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青年の執務室は六畳ほどの広さ。とても大きな執務机が超お高そうで一番に目に付いたが、壁沿いの棚に飾られた調度品や壁に飾られた布も見るからに高級品で、そこから考えても年齢の割にただ者ではないって感じだ。
「お掛けください」
青年に勧められるままに部屋の中央に置かれた円卓の椅子にグリ美咲パピの並びで座ると青年は美咲の対面に座った。
「つい先日まであなたをお捜しの一行がここにおいででしたよ」
座ると同時に青年は美咲の目をジッと見詰めながら言ってきた。
美咲は自分を探してこんな所へまで来る一行が居ることにとても驚いた。まさか命を狙われ追われているだけでなく、美咲を探している一行が居るなどとは思ってもいなかったのだ。それに探される理由がまったく思いつかない。
「な、なんのことでしょう」
「とぼけても無駄です。今お召しのその服の生地は特注品ですのでそこらの平民が簡単に手に入れられる物ではありません。まして大胆なデザインで気付かれづらいですがその模様は藤上家の家紋。ですからそれを知る者が見ればあなたが剛勇様の探されている娘だというのは一目瞭然です」
美咲はここで初めて自分の父の名前を知り、あの産着はそんな大層な物だったのだと知り、またそれを後生大事にしていたことで自分が領主の娘であると判断されたのだと知り、頭が混乱すると言うより少々戸惑い焦っていた。それに美咲を殺せと命じていたあの領主が今度は探していると知り混乱するばかりだ。
「えっとぉ…」
この青年が美咲を領主の娘だと知ってどうしようとしているのか図りきれずにいたのだ。
あの領主に知らせる気なら問答無用で拘束して知らせる事もできるはずなのに、それをわざわざ執務室に呼び何故バレたかをご丁寧に説明してくれる意図が掴めない。
「我が風早家は藤上家先代様には大変お世話になっておりましたので表面上争う気など毛頭ありません。が、私は剛勇様のことは信じておりません。いや、寧ろはっきり言ってあのお方を嫌っております。ですのであなたにその気がないのなら知らせるつもりもありません」
「じゃあ」
美咲の知らせて欲しくはないと懇願するつもりだった言葉は青年の待てと言う動作で遮られる。
「取引いたしませんか」
「取引ですか?」
「私は他者のオーラが見える能力を持っています。オーラはある意味その人の強さを判断することもできるのですが、そちらのお二方から発せられる尋常ならざるオーラには神気すら感じます。そこからしてもかなりお強いと窺えます。そこでよろしければこの私にご協力くださいませんか。そうすれば知らせることもしませんし寧ろこのまま匿ってもよろしいですよ」
この青年はグリとパピの強さを知って利用しようとしているのだと美咲は判断したが、だからといって何と答えていいのか咄嗟に悩む。
ここでこの申し出を断ったらあの領主に居場所を知られることになるだろう。それは困る。
別にプライベートダンジョンを展開させながら移動すれば逃げ通すのはできるだろうが、何というか居場所が特定されてしまうとこれから先の動きが制限されてしまいそうで面倒だ。
「私達がその取引に応じるメリットがまったくありません」
美咲の悩む気持ちなど吹き飛ばすようにグリが腕組みをした体勢で偉そうに言い放った。なんだか少し怒っているようにも感じる。
「何故!?」
「私達がその気になれば追っ手などいくらでも蹴散らせるし、隠れる気になれば誰にも見つけられはしない。それにそもそも美咲を探していた一行とここで鉢合わせしなかった幸運は神から与えられたもの。美咲は既に神に守られているのですよ。そんな状態の私達をあなたはいったいどう助けると?」
「……」
「取引などと回りくどい話ではなくあなたが私達にいったい何をさせたいのかきちんと話す気があるのなら話を聞くくらいやぶさかではない」
もの凄い上からそれはそれは偉そうにするグリに美咲は目を丸くしていた。およそ普段のグリらしくないと。
「なぁ話が長くなるならお茶くらい出ないのか、腹が減った。面倒な話はグリに任せて何か食べに行こうぜ美咲」
お腹など空くはずもないパピの場の空気を読まない発言に美咲はタジタジになり返事もできなかった。が、青年はすぐに部屋の外にいた使用人らしき人に指示を出し程なくして目の前にお茶とお茶菓子が用意される。
パピはその高級そうなお茶菓子を喜び、すぐにパクついたが美咲は変わらない場の空気に到底手が出せなかった。
(こういう時のパピの神経の太さがホント羨ましいよ…)
「私はここ風早領の領主風早悠人の嫡男で隼人と申します」
先に口を開いたのは青年の方だった。
「先代様への恩義もあり表面上は藤上家とは和平を結び一応協力関係を約束してはいますが、領主が今の剛勇様になってからと言うものその関係がいつ崩れるか私は不安でなりません」
青年は一度言葉を句切ると頷くこともせずにジッとして話を聞くグリを強く見詰め話を続ける。
「万が一の際に備え、できることならお二方に我が領の戦力強化の協力をお願いしたいと思います。こちらの領が強いと分かれば向こうも下手な気を起こさなくなると私は考えているのですがいかがでしょうか」
青年はあの領主が戦争を起こすとでも考えているようだった。美咲もあの領主なら考えられるとなんとなく青年に共感し同情心に似たものを抱き、心の中でウンウンと頷いていた。
「戦力強化といっても具体的に何をどうして欲しいと?」
「そのままです。採掘者一人一人の能力を高める訓練方法などご教授願えればありがたいのですが」
「その必要はない」
グリはスクッと立ち上がると鞄の中から妖石を一つ取り出した。
「話は簡単だ。この妖石を踏み潰せば多少なりとも強くなれる」
グリは隼人の前で妖石を実際に踏み潰して見せる。
「な、何を! それは…」
多分だがこの世界の人にはステータスウイドウなんて存在は無くて、レベルの存在自体も知らないのだ。
美咲も実際に属性スライムを自力で倒すまで自分だけレベルが無かったことが不満だった。
しかしスライムを倒しステータスウインドウにレベル表記が現れたことで、自分もレベルが上げられると喜び、日々コツコツとスライム相手にレベル上げに勤しんでいる。
ただしいまだにレベルは一桁台だし強くなった実感などまるでないが、それでも少なからず体力や運動能力が多少増強しているとは感じられた。
だからこの世界の人もきっと妖石を踏み潰せばレベルを上げられ、多少なりとも強くなれるんじゃないかと美咲もグリの意見に賛成だった。
もっとも経験値石だけがレベルアップの条件ではないだろうから絶対ということもないとは思う。
しかしボスの取り巻きだった鬼の貴重な妖石を踏み潰したグリを見た隼人は顔を青くし、多分あの妖石の価値のことばかりを考えているのだと思われた。
「希少な鉱石と採掘者や兵士の強化、どちらが重要か決めるのはあなただ。私は少なからず情報は提供した。それ以上あなたの要求に関して協力するつもりはない」
戦力強化に対して協力する気は無いとはっきりきっぱり言い放つグリに隼人は大きな音を立ててゴクリと唾を飲み込んだ。
グリの気迫からどうやら青年はグリの話を少しは信じたようだった。




