第11話
「失礼します。○○会社の長月です。壱拾参時よりお約束頂いている前田先生をお願いいたします」
程なくして現れる前田。
(やっぱりコロボックルかドワーフ。あ、ゴブリン?…は流石に失礼過ぎか笑)
「こんにちは。ではこちらへどうぞ」
はい、と頷き前回とは異なる応接室へ案内される。
前は固い雰囲気の如何にも来客用といった風だったが、今回は広さは同程度ではあるもののライトグリーンのソファが印象をガラリと変える。
会話が弾みそうな雰囲気から、空は会議室としても使えそうな印象を受けた。
(低めのカタログ棚に並ぶ心理や精神に関する書類を除けば、だけど……やっぱりここはそういう分野に特化してるのね)
三人横並びに座れる其れのどこに腰掛ければいいか悩みながら中央から半身分だけ右に寄った位置に腰掛けた。左半分は腿に乗せた軽めの荷物分だ。
「先週は大変お疲れ様でした。その後一週間如何でしたか?」
「はい。そうですね……非常に長く感じ辛かったです」
「どのように辛かったですか?もしくは何が辛かったですか?」
前回同様、前田の書く手は淀みなく動き続ける。
「学生の頃から好きだったゲームや漫画に触れてみましたが、面白くなくやめてしまって寝て過ごす日々でした。社会人になっても其れ等は私にとって楽しみや安らぎの時間となっていたのでショックで」
「それはお辛いですね。他には何か有りましたか?」
「いえ、特には寝ようとしても寝られなかった事位ですかね」
相手の目を見て話せと幼少の頃から教えられ、学校でも家でも欠かさなかった空の目は書き込まれていく文字とペンを追い続けていた。
特に視線を合わすのが怖かったのではなく、興味が有った。
会話内容の細かく記録、それも自分の話なのだから当然かも知れない。
どのように文字となり記録されていくのかが単純に気になり、自然とその動きを追っていた。
スピードを優先されたその筆記は洗練されていて、自分の向きでは無く、ましてや人に読ませる字でも無い為、空が読み取るのは困難だった。
自分の話す内容が形となり、話が止めば字も止まるので何となく、自分の話した中のどの部分が記されているかの想像は出来た。
後に調べもせずに速記の練習もしてみるが、物にはならなかった事もお伝えしておこう。当然ながら前田のモノは速記では無いので見当違いなのも含めておく。
休職でなくとも何らかの理由で長きに渡って休まざるを得ない状況にあった人なら想像がつくと思うが、この時の空は焦っていた。
早く出社し、少しでも早くあの大好きなお店に色々を伝えたい。
(ううん。行動で返さなきゃ。皆が一生懸命働いている中いきなり休んだんだから。そうしなくちゃ私は私を許せない)
謝罪も面倒を見て育ててくれていた感謝も何もかもを一旦置いて、自分を回復させるなど、それこそ罪悪感で身体を壊しそうだった。
後に何度も空は痛感する。
「休職」は休むという字が当てられているのに、実態は寧ろ闘いと同義なのだと。
精神を含む体調に何も無い健康体だって感情や体の波は有る。
対する空は知らぬうちに其の身に高負荷を与え抱え込み、パンクした身。
整備士的に言うならオーバーヒートを起こしたのだ。
なら次にするのは何か?
冷やす、つまり休ませる事。
再始動などは二の次三の次で、とにかく熱から遠ざけるのを優先しなければエンジンの危険が伴う。
実際未遂に終わったが自らのエンジンを壊そうとしたのだから。
それ程の苛烈な環境下に身を置き、走り続けていたと言えよう。
それらを知らぬ空は
「あの……仕事。私はいつになったら復職出来るのですか?」
心理士の名が付いた資格を複数持つ相手の言葉を少し遮るように発した。
「それは、現段階では何とも言えないというのが正直なところです」
「それはあんまりじゃ!皆働いている中、私だけがズル休みをして、お給料迄頂いて……」
給与の仕組みも明細の見方も分からぬ新人だったが、通帳を見れば振り込まれているのは分かった。
分からないのは休んでいるのに、他と同じく金を手に出来るのか、何かの手違いなのでは無いかという点。
言葉に出した不安は止まらない。
「皆迷惑がっていると思います。もしかしたら嫌われたかもしれない」
空自身を一番嫌っているのは空自身なのだと気づけない。この時は。
当時は自己肯定感という言葉は一般に浸透しておらず、知識としても無かった。
自分を大切にする事の偉大さは誰も教えてくれなかった。
だんだん感情的になり、言葉も滅裂になって相手にぶつけてしまうが、心理士前田は全てに耳を傾け、返してくれた。
「空さん。今の貴方に必要なのは充分な休息です。周りの方が気になるでしょうが、今はしっかり休んで回復するのが先決です。その後の行動は元気になってから改めて考えていきましょう」
空は休職後に突然顔を出したあの日を振り返る。
(皆優しかったし、普段と変わらなかった。待っていると言ってくれた人もいた。
……ホント?それはホントに?皆、私を傷つけないように気を使ってくれただけなんじゃ無いの?)
ポーカーフェイスを使って最初に騙した相手は空自身なのだろう。
自分の言葉で、動きで、嘘で作り上げた世界を簡単に信じる人たちが多かった。
人を騙すコツは、自分もそうと信じられる範囲の嘘を混ぜる事、といった文をどこかで読んだ。
彼女の場合は気づかぬうちに嘘を真にしてしまうようなので、なお質が悪いかも知れない。
自分を誰よりも嫌っているという要素が加算され、導き出される解は
「多くの迷惑を掛けた自分は嫌われた。早く復職し返さなければクビになってしまう」
空の復職は三ヶ月を要した、と書いたがある事を思い出したり、理不尽に見舞われる度に、上記思考は顕著となる。
先はまだまだ長いようだ。




