第6話
晴天の中、自転車を走らせる空。気分は真逆では有ったが。
行く先は散々心配と迷惑を掛けた、空の大切な場所。
何を話せば良いのかも分からないながらも駆られるままに出発し、その道中も良くは分からない感情だった。
いつもの風景をいつもの速度で走らせ、本当に普段通りに進んでいく。彼女の心は置き去りにしたままで。
いつも留めていた場所に自転車を置き、社員用口に手を掛け少しの間。
昼時で客もスタッフの姿も無かったのは幸いだ。でなければこの扉が空から開けられる事は無かったかもしれない。
溜息か深呼吸か判別し難い儀式で自分を奮い立たせ、ゆっくりと扉を開けた。
静かに自席で書類を通す店長だけが目に入る。他は昼休憩だったようだ。
少しホッとしながら挨拶と一礼。歩みを進める空に店長、天津は優しい笑顔を向け、「よく来たね」
と突然の来訪者を温かく迎え入れてくれた。
「どう?そこ座りなよ」
と促してくれ、途中業務係の木本の姿を見ると後で声掛けておいで、との許可もくれた。
天津 大智。空にとってはほぼ未知の人でもあった。
空にとっての店長は天津で二人目。
四月の異動で初めて認識し、整備士二年目の空はその人物像はおろか彼の業務すら知らない。
彼と入れ替わりになった店長は、木本にも空にも積極的に声をくれたが天津はそうではなかった。
親しみやすい顔立ちと背格好で、声も穏やかな印象を空に与えるその人と前の店長の共通点は、店長自ら積極的に洗車をする事だった。
この時は少しだけ警戒が勝ったので空からもあまり声を掛けず、天津店長の人柄はますます読めず。
本社勤務となった今となってはその警戒心は杞憂に過ぎなかったのだが。
席に座る前に
「ご心配やご迷惑をお掛けし本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げ
「ううん。皆心配してたけど、空が無事でホッとしてたよ。特に木本さん驚いてたから本当に後で声掛けてあげてね」
「はい。ありがとうございます」
調子や原因等、ほぼ恩村の時と似た会話の流れを辿りつつ、ゆっくりしっかり休んで戻っておいで、と言葉をもらう。
謝辞を述べながら、髙木部長と会う、少し憂鬱だと相談した。
「髙木さん?あぁ良い人だから親身になってくれると思うよ。会った事無いのか。
そうだな。船越英一郎さんに似てるから見たら分かるよ」
「そうなのですね。ゴチになりますのイメージが強いですが、ヒント助かります」
業務木本が休憩から戻り、空に気づいたか否かそのままパソコン作業に。
天津が空に対し、木本の仕事を邪魔しない範囲で声掛けてたら安心すると思うと促してくれた。
更に感謝し、木本の机に向かう。
向かう途中にその背中とキーボードを確認し、話しかけられるタイミングを見ながら歩くスピードを調整。
着いた頃、打ち込む手が止まったのを見て
「き、木本、さん。お疲れ様。今、大丈夫、かな?」
「あ。空ちゃん。うん。大丈夫だよ。打ちながらでも良い?」
「ありがと。うん、それでお願い。少し話したら帰るから」
「うん。空ちゃん、大丈夫?」
「うん!本っ当ごめんね。凄い心配してたって聞いた。もう大丈夫。今は休ませてもらってて、次に総務の部長さんと会うの。その時に今後の色々が決まるみたい」
「ううん。大変だったね。空ちゃん無事で良かったぁ。そうなんだ」
「さっき天津店長から髙木部長の見た目の特徴教わって、少し緊張解れた」
「そっかぁ。良かったねぇ」
最初こそ気まずさから会話のテンポや口調が他人行儀だったが、直ぐに元のやり取りに戻った。
余談だが木本からタメ口で良いと言われ、少しずつ砕けた言い方になった。
空は人によって口調を変えるのは疲れるタイプだったと悟った辺りからほぼ全員に、ですます口調になるので、社内でタメ口になれるのは木本と後二人のみとなる。
この三人の関係はありがたい事に今も壊れておらず、心から感謝している。
木本、その場にいたスタッフ全員、最後にもう一度天津に謝罪と感謝を告げ自転車を走らせた。
行きと同じ道を同じペースで進みつつ、胸中は全くの逆で自然と笑みが零れる。
迷いや葛藤、暗い感情も今は無くなり、何となくでは有るが空は希望が見えた気がしていた。
(思いつきで行って良かった。不安だったけど、ホント良かった。皆と話せて、私からごめんなさいって言えた。髙木部長の容姿も教わって、緊張は有るけど嫌なイメージはどっか行っちゃった。ホントにありがたいな)
この日も空は家に着くなり安堵か直ぐに眠ってしまうが、早過ぎたのか不安が消え熟睡できたのか夜遅くに目を覚ましてしまい、少し長い夜を過ごす。
辺りは暗かったが、空には以前より明るく色付いて視えた。




