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「ぎゃぁぁーーー! 無理ムリムリムリむりぃ~!!」
木の根の影から現れた体長十センチ超えのムカデを見た美咲は反射的に飛び上がり後退る。
前世で五度もムカデに噛まれた経験を持っていて、初めて噛まれた時はまだ子供の頃でバレーボールの分厚い膝当てを付けたかのように膝を腫らし、噛まれた傷は思春期になるまで消えず時々思い出したようにジクジクと傷んだ。
思えばあの時からなんとなく虫が怖くなったのだと思う。
そして五度目はもっと酷く、くるぶしの辺りを噛まれ、長靴を履いたように膝下までを腫らし、痛いわ痒いわでとてもとても大変な目にあった。
どちらも寝ている間の出来事とはいえ、あの時蠢いていたムカデをまだ鮮明に思い出せるのに怖がるなと言う方が無理だった。
「ふんっ、何やってんだよ!」
冷めた目で美咲を見ていたパピは、仕方なさそうに草履を履いた足でムカデを踏みつけるとグリグリと簡単に潰してしまう。するとムカデは紫色の細かな粒子となって消た。
美咲はその様子を見ていてここはやはりダンジョンの中で、ムカデとはいえアレは魔物だったのだと漸く実感した。
「パピってどんどん乱暴になっていくよね。言葉遣いもだいぶ変わったよ」
「誰のせいだと思ってんだよ!! 美咲がそうさせてるんだろうが!」
「まぁまぁ、落ち着いてください。初めから上手くとは思ってませんでしたでしょう」
グリは美咲を庇っての発言だったのだろうが、美咲はパピに怒鳴られるよりも落ち込んだ。
「だって本当にムカデはダメなんだよ…」
「別に手で捕まえろとは言ってないのですよ。その瓢箪の口をかざして入れと念じるだけなんです。それでも無理ですか?」
「…やってみるよ」
神器の瓢箪を本当に倉庫から見つけ出して来た時には本当に本物かと疑ったが、目の前でグリが使って見せてくれたのでその性能に間違いがないのは分かっている。
しかし分かっていても恐怖心の方が先に立ってしまい、体と心がその恐怖に反応してしまうのだから克服するには時間が掛かると思われた。
「はぁ…。じゃあ次行くか」
「あっ、でも蜂もダメかも」
昔草むらでホバーリングしているオオスズメバチと睨み合ったことがある。五メートルは離れた場所に居たオオスズメバチの顔が目の前に迫ってくるような威圧を感じ、あの時は絶対に勝てないと悟り刺激しないようにズリズリと後退り逃げ出すことしかできなかった。
(アレも無理。だって飛ぶんだよ。ゴッキーの突撃だって怖いのに絶対防御しちゃうよね)
「じゃあ何ならいいんだよ!」
蕗が芽吹いたとはいえまだまだ寒い時期にそもそも虫を探そうというのに無理があるのだ。グリとパピが冬眠している虫を探してくれているのは分かっていても、ここははっきりと伝えるべきだと意を決して発言する。
「春になってからでいいんじゃないかな。そうすれば虫なんて探さなくてもいっぱい居るだろうし…」
「そうやって先延ばしにしてまた逃げ出すつもりですね。美咲のことを思って虫を探してましたが、別に虫でなくてもいいのですよ」
グリの目が笑っていない威圧を含んだ笑顔に美咲は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
(これは本気で怒ってる顔だ。ヤバい怒らせちゃった。どうしよう…)
「パピ、例の巣穴に行きますよ。準備をしてください」
「分かった。薪割り斧だな!」
「私には鉈をお願いします」
「な、何をするつもり?」
さっきから物騒な単語が交わされていることに美咲は不安を覚えずにはいられなかった。どう考えても虫を見つけに行きますと言う雰囲気ではないのは確かだ。
「冬眠中の熊ならば美咲も大丈夫でしょう」
「だ、だ、大丈夫な訳あるかぁー!! 熊って、熊って…、熊だよ!?」
「巣穴に到着してから大声を出すのはやめてくださいね。万が一目覚めて暴れられると面倒ですから。もっとも美咲が瓢箪を使えば簡単に済むことです。お願いしましますね」
「なっ…」
さらに口角をを上げたグリの冷たい笑顔に美咲は上手く言葉を口にできず、何も言い返すことができなかった。
そして今さらながら虫を怖がらずに素直に大人しく従っておけば良かったと後悔していた。
「お待たせ~」
なんだかとてもご機嫌なパピが鉈と薪割り斧を持って戻って来た。まるで今からピクニックへでも行くようにはしゃぐ姿に美咲は絶望を覚えていた。
「では行きますよ」
そしてもはや抵抗するのも諦め脱力した美咲は、グリに右腕を掴まれ引きずられるようにして神社の森の奥へと連れて行かれるのだった。




