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第2話

 長月 空(ナガツキ ソラ)

彼女を一言で表すなら「やたらと生真面目」。


 上司の指摘を受ける迄は誰よりも早くに出社し、何を言われるでなく全員が仕事に取り組みやすいよう準備をしていた。

 出勤する人を見れば必ず自分から挨拶をする。

異動してきて二年と日は浅いながらも、本社の人には「空」と下の名で呼ばれるくらいには認知されてもいた。


 真面目過ぎる彼女の経歴は少し異例かも知れない。

彼女が本社事務になったのはここ最近で、以前はあるお店で自動車整備士として働いていたのだ。


 誰よりも早く出勤していたのは、その頃の話。

彼女の以前の働きぶりを紹介しよう。


 如何に早く出勤しようとも、鍵の空いていないショールーム、事務所、工場には入れず、管理者でもない彼女が鍵を持っている筈も無い。

 彼女が出来ることは、皆で行う「社用車の洗車準備」だ。


 社用車は店舗スタッフ全員で行う。

洗車がメインではあるが、各車両に傷や落ちにくい汚れが無いか、車検満了日は問題無いか、法令点検月では無いか等、細かな所も点検する。

 空はクロスやウエス(工業系で良く使われる機械類の汚れをふき取る布)を必要分用意し、皆で後に行う車両点検も鍵無しで出来る範囲で行うのだ。

 他には洗濯して大事に使い回している布類を丁寧に畳み、所定の場所へ戻したり、ガラスコーティング剤、ボディコーティング剤等の残量を把握し、出勤時間になったら少ない物を発注する。

冬場は洗車用クロスを湯に漬けているが、夏は水。

なので、その水も毎朝入れ替えている。律儀に全てのクロスは一度完璧に絞って。

 サービス残業と言えなくも無いが、誰に許可を得るで無く勝手にやるのだから最早趣味のレベルであった。


 次にお店の業務担当の女性が出社してくる。

挨拶は早々に済ませ、空は自分の”趣味”を進める。

 落ち着いてから空が一番の楽しみの時間としている十数分の始まり。

お客様用の喫煙コーナー兼テラス席で業務さんと一対一のお話をするのだ。

天気や仕事等取り留めの無い会話からだったが、今では趣味の話、家族、友達の話、好きな喫茶店やテレビ番組の話で盛り上がる。

 空は工業高校に三年、職業訓練校に二年在籍していたので、同年代の女性との会話が無かった。

最初は緊張のあまり会話にならず、相手が上手く誘導するのに甘えていたが、今は自ら進んで会話し、質問もする。

彼女は四~六歳上の同性。

 年頃の女性に漏れず好きなカフェはスターバックス。

新作を飲めば感想を教えてくれるので、空も飲みに行き感想を言い合う。

 空は嬉しかったのだ。

化粧より機械いじりが好きで男性社会に飛び込んだ自分に、まさかこんな風に話が出来る存在なんて。

そんな今の環境を愛おしく想っていた。


 次に出社するのは副店長。

彼に挨拶をするタイミングで業務さんとの会話を切り上げる。

 副店長はその年齢以上の能力から多くの人望を集める人で、空の尊敬する人リストに名を連ねている。

副店長とは今も趣味の話で盛り上がるので、今後紹介出来たらと思う。


 事務所、ショールームの順で鍵が開き、時代錯誤な狭苦しい階段を上って二階へ。社員用休憩室の近くにある留守電を解除。

 留守電の機械の前に女性更衣室があるので、空はツナギに。業務さんは制服に着替える。

その間も好きなカフェやアイドルの話で盛り上がる。


 本格的に開店準備に入り、出社してくる先輩方に元気良く挨拶。

営業担当の人が試乗車や社用車を次々と洗車機に入れ、駐車場や工場前へ。

 他の営業担当や整備士達は乾く前に車を吹き上げる。

この時、大体一台当たり二~三人で一気に仕上げていく。恐らく乾くと後が大変だからだろう。

 完了すれば直ぐに他へ行き「全員一丸」となって朝から仕事できるこの環境は、とても良かったと空は今でも良く言う。


 定時になれば全員が事務所に集まり店長からの注意事項や本社からの方針・施策について話が出た後、全員で挨拶をし今度は工場で整備士たちの朝礼。

 各担当から交換推奨部品について、例えばオイルなら経過年数や距離の目安、ワイパーブレードなら雨季特に適正交換が重要なので、劣化の目安等の要点を聞き、こちらでも全員で挨拶。


