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領の力を測る判断基準の一つにダンジョンがあるそうだ。
領には大抵第二級難解ダンジョン以上のダンジョンが一つは存在する。というより、難解ダンジョンのある場所に領都を築き領の範囲を決めているらしい。
だからその難解ダンジョンがどの階層まで攻略されているかがそのままその領の強さ戦力の基準とされ、どんな鉱石が採れどれほど潤っているかも重要なのだそうだ。
そのため領主は少しでも多くの採掘者をダンジョンへ送り攻略を目指す。なので当然自領の採掘者を優遇し、攻略しやすいように《組》の存在も黙認というか寧ろ推奨しているのだとか。
そして少しでも多くの採掘者を集めるために何階層まで踏破され、どんな鉱石が採れるかの情報だけは絶えず大々的に公表するのだそうだ。
隼人は領力について教えてくれていたが美咲はまったく興味も無かった。
それよりも美咲は日々神様に感謝をしお供えを探す平穏で変わらない毎日を過ごせればそれで良いと考えていた。
だから戦闘は折角のプライベートダンジョンで属性スライム相手にチマチマ戦うだけで十分で、妖怪や幽霊に似た雰囲気の異形の魔物との戦闘になどまったく心は動かされない。と言うか寧ろ恐怖の対象でしかないない相手と戦えるとは思ってもいなかった。
鉱石が欲しかったらプライベートダンジョンを展開させて採掘すれば良いし、何ならお酒を売ったお金で購入できるし、お金ならゴールドなスライムでも手に入る。
「ですので申し訳ありませんが今回の踏破情報は公表しなければなりません」
美咲が踏破した訳ではないので別にそれは構わないと美咲は無関心のまま漸くお茶菓子に手が伸びた。
パピがあまりにも美味しそうに食べていた時は気持ちに余裕が無くて手を出せなかったが、良く見れば月餅に似た雰囲気の美味しそうなお菓子だ。この世界で初めて出会う高級そうなお菓子。もし本当に美味しかったら是非お供えしたい。
「それは構わない。そのために妖石を持ち帰った。それよりもさっさと査定を終わらせてくれ。私達も暇ではない」
グリは継続して言葉遣いも態度も超偉そうで、美咲はどうしてそこまで態度を変えるのかちょっと不思議だった。
「できればダンジョンの情報も詳しくお教えいただければ謝礼をお出しします」
「構わない」
「それで改めてお願いしたいのですが我が領のダンジョンにもうしばらく入っていただけませんか。そうしていただけるのなら特例として徴収税率を優遇いたします」
「興味は無い。私達は目的があって旅をしている」
「我が領のダンジョンで物足りないのでしたら王都へ行けば特級難解ダンジョンがありますよ」
「そのうちに寄ることもあるだろう。それよりも私達の情報を引き出そうと考えているのなら無駄だ。あなたの出方次第では私達にも考えがある。しかしそれよりももっと有益な情報を得たいと思わないか」
今の会話のどこに情報収集要素があったのか美咲にはまったく分からなかったが、バチバチとした腹の探り合いの雰囲気は感じていた。
(美味しかったぁ~。これカロリーが凄そうだけどやっぱりお供えに欲しいかも)
しかしやはり美咲はまったくの無関心、難しいこと面倒なことはグリに任せ二つ目のお菓子に手を伸ばそうかどうしようかと悩む。
「有益な情報ですか?」
「ああ」
グリがたっぷりと勿体つけると、隼人は即座に興味を示す。しかしグリはさらに勿体つけてニヤリと笑い頷いた。まるでどこかの悪代官のようだった。
先程は隼人から取引を持ちかけられたが、今度はグリが何かを企んでいるみたいだ。
「ぜ、是非お伺いしたいです!」
「私達は正式な戸籍が欲しい。あの領主と繋がりが無いと証明できる戸籍だ。それに見合うだけの情報だと思ってくれて構わない」
「分かりました。我が領の戸籍で良いのでしたらすぐにご用意いたします」
隼人はグリの取引条件を疑いもせずに即決で飲んだ。
美咲はそんな取引よりグリが戸籍と引き換えにできる程の情報を持っているとは初耳だったし、戸籍がそんなに簡単に用意できるものなのかと疑問より驚きの方が大きかった。
しかし本当に戸籍が手に入れば美咲はこの先どの街へ行こうとも疑われることは無くなり、取り敢えず美咲の命を狙っているのか探しているのか分からない一行とこの先出会うことがあっても誤魔化すことはできるだろう。
「では明日また出直してくる。それまでに用意できるか?」
「勿論です。鉱石の査定も終わらせておきます」
ダンジョンの情報を手に入れたこともあり、上機嫌になった隼人は最初に会った時とはすっかり印象が変わり、まるで主人にじゃれつく忠犬のようだった。
「このお茶菓子持って帰ってもいいですか?」
美咲が皿に残っていたお茶菓子を遠慮がちに指差し尋ねると、隼人は使用人に菓子箱を用意させ持たせてくれたので美咲は大満足でダンジョン管理課を出た。
「急いで美咲の服を買い換えなくてはなりませんね」
神様へのお供えを手に入れすっかりご機嫌になって忘れていた問題をグリが思い出させてくれる。
「この服超気に入ってたのに残念…」
今の服は美咲の望んだデザイン通りにグリが作ってくれたというのもあり本当に気に入っていて、できることならこのままずっと着続けたいとさえ思っていた。
「また作りますよ。そのためにも生地を仕入れに行きましょう。きっともっと気に入る生地が見つかるでしょう」
「そうだと良いね」
「あの青年の部屋に飾られた布を見ませんでしたか? 織りも染色も見事なものでした。きっとこの領は織物が盛んなのでしょう」
「じゃぁこの生地ももしかしたらここで作られた物なのかな」
「そうかも知れません」
美咲はグリの予測は絶対に外れていないと確信し、生地を扱う店を探して街の中心地へと急ぐのだった。




