなく無事に育ったのは、間違いなくこのプライベートダンジョンのお陰なので感謝はしている。
だがやはり何というか最弱のスライムを毎日チマチマ倒しながらドロップした魔石を売って生活し、超高品質の薬草や鉱石をゴロゴロ採取して大金を稼ぎ、命の泉みたいな完全回復できる泉の傍に快適住居を作って引き籠もり生活をする。とか。
忌避感なく倒せる魔物を相手に戦い、知らない間にレベルが上がってて気付けば色んなスキルを手に入れて、最強装備のドロップ品を収集しチート無双して、いつの間にか大金持ちになってアーリーリタイアして悠々自適の生活していた。なんてことができるダンジョンを想像していた。
と言うか、そうなりたくて望んだプライベートダンジョンだったのに、まさかの初戦がファンタジー魔物ではなく私が最も苦手な虫、それもムカデだなんて思ってもいなかった。
そしてムカデを嫌がったばかりにまさか熊の寝込みを襲いに行くことになるなんて、スライムも倒せないのにいきなりボス戦に挑むようなものだ。
と言うか、きっと絶対間違いなく今から寝込みを襲う熊は、このプライベートダンジョンのボスなのだと思う。
神社の敷地内にある森は綺麗に手入れされているが、そこから外れた森は明らかに原生林といった雰囲気だ。
そこに足を踏み入れるのだから、もうそれは間違いなくさっきまでの緩い気持ちのままではダメなのが分かる。
きっと蛇もいるだろうし、小動物だけでなく猪や鹿にもしかしたら狼なんかもいるかも知れない。何しろ熊がいるのだから。
(これは困った。怒っているグリは止められないよ…)
助けて欲しいとパピに必死になって視線を送るが、パピは美咲のそんな視線に気付くこともなく薪割り斧を肩に今にも鼻歌を歌い出しそうなほどご機嫌に歩いている。
「抵抗をしても逃がしませんよ。もうすぐ巣穴です。そろそろ覚悟を決めてください」
美咲はまるで死刑宣告でも受けたようなドヨヨンとした気分で俯いて歩く。
「グリとパピは熊を倒したことあるの?」
「勿論だ。殆ど毎日倒してる」
「えっ、毎日!?」
「一度倒しても次の日には復活しているし、ヤツを倒しているとレベルが上がるから楽しいぞ」
「えぇぇーー。レベルがあるの! もしかしてスキルとかも!?」
「ええ、初めは戸惑いましたが、今となってはもっと強くなりたいと思っています」
魔物がリポップするのは普通にダンジョン仕様なのだとして、美咲のステータスにはなかったレベルの存在とグリとパピもスキルを持っていると聞かされかなりの驚きだった。
それにグリとパピが強くなるためにほぼ毎日ボス(熊)に挑んでるなんて全然まったく知らなかった。
(グリもパピも強くなりたかったのか。でもそれって私のためのプライベートダンジョンと言うより、もはやグリとパピのためのプライベートダンジョンになってるってことだよね…)
別にそれに対して不満がある訳ではないが、出遅れた感じがして少しだけ悔しさに似た感情を抱いた。
けしてこの七年間遊んでばかりいたのではなく、掃除をしたり水汲みしたり、本を読んだり昼寝をしたり、他にも色々と手伝って神社でできることを熟しながらちゃんと生活していた。
ここがダンジョンの中だなんてすっかり忘れていたのは確かで、よくある転生物語のように鍛錬に明け暮れる毎日ではなかったが、それでも日々精一杯やって来たつもりだった。
しかしグリとパピに守られて、異世界の生活にもすっかり慣れて、命が狙われているのも忘れ、かなり弛んでいたのは認めざるを得ない。多分子供の体に精神が引っ張られてグリとパピに甘えきっていたのだと思う。
(このままじゃダメね…)
「うん、やるわよ! やって見せるわ!!」
「その意気込みを是非実践してください」
美咲は決意を新たに意思表明をするが、グリに即座にダメ出しされてガックリとしてしまう。
「分かってるわよ。やるわよ。絶対にやって見せるわよ。見てなさい!!」
ソロリソロリと熊のねぐららしき大木に近づき、根元にある樹洞の中をそっと覗き熊が体を丸めて眠っているのを確認し、振り返りグリの顔を見ると小さく頷き大丈夫だと合図をくれる。パピは既に薪割り斧を構えて臨戦態勢を整えていた。
美咲は意を決して瓢箪の口の栓を抜きくぼみ部分を両手で持ち、寝ている熊をジッと睨むようにして見詰めながら入れと一心に念じた。
するとまるで漫画のように熊の体が縮んでいき、ひゅうぅぅ~と音を立てるようにして瓢箪の中へと吸い込まれた。殆ど一瞬の出来事だった。
「あ、あれぇっ?」
あまりのあっけなさに美咲は思わずポカンと口を開いて呆けてしまう。
「だから言ったでしょう。簡単に済むと」
「でも、だって…。相手は熊だよ。このダンジョンのボスなんだよ。瓢箪の何十倍何百倍もある魔物をそう簡単に吸い込めるなんて思わないよね普通」
「それは神器なのですよ。当然ではないですか」
美咲はグリにそう言われ西遊記の紫金紅葫蘆を思い出していた。
もっともアレは名前を呼んで返事をすると吸い込んでいた筈だが、この瓢箪は相手に向けて入れと念じるだけで吸い込めるなんて危ないにも程がある。
生きている熊を一瞬で吸い込んでしまったのだから、下手をしたら事故も当然あり得ると思うと怖くて人の居る場所では使えないと考えていた。
「なぁ、熊はあの紫色の石を残さなかったぞ。どうなってるんだ?」
「紫色の石?」
「ええ、その石を砕くと強くなれるようなのですよ。きっと瓢箪に吸い込むと倒したことにはならないのでしょう」
「それじゃダメじゃない!」
美咲は慌てて瓢箪の中を覗くと、中はいつの間にかお酒で満たされていてたぷんたぷんとその表面を揺らしていた。
「えっと、熊は?」
「もうお酒になっているのですか!?」
「……」
紫金紅葫蘆は瓢箪に閉じ込められるだけで確か出す事もできたが、吸い込んだものをこんなに一瞬でお酒に変えてしまうのだとしたら、本当に間違いなんて起こせないと美咲はぶるりと身震いをした。
「まぁ、そんなのどうでもいいじゃん。要は魔物以外に向けなきゃいいだけだろう。それに折角珍しい酒が手に入ったんならさっそく供えに行こうぜ」
「そうですね。それも目的の一つでしたね。では急いで帰りましょう」
無問題と明るく言い放つパピに感化され、美咲も用心するのは大事だろうが深く考える必要もないような気になってきた。
そして安全第一は当然として、要するにダンジョン以外で使わなければ良いのだと納得すると、強すぎる武器を手に入れられたことに気付き、なんだか怖いものなど無いような気分になっていた。
「これからもやるわよ! 私にじゃんじゃん任せてね!」
瓢箪を大事に抱えるようにして美咲は来たときに反して足取り軽く神社へと戻るのだった。