 各持ち場、空は入社一年目なので先輩と検査員と組み、一時間車検のストールへ。

一人がリフトアップの準備をする間、もう一人はブレーキフルードやATF、エンジンオイル等の油脂類、交換予定部品を用意する。


 話は前後するが、当日の整備予定に目を通し、違和感が有れば整備歴や車両情報を調べ、点検時に良く見るべき箇所を確認しておくのも欠かさない。

 真面目は不安の反面でも有ったと空は回顧する。


 車検は法例順守に必要なモノだ。

スピードよりも正確性や不具合個所の発見を優先する。当然だ。

命とその暮らしを運ぶ物で、一歩間違えなくとも凶器と成り得るのだから。


 空の真面目さはココで活きてくる。決して見て見ぬフリはしない。

少しでもオイル滲みがあれば、ショックアブソーバー(直ぐには影響無い物)であっても即検査員へ報告する。

 不具合を指摘、お客さんに了承をいただき対象部品の交換、油脂類の入れ替え、ブレーキキャリパ(制動部品)とドラムの清掃、グリス塗布を行い、検査ラインへ。

 検査員が前後から写真に収め、サイドスリップ、排ガス、制動力等の各テスタを通し全ての点検項目を記入。

 この車は空が運転をし、もう一人が洗車や車両の掃除等、お客様への返却準備をした。

当然終われば互いに手伝う。


 ここから先は営業担当に任せ、次の整備へ。

入社一年目は車検、法令点検、社内独自の点検パック等をメインに行い、車両や各機構、部品を覚えていく。

 先輩や検査員が直ぐ傍にいる環境で沢山の事を学び、体験していくのだ。


 空は整備士としての仕事が大好きだった。

お客様から声を掛けられ、お子さんが整備士になりたいらしい、必要な事を教えて欲しいと言われれば整備が入っていない時間に必要な資格、勉強、母校である職業訓練校なら学費が圧倒的に安いのにも関わらず、設備は最新、先生方もプロ、就職に特化した方も多く、毎日楽しかったと話した。

 そういえばあの時のお子さんは、整備士になったのだろうか。

あれから約十五年。就職はしているだろう。

 お母様は元気にしているだろうか。


 そんな空の整備士時代は入社二年目の夏、唐突に終わりを告げる。

ようやっと振り返れるようになったあの事件。


 空は無自覚のまま、限界を迎え休職するのだ。

そして整備士としての再出発は、叶わない。

 やろうと思えば出来るが、人の命と生活に直接関わる「自動車整備士」は、もう出来ない。

やるなら自己責任の自分のみだね、という彼女に車は無い。


 かつての発言の「女性整備士として誇りを持って、社会に貢献する」は、叶えられない。

ただ、この話は決して不幸自慢でない事を強調させて頂きたい。

 彼女はこの先精神疾患を診断され、休職と復職を繰り返す。


 その中で視えてきたモノが彼女の原動力(エンジン)

様々な出会いと別れを経験し、これからも多くの喜びや悲しみを経験する彼女には決して揺るぐことのない夢がある。

 その夢を叶える為、いや叶え続ける為に人生を私に見せてくれる。

私が彼女の人生に絡むのは数回。ほぼ傍観者な私が語り部というのも中々に皮肉だと思う。


 この物語は”彼女”を満足させる事が出来るだろうか。

”彼女”はいつも物語の続きをせがむのだ。

|舞台(ドラマ)のハプニングすらも”彼女”は全て楽しんでいる。


 三十六という年月の中で色々あった、疲れたと嗤う空と空自身が築いた「縁」が彼女を支えてくれる、これはそんなお話。

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