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ここ風早の領都は東と西の両側に流れる川に挟まれ、さほど大きくもない五つの森に囲まれるようにしてあった。多分大きな森を切り開いて作った街だからそういう風になっているのだろう。
あとは豊富な川の水が染色に適し織物の技術が発展したと思われ、河川を使った船での交易も盛んなようだ。
そして目的の神社は美咲がプライベートダンジョンを展開させた森の反対側に近い場所にある小高い山の八合目付近に建っていた。
参道を見つけ、頂上まで続いていそうな階段を見上げ、これを登るのかと美咲は少し気が重くなる。
あまり日の差さない森の中にあるためかそう幅の広くない階段は苔むしていて、気を抜いたら滑ってしまいそうでちょっと怖かった。
「三百八十一、三百八十二、三百八十三…」
真っすぐではなく何度かカーブしているその階段を慎重に踏み締め一段一段上りながら段数を数えて行く。
「三百九十七、ラスト!!」
途中何度も休みたくなりながらも美咲は頑張って登り切り振り返ると視界が開けていて、街全体を遠くまで見渡せるその眺めにちょっとだけ感動した。
「これがプライベートダンジョンじゃなかったらきっともっと感動なんだろうな…」
「もう一度登れば良いではないですか」
「考えとく」
廃墟と化している街はどんなに眺めが良くてもやはりどこかおどろおどろしい。かといってもう一度下界で登りなおしたいかと聞かれたら、ガクガク言っている膝に聞いてみるしかなくちょっと考えてしまう。
しかし神社には神気が漂い清々しささえ感じる。思った通りこの神社には名のある神様が居るようだ。
派手さなど全くなく年期を感じさせる厳かな雰囲気のお社に入り、美咲は祭壇の前へ行くとゴールドなスライムで作ったお酒と先ほど手に入れたお菓子を供え、そこに祭られている仏像に手を合わせる。
お酒とお茶菓子ってどうなのとは思ったが、甘党の酒好きというのも存在するし気にしなくていいだろう。要は気持ちだ。
「本日はお招きありがとうございます。どうぞお受け取りください」
美咲は前世でも神社仏閣にお参りする際はまずお参りできたことに感謝していた。きっと神様に呼ばれてお参りしているのだと思っていたからだ。
そしてそのあとに欲望丸出しの願い事をすることも多かったが、この世界に生まれてからはそういったお願い事の類はしていないと思う。
目の前のお供えがスッと消えると祭壇が光り始める。どうやら神様のお出ましのようだ。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、これじゃこれじゃ、これを待っておったのじゃ。よくぞ参った。さっそくだが儂からも礼を遣わせる。この酒にはそれだけの価値があるからのぉ。それはあらゆるものの邪気を祓い汚れを祓い人間の煩悩を祓う払子。お主の旅に役立つであろうから貸し出してしんぜよう。あとその払子に向けて供えれば儂の元へ届くようにしておくからこれからもこの旨い酒を頼んだ。あっ、それとついでだ、ここの者達が溜め込んでいる奉納品好きな物を好きなだけ持って行くと良い。あやつらは全くわかておらん。物など使ってなんぼだと言うのに…」
ボヤキ始めた神様の声を最後まで聞くことなくどうやら時間切れとなったようだ。神様との初めての謁見(姿は見えないが)はどうやら一方通行と決まっているらしい。
そして光が治まった祭壇には神様の言葉通り美咲が持つにはかなり大きくて重そうな払子があった。
「どうやら神器をいただけたようですね」
「ううん、貸してくれるってことらしいよ。旅に役立てろってさ」
「そうか、それは良かったな」
なぜか知らないがグリが美咲の頭を撫でるので、美咲はちょっと恥ずかしくなる。
「あっ、あと奉納品を好きなだけ持って行って良いってさ」
「それはまた随分な大盤振る舞いですね。それではさっそく宝物庫を覗かせていただきましょう」
「うん」
美咲が払子を両手で掴み持ち上げようとするとスルスルと小さくなり、サイズから見ても美咲専用のハンディーモップのようになった。
「これで掃除しろってこと? お社内を掃除するのは嫌いじゃないけど頼まれもしない所を掃除する気なんてないよ」
美咲は念のために祭壇の前で神様にも聞こえるようにボヤいてみる。
「考えすぎだろう」
「そうよね」
美咲はハンディーモップと化した払子を右手にぶら下げたまま、グリの後に付いて宝物庫へと足を踏み入れる。なんだかやたらと暗くて埃っぽい。
「もしかしてあの神様はこの宝物庫を掃除させたかったのかしら」
美咲はグリに頼んで明り取りの窓も開けてもらうと、なんと驚いたことに中は反物の山だった。生成りの物も多かったが、色柄さまざまあってまるで今から行こうとしていた生地屋のようだ。
ただ問題なのは多分奉納されるからにはどれもこれも立派な品なのは違いないのに、いったいどの位前から仕舞われていたのかどれもこれも煤けた感じがして美咲の心はまったく踊らない。
「はぁ~、掃除するか…」
美咲はやはりあの神様はここの掃除をさせたかったのだと溜息交じりに決意する。
そして今さっき神様から貸していただいたどんな汚れも祓うというありがたいハンディーモップ(払子)で目の前の反物の山の埃を払う。
と、驚いたことにサッと払っただけなのに反物がまるで新品のように綺麗になった。
「!?」
光の加減かもしれないし、本当はまだ新品だったのかも知れないと考えて念のために他の場所も払ってみる。
「ねえグリ見て見て! 新品みたいになるよ」
美咲の思い過ごしではなかった。
煤けた反物が一瞬で綺麗になっていくのが面白くてとっても気持ちが良くて、つい調子に乗り次から次へと踊るように埃を払って行く。
「なんだかちょっと楽しいかも~」
掃除をこれほど楽しいと感じたことはなかった。なんだか心に溜まった淀みまできれいさっぱり払われていくようで心が軽くなる。
そうして宝物庫の中をすっかり綺麗にすると、反物だけでなく小袖や唐衣に仕立てられた物や綺麗な帯も多数あった。
「ねえグリ見て見て。この柄とっても素敵~。こっちのは色が可愛いよね」
美咲は仕立てあがっていた唐衣を広げては身に纏いファッションショーを始めていた。
もちろんサイズが合ってないのでブカブカで到底似合っているとは思えないが、美咲はそんなことなどお構いなしだ。
この世界に生まれてから初めての選びたい放題の衣服を前にして興奮していた。と言うより、光源氏の物語で読んだ世界の登場人物にでもなった気分だった。
「これなんかどうかな? サイズを直せばバッチリ着られるよね」
「美咲がそうしたければ構いませんが、目立ちますよ。それに明らかに高級そうな服を着るのは控えた方が良いのではないですか」
「そ、そうね…。でも、部屋着だったら大丈夫じゃない?」
テレビドラマ大奥で仲間由紀恵が着ていたものに似た唐衣を諦めきれずに美咲はギュッと体に巻き付ける。
あのドラマの衣装はどれもこれも素敵で、美咲が特に印象に残っているのは薄桃色の地に桜の花をあしらった可愛い雰囲気のもので、是非着てみたいと願ったのと似たものが目の前にあるのに諦めきれる訳がなかった。
「分かりました。部屋着も仕立てるのですね。お任せください」
「やったぁー。グリ大好き!」
そうして美咲は、外出用に今着ているものと同じデザインで色柄違いを作るための派手すぎない反物を数点と、部屋着を仕立てるための唐衣と綺麗な帯も何点か遠慮なくいただいたのだった。




