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第9話

「どうぞ、お掛けください」

 と促され、空は応接室のダーク系のソファへ腰掛ける。

 かなり緊張していたので、相手の姿を確認するのは少し先になった。


「大変でしたね。話せる範囲で構いません。当日とそれに至るまで何が有ったのかお聞かせください」

「改めてよろしくお願いします。本日はお時間をくださりありがとうございます。それで~~」

 自殺云々は避けそこに至るまでの三ヶ月ずっと朝出社したくない気持ちや吐き気を抑えながら出勤し、更衣室ではオエッと戻しそうになるのも堪えていた事、家族・友人含め誰にも相談しなかった事を話した。

 当日は辿った道のりのみ話した。隠したというよりは、自殺の記憶に触れたら自分が自分で無くなってしまう様な気がして怖かったのだ。

 恐らく一時間以上は掛かっていた筈だが、相手は真剣に頷き、時折瞳を長く閉じたりもしながら聴いてくれた。後に「傾聴」という言葉を知った。

 長い話を聴きながら、前田はずっと右手を動かしていた。

 説明によると相談者の記録をずっと残しておくのだという。ずっとというのがどこ迄を指すのかは計りかねるが、再発した際に過去の記録が無ければ話にならないので、少なくとも在籍中は残すのだろう。


 これまでの出来事を話し終え、暫し空調の音のみが流れる時間が続いた。

 沈黙は何か話さなければならない気がして苦手だったが、この時は何故か気にならなかった。

 空はこの時初めて前田という男の容姿を確認した。

(お目目大きくて、若干タレ目な感じから眠そうな印象を受けるかな。髪は黒で短め。一般のサラリーマンな姿格好だけど、なんというか。その…天辺が多少後退気味なのが髪の毛が細いのも有ってより肌色が強く視えるかも。背もそんなに高くないからカラフルな帽子被ったらお伽話の小人そっくりな気がする…髭を生やしたらドワーフ?)

 だいぶ失礼な感想だが空は気づかないまま、前田の口が開かれる。

「それでは当日について詳しくお伺いしますね。話したくない、もしくは話すのが辛い等有りましたら無理に話さなくて構いません。よろしいですか」

「はい」

「当日は電車に乗ったと仰っていましたが何時頃だったのですか?」

「朝一だったとしか覚えていません。時計も携帯も身分証も置いていきましたから」

「…聞きづらい事をお伺いしても?」

「え?あ、はい」

「…自殺、しようと思いましたか?」

「…っ!?…そ、れは。はい。自殺しに行きました」

(誰にも言わず、誰からも気付かれなかったのに。何で?心理士だから?何処で気づいた?あ、持物か…)

「そうですか。本日はここまでにしましょう。沢山話しましたし、言いにくい辛いことまで触れたのですからゆっくり休んでください。もし休憩が必要でいたら部屋を用意しますので、申しつけください。次回は一週間後同じ時間にこちらで、でよろしいでしょうか」

「はい」

 前田に促され応接室を後にする。


 帰り際、受付迄の間に本が沢山並んでいるのに気付いた。

「ここ、本が沢山なんですね」

「相談者さんに貸し出しているのです。良ければ本日からでもお貸し出来ますが?」

「いえ、本日はこのまま失礼いたします。本、今度じっくり探させてください」

「そうですか。帰りはあちらです。本日はお越しいただきありがとうございました」

「こちらこそこんなに長くお付き合い頂けてありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」

「いえいえ。気を付けてお帰りください」

「はい、では失礼します」


 自殺を言い当てられた時はかなりの衝撃を受けたが、話した、沢山話せた、聞いてもらえたのが嬉しくて、気分は少しずつ上向いていた。


 空最初の休職から復職までの闘いがここから始まるのだが、休職になる程の原因に対しては次の勤務までは意外に短く、約三ヶ月。

 問題はその後なのだが、ゆっくり語るとしよう。

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