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第5話

 少し落ち着いた頃、空は電源を切っていた携帯電話を確認する。

無断欠勤をし失踪した空を心配するメッセージで溢れているそれを見て空は

(あぁ。本当に何て事をしてしまったんだろう…)

勤め先からの番号だけでなく複数の携帯電話からの不在着信の数は5を超えていた。

 空の悪い所は、それだけの心配をして貰えた事に罪悪感迄抱いてしまう事だと思う。「感謝」と「自責」が半々で混ざり、どんな感情かも理解できない。


 母親も父親も、兄も特に話題にして来なかったし、態度も変えなかったのは救いだった。

 其れ迄の出勤同様、六時四拾六分に起きれば、テレビ前を陣取る低めのテーブルに半熟な焼き加減の目玉焼きと、パリッパリな焼き目の皮を纏ったシャウエッセンが二本乗った茶色の皿が運ばれてくる。

ニュース番組で日時を確認しながら、運んでくる母に

「おはよ~」

と挨拶。すれ違いながら自分はご飯を盛る。

小さくはない茶碗に山盛りのご飯は、どう見ても体育会系だ。

 植物さん、動物さん、生産者さん、物流関係の方々、販売者、そしてフライパンを片している母親、食卓に関わった全てに対して手を合わせて

「いただきます!」

としっかり言って黄身から4mm程の周囲に箸を通す。

黄身部分は抜け、持ち上げた白身を一口に収める。

 租借しつつ黄身をご飯に乗せる。

山盛りにご飯をよそう際にしゃもじで少し中央を凹ませているので、黄身は中央に鎮座する。

 先ほど残した4mmを器用に剥がし、そちらも頂く。

残る黄身に穴を開けるのはもう少し先で、今度は黄身表面と下の白身を剝がしに。

 色も厚さも薄い上と、良い具合に狐色となった下を箸で器用にペロンと剥がして、やはり口へ運ぶ。空曰く「白身は表面が一番!香りが強いの」

 ようやっと黄身に取り掛かかると、小さく穴を開け少しだけ出たそれと白米と絡ませる。醤油は穴を開けた個所に一垂らしし、味のグラデーションを楽しむ。

 黄身、醤油、ご飯の黄金比を探り終える頃に最後の一口が空の口に消える。

始まり同様、今度は静かに

「ごちそうさま」

と言って食器を運ぶ、だけ。空はほぼ上げ膳据え膳なのだ。


 ニュースを見ながらの歯磨きと手洗いを終えたら二度寝して、出発の10分前に置きて半袖の紺色のTシャツ、黒のカーゴパンツ、靴下の順に着て、小さめのリュックを背負いドアに手を掛ける。

靴を履きつつ振り返れば、母が目の前まで来て、

「水筒とハンカチ持った?携帯は?」

確認し、大丈夫と声をかけて右手でドアを開けながら、左手は母親の方へ。

握り返す母親に行ってきます、と告げ通勤で使う愛用の自転車へ向かう。


 本来ならばそうやって一日が始まるのだが、当然ながら今日は違う。

苦手な電話をすべきか悩むが、勇気が出ずこの日はしなかった。


 そんな日を何日か繰り返したある昼下がり。

本社の採用担当から電話が入った。

 不登校を経験したこともある彼女は、電話が大の苦手だ。

それはピザの注文もメモ無しには出来ない程。

理由は相手も自分も表情や動きを確認出来ず「正解」を探るのに非常に神経を擦り減らすか

番号登録はしていなかったが六桁目迄の数字に法則性が有ったので、会社からと悟った。

クビを宣言されるかも、等と考えながら出ると相手は

「恩村です。久しぶりだね。どう?調子は」

驚くほど穏やかに声を掛けてくれた相手こそ、会社見学で「車好き」の想いが随所に感じられ、整備士として勤めるならココだ!との思いを空に抱かせてくれた、採用担当その人だった。

「…恩村さん!…本当にご心配もご迷惑もお掛けして大変申し訳ございません」

「君が無事で何よりだよ。どうかな。少し落ち着いた?」

「はい。」

「今度そっちの方で会えたりとかは出来そうかな?」

「はい。ありがとうございます。でもどちらで?」

「君の家の方に大道路沿いにファミレスあるでしょう?あそこで」

「ご丁寧にすみません」

「今月の〇日は空いてるかな?」

自殺を考えていた人間に予定が有ろう筈も無く、二つ返事で了承。


 当日、気まずさから足取りは遅くなるが相手を待たせる訳にもいかず、待ち合わせの15分前には店の前の道路で立っていた。

程なくして恩村が社用車でやってくる。

助手席を軽く確認して相手が一人な事に安堵しながら、恩村へ着いていく。

 席へ案内され、恩村は珈琲を頼み、空は緊張のあまり普段頼まないメニュー筆頭なホットケーキを頼んでしまう。

 珈琲の味わいをゆっくりと楽しみながら何が辛かったのか、と聞く恩村に答えられない空。

「少し前に事故起こしたじゃない?あれがやっぱりショックだったのかな?」

「いえ、直後は確かに辛かったですが。皆さんから沢山お声かけ頂いたので、それは無いかと…」

「そうか。まぁ空さんが無事だったから良しとしよう。実は…僕の上司が少し君の話が聞きたいと言っていて」

「え…その、それは絶対、でしょうか…?」

歯切れ悪く聞くが、返ってきたのは肯定の言葉。

逡巡するも、やがて了承し具体的な日時の話へ。

 見たことも聞いたことも無い恩村の上司と会う事が決まってから終始憂鬱だったがおくびにも見せず、話を終えて席を立つ。

会社持ちということで恩村が立て替えているのを見て何とも居た堪れない気持ちになる空は

「あの。本日はお忙しい中、色々と本当にありがとうございました」

「うん。この所本当に熱くなってたから体調に気を付けてね」

「はい恩村課長も」

と言って別れ自宅へ戻る空は、またしても直ぐに寝てしまう。

(恩村課長の上司の高木部長かぁ。どんな人かな。怒られたり、しないかな…何か何もしてないのに疲れちゃった。小さい虫が止まったカフェラテは残しちゃったし。ホットケーキなんて、ナイフフォークの練習ちゃんとしないと恥ずかしいよね…)


 空は、髙木に会う前に一度お店に謝罪しに行こうと考えながら、眠りについた。

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